表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/110

第80話 現実こそが奇跡だ

 俺達は東京ドームにいる。

 今日はつつみさんもいるし、石沢の彼氏さんもいる。

 相手がいないのは、俺と金子くらいだ。


 まだ開演一時間前だっていうのに、ドーム前は凄い人だった。

 きっと……グッズだけでも買いに来てる奴がいるんだろうな…………俺達も入手出来なかったら、そうしてただろうし。

 席はアリーナの特等席だし、鳴らない筈がない。

 ツアーの時よりも鳴ってる気がする。


 「ーーーーやば……」

 「あぁー」


 隣にいる拓真の漏らした声に、潤は小さく頷いていた。


 「凄いね……私まで良かったのかな……」

 「堤さん、遠慮する事ないと思うよ?」

 「そうそう。そういう所、奏らしいし」

 「確かになー」


 近くの席に音楽仲間が集まってる為、一通り挨拶を済ませていた。今も、堤を気遣う石沢達がいた。


 「……ワールドツアーの開幕だね」

 「本当……凄い人達だな……」

 「うん! 私の自慢の親友だよ」


 そう告げた彼女の声は、潤にまで届いていなかった。割れんばかりの拍手と歓声が起こっていたからだ。


 ーーーーーーーー上原が一瞬こっちを見て、笑ってくれた気がしたけど……きっと気のせいだ。

 俺の真後ろの奴もそう感じてるみたいだし。


 ドラムスティックの音を合図に、インストが始まった。


 やばい……こんなに……インストがかっこいいって思った事ない。

 歌がない分、音階も音量も変幻自在なんだ。

 上原がキーボードか…………water(s)なら何の楽器でも人並み以上に出来るんだろうけど……この音色は上原だけだ。

 狂う事のないキーボードの音色に、加速するギターの音色。

 好き勝手に弾いてる訳じゃ無いのは分かってるけど、なんて自由なんだろうな…………ギターがあったら一緒に演奏したいくらいだ。


 「……良いな」


 拓真の小さな呟きの意味は、痛いくらい分かった。

 あそこで弾けるだけの技量が俺には無い。

 それでも、一緒に演奏したくて……


 「hanaーー!!」 「hana!!」


 森達が叫んでるのは分かった。

 やっぱ最高の音色って感じで、ただ聴き入ってた。

 聴き分けるとか……そんなの無理だ。

 耳を凝らせば出来るかもだけど、そんな暇は無い。


 視界から見た事の無い光景が広がっていた。

 プロジェクションマッピングが駆使され、幻想的な世界を創り上げている。音に反応して映像が切り替わり、曲に合うような色彩豊かな演出だ。


 ーーーーツアーして思ったけど……これだけ凝っても、利益が出るのか?

 最先端って事は、それだけ金がかかるって事だ。

 現実的じゃないものは、諦めたしな…………そんな考えを頭の片隅に追いやって、もっと……ずっと続いて欲しいと願った。

 整った音響も、プロジェクションマッピングも、音と光りに拘った演出も、その全てが鮮明で……自分達のライブに生かしてみたいって、また感じてたんだ。


 あーーーー、歌声に釣られる。


 思わず歌い出したくなる曲調に変わって、背後からするファンの声に頬が緩んだ。


 テンション上がるセットリストだな。

 最初のインストも凄かったけど……さすがwater(s)って感じだ。


 小さく口ずさむ代わりに、潤は勢いよく手拍子を繰り返す。彼だけではないのだろう。手拍子が響き渡る中、彼等の音色は変わる事なく放たれていた。観客は彼等の世界に魅了されていたのだ。


