第97話 追い風に乗れば
思わず口ずさみたくなる音色を、俺達は……作っているんだろうか……
些細な事に一喜一憂して、また音の世界にのめり込み、年内のライブも数える程になっていた。
一年はあっという間で、やり残した事だらけみたいで……
「潤ーー、行くぞー!」
「あぁー」
だからこそ、後悔しないように声を出すだけだ。
指使いの慣れたコードも、バックから聴こえる安定感のあるメロディーも、どれもエンドレに必要なものだ。
一つでも欠けたら、今みたくツアーは出来ていないって思う。
観客を前に冷静に振り返る。無駄な動きをする事なく、照明が反転していく。
この一瞬が、もっと……もっとって感じて、永遠に続けば良いのにな……なんて、ステージに立つ度に思い知らされる。
俺は……まだ到底、辿り着けていないって事。
今も、この瞬間も……
拍手と歓声を浴びた彼等は、清々しい笑みを浮かべていた。
『ありがとうございました!!』
揃ってメンバーに告げ、いつものようにハイタッチを交わす。
「今日も最高だったな!!」
「あぁー!」
ライブ直後は、いつもよりもテンションが高くて、体にも熱が残ってるのが分かる。
拓真に釣られ声が大きくなった潤は、無意識に拳を差し出した。何度となく重ねてきた二人の光景に、メンバーが微笑む。
「あーーーー、潤のせいで笑われたじゃん?」
「俺のせいか?」
拓真と顔を見合わせ笑い合う。
あーーーー、まだ足りない。
もっと歌ってたいし、もっと感じていたい。
ステージに立つ度に反省会はするけど、冷静さはいつも欠けてる気がする。
目の前の光景が目に焼き付いて離れなくて、歓声がまだ鳴り響いてるみたいで、いつも囚われてるみたいな感覚だ。
「楽しかったな……」
「だよなー!」
溢れた本音に拓真は満面の笑みだ。心の底から溢れ出したような言葉は、相方である彼の気持ちでもあったからだろう。
「……今年もあと少しか」
「早かったよなー」
「次も楽しみにしてるからな?」
「ナリさん……ありがとうございます」
期待をしてくれてる仲間に、応えたいとは思う。
岸本さんも背中を押してくれてたのが分かったし、ナリさん達も俺達の音楽を好きでいてくれるのが伝わってくる。
こんな瞬間にも音が鳴って、また心地良いメロディーが浮かぶ。
潤は控え室に戻るなり、携帯電話に吹き込んだ。そんな彼の姿に、拓真はまた微笑んでいた。
バンドメンバーを誘っての夕飯も当たり前になった。
始まりが二人だけだったのが、ずっと前の事みたいだ。
『乾杯!!』
グラスを寄せ合った五人の反省会は、自然と音楽の話になる。主に話題になるのは、今のツアーと彼等についてだ。
「今日も大盛況だったなー」
「本当……あっという間だな」
「だよなー……セットリスト作ってた頃が懐かしく感じるし」
「そんなにか?」
『あぁー』
揃って応える姿に、笑みが溢れる。
「残りのツアーもお願いします」
「あぁー、俺も楽しみだなー」
そう応えた成田に、二人は顔を見合わせ照れ臭そうだ。
ーーーー仲間にそう言って貰えると、やっぱ嬉しいし……気持ちが引き締まる。
まだツアーが続いてるって改めて思うし、また演れるのが待ち遠しくて、既に仕方がない感じで……
「潤ーー! 柏木さんから!!」
拓真の声に釣られ、携帯電話に視線を移す。
「…………マジか」
「やったなーー!!」
ガシガシと頭を勢いよく成田から撫でられていたが、抵抗する事なく揃って受け入れていた。
ーーーーマジか……またノミネートされたんだ。
それだけで良いなんて、嘘だけどさ…………やっぱ嬉しいよな……
「……拓真、やったな!」
「あぁー!!」
また拳を突き合わせる。二人が大賞にノミネートされた曲は、久しぶりに首位に輝いた曲だ。
「凄いじゃん!」
「ノミネートおめでとう!!」
「ありがとうございます……」
こんな瞬間があるから止められない。
「今から楽しみだよなー」
「あぁー」
ストレートに告げた拓真に頷く。
そう……楽しみだ……楽しめるようになった。
ノミネートだけじゃ足りなくて、期待するくらいには貪欲になった。
「レコ大も楽しみだなー」
そう言ってまた頭を撫でてくる成田に、また笑って応えていた。
柏木さんからの知らせに、メンバーも喜んでくれてた。
それが、とても心強く感じた。
少なくともあの場にいたメンバーは、俺達に期待してくれてるって事だから……
キッチンに行こうとした潤は、思わずテレビを振り返った。たった数秒に魅せられて、吸い寄せられるように、ソファーに腰掛ける。
