第76話 空高く腕を伸ばせ
反省会は常だ。
やらない選択肢はないから、ライブ終わりにスタッフと連携をとってから解散した。
「はぁーーーー……」
家に着くなりソファーにダイブした拓真の気持ちは、よく分かる。
夢のような時間だった……でも、これで終わりじゃなくて、ツアーはまだこれからだ。
ようやく始まったんだな……
「潤、これからだなー……」
「あぁー」
そう……これからだ……
「楽しもうな?」
「あぁー、勿論な」
また拳を重ねて、気持ちを新たにした。
それにしても……
「……歌い足りないな」
思わずこぼした言葉は今の本音だ。
彼の小さな呟きを聞き逃す事なく、拓真はいつものように笑っていた。
「だなー……ツアーが終わったら、打ち上げにカラオケでも行くか?」
「あぁー、そうだな」
そんなに先の事じゃない。
数ヶ月でツアーは終わってしまうんだ……まだ始まったばかりなのに、終わりがくる事を想像した。
今日みたいに晴れやかに終われてたら、最高だな……なんて思いながら、また反省会だ。
今度は二人だけの鑑賞会とも言えるだろう。ノンアルコールのビールを片手に、観客と一体になったステージを眺めていた。
画面で見るのと、生ではだいぶ違うな…………鳴り止まない歓声が、まだ耳に残ってる感じがして……また鳴ってるんだ。
「あーーーー、楽しかったな!」
思わず声を上げた潤と拓真も同じ気持ちのようだ。
「だなー、もう演りたいしなー!」
「あぁー」
音に触れる度、また演りたくて仕方がなくて、叶ったような夢の続きをこれから叶えていくんだ。
ノンアルコールだというのに、二人して酔ったように饒舌に語らっていた。それは、現実的な夢に変わっていたからだ。
ーーーーあんなに遠くにあった夢が、今は手の届く距離に感じる。
彼等に届く事はないけど…………俺達の現実的な夢は少しずつだけど、着実に叶っているんだ。
差し出されたグラスを寄せ合って、現実になった夢を噛み締めていた。
いつものスタジオには俺達だけじゃなくて、バックバンドのメンバーも揃ってる。
もう少し練習したい俺達の為に、時間を割いて貰ったんだ。
二人だけの練習よりも、音のイメージが固まっていくのがハッキリと分かる。
やっぱ……音が重なる瞬間って良いよな…………
もっと、ずっと弾いていられたら……とか、歌っていられたらって、強く思う。
それは……あの日から、ずっと続いてるんだ。
初めての場所に立つ度、どうしようもない夜と葛藤する時だってある。
不安が押し寄せてくるような感じで……でも、それでも拓真と演ってきた時間は本物だから……これだけは自信をもって言える。
拓真と演る音楽が好きなんだって事。
夜が明けるのが待ち遠しいとか……歌詞にした想いが本物だって事だ。
「ご飯、食べて行けますか?」
「勿論!」
ベーシストの成田を筆頭に楽しげな雰囲気で応えているが、殆どが年上の人達の為、打ち解けてはいても潤は今も敬語のままだ。とはいえ、愛称で呼ぶくらいの仲にはなっていた。年上といっても、同年代に変わらないからだろう。
音合わせで仕事が終わるメンバーを誘って、個室の料理店に集まっていた。
「この間は豪華だったなー」
「そうですね。ナリさん、興奮してましたよね」
「まぁーな。この業界にいる奴なら、誰でもテンション上がると思うけどなー」
「確かに……先輩達は相変わらずだったけど」
「学生の頃からなのか?」
「はい……miyaとhanaは変わらないですね」
そう……あの二人は変わらないよな。
揺るぎない信念を貫いてるっていうか……音楽に対していつも真摯っていうか……いつだって楽しそうに語るから、余計に敵わないって思うんだ。
いつも悩んで、叫びたくなる気分になってばかりの俺とは違う。
「ーーーーhanaといい、エンドレといい、その年に生まれた奴は気の毒だなー」
「えっ?」
思わず声に出ていた。
上原と……拓真はともかく、俺は微妙だ。
俺自身がそう感じてるし、拓真のギターには敵わないって……
「潤もだろ? いつまで経っても敬語だし。そういう所も面白いけどさ」
「面白いって……ナリさん」
「潤は自覚無しだからなー」
「拓真まで!」
潤の反応に、笑みが溢れる。
「意外といえば、water(s)も意外だったなー」
「どの辺が?」
「テレビとか、コンサートでさえ話す機会って少ないじゃん?」
「あぁー……そう…だな」
無理やり敬語をやめる潤に、笑いを堪えるメンバがいた。
「拓真、助けろよ」
「無理、ナリさんには敵わないって。それに良いんじゃない?」
「まぁー、打ち解けてるとは思うけど」
