第78話 目が眩んでしまう
二人は煌びやかな衣装のアイドルに紛れて座っていた。
ーーーーーーーー場違い感が半端ない。
ひらひらの衣装を見にまとった少女達は出番を終え、ほっと息を吐き出している者もいる。そんな彼女達の様子に、ある意味驚いていた。
アイドルだから、テレビ慣れしてるって思ってたけど……こういう場所は、それなりに緊張するんだな。
さっきまでの自分自身と重ねながら、視線は前へ向いていた。彼等が現れたからだ。
やばい……鳴ってる…………去年は間近で見れなかったから余計にだ。
生で聴けるなんて……なんて贅沢な時間なんだろうな。
「ーーーーいよいよか……」
「あぁー」
拓真の視線もステージに向けられたままだ。
こういう所は似てると思う。
やっぱファンとしては一つも見逃したくないし、出来るなら一番前の特等席で見たい。
あくまでレコ大だから、そんな事出来ないし、やったりもしないけど……それくらい貴重なんだ。
ノミネートされる度、万年二位ってネットで言われてるのは知ってる。
全く悔しくない訳じゃ無い。
だって、俺だってプロだ。
自分の曲が一番であって欲しいって、何処かでは思ってるし、届いて欲しいって願ってる。
司会者の曲紹介が終わると、彼等の音が重なっていく。マイクを片手に歌う彼女は何処か楽しそうだ。
ーーーーーーーー敵うはずが無い。
こんな音を聴いて、何も感じない奴はいないだろ?
少女達の中にもファンがいるのだろう。思わず声を上げそうになっていた。
間近にファンがいすぎ……それくらい、定着してるんだよな。
この音で溢れる世界で、water(s)の音が無いなんて考えられない。
使い古されたフレーズとか、コードとか……そんなの作ってれば多少重なる事もあるし、何処か似たようなモノになる事だってある。
カラオケのデンモクだって、全部歌えないほど載ってるんだし……でも、そのどれとも違うんだ。
コード進行が似てるのはあるけど、water(s)らしさがあるから同じコードには聴こえないし。
上原が生み出す歌詞や曲が、響かない方がどうかしてるんだ。
送られる拍手に、彼女は変わらずに微笑んでいた。
生の音を聴いて、前より打ちのめされる事は無くなったけど…………それでも、それなりにくる。
微かな期待さえも消え去ったからだ。盛大な拍手に包まれる中、再びステージへ立ったのはwater(s)だった。
「今のお気持ちは?」
「……ありがとうございます……嬉しいです……」
マイクを向けられ、彼女は受賞のコメントを求められていたが、そう口にするのが精一杯のようだ。
この距離でも、上原が涙目になってるのが分かる。
water(s)にとっても、こういう受賞は特別って事か…………
再び紡がれるメロディーが会場を包んでいる。キラキラと金色の紙吹雪が舞い散る中、彼女は笑顔を見せていた。
ーーーー反則だろ?
こんな時でも、いつものように歌えるのか…………
潤んだ瞳のまま変わらない声を出した彼女に、羨望の眼差しが向けられていた。それは潤だけではなく、隣にいた拓真も、近くにいたアイドルさえも、そうだったに違いない。最後の一音が止むと、鳴り止まない拍手が注がれていた。
「今年も大賞はダメだったなー」
控え室に入るなり、拓真がそう告げながら椅子に腰掛けた。
「あぁー、でも……有り難い事だって、分かってるんだけどな……」
その年に世に出る曲は山程ある。
その中でノミネートされるのは、ほんのひと握りだ。
それくらいの事、分かってる。
頭では分かっていても貪欲に思う。
「なぁー、潤……hanaがまた歌唱賞もとってたな」
「そうだな……よく、あんな声が出せるよな」
拓真と考える事は同じみたいだ。
どんな時でも今の一番を発揮してるような上原の存在感は、ずっと大きいままだ。
「今年も紅白と……カウントダウンで、顔を合わせるよなー……」
「そうだな。時間帯は違うけど……今年は、白組が勝てるといいな……」
「打倒water(s)だな!」
「あぁー、そうだな……」
張り切る拓真に、彼も笑って応えていた。
こんな会話を出来るようになるくらいには、同じ場所に立てるようになった。
遠い現実のままだけど、これが俺達の現実になったんだ。
気持ちを切り替えるように、次のステージの練習に励んで、また届けたい曲が仕上がっていた。
テレビの画面越しで見てたのと、実際にその場に立つのでは雲泥の差だ。
緊張感はやっぱ半端ないし、客席とか審査員席との距離感とか……去年よりは、マシになった気がするけど……
「……やっぱ凄いよな」
「だなー……」
紅組と白組と、交互に披露される生の音に、二人とも圧倒されているようだ。
芸能人とか……間近で見る機会はそう無いから、何だか不思議な気分が抜けないままだ。
場違い……と、までは言わないけどさ。
そういう感覚からは、今も抜け出せそうにない。
変わらない音色で会場を染める彼等に、思わず拍手を送っていた。
一応は敵同士って事になるんだろうけど……そんなの関係ないくらい響く音だった。
今年こそ勝ちたいって思ってたけど、やっぱ敵わないなって思い知らされる。
ーーーーーーーーいつもそうだ。
紅組で披露する彼女の音色に魅せられていた。
今年も……カウントダウンはトップバッターで、此処にはラストまでいないんだろうな…………
俺達が出れるようになってからは、一度もラストまでいた事ないし、年越しライブが定番だ。
地上波で三十分以上のライブなんて稀だし、ファンが多くなければ視聴率だって下がる一方で、企画自体が考えられない。
それなのに……それを何年もやり続けるって、それだけの技量があるって事で、それだけの需要があるって事だ。
