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第96話 記憶の中の彼女が

 あぁー、笑った顔が好きだ。

 危うく告白しそうになったのは、あの雰囲気に飲まれそうになったからだ。

 でも……全部本音だ。

 上原の……hanaの歌が好きなんだ。

 出来上がったばかりの曲は、優しい恋の歌だった。

 ーーーー俺の願望だよな……。

 想いが叶うような歌詞になってるけど、実際は何も無い。

 彼の目の前には、初めて会う女性が座っていた。

 「ーーーー拓真……」

 「言いたい事は分かるけど、それ以上言うなよ?」

 「……あぁー」

 潤は納得のいかない様子のまま小さく頷いていた。二人は小声で話をしていた為、目の前の女性陣は笑みを浮かべたままだ。

 エンドレがプロになってから、こういう誘いが全く無かった訳じゃないけど……拓真には堤さんがいるし、俺はいつも手一杯だしで、ある程度避けて通ってきた。

 避けてきた筈なんだけど……何が悲しくて音楽関係じゃない奴と、飲まなきゃいけなんいんだ。

 それならサシで、岸本さんと飲んだ方が何倍もマシだし有意義だ。

 「私、エンドレの大ファンなんですぅー」

 「……ありがとうございます」

 やばい……もう既に帰りたい。

 絶対、俺達の曲なんて聴いてないだろ? って、決めつけるのは良くないって分かってはいるんだけど、そう思わずにはいられなくて……。

 綺麗なネイルが施された長い爪さえも、彼女とは違うと比べてしまうのだろう。潤は大概拗らせていた。

 周囲に合わせ笑顔で応えているが、営業スマイルだ。少なくとも拓真はそう感じていた。

 「JUNさんは彼女いないんですかー?」

 「そうですね……小林さんはいそうですよね」

 「えーーっ、私もいないんですよー」

 あーーーー、これ面倒くさいやつだ。

 向かい合って座っていた筈なのに、いつの間にか隣に来てるし。

 勘弁してくれ……本当に、無理なんだ。

 自分でも、どうかしてるって思うけど……他に心が動かされないんだから、仕方がないだろ?

 自分自身に言い訳をして、可愛らしく微笑んだ彼女に愛想笑いを返していた。


 「ーーーー拓真……」

 「分かってるって……」

 「堤さんに言うぞ?」

 「おい! ってか、涼子は知ってるし」

 「本当、心広いよな」

 「まぁーな」

 即答する拓真に、潤も微笑んでいた。

 本当……仲が良いっていうか、変わらないよな。

 付き合い出した当初は色々あったっぽいけど、今も続いてるし……俺からしたら、それすら奇跡みたいだ。

 「……もう参加しないからな?」

 「分かってるって、今回はサクくんに免じて許してってー」

 「はいはい」

 自分の甘さに溜息を漏らした潤は、窓の外の変わらない景色を眺めていた。

 飲み会か……学生の頃から何度か参加はしてるけど、やっぱ苦手だ。

 携帯電話のバイブ音にまた溜息が出そうだ。画面には、隣に座っていた彼女からメッセージが届いている事を知らせていた。

 「ーーーー潤、返せよ?」

 「分かってるって」

 そこまで非常識じゃない。

 ファンだって言ってくれた子に、返信くらいはする……曲名をそんなに分かってなくてもな。

 音楽仲間じゃない事を抜いたって、ファンだって言うなら曲名くらい答えられる筈だろ?

 今日いたメンバーの殆どがwater(s)が好きみたいで、比較的にマイナーな曲名だって、すんなり応えてたし。

 まぁー、それだけ……届いてないって事だよな。

 敵わないのは、何も今に始まった事じゃない。

 もう、ずっと……ずっと前からだ……

 「潤、お湯沸かすけど食うか?」

 「あぁー」

 カップラーメンを両手に持った拓真に、彼も頷いて応えた。どうやら飲み会の食事だけでは物足りなかったようだ。

 「隣に座ってた子、可愛い子だったのになー」

 「そうか?」

 「はぁーーーー」

 潤の代わりに拓真が大きな溜息を吐いた。吐かれた本人はカップラーメンにお湯を注いで、さも自分には関係無いとでも言うような顔をしている。

 「あと二分で食えるな」

 「あぁー……潤はさー、やっぱ……」

 「そうだな」

 即答する彼に、拓真は溜息混じりに微笑んでいた。

 「骨は拾ってやるからなー」

 「骨って……それよりも、来週のライブだろ?」

 楽しそうな笑みを浮かべる潤に、同じように拓真も微笑んでいた。

 明日が待ちきれない……そんな感覚は、もうずっと続いているんだ……。

 日付が変わる前に即席のラーメンを啜って、二人は音楽の世界へ戻っていた。

 



