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第77話 鮮やかな色彩に

 叫び声に近い歓声が上がっていた。


 ドクドクと、痛いくらいに強く鳴ってるのが分かる。

 ナリさん達とも調整させて貰えたし、大丈夫だ。


 潤は自分にそう言い聞かせ、ステージに立った。


 いつもと変わらずに響くバックバンドの音色が、どれだけ心強いか……今なら分かる。

 他の番組に出る時もお願いしたいくらいだけど、忙しい人達だからスケジュールの調整で無理な時もあった。

 そういう時は、ミスする事もある。

 本当にたまにだけど……一回きりなのに、ミスするとかあり得ないだろ?

 歌詞を飛ばす事はないから、聴いてる人には分からないかもだけど……些細なミスは、いつか大きな歪みに変わるのは分かってる。


 そんな心配は今は無いのだろう。ただ夢中に奏でていた。


 あぁー……此処も埋まってるんだな…………

 チケット完売したって聞いても、実感はなくて……何だか……まだ夢を見てるみたいだ。

 現実だって分かってるけど、サイリュームの光が夜空みたいだし。

 何度見ても……飽きるどころか、もっと見ていたいって感じる。


 アンコールの声が響き渡る中、二人は汗を拭うとTシャツに着替えた。

 ゴクゴクと勢いよく水分補給をして、またステージへ立った。


 ーーーーーーーー始まりは二人だった……ライブをする度に想い出すな。

 四六時中音楽の事ばかり考えてた日々から、離れた事もあるけど……また、音楽漬けの日々が続いてる。

 それは……此処にいるファンのおかけだ。


 弾き語りをする二人の音色に歓声が止んだ。彼等の音に耳を傾けるかのように、静寂に包まれている。


 何て表現したらいいんだろうな……適当な言葉が思いつかないや。

 ライブでは鉄板だけど、アンコールの声に応える度にひどく鳴ってる。

 此処にいても良いんだって……そう言って貰えた気がして、また歌いたくなるんだ。


 もう……歌いたくて仕方がないんだ。


 誰もいないステージに注がれる歓声が遠くで聞こえていた。


 「ーーーー拓真……」 「潤……」


 視線があって思わず笑い合った。その意味は、痛いくらいに分かっていた。


 あぁー……福岡でのライブも終わったのか…………ライブの終わりはいつだって余韻が残ってるし、寂しさすら感じる。

 終わって欲しくなくて、音を感じていたいんだ。


 「お疲れ!」 「お疲れー!!」


 勢いよくハイタッチをして、成田達と抱き合う二人がいた。


 東京だけじゃなくて、今回のツアーは初めての場所ばかりだけど……修学旅行とか以来のちょっとした旅行って感じで、福岡に来たのは初めてだったな。

 観光なんてしてる時間も余裕も無いから、ホテルとドームの行き来くらいだったけど……


 「もう終わったんだよな……」


 先程まで立っていたドームが遠くに見える中、小さく漏らした。


 「お疲れー、潤」


 そう言って、拓真から手渡されたミネラルウォーターを受け取った。


 「お疲れ……終わったんだな……」

 「あぁー、後は年明けの東京が最後かーー……」


 大きく伸びをした拓真はベッドに寝転んでいた。


 「……早かったな」

 「だよなー」


 反省会を終えホテルに戻った二人は、潤の部屋にいた。隣同士の部屋だが、また鑑賞会をするようだ。


 最初の頃よりも、良くなってるとは思う。

 声も、音も、調整は完璧だし、外れる事も無い。


 「星空みたいだったなー」

 「あぁー……」


 サイリュームの揺れ動く姿が、まるで夜空の星みたいだった。


 「……何回見ても、良いよな」


 思わずこぼれた本音に、拓真はいつものように笑っていた。


 「だよなー、また演りたいよなーー」

 「……まだ終わってないだろ?」

 「そうだけどさー、分かるだろ?」

 「そうだな……」


 いつだって、また歌いたい衝動に駆られる。

 今に始まった事じゃないけど……今までよりも強く思う。

 夜が明けるのが待ち遠しいとか、それくらいじゃ足りないんだ。

 今すぐにでも演りたくて仕方がないんだ。


 「はぁーーーー……」

 「溜息か?」

 「違う」


 大きく息を吐き出した潤もベッドに寝転んでいた。


 「楽しかったな……」

 「だよなー」

 「拓真、ここで寝てく気か?」

 「うーーん、戻るけどさー」


 気が抜けたのだろう。拓真から寝息が聞こえてきたが、ツインベッドの為不便は無い。

 潤は布団を掛けると、またイヤホンを付けた。生バンドの音を聴きながら想い浮かべていたのは、彼女の歌声だった。




 「それでは、ENDLESS SKYで二曲続けてどうぞ」


 司会者の曲紹介を聞きながら、いつものように二つ並んだマイクスタンドの前に立って声を出した。


 そう、これが当たり前になったんだ。

 違和感だらけだった日々が、少しずつ馴染んでいって今がある。

 全てが生演奏じゃない日もあるけど、それも俺達の一部で日常だ。