目の前で放たれた音色に夢中になっていた。
今年こそは……って意気込んではみても、届かない
んだ。
実際に聴いたら……打ちのめされる事は無くなっても、思い知らされる。
紅組を代表するミュージシャンって感じで、他にも勿論いるんだけど……圧倒的な存在感は、やっぱwater(s)だけだ。
次のミュージシャンに切り替わる中、潤は無意識に彼女の後ろ姿を追っていた。
ーーーーやっぱ……何回聴いても良いよな…………ずっと聴いていられる楽曲で、ずっと聴いていたくなる歌声だ。
「ーーーー潤、行くぞ?」
「あぁー」
いつものように拓真と拳を寄せ合って、ステージに立っていた。
やっぱ……ライブは楽しいよな……
そう今更のように感じながら、頭の片隅では既にドームツアーのラストが思い浮かんでいるようだ。
二人の絶妙なハーモニーに温かな拍手が響くと、潤は顔を見合わせて深々と一礼をしていた。
……届かないからこそ、届きたいって思う。
いつか……それこそ、肩を並べられるような日が来たら……その時は、眩しいくらいの光の中へ立っていられるのかもしれない。
"蛍の光"を歌いながら番組が終わっていく中、ENDLESS SKYの二人も会場にはいなかった。次のステージへ向かっていたからだ。
今年はwater(s)の次の次……三番手だ。
「早く着かないかなー」
「拓真……時間通りには着くだろ?」
「そうだけどさーー、少しでも見たいだろ?」
「あぁー」
即答する潤に、拓真も笑っていた。二人が目指す会場でのライブは数分後に始まるのだ。
「また年末年始はwater(s)一色だなー」
「あぁー、そうだな」
大袈裟じゃなくて、本当にwater(s)一色って感じだ。
この場にいなかったら番組抽選に応募してただろうし、テレビに釘付けになってたと思う。
ファンだから番組録画はしてきたけど……
衣装に着替え舞台袖にスタンバイすると、彼等の音色が響いていた。直視する事は出来ないが、スタッフの声に耳を傾けながらも、大部分は彼等の音色に傾いている。
ノンストップで歌い続ける彼女は、変わらずに声が出ていた。
さっきまで同じ場所にいたけど……何か、違う場所にいるみたいだ……
舞台袖から微かに見える彼等は、スポットライトの光を浴びて光り輝いているようだった。
拍手と歓声がスタジオに響き渡る中、彼等がステージを後にすると、司会者が次の出演者を紹介していく。新たな拍手が小さく響く中、目が眩みそうになっている潤がいた。
圧倒的な歌声に、確立された音楽性。
他に真似出来ない唯一無二の存在感。
目の当たりにした音色に、またドクドクと鳴ってるのが分かる。
「ーーーー明けましておめでとうございます!」
拓真の明るい声で現実に戻った気がした。
観客との距離が近い分、反応は上々だ。
いつものように声を出したつもりだったけど、いつも以上に声が出てるみたいだ。
触発されて、歌わずにはいられない想いが強くなっているからだろうな。
この年末ずっと歌い続けてるから、想いが増していくみたいだ。
拓真と視線を合わせた潤は、楽しそうに声を出した。潤の些細な表情の違いに気づく拓真だけでなく、その場にいたなら彼が楽しんでいる事が伝わっていただろう。
あーーーー、もっと……もっと歌っていられたらいいのにな…………water(s)みたく……と、までは言わないけどさ。
せめてあと一曲……もう一曲、歌っていたかった。
二曲披露を終えると、拍手と歓声が響いていた。
「……お疲れー……」 「お疲れ……」
控え室に入るなり、気力を使い果たしたかのように畳に倒れ込んだ。
「はぁーーー……終わったなーー」
「あぁー……拓真」
「んーー?」
「……明けましておめでとう」
「おめでとう! 今年もよろしくなー」
拳を差し出した拓真に応えるように、潤は拳を重ね笑顔を見せた。
「よろしくな」
「あーー、年越し蕎麦食いたい」
「じゃあ、食べてから帰るか?」
「賛成ー!」
飛び起きた拓真に引っ張られるように起き上がり、私服に着替えていると、扉をノックする音がした。
「はーい、どうぞー」
拓真がいつものように応えると、緊張した面持ちのバンドメンバーが揃っていた。
「し、失礼します……raindropです」
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!!」
真夜中にも関わらず元気に挨拶をする彼等に、二人はデビューしたばかりの頃の自分達を重ねていた。
ーーーーーーーー俺達も、よく挨拶して回ったよな。
water(s)に挨拶する時は、誰と会うよりも鳴ってたっけ……
本番前の緊張感に包まれる彼等に、潤は気さくに返した。
「……楽しみにしてるよ」
「はい!」
「ありがとうございます! 失礼します」
あの頃……miyaがくれた言葉に救われてたな。
今だって緊張はするし、たいして変わらない事の方が多いけど、それでもあの頃よりはマシになった。
去年デビューしたばかりのバンドを、気づかえるくらいにはなったって事だ。
控え室に二人きりになると、またぐだーーっとアイスが溶けたように伸びる拓真に戻っていた。
「それにしても、挨拶される側になるとはなーー」
「あぁー、それだけ経ったって事だろ?」
「だなー」
「ほら、食いに行くんだろ?」
今度は潤が引っ張り上げていた。
並んで年越し蕎麦を食べながら、年が明けた事を実感していた。
ツアーの話をしていると時間が経つのが早くて、夜が明けていくのが分かった。
年末年始の音楽番組が冬の風物詩の一つになっている現実に、また鳴ってたんだ。




