第81話 渇きを力に変えてゆけ
次に向けて思案中だ。
今度は前回の反省を生かした演出になる予定だ。
もっといえば、water(s)とか……他の人のライブを参考にして、オリジナルにして行くつもりだ。
勉強材料は山程ある。
Blu-rayやDVDのライブ映像を見返していた。二人が持っているのは殆どがwater(s)の為、他は中古購入が大多数だ。ローテーブルには、それらのケースが雪崩でも起きたかのように乱雑に置かれている。
「拓真……やっぱ、water(s)見ないか?」
「賛成ーー」
色々見たって、結局は好きなやつに戻ってくる。
やっぱ……他のどれとも比べられないや……。
何度も……生でも見てるのに、それでも見返したくなるほど、やけに響く。
ファンだから……何だろうけど、やっぱそれだけじゃないよな。
hanaやmiya達が創り出すモノが、惹きつけて離さないんだ。
テレビ画面から流れる彼等の音色は、何年経っても色褪せる事はないのだろう。当たり前のように、また新たな気持ちで聴き入っている二人がいた。
ツアーをするにあたって、またアルバムを出す予定だ。
来年の夏には五周年って事で、また国内を回れるんだよな。
今から楽しみで、曲制作する今の段階で、すでに鳴ってるんだけど……
「……やり直すか」
「やっぱり? 何かしっくりこないんだよなー」
「あぁー」
またアレンジで難航中だ。
曲は割と直ぐに出来る方だと思うけど、アレンジは毎回そうはいかない。
なんて言うか……思ってた感じと同じ仕上がりにならないんだ。
理想とのギャップなんだろうけど、少しでもその差を無くしたい。
ずっと前からの俺の課題だ。
同じような音色に出来る程の技量が……まだ、足りないんだ。
最初の頃よりはだいぶマシになったとは思うけど、なかなか上手くはいかないよな。
自分が納得いってない仕上がりを、リスナーが聴いてくれるとは思えない。
ーーーー誰にも届かないまま終わる曲だって、山程あるのは分かってるけど……
「潤ーー、腹減ったーー」
「そうだな……何か食べて帰るか?」
「あぁー、鍋は?」
「いいけど、昨日も鍋しただろ?」
「寒いし、決まりなー」
「あ、あぁー」
スタジオを出ると、まだ冷たい風が頬を撫ででいく。もうすぐ四月になろうとしているが、冬服を手放せずにいた。
「拓真、ありがとな……」
「ほら行くぞー」
照れたように笑った彼の隣を潤は歩いていた。
ーーーー俺の焦りはバレバレだよな。
あのライブを見て、音が溢れたけど……それだけだ。
それ以上のモノは生み出せない。
投げやりになったりはしないけど、それでも納得の出来にならなければ焦りは生まれる。
このまま枯渇するんじゃないか? って……何度目になるか分からない声が、何処かでするんだ。
「俺、キムチ鍋がいいな」
「また臭そうなの選ぶなー」
「いいだろ? 収録とかないし」
「まぁーな。じゃあ、この間行った所にするか?」
「あぁー」
二人で鍋を囲んでする話は、音楽についてだった。
結局……離れるなんて出来ない。
気晴らしに外で食べてたって、やっぱ戻って来るんだ。
好きなら尚更だ。
「潤、途中での転調は?」
「ラストじゃなくて?」
「そう。他と区別したいしさー」
「ーーーー食べたら、少しやってみるか?」
「だな!」
また……鳴ってる。
この間、生の歌声を聴いてから……頭に音が流れているんだ。
だけど、ふとした時に過ぎる不安は拭えない。
拭うには納得のいくまで続けるしかない。
それくらい、分かってるんだ。
スタジオに戻った潤は、気持ちを切り替えるようにギターを弾いていた。
腹が膨れたら気持ちも和らいだみたいで、さっきよりもマシになった。
あと少しだ……。
また音を合わせ、試行錯誤しながら夜が更けていく中、潤は彼女の歌声をまた聴き入っていた。流れるような旋律にそっと目を閉じているのだった。
ずっと……永遠に続いて欲しいと思った。
何時間でも立ったまま、聴いていられる。
そんな音色に魅了されてたけど、何も俺だけじゃない。
ワールドツアーをやるって事は、そういう事だ。
それだけ多くの人を魅了しないと叶わない夢だ。
携帯電話にメモをした書きかけの歌詞を纏めているが、どうにも調子が乗らないのだろう。ソファーに携帯電話を投げ出すと、キッチンへ立っていた。
気分転換に料理をするのも良いよな。
一つの形にしていく過程は何処か似てる気がするし、鍋をかき回してる時なんかは無心になれる。
出来たばかりのクリームシチューが、美味しそうな匂いを漂わせていた。
「美味そうな匂い」
「食うか?」
「食う、食う。腹減ったー」
また絶賛ひきこもりで作詞作曲中だ。
上手く行かなくなったら、そこから一度離れてみると良かったりするから……その繰り返しだ。
「拓真、今日はデートって言ってなかったか?」
「あぁー、夜なー。今日、金曜日だし」
「そっか……」
……また曜日の感覚が無くなってたな。
二人が揃って昼食を食べる中、テレビからは当然のように彼等の曲が流れていた。
「ーーーー凄いな」
「だよなー。今頃、香港だろ?」
「あぁー、SNSにマネージャーが上げてるみたいだしな」
「そうそう。五人揃ってるやつとか、ファンには堪らないよなー」
「あぁー……」
……そこに在って当たり前みたいだ。
上原の歌声を耳にしない日はない。
自分から聴いてるのもあるけど、それだけじゃなくて……テレビとかラジオとか、そういう媒体から流れてくる。
今もテレビには、五人揃って出演したCMが流れていた。
たった数秒の為に描き下ろした曲か……何て贅沢なんだろうな。
この間買ったアルバムもずっと聴いていられるし、英語があんなに出来るなんて知らなかった。
成績優秀なのは知ってたけど、それとこれとは別物だろ?
