第8話 空に咲く花よ
ジメジメとした梅雨は嫌いだ。
うっかりするとギターの音が狂うし、癖っ毛の髪が跳ねるし。
まぁー、ギターはいつも弾いてるし、メンテナンスしてるから大丈夫だし。
髪もそこまで気にした事ないから、別にいいんだけど……そんな事より、ストリートで演奏出来ないのが目下の悩みだ。
春から夏に変わる梅雨の時期、期末試験を終えたばかりの潤は、電子ピアノの前に座っていた。彼の前には、通うピアノ教室の楽譜が並んでいる。レッスンに向けて練習していたのだ。
「んーーーー……」
大きく伸びをした潤は、気持ちを切り替えるようにギターを片手に歌い始めた。
ーーーーーーーー今も胸に残るhanaの歌声。
ステージに立つwater(s)の姿が、目に焼きついて離れない。
あんなに心を揺さぶられるのは、生の音だったから……彼等だったからか……たぶん……その両方なんだろうな…………
いくら生の演奏でも、water(s)じゃなかったら、そこまで惹かれてない筈だ。
イヤモニ付けてたけど、最後……hanaは外してた。
自分の耳で聴き分けて、狂う事なく歌ってた。
あれだけの歓声を浴びながら、あんな演奏が出来る奴なんて、そういないよな……
自分達の曲から、彼等の曲に変わっていく。
…………会いたい……また、生音が聴きたい。
何度だって……
増すばかりの想いを胸に秘めたまま、潤が歌っていると携帯電話のアラーム音が鳴った。
「もう時間か……」
アラームを止めると、ギターケースを背負い出かける準備をする。彼と待ち合わせをしていたからだ。
よし! 楽譜も携帯もギターも持ったし、行くか!
潤は軽い足取りで、カラオケ店の一室に向かった。
「潤! さっそく、これ見てくれ!」
「あ、あぁー」
勢いよく拓真に渡された楽譜には、歌詞が書かれている。
ーーーー拓真にしては、珍しいな……
潤の感じた通り、彼にしては珍しく一人称が『私』で書かれてあった。
別れた恋人を想った歌か……曲調は修正必要っぽいけど、歌詞は……このままでも良さそうだけど……
「ーーーーどう?」
「……歌詞、いいと思う。アレンジだけ手を加えれば、大丈夫じゃないか?」
「了解。良かったー……」
ほっとしたような表情を浮かべる拓真に対し、彼は何とも言えない表情を浮かべている。
ーーーー気持ちを見透かされたような歌詞だった。
ちゃんと自覚してた訳でも、拓真に言った事がある訳でもないけど……彼女を想うと音が溢れてくる。
歌詞の中の『私』が、彼を想う気持ちが、潤の心情を見透かしたように描かれていた。
「ーーーー拓真、これって実体験?」
「あーー、半分正解で、半分はフィクションだな」
「半分正解?」
「そう。俺が書いてるから、多少の実体験は混じってるけど、半分以上はなりきって書いてるって感じだなー……潤もそうだろ?」
「確かに……」
自分で作ったモノには、自分自身が多少なりとも反映されるけど、そのほとんどが今の気持ちとか、勝手に仮定した設定の元に書いてるか…………
偶然なのかもしれないけど、hanaに惹かれている事を見透かされたのかと思った。
それくらい……今の俺の心情に当てはまるんだ。
拓真自身もそう想ってるのかは、分かんないけど……当てはまる部分が多すぎて、怖いくらいだ。
「ーーーー拓真はさ……彼女、いるんだよな?」
「あぁー。最近、連絡とってないから終わるかもなー、言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
「そうだっけ? お互い受験生だし、向こうもwater(s)のファンなのは変わらないと思うけどなー」
「そっか……」
「……少しは反映されてるかもなー……でも、今は潤とエンドレの方が先決だから、問題なーし」
拓真がおどけて見せる為、彼もそれに従う。二人は試行錯誤しながら、アレンジをまとめ上げていった。
「潤、またなー」
「あぁー、またな」
クラスメイトと分かれ、帰路に着く者が殆どの中、潤は待ち合わせ場所に向かっていた。その足取りは驚くほど軽い。明日から待ちに待った夏休みだからだ。
やっと休みだな……思う存分、音楽活動が出来る!
