第84話 救われていたんだ
kamiyaで活動してた頃のmiyaはレアだ。
顔出ししてなかったけど、その歌声と抜群の演奏力でネットの中で有名だった。
あんな風に弾けたら……って、何度思ったか分からない。
ーーーーーーーー今もそうだ。
潤は動画を見るなり、上原へメッセージを送っていた。
「うわっ……」
隣からも思わず声が漏れている。パソコンの前に並んだ二人は、彼等のセッションした様子を聴き入っていた。
「ーーーーこれって、あれだろ?」
「あぁー、アビーロードスタジオだよな……」
ネット限定で配信された動画は、Jamesっていう音楽界の巨匠が携わっていた事もあって、あっという間に億を超える再生回数だ。
それがまた話題を呼んで記録更新中らしい。
俺には想像もつかないけど……ライブ感のある音色なのに、整ってるんだ。
多少のバラツキもライブの醍醐味なんだろうけど、そんなのは言い訳にしかならない。
そう……痛感させられた。
ライブ感があっても、リズムがよれる事も、上原が音程を外す事だって無い。
この間、俺達もレコーディングしたようなスタジオだ。
それぞれのスペースにいるけど、一気に録音するからタイミングがどれだけ大事なのか分かる。
それが、どれだけ大変か……今の俺には、それがよく分かる。
グランドピアノを弾く彼女へ視線が集まると、当たり前のように音が重なっていく。タイミングがずれる事はなく、いつもの彼等の音色が響いていた。
今の映像も、加工されたCDと何ら変わらない。
上原は……いつも上原の音なんだ。
彼女は手元を殆ど見る事なく、彼等と視線を合わせ、歌っていた。
弾き語りにしたって、難易度高すぎだろ?
water(s)の楽曲は難解なモノが多いし、いくらデビュー曲で……何回も弾いてて慣れていたとしても、あんな風には弾けない。
「ーーーーやば……」
「あぁー……」
あのJamesとセッション……ジャズ調に変わった。
一瞬で音が自在に変化するなんて、water(s)ならではだ。
ーーーーーーーーそれに……
「……楽しそうだな」
「だよなー……」
世界的に有名な彼を前にしても、変わらない音色が出せるなんてな…………その場にいたら、恐れ多くても入れて貰いたくなっただろうな。
見ているこっちまで、弾きたくなった。
きっと……音楽が好きな想いが、伝わってきたからだ。
akiのドラムに、hiroのベース。
miyaとkeiにJamesまで加わったギターに、hanaのピアノ。
どれか一つでも欠けてたら、こんな音は出せないんだろうな……
彼等の音色は見る者を魅了していた。ENDLESS SKYの二人も虜になっていたのだ。
「ーーーー潤、そろそろ行かないとやばい!」
「えっ?」
時計に目をやると、収録の時間に迫っていた。
「やば……」
急いで潤がタクシーを呼ぶと、拓真はラフな格好から着替えていた。起きてからずっと潤と一緒に見ていた為、彼はジャージ姿だったのだ。
時間が経つのを忘れるって、こういう事だ。
遅刻はしなそうだけど……拓真が気づいてくれなかったら、やばかった。
二人にしては珍しく、収録時間ギリギリにスタジオを訪れていた。いつものように挨拶を済ませると、直ぐに収録に参加だ。
間に合った……今日は生放送じゃないけど、他のミュージシャンを生で聴く事は出来る。
こういうのは、やっぱ楽しいよな。
いろんな奴がいるし、今日はraindropもいる。
最近、よく一緒になる事が多い。
五人編成だから、water(s)っぽさはあるけど……
目の前で歌詞が飛んだサクの姿に、気の毒さはあっても、同情の余地はない。
そんなの長くやってれば一回くらいあるし、テンションが上がって飛んだのが分かるから、メンバーも何処か笑ってるみたいな表情だ。
そう滅多にないけど、全く無い事じゃない。
だけど……water(s)のそんな姿は、一度も見た事がない。
あんなに歌ってるのを見てるのに一度もないんだ。
デビュー曲を一つも間違える事なく歌えてたし、身体に曲が染みついてるみたいで……どれだけ歌えば、あんな風になるんだろうな…………考え出したらキリがない。
どんなに練習を重ねても、到底届きそうにはなくて……そんな事、分かってるんだ……
「ENDLESS SKYのお二人です」
カメラが二人に切り替わった。潤はいつものように拓真と視線を合わせ、声を出した。
……最初から分かってたけど、終わりに出来なかったのは……ずっと、聴いていたいからだ。
飽きる事も、捨てる事もない。
ただ……あの音色に、いつだって触れていたくて、いつだって憧れているんだ。
久しぶりに人前で歌った曲に、歌詞を飛ばす事も、ギターが乱れる事もなく、心地良いハーモニーが響く。憧れの彼等と同じように、デビューしてからの二人もまた、完璧に近い演奏を披露する日々を続けていた。
観客から送られる拍手に、ほっと胸を撫で下ろした。いくら彼等がライブが好きで、人前の演奏に慣れているとはいえ、テレビ番組の収録はまた別の話だ。
