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第93話 この世界を諦めないでくれ

 目の前が真っ暗になって行くみたいだ。


 耳馴染みの良い音色とは逆で、報道される事実が耳障りで視界がぼやけていった。 


 彼女なら大丈夫だって、何処かで自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 俺に……もっと余裕があれば、直接会う方法はいくらでもあった筈なのに……


 ツアーのラストは、今も心の奥で響いてる。

 water(s)の集大成みたいで……涙が零れた。

 いつもと変わらずに奏でてるみたいだった。

 少なくとも俺には、いつも通りに見えた。

 あの頃と変わらずに声を出してたって……そう思ってたのに……


 「…………上原……」


 思わず呟いていた。


 こんなに響いてるのに……こんなに響く曲が作れるのに……上原には、何一つ届いてないのか?


 「どうしてるんだろうなー……」

 「……どうしてるって?」

 「あんなに音楽が好きなのに歌えないなんて……俺なら耐えられない」

 「あぁー……そうだよな……」


 大学の頃の彼女の事なら分かる。

 音楽一筋みたいな奴が集まる中でも、その実力は抜きん出ていたし、その才能を羨んだ事だってあった。

 そんな彼女が音楽を手放すなんて、考えられない。

 それ程までに、打ちのめされていたのか…………


 自分の身近な人が亡くなるなんて、俺は祖父を亡くした事があるくらいで……実感が無いんだ。

 大切な……憧れている人の死は、受け入れ難かったけど……音楽は残ってるし……俺は、その音色に励まされてきたんだ。

 ずっと……後押しされていたんだ。

 今も…………


 勢いのまま電話をかけていたが、彼女が電話に出る事はなく、留守番電話に切り替わっていった。


 「…………もしもし、上原? 声が聞きたい……」


 他に……何て声をかけたらいいか分からない。

 歩き出せないなら、手を差し出したいけど……届かない気がした。

 俺じゃ動かせないんだ……


 「…………miya」


 思わず漏れ出た名前に、また涙が零れる。


 あぁー……そうだよな…………きっと、上原は俺以上に現実は残酷だと感じていた筈だ。

 想像力を働かせて曲を作る癖に、こういうのは本当……ダメだな。


 「……潤、石沢からも連絡来てるぞ?」

 「あ、あぁー」


 涙を拭って視界に入った文面に、また胸が痛んだ。


 「ーーーーでも、生きてるんだな……か……」

 「あぁー、そうだな……生きてるんだから……」


 生きてさえいれば、やり直せる。

 言うのは簡単だけど、やり直すって事は容易じゃない。

 それくらいの現実は分かってる。


 数ヶ月振りに来たメッセージに、また鳴っていた。


 『私は大丈夫だよ。エンドレの活躍、楽しみにしてるね』


 病人にまで励まされるなんて……そんな言葉に救われてる自分に嫌気がした。

 楽しみにしてるって言われなくたって、楽しませてやる! くらいの意気込みがなくて、どうするんだよ!


 そう自分を奮い立たせて、今まで歌ってきたんだって思うと、何も出来なかった自分がやけに情けなくて……何を言っても、意味がない気がした。


 『hanaの歌が好きだ』


 散々迷った挙句、そんな事しか送れなかった。


 ありがとうのスタンプに、また俺の方が救われてた。


 解散じゃないって分かってるけど……伝えずにはいられなかった。

 諦めないでくれ……音楽をめないでくれ……これは、俺の勝手な願いだ。

 変わらずに在り続けるなんて、water(s)にしか出来ないんだ。

 hanaにしか……続けられないんだ。


 昼からCDを見に行く予定であったが、気づけば日が暮れていた。無情なまでに時間だけが過ぎていった。

 