って言っても、受験生だからセーブしなきゃだけど……去年みたくバイトに、ストリートにって、さすがに音楽一色って訳にはいかないか……
「潤! お疲れー」 「拓真、お疲れ」
彼も同じく、夏休みの音楽活動を心待ちにしていたのだろう。嬉しそうな笑みを浮かべた。
「この間、出来た曲。ライブで演りたいから、練習するだろ?」
「あぁー、演りたいな」
慣れた手つきでドリンクを頼むと、カラオケ店の一室に、ギターの音に乗せて歌が響く。
練習する度に思うけど……拓真って、ギター上手いよな。
相方の演奏技術の高さに感心しつつも、自分達の歌を届けたい想いを浮かべながら、潤は声を出した。
デンモクにはwater(s)の曲が載ってる。
結構な確率で、履歴に曲が残ってるし、誰もが知ってて盛り上がるし、歌ってみたい曲って事だ。
俺もカラオケでは絶対歌うけど、原曲キーのままじゃとてもじゃないけど歌えない。
女子がボーカルって事を抜きにしても、hanaの歌声は高く澄んでるんだ。
あの声に憧れる奴、いっぱいいるんだろうな……一方通行な想いは、拓真の作った歌と同じだ。
届かない想いだけど……俺はwater(s)の音が好きなんだ。
だからって、自分が加入したいわけじゃない。
俺が入ったら、それだけで……音色が劣ってしまいそうだから…………楽しそうに奏でる彼等に、いつだって近付きたいって思ってるって事だ。
彼等の曲を歌う二人は、常に楽しそうだ。エンドレの練習を終え、一般的な目的であるカラオケを楽しんでいたが、そこは二人ならではである。時折、ギターの音色が混ざっていた。
何処か楽しそうな、柔らかな音色が響いていた一室から帰る夕暮れ時は、冬とは違いまだ明るさを保っている。
「んーーー……今日も集中したな」
「だなーー」
休憩は集中力の切れた最後のカラオケくらいで、何時間も続けて練習出来る程に音楽が好きである。
去年の夏のように毎日ではなく、週に二回程度のストリートでの演奏に、単発のアルバイト。音楽活動はそこそこに、それぞれ大学受験へ向けて、受験生らしい日々を過ごす事となった。
「潤! 花火大会、行くぞ!」
事の発端は、七月終わりの夏休み。
拓真の一言から始まった。
「いいけど、二人で行くのか?」
「彼女と彼女の友達も来るから、四人でだな!」
初対面の人と、花火って…………
あまり乗り気じゃない顔をしていたのだろう。拓真に両手を合わせ、お願いをされては、流石の潤も断れなかった。
駅前で待ち合わせたけど、凄い人だな……
浴衣姿の人が行き交っている中、携帯電話が鳴ったかと思うと、通る声で呼ばれた。
「潤!」
「拓真、凄い人だな」
「だよなー。加藤が、堤さんって子と、一緒に来るってさ」
「……彼女の事、苗字で呼んでるのか?」
「ん? あぁー、普段はな」
きっと二人きりの時は、名前で呼んだりしてるんだろうな……
「あっ! 来た!」
拓真が手を振ると、浴衣姿の女子二人のうち一人が手を振り返している。
拓真の彼女の加藤さんか……で、もう一人が堤さん…………二人でデートすればいいのに、四人の理由は結局教えてくれなかった。
まぁー、別にいいけど……女子が苦手な訳じゃないけど、クラスだとそんなに親しい奴いないし……若干、緊張するな……
ってか、拓真が加藤さんと歩くなら、必然的に俺が堤さんと話さなきゃじゃん!
前を歩く拓真と彼女は楽しそうな横顔だが、花火開始の一時間前だというのに人が密集していた。
「潤! 堤さん、ちゃんと連れて来いよー」
「分かってる!」
人混みの為、つい声が大きくなる。潤の隣を歩く彼女も、終始笑顔で歩いている。
四人は花火大会の近くにある公園で、木の隙間から空に咲く花を眺めていた。大きな音が辺りに響く中、誰もが空を見上げている。
「綺麗……」
「そうだなー」
「初めて生で見た」
「あぁー、俺も……」
都内に住んでても、初めて生で見るな。
テレビでしか見た事なかったけど、音が凄いな……
隣に座る彼女の視線に、潤が気付く事はない。彼はただ、打ち上げられていく花火を見つめていた。
テーマパークの花火は何度か見た事あるけど、そういえば花火大会の花火は初めてかもな……
「……樋口くん、綺麗だねー」
「あぁー……」
…………やばい。
拓真みたくスキルがあれば、もう少しまともな会話が出来るのに…………
結局、話題にしたのはwater(s)についてだった。
加藤さんだけでなくて、堤さんもファンらしくて、ファンクラブにも入ってるって言ってたから、俺達と同じだ。
意外だったのは、加藤さんはaki推しらしいけど、堤さんがhana推しって事だ。
〇〇推しっていうと、大抵異性の事を指すイメージだったから、珍しいよな…………
三月のライブは外れたらしいけど、拓真に近い人物だけでも両手が埋まりそうな勢いで、ファンクラブ入会率が高いよな。
まぁー、それも還元されているからか…………俺達みたく、年に一度は抽選当たるようになってるみたいだし。
あーー、またライブに行きたい!
受験生だが、ライブが行われていたら間違いなく参加しているであろう潤がいた。
SNS更新の知らせが届くと、そこには彼等が屋形船に乗り、花火を見ている楽しそうな姿が映っていた。
ーーーー同じ花火を見てたのか……本当、仲良いんだな。
hanaはmiyaと付き合ってるんだっけ…………憧れすぎて、嫉妬すらわかない。
ただ……彼女の事を知る度に、どうしようもなく惹かれてる自分に気付く。
無駄な事だと分かってるのに……何でかな……
何処から見ても同じ形に見える空に咲く花に、想いを馳せる。潤がふと視線を下に戻すと、同じように空を見上げる拓真がいた。
音楽活動に受験勉強。時間がいくらあっても足りない。
花火大会の時に知り合った堤さんとは、ラインの交換はしたけど、それだけだ。
特に何もない。
拓真が変なこと言い出さなければ、意識せずに済んだのに……
花火大会の後に聞かされたのは、彼女が潤に会いたいと言っていた事。そして、エンドレを知っていたと言う事だ。
夏休み中に行う最後のストリートライブに、彼女は姿を見せている。
……だからって、気まずいって思ってる場合じゃない。
これでも……プロを目指してるんだから……
潤の声に合わせ、拓真がハーモニーを作り出す。二人の音色に、友人になったばかりの彼女は魅せられている。その証拠に思わず拍手をしていた。
「堤さん、ありがとな」
「……ありがとな」
「樋口くんも酒井くんも凄いねー」
ーーーーhanaもこんな気持ちだったのかな……
言葉少なにしか応えられなかったけど、少し……ほんの少しだけ…………俺達の音楽が認められた気がしていたんだ。