第95話 一心に羽ばたいて
アンコールに応えてステージに立つ度、同じ場所に立ってるんだって自覚する度、想い浮かべてた。
こんな緊張感のある中、上原は歌い続けてきたんだって……そう思うと、また少し凹みそうになった。
嘆いたりはしないし、比較の対象にならないのは分かってる。
でも……同級生だった事実があるから、余計にそう思うんだ。
彼がこの世を去ってから一年が経とうとしていた。
そんな受け入れ難い現実にも慣れていった。
音が聴こえなくなる度、何度も消えないでくれって願っていたけど……すべて無くなる事はなかった。
それはwater(s)が本物だったからだって思う。
リリースしていなくたって、何処かで使われていた。
活動休止にしてから、その数は圧倒的に減っていたけど……全くゼロじゃなかった事に、また俺の方が救われていたんだ。
「もうすぐだな……」
「あぁー……一年か……」
「そっか……一周忌なんだよなー……」
そう一周忌なんだ。
岸本さんとかmiyaが個人的に付き合いのあった音楽関係者も参列するらしい。
俺達も参列するんだけど……結局、かける言葉は見つけられないままだ。
石沢から体調は戻ってるって聞いたし、レッスンをし始めた事も佐々木さんや岸本さんから聞いて知ってた。
きっと……もう大丈夫なんだと思う。
いや……俺が、そう思いたいだけなんだ……簡単なメッセージのやり取りはしてるけど、上原から送られてくる事はない。
miyaがいる頃は、チェックしてくれてるのか番組に出ると必ずって言っていいほど、送ってくれてた。
プロになって過ぎていく日々が、いかに特別だったか改めて思い知った。
一つも同じモノはないんだ……そんな当たり前の事に気づかされた。
あぁー……miyaに会いたいな……。
口にこそ出さなかったが、潤だけでなく拓真も同じ想いのようだ。カレンダーにつけた丸の印に、視線を移していた。
葬儀を行った会場に、潤と拓真は揃って顔を出した。
ーーーーーー鳴ってる。
ライブよりもひどく鳴ってる筈だ。
潤の前には、あの頃と同じように微笑む彼女がいた。数ヶ月振りに見る彼女は、あの頃と変わらず光を放っているように映っていた。
「……心ばかりではありますが、別室にて席をご用意しております。お時間の許す限り、どうぞごゆっくりなさって下さい。本日は誠にありがとうございました」
滞りなく一周忌は終わりを迎えていた。
上原は……泣いてなかった。
miyaの為に集まってくれた仲間に、感謝しているみたいだった。
お斎の際も、彼女は施主としてお酒をついで回りながら、時折笑みを浮かべていた。潤は目の前で注がれていくグラスより、彼女へ視線を向けていた。
「ーーーーJUN、久しぶり……今日は来てくれてありがとう」
「あぁー……会えて、良かった……」
「うん……」
そんな事しか言えない俺に、上原は変わらずに笑ってた。
そんな些細な事に、ひどく鳴って……また泣きそうになった。
きっと……久しぶりに会ったのもあるけど、それだけじゃなくて……四人が揃ってる所を見たからだ。
見送りをする彼女の前に彼等が揃っていた。潤だけでなく、参列者の殆どが四人に視線を移していた。
water(s)が揃っていた……その事実が、何よりも嬉しかったんだ。
それは……俺だけじゃなかったと思う。
隣にいる拓真も、岸本さんや佐々木さんも……皆が待っていた瞬間だったんだ。
彼等と抱き合う姿が視界の隅に入った。綺麗な涙を流す彼女にまた惹かれながら、ビールを飲み干していた。
「ーーーー待ちきれないよなー……」
「あぁー……そうだな……」
ーーーー俺の本音と同じだ。
隣で口にした拓真に、潤は小さく頷いていた。
ずっと……聴きたかったんだ……だって、音の中にmiyaは残ってるから……。
そんな単純な事じゃないって分かってはいるけど、そう思っていたんだ。
「二人とも頑張れよ」
真後ろにいた岸本に驚きながらも、その言葉の意味は痛いくらいに分かっていた。羨望の眼差しを向けながら、ハッキリとした口調で応えた。
「はい!」
二人の気持ちが定まっている様子に、岸本は安堵したように微笑んでいた。自然と彼女へと向けられる視線は、彼等に限った事ではない。彼女の温かな存在に救われていたのは、潤だけではなかったのだ。
ほんの少し話をしただけなのに、その存在を大きく感じて……あぁー、やっぱ好きだな……なんて、性懲りもなく思ったりした。
ーーーー変わらない姿に、救われていたんだ。
殆どが俺の一方通行だったけど……上原と連絡を取り合っている。
今日も何処かで聴いてくれている筈だ。
それだけで……また強く鳴ってた。
ツアーの真っ只中、国内最大級の邦楽ロックフェスティバルが行われている。二人は一番広いGRASS STAGEのバックステージにいた。
「ーーーー拓真……いよいよだな」
「だなー……ラストなんて、大出世だよなー」
「あぁー……」
すでに歓声が上がっているのが分かる。
