表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/110

第97話 追い風に乗れば

 思わず口ずさみたくなる音色を、俺達は……作っているんだろうか……


 些細な事に一喜一憂して、また音の世界にのめり込み、年内のライブも数える程になっていた。


 一年はあっという間で、やり残した事だらけみたいで……


 「潤ーー、行くぞー!」

 「あぁー」


 だからこそ、後悔しないように声を出すだけだ。

 指使いの慣れたコードも、バックから聴こえる安定感のあるメロディーも、どれもエンドレに必要なものだ。

 一つでも欠けたら、今みたくツアーは出来ていないって思う。


 観客を前に冷静に振り返る。無駄な動きをする事なく、照明が反転していく。


 この一瞬が、もっと……もっとって感じて、永遠に続けば良いのにな……なんて、ステージに立つ度に思い知らされる。

 俺は……まだ到底、辿り着けていないって事。

 今も、この瞬間も……


 拍手と歓声を浴びた彼等は、清々しい笑みを浮かべていた。


 『ありがとうございました!!』


 揃ってメンバーに告げ、いつものようにハイタッチを交わす。


 「今日も最高だったな!!」

 「あぁー!」


 ライブ直後は、いつもよりもテンションが高くて、体にも熱が残ってるのが分かる。


 拓真に釣られ声が大きくなった潤は、無意識に拳を差し出した。何度となく重ねてきた二人の光景に、メンバーが微笑む。


 「あーーーー、潤のせいで笑われたじゃん?」

 「俺のせいか?」


 拓真と顔を見合わせ笑い合う。


 あーーーー、まだ足りない。

 もっと歌ってたいし、もっと感じていたい。

 ステージに立つ度に反省会はするけど、冷静さはいつも欠けてる気がする。

 目の前の光景が目に焼き付いて離れなくて、歓声がまだ鳴り響いてるみたいで、いつも囚われてるみたいな感覚だ。


 「楽しかったな……」

 「だよなー!」


 溢れた本音に拓真は満面の笑みだ。心の底から溢れ出したような言葉は、相方である彼の気持ちでもあったからだろう。


 「……今年もあと少しか」

 「早かったよなー」

 「次も楽しみにしてるからな?」

 「ナリさん……ありがとうございます」


 期待をしてくれてる仲間に、応えたいとは思う。

 岸本さんも背中を押してくれてたのが分かったし、ナリさん達も俺達の音楽を好きでいてくれるのが伝わってくる。

 こんな瞬間にも音が鳴って、また心地良いメロディーが浮かぶ。


 潤は控え室に戻るなり、携帯電話に吹き込んだ。そんな彼の姿に、拓真はまた微笑んでいた。

 