ナリさんだけじゃなくて、バックバンドのメンバーは俺達専属じゃないけど、ツアーを一緒に回って貰うくらいの仲だ。
今更、他の人にお願いしようとも思わないけど……kei達よりも年上の人が多いから、つい敬語になるんだよな……
「ナリさんも、ツジさんも皆、可愛がってくれてるんだと思うけどなー」
「それは分かってるけど、それとこれとは別だろ?」
拓真は悪そうな笑みを浮かべた。
「まぁーな。それにしても……water(s)のファン率高いよなー」
「あぁー。ファンクラブにまで入ってるの、俺達だけじゃなかったしな」
「だよなー」
同じ作り手側にいる人まで魅了するって、どんだけだよ……
タクシーに乗り込んで帰る中、イヤホンから流れる音色に耳を傾ける。潤の耳にはライブのセットリストが流れていた。
「中盤、走りすぎないようにしないとなー」
「あぁー、そうだな。でも、ツジさんのドラムがあるから大丈夫だろ?」
「まぁーな」
バックバンドのメンバーは信頼してるさ。
そうじゃなきゃ同じ人に頼まないし、後ろを気にせず歌えない。
正面を向いたまま振り返らない事自体、信頼してる証だって思う。
安定の音色が聴こえてくる度、混ざり合う度に色づいてくみたいで……届かない場所でも、行ける気がするんだ。
「潤、少しやらない?」
「やる」
家に着くなりギターを持って告げた拓真に即答した。断る理由は一つも無いからだ。
「アンコールの曲にするか?」
「そうこなくっちゃ!」
乗り気な潤に、拓真が嬉しそうに応えると、二人の音色が重なる。
本番みたくマイクがある訳じゃないけど……ギターを片手に弾き語りするのは楽しいし。
二人で演ってると……ストリートを想い出すよな。
見向きもされなかった日々が遠い昔の事みたいで、いつまでも弾いていられる気がした。
何処か懐かしさをはらんだ音色が響いていた。
音合わせをしていると、時間があっという間だ。
上手くなったとは思うけど、ふとした瞬間に現実を思い知らされる。
大抵は上原の声を……water(s)の音を聴いた時だ。
テレビから流れる音色を聴き入る。洗い物を放り出して、二人揃ってソファーに腰掛けていた。
ーーーーーーーーまただ……また、鳴ってる…………water(s)の音を聴いて、鳴らない瞬間はない。
二曲続けて披露する姿に、また惹かれていく。
性懲りもなく、バカのひとつ覚えみたいに…………用がない限りメッセージのやり取りは積極的にしないけど、こういう時は拓真に便乗して、自分から送ってみたりする。
返信はちゃんとくるし、そういうのは学生の頃から変わってないって思う。
メンバーが上原の近くにいる時は大抵、最後に『by water(s)』って書かれてるし。
ちゃんと返ってくるだけじゃなくて、何ならmiyaが返信してくれる事もある。
文面の違いだけじゃなくて、ちゃんと『miya』って書いてくれてるから、またスクショが増えていって、ちょっとしたコレクションだ。
「ーーーーやっぱり違うよなー……」
「あぁー、そうだな……」
…………音が違う。
そう、初めて聴いた時から他とは違ったんだ。
凄いって言葉でしか表現出来ないくらい凄くて……唯一無二の存在のままだ。
こういうの、心を打たれるって言うんだろうな……なんて、頭の片隅で感じながら最後の一音まで聴き入っていた。
あぁー……何であんな声で歌えるんだろうな…………
エンドロールが流れ終わった後も動けずにいた。
放置した洗い物は真夜中に洗う事になりそうだ。二人は余韻に浸りながら、音合わせを始めた。
「拓真、アンダンテくらいは?」
「あーー、ゆっくり目の方が向いてる歌詞だよなー」
「あぁー、一度流すか?」
「だなー」
録音して客観視して、また合わせて……その繰り返しが、今に繋がってるんだ。
いつだって音を合わせられる場所にいる。
潤の声に合わせるように、拓真が声を出した。メインボーカルはその時々で変わるのも魅力の一つだろう。
あぁー……どっちも楽しいな…………拓真に合わせてハモるのも、ハモって貰って気持ち良くなるような瞬間も……どっちも手放せない。
叶わない願いは祈らなくなった。
現実的になった夢は、少しずつだけど叶っていってる。
ドームツアーだってそうだ。
あの頃は……目標にするには遠すぎる夢だったけど、今は違う。
「土曜日には……また立てるんだな……」
「あぁー、早く土曜日にならないかなー」
「拓真らしいな」
「潤だって同じだろ?」
「そうだな……」
差し出された拳を重ねて、待ち遠しく感じた。
はやる気持ちを抑えるように、拓真とまた音合わせをして、手を伸ばせば届きそうな感覚を忘れないようにしていたんだ。