ドクドクと強く鳴る中、いつものように揃って声を出した。
「今日もよろしくお願いします!!」
目の前に広がる光景は見た事はあるけど、今までとは違う。
water(s)が……ラストを飾っていた場所に、立ってるんだ。
想像してたよりも来るな……来ない訳ないんだ。
ある意味、夢が叶っていて……この場所で歌えるのは最初で……最後かもしれない。
それでも良いんだ……だって、また聴けるかもしれないんだから……。
ツアーと同じメンバーの音色に安心して、思い切り声を出していた。
あーーーー、楽しいし、気持ちいい……こんな瞬間があるから、やっぱ止められないんだ。
叶ったような夢は、まだ夢のままだ。
そのくらいの現実は分かってる。
それでも……拓真となら……ナリさん達となら、やって行けるんだ。
晴れ渡る空の下、思い切りよく奏でるENDLESS SKYの音色に歓声が上がっている。
会場を埋め尽くす程かどうか……正直、俺には分からない。
だけど……届いているのは分かった。
どんなに願っても、届いてる感じがしない時もあったけど……歓声がそう言ってくれてるみたいだ。
会場にいる筈の音楽仲間を見つける事は出来なかったが、大量に送られてきたメッセージで、潤にも分かっていた。
ーーーー届いていたんだって…………
「……拓真…………」
「お疲れー!!」
抱きつかれた勢いのまま、二人は強く抱き合っていた。
「ーーっ、お疲れ……」
それ以上は声にならなかった。
成田に頭を撫でられると、自分達が涙目になっていた事に気づいた。
あぁー……最高だった……こんな場所に立っていたんだな……
大量に送られてきたメッセージの中には、彼女からも届いていた。
「………………hana……」
彼の漏らした声は、喧騒の中へ消えていった。
「潤ーー! 今日は飲むだろー?」
「あぁー」
テンション高めな仲間に、彼も微笑んでいた。
『素敵なライブだったよ! ありがとう!』
ーーーーありがとう……か……それは、こっちの台詞だ。
聴いてくれて、ありがとな……だ。
彼女からのメッセージに、また潤の方が救われていたのだろう。頬が緩んだまま、返していた。
言葉にすると、どれも違う気がして……結局スタンプ頼みだけど……届いたんだな。
あれだけ聴いて欲しいって、何度も願っていたけど、ようやく聴いて貰えたんだ。
あぁー……戻ってきたんだ……
「……もしもし……hana?」
勢いのまま電話をかけると、聴きたかった彼女の声がした。
『JUN! お疲れさまー!』
自分の事のように嬉しそうな声を上げる彼女に、涙が溢れそうだ。
「ーーーーありがとな……」
『えっ? ごめ……声がすごくて……』
「……俺は……hanaの歌が好きだって事……」
『ーーわっ……JUN、画面に切り替えていい?』
「あ、あぁー」
周囲の歓声に、潤の声は届いていないようだ。彼女は驚いたような声を上げると、携帯電話の画面に映っていた。
『お疲れー!』
彼女の周囲には、音楽仲間が揃っていた。
「お疲れー、ありがとな」
『最高だったぞー!』
『うん、かっこよかった』
『詩織は相変わらずだなぁー』
あの頃と変わらずに微笑む仲間に、潤は拓真と肩を寄せ合っていた。
『とっても楽しかったよー!』
「あぁー……」
そう言って微笑んでくれた彼女に、また鳴っていたんだ。
音で溢れる世界に、戻ってきたんだって感じながら……。
「飲んでるかー?」
「拓真、絡むなよ」
「絡んでないってーー」
彼はそう言ってはいるが、珍しく頬が赤くなっている。上機嫌のまま潤の肩を寄せていた。
「最高だったなーー」
「あぁー……」
「次も立てるといいよなー……」
「……そうだな」
何処かで敵わないって思ってるのは……速攻でバレた。
「二人とも、もう少し強気で行けよ?」
「そうそう。掴まなきゃ、立ち続けられないんだぞー?」
酔っ払いは拓真だけでは無いようだが、そんな中で放たれた仲間の言葉は、潤の心に響いていた。
ーーーーそうだ……俺達は、あの太陽を掴まえる約束をしたんだ。
ブーブーと鳴った携帯電話には、音楽仲間の六人が写っていた。
「あーー、hanaじゃん!!」
「あぁー……」
彼女のファンは此処にもいた。
ファンクラブに入ってるのは、俺達だけじゃないしな……。
彼の携帯電話は、他のメンバーの手に回っていた。彼女をひと目でも見たい者が多かったからだ。仲間と楽しそうに笑う彼女に、小さな声が漏れていた。
ーーーー今……「良かった……」って、誰か言ったよな?
潤にも、誰が漏らしたか分からない程の小さな呟きだったが、それは彼にとっても救いだったのだ。
そう……笑っているんだ……何処かで、もう会えないって思ってたのかもしれない。
また……聴こえてくるんだ……。
他とは確かに違う彼女に、伝えられる言葉は持ち合わせて無いけど……アンダンテが良いな……。
頭の中で、ゆっくりと歩くようなテンポのメロディーが鳴っているのだった。
 