…………澄んだ歌声で……直ぐに分かった。
上原が歌っているって……water(s)の音だって……それだけで、何だか泣きそうになった。
たった数秒の出来事だ。
それなのに魅せられて……今更のように、引力が桁違いなのを知った。
違うな……知ってたけど、思い知らされたんだ。
だけど、敵わないのは分かっていた事だ。
そう自分に言い聞かせて、また流れるのを願っていた。
「また……聴ける日が来たんだよなー……」
思わず漏れ出た拓真に頷く。彼も同じように、テレビに釘付けになっていた。
「……そうだな……凄いよな」
「だよなー……またノミネートされてるってさー」
「あぁー……」
water(s)は特別栄誉賞、最優秀歌唱賞とか……最多の受賞で、俺達が選ばれた優秀作品賞でのノミネートは辞退したって話だ。
結局……一度も、敵わなかった。
分かっていた事だけど、出来るなら…………って思わなくも無い。
勝負にすらならないのは分かってるけど、少しくらいは近づけたって思いたいし、少しくらいは……届いてるって、信じたいんだ。
背中を押してくれるメンバーに、それくらいは返したい。
いつも……どれだけ救われてきたか、分からないから……
「今年も早かったなー」
「あぁー、あっという間だったな」
「ツアーもあと少しかーー……」
大きく伸びをした拓真に釣られるように、腕を伸ばす。
「早いなーー……」
ツアーが始まってから、本当にあっという間に年末って感じだ。
もうそんな季節になったんだなって、今更のように感じたりして……
「再始動か……」
「あぁー、相変わらず良い歌声だよなー」
「あぁー……」
また流れる彼女の歌声に、自然と耳を傾けていた。
あの頃と変わらず……っていうよりも、あの頃よりも……もっとだ。
たった数秒でこれだから、生で聴いたら泣いてたんじゃないかって思う。
それくらい……響いて、離れられないんだ。
潤がキッチンにマグカップを取りに行くと、温めていた筈のコーヒーはすっかりと冷えていた。
「潤ーー、俺のもーー」
「あぁー」
拓真から空になったカップを受け取ると、また電子レンジで温め直す。その僅かな間にも、彼女の歌声に思わず振り返っていた。
あぁー……本当、良い声で歌うよな…………
ストレートに心に響くっていうか……もう、ずっとだ……ずっと、心の奥は掴まれたままだ。
電子音で我に返ったかのように、両手にカップを持って戻った。また拓真の隣に座ると、テーブルに広げてあった楽譜に視線を移した。
「アレンジかーー……」
「あぁー……もうちょいアップテンポは?」
「やっぱり、こんくらいとか?」
拓真のギターに乗せて潤が声を出せば、先程まで煮詰まっていたが、イメージ通りの曲調になったようだ。
「ーーーー決まりだな?」
「だな!」
二人の手が合わさり、また頭から弾き始める。重なるハーモニーに、ギターから拓真に視線を移していた。
やっぱ……拓真も引き出しが多いよな…………ただアップテンポなだけじゃなくて、耳馴染みが良い感じだし。
部活や遊びでやってる程度しか、一人だったら進まなかったから……夢みたいだよな。
数ヶ月振りに聴いた歌声に、振り返っていた。
こんな風に弾けたら……歌えたら……って、何度となく願ってきた。
敵わないって分かっていても、止められなかった想いと同じで……夢を諦められなかった。
時折、ギターでワンフレーズを弾きながら加筆をしたアレンジが仕上げていた。数分前までとは違うアップテンポな曲調に変わっている。
「ーーーー頭から聴くか?」
「勿論!」
パソコンから流れる音色に、満足気な表情を浮かべた潤が隣に視線を向けると、拓真も同じような表情を浮かべていた。聴き終わると、どちらからともなく手を重ねた。仕上がったばかりの曲は、納得の出来になっていたからだ。
「早く演りたいなーー!」
「あぁー、待ち遠しいよな」
まただ……また、鳴ってるんだ。
試行錯誤を繰り返して、繰り返して……ようやく出来た一曲。
一つを生み出すのに、かなり消耗はするけど……それすら楽しかったりするし。
好きな事をやってるんだから当然だ。
俺に……エンドレに立ち止まってる暇は無い。
これから発売されるwater(s)の曲は楽しみだけど、もっと響かせたい。
もっと弾けるように……もっと歌えるように、なりたいんだ。
「潤!!」
勢いよく手を差し出してきた拓真に微笑んで、手を合わせる。それは、これからの自分達に期待を寄せ、誓い合っているようだった。