「お疲れー」
「お疲れ、拓真のおかげで間に合ったな」
「かなり危なかったけどなー」
いつもとは別の理由で擦り減っていた。ゴクゴクと喉を鳴らし、ミネラルウォーターを飲み干すと、ペットボトルをゴミ箱へ投げ入れた。
「ーーーーあれは凹むよな……」
「だよなー……サクくんも、やっちゃったって顔してたもんなー」
「あぁー」
同情の余地はないけど……知ってる奴がミスしたら、結構くる。
生放送だったら、そのまま流れてるし。
今日は上手く合わさったけど、それがずっと続く保証はない。
あるのは練習して積み重ねた日々と、それに見合うだけの演奏力だけだ。
後悔した所で、時間が巻き戻る事はない。
続けて行くしかないんだ……それしか出来ないんだ。
バイブ音がして携帯電話を見ると、石沢のリクエスト通りの写真が送られてきた。ライブ直後の彼等の姿だ。
あのTシャツを着てるから、アンコールが終わったのが分かる。
water(s)のライブでは鉄板出し。
Tシャツにデニムとラフな格好の彼等は楽しそうな笑顔を浮かべていたが、消耗してるのが潤にも伝わっていた。フェイスタオルを肩から下げ、汗をかいてる事が分かったからだ。
「ーーーーもう、世界のwater(s)だよな……」
「あぁー、そうだなー……全米でも一位か……」
「あぁー……」
……全米でも一位だ。
日本だけじゃなくて、他の国でも首位を獲得するだけの技量があるって事だ。
「……凄いよな」
「だよなーー」
あれだけ出来たら有頂天になりそうだけど、上原達にはそれがない。
いつだって真摯に向き合う姿に、胸が打たれる。
あぁー……こんな音が出せたらな…………なんて、何度目になるか分からないけど、そう感じた。
あんな音色が出せたら、きっと……何処へでも行ける気がした。
何処までも行ける気がしたんだ。
「大盛況だってさーー」
携帯電話を見ながら呟いた拓真と、イヤホンで彼等の曲を聴きながら動画を見ていた潤は、レコーディングスタジオに向かっていた。二人のレコーディングも最後の一曲を残すだけとなっていた。
「ーーーー早いな……」
「ん? レコーディングか?」
「あぁー」
「そうだなー、早く感じるよなー」
「あぁー、また夏が来るしな」
「そうそう、早くならないかなーー」
気の早い拓真に、彼も微笑む。待ち遠しくて仕方がない想いは同じであった。
また……あの場所に立てるんだ。
気が早い話だけど、そう考えれば……まだ歌える。
まだ……やって行けるんだ。
レコーディングマイクの前に立った潤は、スムーズに声を出していた。その横顔からも、不安の要素は感じられない。
ーーーーあぁー……やっぱ、これだけは譲れない。
これだけは……俺が選んで、立っている場所なんだ。
「調子、戻ってるな」
「はい、潤は……いつだって歩き始めるような奴ですから」
拓真が見つめる横顔からは、相方を信頼する表情が岸本にも読み取れた。二人の関係性の良さが楽曲にも反映されている事は、彼等の周囲にいる者にとっては、周知の事実であった。
自身にとっても納得のいく歌声になっていたのだろう。拓真と視線を合わせた潤は、微かに頬を緩めていた。
「お疲れー」 「お疲れ」
ほとんど同時に言い合った二人は、ライブ終わりのようにハイタッチを交わした。
ミックスして、マスタリングして、一つの作品に仕上がる。
細かい作業は、俺には出来ないけど……それを見てるのは好きだ。
俺達の作品は、いろんな人の手を借りて一つのCDになってる。
その過程は、自分達で録音してただけの頃とは違う。
何枚もリリースされてるCDは、全て此処にいる人達がいなければ出来なかった事だ。
デビュー当初から変わらない岸本さんもいるし、途中から加わってくれたナリさん達バックバンドのメンバーもいる。
少しずつ積み重ねた日々が、確かに繋がっているって……こういう一つのモノを作る時、特に強く感じるんだ。
「二人ともお疲れー」
「ナリさん、来てくれたんですね。ありがとうございます」
「JUNは相変わらずだなー」
収録が無事に終わり、奏者達で揃って飲みに向かった。
ちょっとした打ち上げだけど、何だかんだで予定が合えば夕飯を揃って食べに行ったりしてるよな。
こういう何気ない日々も、全て繋がってるのかもな……
そう感じながらグラスを寄せ合っていたのは、息の合った彼等の音色を想い浮かべていたからだろう。
「water(s)の見たか?」
「見た見た!」
「あの巨匠とセッションって、かなりレアですよね」
自然と音楽の話になるのは、音楽仲間と変わらない。
俺達が音楽で繋がっているからだ。
ネット配信された彼等のレコーディング風景に、セッションの様子に、再生回数が伸び続けている事実を前にしても、ただ単純に感動した気持ちだけが残っていた。
いつものメンバーと話をする潤もまた、今いる場所が一番だと感じていた。