 まだツアーの感覚が抜けなくて、生バンドじゃない事に少し気落ちしたりして、それでも聴いてくれる人がいるだけで十分だとか思ったりしながら、伝えていたんだ。

 叶うなら……同じ場所で歌いたい。

 出来るなら、生で聴いて感じたいんだ。

 何度も願い続けてるけど、実際に叶ったのは数える程だけだ。


 「ーーーーそれではwater(s)で、今夜限りのスペシャルメドレーです」


 司会者の方が近距離にいる筈なのに、声は遠くで聞こえていた。

 それくらい集中して、彼等の音に耳を傾けていたんだ。


 ーーーー上原は……『hanaは、努力の出来る天才だ』

 そう誰かが言ってたっけ…………本当にそうだ。


 彼女の歌声だけでなく、キーボードの音色にまで魅せられていた。


 ボーカルとしてだけで出演する事が殆どだけど、たまに……こんな風にしてキーボードとか、ギターとかを弾いたりしてても、全く違和感が無い。

 聴いてても心地良くて、変わらないwater(s)の音色のままって感じだし、譜面を見ずに弾くのが常だけど、そのリズムが乱れる事も無い。


 「ーーーーすご……」

 「あぁー」


 思わず声を漏らした潤に、小さく頷いて拓真が応えた。観客の反応の些細な差にも気づいていたからだ。


 一定を保っていられない……その気持ちは分かる。

 俺もファンの一人だから、どうしたって視線を向けてしまうし、どうしたって……惹かれていくのを止められない。

 water(s)は……俺だけじゃなくて、出演者すら魅了してるみたいだ。


 自然と目で追っていたのは潤だけではなかった。拓真も、そして出演者の多くが、彼等の音色を聴き入っていた。


 ーーーーーーーー俺もあんな感じだったのかな……


 二人の斜め前に座っていた新人ミュージシャンの反応の良さは歴然だ。


 さっきも思ったけど……緊張感が俺にまで伝わってきた。

 今も感激してるのが分かる。

 右も左も分からなかった頃とは違うけど、やっぱ……別格だよな…………羨望の眼差しを向ける奴が多いって、分かってた事だ。

 音が違うって、俺にでもハッキリと分かる。


 ーーーーそれくらい違うんだ。

 音のプロから選ばれる筈だよな…………音楽を志す奴なら、一度はコピーしてみた筈だ。

 簡単なコードで成り立ってる曲もあるから、不思議だよな。


 澄んだ歌声に圧倒され、観客の拍手の音で我に返った。スタジオは一瞬で、彼等の色に染まっていた。


 生放送を終えた二人は、控え室のテーブルに突っ伏していた。


 「ーーーー終わったな……」

 「あぁー……お疲れ……」


 いつもよりも長時間の番組出演に、疲労困憊のようだ。


 「……凄かったな」

 「だよなーー……」


 ラストの紙吹雪が目に焼きついて離れない。

 他のミュージシャンを間近で見れる機会は稀だから、それを楽しみにしてた部分もあったけど……


 「……全部、もってかれたなー」

 「あぁー……」


 ……拓真の言う通りだ。

 最後に……全部もっていかれた気分だ。

 スペシャルメドレーってのもだけど、それだけじゃなくて……何度聴いても、鷲掴みされるみたいで……


 「……まだあるんだよな」

 「そう!」


 机から起き上がった拓真は、いつもの顔に戻っていた。


 「レコ大に、紅白……それから、カウントダウンだって出れるだろ?」

 「あぁー、そうだな」

 「レコ大、今年こそはって思うけど……やっぱなーー……」


 拓真がそれ以上口にしなかったけど、続きは分かってた。

 やっぱ……敵わないんだ。

 諦めたつもりは無いけど、受賞出来るのも想像がつかない。

 それでも、微かに期待はしてしまう。

 ドームツアーは順調出し、CDの売り上げだって好調だからだ。

 ナリさんとかツジさんとか……岸本さんだって、俺達に期待してくれてる。

 それくらいは分かってるから、それに応えられるエンドレで在りたい。

 目に見える形で受賞出来れば、少しは報われるんじゃないかって、そう思ったりして……


 「……拓真、まだ弾きたい」

 「言うと思った。俺も!」


 二人して現場から近いスタジオを検索して、即行で向かった。

 こういう衝動的なのは、相変わらずだ。

 でも、それも俺達らしくて良いんじゃないかって思える。

 やっぱ楽しい事には変わりないし、音の重なる瞬間は止められそうに無い。


 スタジオに着くなり、ギターを片手に声を出した。


 ツアー中だし、まだ年内も仕事はある。

 声を枯らすつもりは無いから、酷使しない程度に留めて奏でた。

 何も気にせずに歌っていられた時間は終わったんだ。

 当たり前だけど……いつだって万全で臨みたい。

 そうじゃなきゃ、エンドレでやってる意味が無いから…………


 一時間程の音合わせを終えた二人は、いつものようにイヤホンを付けながらタクシーに乗り込んだ。潤の耳には、彼等の音色が届いていた。

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