 ツアーは順調だ。

 チケットも即日完売になったみたいだし……あの頃とは比べ物にならない。

 それくらい……これが、俺達の現実になったんだ……

 「潤、行くぞ!」

 「あぁー」

 力強く頷いた潤は手を重ねていた。

 重なっていく度、これだけエンドレに関わってくれる人が増えたんだ……そんな事、今更のように感じながら、声を出していたんだ。

 あぁー……届いてくれ……。

 目の前に広がる光景に、何度もそう願ってきた。

 一番に伝えたい彼女には、伝えたい事の半分も伝えられないけどさ。

 歌にしたら届くかな……miya……忘れた事は、一度もない。

 今も……この瞬間も、あんな風にギターを弾けたらなんて思ったりして……

 サイリュームの光が音に合わせ揺れ動いていた。

 ……こんな瞬間があるから、められないんだ。

 この一瞬が堪らないんだ。

 届いてくれって何度も願って、その度に……また鳴ってるんだ。

 拍手と歓声が響く中、二人は顔を見合わせていた。

 「ーーーー拓真……」

 「……潤、お疲れー!」

 勢いよくハイタッチを交わして、また抱き合っていた。

 楽しかった……初めての場所で演る度、いつも以上に鳴って、心臓が飛び出るんじゃないかって思ったりするけど……ナリさん達の音も分かってた。

 ちゃんと聴き分けられたし、声がぶれる事もなかった。

 今日のライブ映像を見返しながら、反省会が行われていた。

 自分のアップは勘弁だけど、全体的な演出はリハ通りって感じか……。

 当人達も納得な出来栄えだったのだろう。細かな指示出しはなく、早々と解散になった。

 明日も……また立てるんだよな……

 「…………夢みたいだよな……」

 ベッドに寝転んだ潤は窓の外を眺めながら、そう呟いた。前回のツアーよりも広い部屋が用意され、待遇が良くなった事にも、そう感じていたからだ。

 不思議な気分だ……ずっと願っていた夢が、ある意味叶ってる。

 ツアーを出来るまでになったし、観客ゼロなんて事も無い。

 ーーーーでも……分かってる。

 どうやっても届かなくて、たまに……捨てられる筈もないのに、離れてみたくなる事。

 打ちのめされてないって、自分に言い聞かせてるだけだって事も。

 イヤホンから流れる音色は、色褪せる事なく彼の心に響いていた。それは、他の誰でもない彼女の歌声だった。


 眠りが浅くなる時、彼女の声を聴くと何故か眠れた。

 理由なんて俺にも分からないけど……たぶん、こういう事なんだろうな。

 二日目も大盛況で幕が下りる中、響き渡る歓声にまた胸が鳴っていた。耳に響いて離れないような音に、また一際強く鳴って、無意識にTシャツの裾を掴んでいる。

 あぁー……此処での公演も終わりか……。

 まるで祭りの後みたいで、寂しいっていうか……切なくなって、もっと……ずっと弾いていたかったって感じて……

 「札幌でのライブも終わりかー……」

 名残惜しそうに告げた拓真と同じ気持ちだ。

 各地を移動する度、聴いてくれる人がいるって実感して、離れる度に寂しく感じて……もっと出来たらって、何度だって願って……

 「……次は名古屋か」

 「楽しみだよなー」

 「あぁー……」

 water(s)だけじゃなくて、沢山のミュージシャンが演った事のあるステージだ。

 だけど……water(s)が立っていた場所だって思うと、また一際強く鳴ってるんだ。

 彼等の軌跡を辿るような感覚にいた。ドームツアーは数多くのミュージシャンが行っているが、そう感じる二人がいたのだ。




 音信不通にはなってないけど、ツアー中だから『見たよー』的な連絡はない。

 上原は活動再開前の準備期間らしい。

 本人に直接聞いた訳じゃないけど、岸本さんの反応で曲が順調なのは確かだ。

 「早くリリースしないかなー」

 「あぁー」

 待ち遠しくて仕方がない。

 あと数ヶ月が長く感じて、早く聴きたくて仕方がないんだ。

 テレビから流れる彼等の曲は、あの頃と変わらずに精彩を放っていた。

 ーーーーある意味、自分達の曲よりも待ち望んでるんだ。

 だって、期待せずにはいられないから……

 「もうすぐ発表になるよなー」

 「あぁー……今年は、どうだろうな……」

 「また選ばれては欲しいけどなー」

 「そうだな」

 また……ノミネートされて欲しい。

 毎年この時期になると思うし、それは音楽に携わってる奴なら当然の事だけど……そんなに簡単じゃない事は、分かってる。

 そんな事を上原は、ずっと続けてきたんだ……。

 また彼女の事を考えていた。殆ど無意識に彼女を想っていた。あの音色を耳にする度、音の中に探していたのだ。

 「拓真、そろそろ出るぞ?」

 「分かってるって、此処までなー」

 「あぁー」

 区切りの良い所でテレビを消した二人は、先程までいたスタジオへ戻っていた。


 ツアー中は基本的にそれだけで手一杯で、他を気にする余裕は無い。

 喉の調子だって整えたいし、無理する事はないけど……憧れた場所にまた立てるんだから、その為の練習ならいくらだってするし、気合だって入る。

 二人の目の前には彼等のファンがいた。ファンクラブ会員の中から抽選で当たった人だけがこの場にいるのだ。重なり合う音色に歓声が上がっている。

 あぁー……やっぱライブが好きだ。

 近距離にいるファンの表情に、釣られていくのが分かった。

 生放送ってだけで、緊張するのは相変わらずだけど……ライブは生モノだ。

 いつだって一瞬で……今、この瞬間が一番だ。

 目標は、あの日から変わってない。 

 常に目標で憧れなんだ……

 声を出した潤は、記憶を辿っていた。

 同じ番組に出た日は、いつも以上にテンションが上がって、その度に実感してた。

 ……今も…………

 懐メロで流れる彼等の音に耳を傾けていた。それは潤や拓真だけでなく、ENDLESS SKYのファンもだ。画面から流れる歌声に、思わず口ずさんでいる姿が数多く見受けられた。

 ……また聴ける日が来るんだ。

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