 アンコールの声に応えて五人が姿を現すと、通常のライトに切り替わった。彼等は白いライブTシャツを着ている。


 また音が重なっていく瞬間に、一際強く鳴った。

 あぁー……こんな音、water(s)にしか出せない。


 ーーーーーーーー上原にしか歌えない曲だ……


 「……秀逸か……」


 思わず漏らした潤の言葉は、周囲の歓声に掻き消されていた。


 岸本さんが言ってたけど……何も、岸本さんだけじゃない。

 俺が尊敬している人は、大体……そんな言葉で表してた。

 それくらい唯一無二の存在感って感じで、他に喩えようがないんだ。


 彼等が並んで手を繋ぎ一礼をすれば、惜しみない拍手と歓声が送られていた。最大限の賛辞が彼等へ注がれていた。


 ーーーーーーーー鳴り止まない歓声って……きっと、これが本物なんだろうな……


 何度も登壇する彼等をただ眺めていた。


 ……ステージと観客……俺も立っていた筈だけど、それ以上に開きがあるんだ。

 縮まらない距離とか、突きつけられた現実に、また強く鳴った。

 また演りたいし、もっと良いものを残したい。

 叶うとか、敵わないとか……そんなんじゃなくて、ただ拓真と一緒に弾いてみたいって…………同じ場所で演ってた筈なのに、違う場所へ来たみたいだ。


 響き渡る賛辞に、また無意識にTシャツの胸元を掴んでいた。


 珍しい面子が揃ってる。

 石沢の彼氏さんと、森の彼氏には俺達だけでも驚かれたけど、今は普通に話してくれてる。

 森の彼氏は年下だから、まだ緊張してるっぽいけど……何か新鮮な反応だよな。


 ライブ終わりに、彼女が招待したメンバーが居酒屋に集まっていた。音楽仲間に加え、パートナーがいる人が殆どの為、総勢十名が長テーブルを囲んで飲んでいる。


 「今井いまいさんはhana達と会ったんですよね?」

 「あぁー、何ていうかオーラがある人達だったなー」

 「だよねー」


 自分の事のように嬉しそうな表情を浮かべる石沢に、拓真が口を開いた。


 「何で石沢が嬉しそうなんだ?」

 「嬉しいでしょ? 奏の念願のワールドツアー初日だったんだよ?」

 「まぁー、それは分かるけどさー」

 「あぁー」

 「だよねー、樋口。それにしても、エンドレもいるし、ピアノ専攻凄くない?」

 「確かになー」

 「……自分で言う?」

 「涼子りょうこ、いいじゃんか! 他に言ってくれる奴なんていないんだし。なっ、潤?」


 彼女のツッコミに照れ隠しをするかのように、潤に話を振っていたが、彼の視線は携帯電話に向けられていた。


 「んーー、そうだな」

 「樋口、聞いてない」

 「聞いてるって森……それより、上原からメッセージ来てたぞ?」


 一切に携帯電話を取り出す様子に、思わず笑いがこぼれる。


 「しんちゃん、見て!」


 石沢が彼に寄り添って写真を見せている。豪華な事に、water(s)が全員揃っていた。


 「ーーーー凄いな……オフショットじゃん」

 「ですよねー!」


 ノリの良い拓真がそう応えると、懐かしい話になった。音楽仲間が揃っているからこその話題だ。


 「上原とミヤ先輩はカフェテリアでも残ってたりしてたよなー」

 「あぁー、何度か見かけたな」

 「潤も拓真も、よく残って練習してたからなー」

 「そんなに整ってるの?」

 「そうなんですよ。防音完備だったんで、当時はかなり助けられてましたねー」

 「助けられる?」 

 「そう、金もなかったんで節約です」


 拓真が言ってるのは事実だ。

 学生の頃は短期のバイトをして稼いでも、スタジオ代とか楽器のメンテ代とかで消えていった。

 音楽の為にバイトしてたようなものだったから、タダで好き放題出来る場所は貴重だったんだ。


 「懐かしいよなー」


 拓真から話を振られたのが視線で分かった。

 アイコンタクトで分かるとか……どんだけだよ……


 「……そうだけど、何も俺達だけじゃないだろ?」

 「皆も居残りしてたよなー」

 「そうそう、特に試験前な!」

 「懐かしいね」

 「へぇー、音大って面白いね」

 「そういう奴等の集まりだからなー」


 話はそれぞれの学生時代の話から、またライブの感想に戻っていく。話が戻る程に彼等の心に響くモノがあったようだ。


 「それにしても、ライブ凄かったね」

 「うん、さすが上原って感じだったなー」

 「阿部っち、何それー?」


 阿部っちの言い方はあれだけど、上原らしい感じなのは分かる。

 音に……その真っ直ぐさが出てるし、今まで費やした時間が凝縮されてるっていうか……澄んだ音色が心を掴んで離さないみたいな……そんな感じだ。

 とても一言じゃ言い表せない。


 「もしもし、奏ーー?」


 酔いの回った石沢が彼女に電話をかけていた。個室で飲んでいた事もあり、テレビ電話に切り替わった。


 「綾ちゃん、みんなー、今日は来てくれてありがとう」


 ホテルの一室にいるのだろう。彼女の側では彼がiPadを眺めているようだ。


 「双子ちゃんは?」

 「もう寝てるよー。明日もあるから楽しみで…」

 「寝れないんだよな?」

 「ちょっ、miya! バラさないで」


 二人のやり取りに思わず笑みが溢れた。


 そうだよな……上原の……water(s)のツアーは、始まったばかりだ。


 疲れを微塵も感じさせない彼女に、感心している潤と拓真がいた。


 昨日の音色が離れなくて、耳にまだ残ってる。

 上原の……hanaの歌声も、インストも……どの音色も秀逸で、どれも見た事のない演出だった。


 「どんだけコストがかかってるんだろうなー」

 「あぁー、それこそwater(s)ならではのライブだったんじゃないか?」

 「確かになー」


 拓真と二人してスタジオにこもって練習中だ。

 あれだけの音を聴いたら、練習せずにはいられない。

 現状維持って言葉は、water(s)には皆無だ。

 常に進化し続けてるって言っても過言じゃないし、あんな音色が出せたらな…………音楽かじってる奴なら、誰だって思う筈だ。


 「二人ともお疲れさま」

 『お疲れさまです』


 珍しくスタジオに柏木が顔を出した。二人が変わらずに挨拶をする様子に、微かに頬が緩んでいる。


 「聞いて驚かないでよ?」

 「何ですか……柏木さん……」


 彼の顔がにやけている事は、二人にも分かったようだ。


 「次のツアーが決まったから」

 「ーーーーえっ?」


 思わず声を上げたのは拓真だ。潤は声にすらならなかったようだ。

 二人は顔を見合わせると、ハイタッチを交わしていた。規模や期間等の詳細は不明のままだが、喜び合う程に嬉しかったからだ。


 「今度はツアー場所も増えるし、規模ももう少し大きくなるからね。またミーティングするから、そのつもりでね」

 『は、はい!!』


 またドクドクと鳴ってるのが分かる。

 あーーーー、本当に叶うのか……


 「……拓真、練習するだろ?」

 「あぁー、勿論! 次はこれのアレンジな?」

 「あぁー」


 譜面を見せる拓真に、頷いて応えるので精一杯だった。


 願ってた夢が……また一つ、叶ったんだ。

 現実的な課題が山程あるのは分かってるけど、それでも……出来るんだな。


 揃ってテンションの上がったまま、アレンジを仕上げていく。その指先は驚くほど滑らかに動いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