第79話 容易く色は変わって
「ーーーーまた立てるんだな……」
「あぁー……」
…………戻ってきた……また……立てるんだ。
また……鳴ってるんだ……。
二人は、ステージの組み上げられた舞台を客席から眺めていた。
「此処が……埋まるんだよな……」
「だよなーー……待ち遠しいな?」
「あぁー」
いつものように笑った拓真に釣られるように応えて、ステージに立っていた。
ーーーー此処が埋まるんだよな。
CDの売り上げ枚数を聞いても、正直よく分からないままだけど……此処が埋まるのを想像するだけで鳴るんだ。
此処よりも多い枚数のCDが売れてるなんて、まだ信じられない。
本番前日だっていうのに、もう……鳴ってるんだ。
鳴り止まない……鳴り止むはずが無いんだ。
二人は空っぽの客席を眺めながら、ライブの初日を想い返していた。
「もう最後なんだな」
「だよなー、もっと演りたいよな?」
「あぁー」
「即答! さすが潤だなー」
「拓真だってそうだろ?」
「まぁーな」
まだ終わってもないのに……すでに名残惜しい。
目を閉じれば、ハッキリと聴こえてくる。
この半年、あっという間だった。
初めて見る光景に鳴ってたんだ。
最後だと思うとひどいな……。
痛い程なる心音に、潤は待ちにまった瞬間を迎えていた。ドームツアーの千秋楽だ。
「こんばんはー!!」
二人が揃って告げると、悲鳴に近い歓声と拍手が上がり、観客のボルテージも最高潮のようだ。
あーーーー、やばい……いつもよりもくる。
拓真も同じみたいで、いつもよりも声が出てる気がする。
楽しくて……この時間が終わって欲しくないって、いつも以上に強く思った。
あぁー、永遠に続けばいいのにな……。
衣装と言っても二人は先程までとは違うTシャツとパンツに着替えている為、ラフな格好のままだ。
ほぼお任せで作ったライブTシャツを着ている人がいるし、サイリュームの数でも分かる……数えきれない程の人がいるんだ……。
生バンドの音を背に受けながら、二人はいつものように奏でていた。その音色は、何処か優しく、時には力強い輝きを放っている。
一際大きな拍手と歓声に、二人は深々と一礼をして応えていた。
バックステージに戻るなりフェイスタオルで汗を拭って、ゴクゴクと喉を鳴らしながら水分補給をしている。アンコールに応えて再びステージへ立つからだ。
「ーーーー潤、最後まで……な?」
「あぁー」
鳴り止まない音が一際大きくなったかと思うと、静まって行く。彼等がギターを片手に弾き語りを始めたからだ。
ーーーー最後の最後まで……最後の一音まで楽しみたい。
始まりが二人だったって……アンコールに応える度、感じてたけど……そうだよな……拓真があの日、声をかけてくれたから今があるんだ。
いつだって……名残惜しく感じる。
いつだって、また次に期待してしまうんだ。
「きゃぁぁぁぁーーーーっ!!」
「エンドレ最高ーー!!」
熱烈なファンの声は微かに届いていた。
ーーーー叫んでる奴がいるな……。
思わず拓真と顔を見合わせて笑い合った。
「ありがとうございました!!」
ありったけの想いを込めて告げたんだ。
最大限の賛辞に、また鳴ってたんだ。
「ーーーーお疲れー……」
「お疲れ、拓真!」
いつもとは違い潤から抱き合っていた。
あぁー……やばい……鳴り止まない。
鳴り止むはずが無いんだ。
「二人ともお疲れ」
「ーーーー岸本さん……」
デビュー当初からの知った顔に、二人は深々と頭を下げていた。
「ありがとうございます!!」
「相変わらずだな。次も楽しみにしてるからな?」
「はい!!」
勢いよく応える二人は、さながら少年のようだ。
「……お疲れさまです」
「お疲れさまー」
成田達バックバンドのメンバーともハグやハイタッチを交わしていると、音楽仲間からメッセージが届いていた。
「ーーーーっ、拓真!!」
「あぁー、マジかー!」
「どうかしたのか?」
成田の疑問の答えは直ぐに分かった。二人揃って、携帯電話の画面を仲間に見せているからだ。
「ーーーーやば……」
「でしょ?!」
「テンション上がるなー」
「あぁー」
二人の画面には、彼等からのメッセージが届いていた。
『とーっても楽しいライブだったよ!』
『次も楽しみにしてるな』
つい頬が緩んだ。
驚かずにはいられないだろ?
