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第85話 夜空へ消えていく

 「お疲れー」 「お疲れ……」


 家に帰ってからも飲み会は続いていた。グラスを寄せる拓真に、潤も微笑む。気が抜けたのだろう。彼にしては珍しく酔っ払っていた。


 「…………楽しかったな……」

 「だなーー……」


 総称すれば「楽しかった」と言える彼に、拓真も納得の様子だ。


 楽しかった……上手くいかないのも今の俺だけど、それでも……楽しかったんだ。

 やっぱ、音楽は良いよなーー……


 酔いが回った二人は、ソファーに並んでパソコンの画面を見ながら、夢見心地で眠りについた。


 ジャーーーーッと、シャワーの音で目が覚めた。彼にしては珍しく、拓真より後に起きていた。

 空き缶だらけだったテーブルは、元通りになっている。先に起きた拓真が片付けを済ませたようだ。


 ーーーーーーーー体が痛い。

 いつもは喉とか色々気をつけてるけど、昨日はオフレコって事でハメを外し過ぎたな……


 「んーーーー……」


 両手を伸ばした潤は、つけっぱなしになっていたパソコンから流れるメロディーに惹かれていた。


 ……朝から目覚めが良い筈だ。


 彼等の穏やかな曲調が流れていた。彼女の澄んだ声が、レコーディングの無事を祝福しているようだ。


 「…………やっぱ……」

 「潤ーー、起きたかー?」

 「あぁー、おはよう拓真。片付け、ありがとな」

 「うん、俺もさっき起きた所だし。潤も浴びて来るか?」

 「あぁー、行ってくる」


 平然を装っている彼だが、拓真に聞かれていないと分かってはいても、心拍数は上がっているようだ。シャツの胸元を小さく掴んでいた。


 ……やっぱ……好きなんだ…………


 ーーーー告白しなくて正解だった。

 おかげで今も、音楽仲間として繋がっていられる。

 上原の事だから、告げてもエンドレのJUNとして接してくれるだろうけど……ミヤ先輩から嫌われたら、やっていけない。

 上原だけじゃなくて、やっぱ……miyaも好きなんだよな。

 変な意味じゃなくて、ずっと憧れのままなんだ。

 あんなに気さくに話しかけてくれるけど、その存在は大きくて遠いままだ。


 シャワーを浴びながら、また音を探していた。レコーディングが一つ終わっても音楽漬けの日々は続いていくからだ。


 髪を拭きながらリビングに戻ると、拓真が二日酔いに効きそうな味噌汁とお握りを用意していた。


 「これ食ったら、行くだろ?」

 「あぁー、午後から借りてたよな?」

 「そうそう、やってみたいのがあるんだよ!」

 「楽しみだな」


 試してみたい事は山程ある。

 まだ……まだ、途中なんだ。


 朝昼兼用の朝食を取る二人の耳には、彼等の音色が届いていた。


 「やっぱ……良い声してるよな……」

 「だよなー、上原の為にあるようなバンドだしなー」

 「あぁー……」


 始まりはmiyaが中心だったけど、上原が……hanaが加入してからは、彼女が中心になった。

 そこからwater(s)は飛躍したって言ってたっけ……あのメンバーが認める歌声が、響かない訳がないよな。


 思わず聴き入ってしまいそうになるのを堪え、簡単に身なりを整えると、愛用のギターを持ってスタジオに向かう。月一程度に続いているレッスンを受ける為だ。


 最初の頃みたく注意を受ける事はない。

 見せ方を学んでるようなモノだ。

 ギタリストは山程いるけど、その中でもmiyaとkei……それにhanaの実力は、先生から見ても一番優れているみたいだ。

 一番が何人いるんだよ?

 何度も思うけど、豪華なメンバーだ。

 だって……個人でだってやって行けた筈なのに、敢えてバンドを組んでるんだから…………五人にしか出せない音色があって当然だ。

 俺も、俺達にしか出せない音色を作りたい。

 試行錯誤の繰り返しは、その為にあるんだ。

 高望みなんかじゃなくて、拓真となら出来るって……それだけは、確信に近いくらい信じてるんだ。


 二人の織りなすハーモニーは、デビュー当時より格段に届きやすい音色に変わっていた。人の心にクリアに届くような音を出せるようになっていたのだ。


 「ーーーー上手くなったな」

 『ありがとうございます!!』


 珍しい言葉に、二人は勢いよく応えていた。

 

 練習を終えると、ギターを背負ったまま楽器店を訪れていた。


 「久々に褒められたなー」

 「あぁー、認められたみたいで嬉しかったな……」

 「ったく、潤はーー」

 「何だよ?」


 呆れ気味の溜息を漏らした拓真の想いを、潤は分かっていないようだ。


 「認められてるんだよ! それくらい、自惚れたっていいだろ?」

 「……あぁー、そうだな……」


 そういう場所まで届いたんだ……未だに課題は山程あるし、出来ない部分も多いけど……少しずつ出来る事が増えていってるのは確かだ。

 この数年で一番変わった所だ。


 「ーーーー二人とも、いらっしゃい」

 「店長さん、お久しぶりです」

 「ご無沙汰してます」


 変わらない二人に、店長からも笑みが溢れる。当時と変わらない店内に懐かしさを感じながら、あの頃とは違い自分達のCDが並んでいる現実に鳴っていた。レジにある棚には、彼等の隣に二人のサインが並んだままだ。