拓真も少しなら話せるし、あの高校に通ってた奴は大学から入学した俺とは、何処か違うんだよな。
とにかく優秀な奴が多いのは確かだ。
あと、練習好きか……音楽仲間のメンバーは、皆そうだったな。
今はピアノに触れてない奴もいるけど、それでも音楽からは離れられないような奴ばかりだ。
だから、楽しかったりするんだけど……
「潤もしっかり食えよ?」
「分かってるって。月曜日、音楽番組の生放送だろ?」
「あぁー、楽しみだよなー」
毎度、こういう所に尊敬させられるな。
真っ直ぐに言えるだけの強さが、俺には足りない。
毎回、思ってはいるけど……実際に出来るかは、その時次第だ。
成長はしてると思うけど、まだ……まだだ。
「拓真、鍵忘れるなよ?」
「分かってるってー」
皿が空っぽになると、二人は並んでキッチンに立っていた。拓真が皿を洗い、潤が片付ける役割のようだが、その手は時々止まっている。それは、彼等の曲が流れる度に視線がテレビへ向けられていたからだ。
拓真と駅で別れた潤は、CDを眺めていた。
ーーーー流石……water(s)だな……。
彼の目の前には、店内の一番目立つ場所に陳列された彼等のCDが揃っていたが、その多くは入荷待ちの札が置かれていた。
ワールドツアーが始まって、更に売り上げは伸びてるらしい。
大体のチャートのトップスリーは独占してるし、アジアでのライブも満員御礼だったみたいだ。
音楽仲間のグループで、連絡は取り合ってるから近況は知ってるけど……こんなに残るモノを俺に作れるのか?
またマイナス思考になってるな……
「こんばんは、JUNくん」
「……こんばんは」
変わらない穏やかな雰囲気のマスターに、潤はビールを注文すると、生バンドの音に耳を傾けていた。
ウッドベースに、アルトサックスか? water(s)が好きそうな曲が流れてるな……。
此処で会った事は未だに夢みたいで、あれから何度か来てるけど……流石にツアー中だから居ないよな。
それを分かってはいても、足を運ばずにはいられなかったようだ。サックスの心地良い歌声のような音色が、彼の心にそっと光を宿していく。
あぁー……やっぱ、音楽が好きだな。
此処から離れられない。
グラスに入った氷が、カランと耳触りの良い音を響かせた。三杯目に注文したウイスキーを飲み干した所だ。
息のあった演奏に思わず拍手をしていたが、それは潤だけではなかった。生バンドの音色に、客から拍手が鳴っていたのだ。
生演奏が、やっぱ一番くるな……心に届くって感じで……でも、鷲掴みにされたみたいな気分になるのはwater(s)の音だけだ。
捉えて離さないような音色が、また鳴っているのだろう。潤は携帯電話にメモを残していた。
ーーーー渇望するって……こういう事、何だろうな……
「ーーーーあの……JUNさんですよね?」
聞き慣れない声に顔を上げると、知った顔があった。
「……お疲れさま、サクくんだよね?」
「は、はい! そうです!」
感激したように声を上げた彼に、潤は微笑んでいた。
「今日は一人?」
「はい! JUNさんもお一人ですか?」
「あぁー、拓真は用があって。サクくんも珍しいよね? 一人って」
「そうですね。今日はオフだったんで、初めてバーに入ってみたんですけど……JUNさんにお会い出来て嬉しいです!」
「ーーーーありがとう……」
……こういう時、拓真だったら上手い事対応するんだろうけど……。
自分だけしか居ない事に今更のように戸惑いながらも、好意を寄せてくる彼に隣へ座るよう促した。ボーカルの彼は嬉しそうな笑みを浮かべながら、潤との会話を楽しんでいるようだった。
raindropか……正月に挨拶に来てくれてたよな。
一人でタクシーに乗り込んだ潤は、窓の移りゆく景色を眺めていた。
ーーーー勢いのあるバンドだよな……最近、そういうのが多いんだ。
water(s)が音楽シーンを賑わせてから、そういうバンドが増えていったんだよな。
俺達も似たようなモノだけど……本物には程遠い。
誰も敵わない存在で、今も憧れのまま在り続けているんだ。
それにしても……あのバーは、音楽業界の人がお忍びで通ってるらしいけど……water(s)の場合、お忍びになってないよな。
サクくんも、water(s)が通ってるっていう半信半疑の噂で、あそこに立ち寄ったみたいだし。
また音が浮かんできたのだろう。潤は携帯電話へ視線を移し、また綴っていく。家に着く頃には、一曲分の歌詞が出来上がっていた。
靴を脱ぎ捨てると、直ぐさまパソコンを立ち上げた。数分にも満たない起動時間すら待ちきれないのだろう。潤は携帯電話にメロディーを吹き込んだ。一人きりの部屋にギターの音色が響いていく。
夢中になっていた彼の元へ拓真が帰宅した頃には、完成形に近い形で仕上がっていた。
「ーーーー調子、戻ったみたいじゃん?」
「あぁー……」
外に出た事も、サクと話をした事も、彼にとって良い刺激に変わっていたのだろう。
「……アレンジの続きやりたい」
「あぁー」
そう短く応えた拓真の手には、既にギターが握られている。
ーーーー今度は出来る。
俺の感覚的なモノで確証はないけど……
彼の感じた通り、迷う事なく指先が動き、アレンジがまた一つ仕上がっていた。