石沢とか、阿部っちとか……みんな、見に行くって言ってて、本当に来てくれてたのは知ってたけど……上原だけは分からなかった。
water(s)だって十二周年のライブがもうすぐ始まるし、多忙だから正確な回答は無かったんだ。
だけど……聴いてくれてたんだな。
サイリュームを手につけた写メに、また鳴ってた。
「Tシャツまで買ってくれたんだなー……」
「あぁー……」
テンションが上がらない方がどうかしてる。
こんなの鳴らない訳が無い。
ーーーーあのmiyaとhanaが聴いてくれてたなんて……
「潤! 打ち上げ行くだろ?」
「あぁー、今行く」
私服に着替えた潤は、彼を中心に出来た輪の中へ溶け込んでいた。
ピッチが早い。
乾杯をしてから既に五杯目だ。
禁酒解禁なのは、俺達だけじゃないみたいだ。
ほろ酔い加減の拓真がグラスを持って戻ってきた。スタッフと分け隔てなく話をしている為、二人は挨拶周りをしていたが、それもひと段落した所だ。演者も裏方も関係なく、ドームツアーの打ち上げを楽しんでいる。
「潤ーー、お疲れー!」
「お疲れ……」
……すでに六回以上は乾杯してるな。
グラスを寄せてくる拓真に、律儀に応えていた。
「カラオケ行くだろー?」
「あぁー……」
……そうだった……すっかり忘れてた。
歌い出したくなるのは変わらないけど、何ていうか終わった感が凄くて……それすらも忘れるくらい夢中になってたんだ。
「カラオケ良いじゃん!」
拓真に続いてノリの良い成田が応えると、彼等は二次会へ繰り出していた。
何とか取れた広い部屋で、いつものメンバーが集まった。
俺と拓真に、ナリさんやツジさんを含めて八人だ。
部屋に入るなり飲み物を注文して、さっそくマイクを取ったのは拓真だ。彼が一番、この時を待ちわびていたのかもしれない。
「潤ーー、歌うぞー?」
マイクを手渡された瞬間、イントロが流れ始める。
ーーーーイントロで誰の曲か分かる。
あぁー……憧れ続けたステージに、立てたんだな……。
今更のように感じながら、潤は声を出していた。それは、彼等が出逢った日に聴き入っていた"終わりなき空へ"だ。
この曲があったから、今の俺達がいる。
あの日から、全ては始まっていたんだ。
「ーーーー二人ともwater(s)が好きなんだな」
「だよな。まぁー、俺等も好きだろ?」
「そりゃあー、ファンクラブに入るくらいにな」
一つ一つの歌詞を大切に歌っているような二人へ、拍手が送られていた。酔っ払いの集団だが、それは確かに彼等へ向けての賛辞だった。
カラオケ店を出ると、それぞれがタクシーに乗り込み家路に着いた。潤は変わらずに拓真と同車している。同居を変わらずに続けているのだ。
ーーーー終わったんだな……。
過ぎ行く景色に、また改めて実感していた。
「ーーーー拓真、帰ったらアレンジまで仕上げたい」
「勿論! ってか、歌い足りないくらいだし」
「拓真らしいよな」
「潤だって、そうだろ?」
「あぁー……」
あんだけアルコール片手に歌ったのに、まだ歌い足りない。
でも、これ以上はミュージシャン失格になりそうだから歌わないけどさ。
アルコールで少し掠れた声が合う曲があったりして、楽しかったんだ。
「……早かったな」
「あぁー、また演りたいなー」
素直に口にした拓真に、彼も頷いていた。それは二人の強い想いだったからだ。
家に着くなりパソコンを立ち上げた。立ち上がる数秒すらも待てずに、携帯電話に声を吹き込んでいく。
「ーーーー次は、アレンジだな?」
「あぁー」
吹き込んだばかりの新たな曲に、また命を吹き込んでいた。
この瞬間が止められない。
結局……CDって媒体が下火になったって、こういう作業が好きなんだ。
また届くようにと声を出し、立ち上がったパソコンを駆使しながら仕上げていく。明け方まで続いた作業の甲斐があり、仕上げようとしていた曲は一つの形になっていた。
エンドレは初のドームツアーは大盛況で幕を閉じたらしい。
そうネットニュースとかで話題になってた。
エゴサーチしなくても、トレンドに出てくれば嫌でも目に入る。
それは俺達だけじゃない。
water(s)だってそうだ。
ワールドツアーが間もなく始まるし、チケットは即日完売したって流れてる。
「潤、楽しみだよなー」
「あぁー」
チケットは自力で当たったのと、上原が送ってくれたやつと……二回も見れるのか……。
届いたばかりのチケットに、つい頬が緩む。
上原の直筆でメッセージも入ってたし、音楽仲間全員で見れるんだよな。
ある意味、自分達のライブよりも楽しみで鳴ってる。
どんな選曲で、どんな演出になるのか?
どんなステージになるのか……想像もつかない。
いつだって新しいから、きっと最先端を行くんだろうけど……
「スタジオ行くだろー?」
「あぁー」
ツアー中に出来た曲は、今日から録りが始まる。
レコーディングして、一枚のCDになってリスナーに届く。
それが当たり前になった。
通い慣れたスタジオには、顔馴染みのスタッフが揃っているが、デビュー当初と変わらずに挨拶をする二人がいた。
 