 夢が現実になって……あれから、四年が経とうとしてるんだ……


 「……早いな」


 そう漏らした潤は、店内に流れる彼等の音色に惹き寄せられていた。


 「エンドレも頑張れよ?」

 『はい!』


 勢いよく応えた二人に店長は懐かしさを覚えた。夢を叶える為に彼等が努力を積み重ねた日々を知っていたからだろう。


 「店長、またチケット送るんで来て下さいよ?」

 「それは楽しみだなー」


 自分の事のように嬉しそうに微笑んだ彼に、二人の心はまた鳴っているようだった。

 



 出来る事はやってる。

 夏のフェスに向けてセットリストは思案中だし、来年のライブに向けての準備も少しずつだけど整って来てる。

 アルバムは順調に収録出来たし、あとは発売日を待つだけだ。


 「拓真、ちょっといいか?」

 「あぁー、ラストだろ?」

 「あぁー、もう一回通してもいいんだけど……順番変えないか?」

 「俺も思った。何かしっくり来ないんだよなー」


 拓真も考え込む仕草をしている。

 セットリストの曲選びまでは順調だったんだけど……曲順に毎回、悩んでるよな。

 一回で正解なんて出ない。

 何度も繰り返して、ようやく形になって行くんだ。


 録りたての曲を聴きながら、演奏のチェックも同時進行していた。自分達の音色を客観視して、どれだけのハーモニーに仕上がっているかの確認だ。


 ギターも、ハーモニーも良さそうだけど……ラストっていうか、順番を一からやり直しだな……


 「やり直すか?」

 「あぁー……」


 拓真も同じ反応を示した。方向性が決まっていれば、二人の意見が食い違う事は少ない。

 一つのモノを目指して形を作っていくのだが、スタジオを借りての練習には時間に限りがある為、これ以上は明日に持ち越しになりそうだ。


 「……続きは家でやるか?」

 「やるやる! 何か買って帰って、食べながら聴かない?」

 「あぁー」


 時刻は十九時を過ぎた所だ。二人は腹時計が鳴るのを堪え、買い出しを手早く済ませて家路に着いた。


 お互いに言葉を交わさなくともパソコン画面と睨めっこだ。テーブルには先程買い込んだお握りやお惣菜が並んでいる。


 「…………曲は……これが良いよな?」

 「そうなんだよなー。詰め込みすぎか?」

 「まぁー、多少はな。でも、演りたいだろ?」

 「演りたい。削りたくないからなー」

 「そしたら、少しアレンジするとか?」

 「んーーーー、この曲とか?」

 「そう、あとこの辺の順番とか……」


 意見を出し合って、形にしていく過程は割と好きな方だけど……このままじゃ、ラストだけじゃなくて頭以外は変える事になるな……


 夜が更けていく中、何度も曲を聴きながら試行錯誤を繰り返す。


 納得のいく形にならなければ、ライブでやる意味がない。

 俺達らしさのあるライブ。

 ギターのハーモニーと声の掛け合い。

 バラードばかりにならないで、観客が楽しんでくれるような……そんなステージにしたい。


 同じ想いを抱えた二人は、学生の頃のように熱く語り合いながら、先に訪れるフェスの為だけのセットリストを組み上げていった。

 



 「ふぁーーーー……」


 もう夕方だというのに、潤は欠伸をしていた。昨夜というより、朝方まで続いたセットリストの完成の影響だろう。体はスッキリしないようだが、頭は冴えていた。想い描いた出来になっていたからだ。


 早くフェスの日にならないかな……拓真じゃないけど、待ち遠しいんだ。

 完成したセットリストは俺達が納得するモノになったから、直ぐにでも披露したいくらいだ。


 ソファーに腰掛けた潤はテレビをつけた。夕方のニュース番組が流れる時間だ。


 この間の収録は今日、放送だっけ……どんな感じになってるんだろうな…………

 録画してまで自分達の出演番組を見る事はないけど、客観視した時にどうなってるかは気になる。

 ライブツアーの映像みたく残る訳じゃないから……それにしても、楽しみだよな。

 water(s)もフェスに出るし、また同じ場所に立てるんだ。

 時間帯は相変わらずだけど……それでも良いんだ。

 いつかラストに演奏してみたいけど、やっぱラストはwater(s)で締めくくりたい。

 こういう感覚も、変わらないんだよな……


 「…………えっ……」


 テレビ画面の速報に思わず声を漏らした。信じられず、他のチャンネルに切り替えるが、どの番組でも速報として伝えられている。


 「……miyaが…………死んだ?」


 現実の事とは思えず、訃報ふほうを伝えるキャスターの顔が滲んでいた。

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