 いつも自分の事で手一杯で、後悔した時はすでに遅かった。

 今更、何を言っても意味がない事は分かってる。

 そんな事、痛いくらいに分かってるんだ。

 だけど…………せめて、上原だけは……hanaだけは諦めないでくれ。


 命に別状がない事に安堵して、次の曲が聴けない事に落胆した。潤は拓真といつものようにスタジオを訪れていたが、ギターに触れる手が止まったままだ。


 「ーーーーーーーー拓真、ちょっと叫んでいいか?」

 「あぁー」

 「あーーーーっ!!」


 珍しく思い切り声を出した彼に釣られ、拓真も同じように叫んだ。ある意味ストレス発散であり、これから歌う為の意気込みでもあった。


 伝えるつもりのなかった言葉は、そのまま流された。

 そりゃあ、あんな文面じゃ伝わる筈もないだろうし、直接言えた訳じゃない。

 それに…………そんな余裕、無いんだ。

 今もツアーの事で頭が一杯だし、明日の収録の事で若干緊張してる。

 慣れたと思っていても、生放送はまた別だ。

 やり直せないって、それだけでまた鳴ってるんだ。


 「また頭からだろ?」

 「あぁー」


 隣でいつものように弾く拓真に、また救われていた。


 あぁー……当たり前じゃないんだ…………

 当たり前だって思ってた現実が、奇跡みたいな事だったって……今更のように気づいた。


 遅すぎるよな……俺はwater(s)が……hanaがいたから、今まで折れずにやってこれたんだって……


 いつものようにギターに触れ、いつものように声を出した。彼はいつも通り出したつもりだったが、声は微かに震えていた。拓真が隣に視線を移すと、彼の瞳は潤んでいた。


 ……会いたいな…………miyaの事をいつか語れる日が来たらいいな…………

 あのバーの酒を飲んで、想い出話を語るには時間が足りない。

 それは分かってるけど、そう願わずにはいられなくて……


 「拓真……もう一回」

 「了解」


 いつものように微笑んだ彼に、拓真も歯を出して笑ってみせた。


 ーーーーーーーー痛いくらいに心臓が鳴ってる。

 生放送は大抵そうだけど……理由はそれだけじゃない。

 今日は阿部っち夫妻が何処かで見てくれているんだ。


 潤が自分の感情を持て余していると、扉をノックする音がした。


 「ーーーーはい」

 「失礼します……」


 緊張した面持ちで現れたのは、二人と同じようなグループだ。


 「bitterビター'sです。今日もよろしくお願いします!」

 『よろしくお願いします』


 握手を交わして、緊張気味の二人を見送った。


 ーーーーーーーー俺も……あんな感じだったのかな。


 元気に挨拶をする彼等に、デビュー当初の自分を想い返していた。


 初めてwater(s)に挨拶した時は、ある意味ステージに立つより緊張してたっけ……そう考えると、痛いくらいに鳴っていても、それが当たり前になったんだよな。

 生放送も、友人が見に来てくれて緊張するのも……当たり前の事だ。

 緊張しない時なんて無いんだ。


 隣に視線を移すと、彼も同じ事を考えていたのだろう。二人はどちらからともなく拳を寄せ合っていた。


 「ーーーー楽しもうな!」

 「あぁー」


 俺のやる事は変わらない。

 日々の積み重ねで、届くように歌うだけだ。


 ーーーーーーーー叶うなら……他の誰でもない上原に聴いて欲しいんだ。


 会場で聴いている筈の阿部夫妻よりも、聴いているかも分からない彼女に届けたいのだろう。ENDLESS SKYの音色が響き渡っていた。


 たった二曲だ……だけど、二曲も披露出来るんだ。

 打ちのめされそうになる度、支えられてきた曲みたいに……俺達の曲もそうであって欲しい。

 そうであると良いなって……そんな生温いのじゃなくて、本気でそう在りたいって願った。


 願わずにはいられない彼の想いは、歌に乗せているようだった。


 楽屋に戻るなり、テーブルに突っ伏したが、訳もなく涙が零れていた。


 「ーーーーっ……」

 「…………オリコン一位か」

 「あぁー……」


 ランキングの発表は、正直言って無意味だ。

 それでも公表される事実が、胸を突き刺すみたいで……


 「いつになるんだろうな……」

 「あぁー、不本意だけどさ。やって行くしかないだろ?」

 「あぁー」


 拓真の言う通りだ。

 不本意だからって投げ出すなんて出来ないし、歌わない選択肢はない。

 それは……俺が一番、分かってるんだ。


 少しずつ増えていったテレビの仕事で、披露できる曲数が増えた。

 有り難い事だって分かってはいるんだ。

 それでも……water(s)がいたらって……何度でも思う。


 ーーーーーーーー代わりはいないんだ。


 「あっ、阿部っちから連絡来たぞ?」

 「あぁー……阿部っちらしいな」

 「だよなー」


 受け入れ難い現実を受け入れろって、言われてるみたいだ。


 『エンドレ祝一位!! めっちゃ良かったぞ! だから諦めるなよー』


 諦めてない……諦められるもんか……俺達は、いつかwater(s)と同じ場所で演りたいんだから……


 「阿部っちが今度また飯行こうだってさ」

 「良いじゃん! ツアー前に金子も誘ってみるか?」

 「あぁー、そうだな」


 上手くいかない事の方が多い。

 前よりはマシになったってだけで、理想には程遠いままだ。

 だからこそ、練習していくしかない。

 届くように奏でていく事しか出来ないから……


 「……拓真、帰ったら見るだろ?」

 「勿論! 酒は控えるから、ノンアルコール買って帰るだろ?」

 「あぁー」


 家に着くなり録画していた映像に足りないものを見つけて、また次へ繋がるように反省会をしていた。変わらない習慣と、変わってしまったステージにひどく鳴っていた。


 あぁー……此処はwater(s)がよくラストに出てたんだよな…………代わりはいないって分かってはいるけど、彼等が出ていた場所で歌うと……また込み上げてくる。


 グラスを寄せ合って、テレビから流れる音色に一喜一憂しながら願っていた。


 ーーーーーーーー諦めないでくれ……音楽をめないでくれ。

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