 バンドメンバーを誘っての夕飯も当たり前になった。

 始まりが二人だけだったのが、ずっと前の事みたいだ。


 『乾杯!!』


 グラスを寄せ合った五人の反省会は、自然と音楽の話になる。主に話題になるのは、今のツアーと彼等についてだ。


 「今日も大盛況だったなー」

 「本当……あっという間だな」

 「だよなー……セットリスト作ってた頃が懐かしく感じるし」

 「そんなにか?」

 『あぁー』


 揃って応える姿に、笑みが溢れる。


 「残りのツアーもお願いします」

 「あぁー、俺も楽しみだなー」


 そう応えた成田に、二人は顔を見合わせ照れ臭そうだ。


 ーーーー仲間にそう言って貰えると、やっぱ嬉しいし……気持ちが引き締まる。

 まだツアーが続いてるって改めて思うし、また演れるのが待ち遠しくて、既に仕方がない感じで……


 「潤ーー! 柏木さんから!!」


 拓真の声に釣られ、携帯電話に視線を移す。


 「…………マジか」

 「やったなーー!!」


 ガシガシと頭を勢いよく成田から撫でられていたが、抵抗する事なく揃って受け入れていた。


 ーーーーマジか……またノミネートされたんだ。

 それだけで良いなんて、嘘だけどさ…………やっぱ嬉しいよな……


 「……拓真、やったな!」

 「あぁー!!」


 また拳を突き合わせる。二人が大賞にノミネートされた曲は、久しぶりに首位に輝いた曲だ。


 「凄いじゃん!」

 「ノミネートおめでとう!!」

 「ありがとうございます……」


 こんな瞬間があるからめられない。


 「今から楽しみだよなー」

 「あぁー」


 ストレートに告げた拓真に頷く。


 そう……楽しみだ……楽しめるようになった。

 ノミネートだけじゃ足りなくて、期待するくらいには貪欲になった。


 「レコ大も楽しみだなー」


 そう言ってまた頭を撫でてくる成田に、また笑って応えていた。




 柏木さんからの知らせに、メンバーも喜んでくれてた。

 それが、とても心強く感じた。

 少なくともあの場にいたメンバーは、俺達に期待してくれてるって事だから……


 キッチンに行こうとした潤は、思わずテレビを振り返った。たった数秒に魅せられて、吸い寄せられるように、ソファーに腰掛ける。


 …………澄んだ歌声で……直ぐに分かった。

 上原が歌っているって……water(s)の音だって……それだけで、何だか泣きそうになった。


 たった数秒の出来事だ。

 それなのに魅せられて……今更のように、引力が桁違いなのを知った。

 違うな……知ってたけど、思い知らされたんだ。

 だけど、敵わないのは分かっていた事だ。


 そう自分に言い聞かせて、また流れるのを願っていた。


 「また……聴ける日が来たんだよなー……」


 思わず漏れ出た拓真に頷く。彼も同じように、テレビに釘付けになっていた。


 「……そうだな……凄いよな」

 「だよなー……またノミネートされてるってさー」

 「あぁー……」


 water(s)は特別栄誉賞、最優秀歌唱賞とか……最多の受賞で、俺達が選ばれた優秀作品賞でのノミネートは辞退したって話だ。

 結局……一度も、敵わなかった。

 分かっていた事だけど、出来るなら…………って思わなくも無い。

 勝負にすらならないのは分かってるけど、少しくらいは近づけたって思いたいし、少しくらいは……届いてるって、信じたいんだ。

 背中を押してくれるメンバーに、それくらいは返したい。

 いつも……どれだけ救われてきたか、分からないから……


 「今年も早かったなー」

 「あぁー、あっという間だったな」

 「ツアーもあと少しかーー……」


 大きく伸びをした拓真に釣られるように、腕を伸ばす。


 「早いなーー……」 


 ツアーが始まってから、本当にあっという間に年末って感じだ。

 もうそんな季節になったんだなって、今更のように感じたりして……


 「再始動か……」

 「あぁー、相変わらず良い歌声だよなー」

 「あぁー……」


 また流れる彼女の歌声に、自然と耳を傾けていた。


 あの頃と変わらず……っていうよりも、あの頃よりも……もっとだ。

 たった数秒でこれだから、生で聴いたら泣いてたんじゃないかって思う。

 それくらい……響いて、離れられないんだ。


 潤がキッチンにマグカップを取りに行くと、温めていた筈のコーヒーはすっかりと冷えていた。


 「潤ーー、俺のもーー」

 「あぁー」


 拓真から空になったカップを受け取ると、また電子レンジで温め直す。その僅かな間にも、彼女の歌声に思わず振り返っていた。


 あぁー……本当、良い声で歌うよな…………

 ストレートに心に響くっていうか……もう、ずっとだ……ずっと、心の奥は掴まれたままだ。


 電子音で我に返ったかのように、両手にカップを持って戻った。また拓真の隣に座ると、テーブルに広げてあった楽譜に視線を移した。


 「アレンジかーー……」

 「あぁー……もうちょいアップテンポは?」

 「やっぱり、こんくらいとか?」


 拓真のギターに乗せて潤が声を出せば、先程まで煮詰まっていたが、イメージ通りの曲調になったようだ。


 「ーーーー決まりだな?」

 「だな!」


 二人の手が合わさり、また頭から弾き始める。重なるハーモニーに、ギターから拓真に視線を移していた。


 やっぱ……拓真も引き出しが多いよな…………ただアップテンポなだけじゃなくて、耳馴染みが良い感じだし。

 部活や遊びでやってる程度しか、一人だったら進まなかったから……夢みたいだよな。


 数ヶ月振りに聴いた歌声に、振り返っていた。


 こんな風に弾けたら……歌えたら……って、何度となく願ってきた。

 敵わないって分かっていても、止められなかった想いと同じで……夢を諦められなかった。


 時折、ギターでワンフレーズを弾きながら加筆をしたアレンジが仕上げていた。数分前までとは違うアップテンポな曲調に変わっている。


 「ーーーー頭から聴くか?」

 「勿論!」


 パソコンから流れる音色に、満足気な表情を浮かべた潤が隣に視線を向けると、拓真も同じような表情を浮かべていた。聴き終わると、どちらからともなく手を重ねた。仕上がったばかりの曲は、納得の出来になっていたからだ。


 「早く演りたいなーー!」

 「あぁー、待ち遠しいよな」


 まただ……また、鳴ってるんだ。

 試行錯誤を繰り返して、繰り返して……ようやく出来た一曲。

 一つを生み出すのに、かなり消耗はするけど……それすら楽しかったりするし。

 好きな事をやってるんだから当然だ。


 俺に……エンドレに立ち止まってる暇は無い。

 これから発売されるwater(s)の曲は楽しみだけど、もっと響かせたい。

 もっと弾けるように……もっと歌えるように、なりたいんだ。


 「潤!!」


 勢いよく手を差し出してきた拓真に微笑んで、手を合わせる。それは、これからの自分達に期待を寄せ、誓い合っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