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第75話 開花の瞬間を

 「はぁーーーーーーーー……」


 思わず大きな溜め息が漏れる。


 この間の焼肉は、まさに夢のようなひと時だったな……


 「潤ーー、始まるぞー?」

 「あぁー」


 整えられたステージに立って、声を出した。

 ツアー前の最終調整……リハだ。

 この会場が埋まるだけの人が集まるのか? 未だに信じられなくて、そう何処かで声がする。


 不安を払拭するように弾き語りをして、届くようにと願って歌う。

 あの頃と変わらないな…………勿論、規模は大きくなったし、この三年でファンも増えたみたいだけど……いつも、何処か他人事だ。

 この場所だけは譲れないって思ってるくせに、現実味が無いんだ。

 売れてるCDの枚数を聞いたって、正直よく分からない。

 でも、今は空っぽの会場が満席になるのを想像するだけで……


 「……最後の曲です」


 二時間なんて、あっという間だ。

 あぁーー……どう……言葉にしたらいいんだろうな……


 拓真と二人だけでステージに立って、いつものように声を出した。


 ーーーーーーーー初めて人前で演った日を、想い出していたんだ。

 始まりは二人だけだった。

 機材も何も無くて、あるのは手にしたギターだけで……それから、金を貯めてマイクスタンドを買ったっけ…………それが今は、俺達の為に動いてくれる人達が大勢いる。

 デビューしてから、そうだ…………バックバンドの仲間もエンドレの一員になった。


 歓声の代わりに、スタッフの拍手が響く。二人に送られる賛辞に、潤は拓真に手を差し出していた。


 「お疲れー!!」

 「お疲れ!!」


 思いっきりハイタッチをして笑い合う。


 つい顔がにやける。

 だって、こんなの……夢みたいだ……


 『明日からよろしくお願いします』


 此処にいる仲間へ向けて一礼をして、また新たな気持ちで挑もうとする二人がいた。


 ーーーーーーーー眠れない。

 子供の頃、遠足が楽しみで寝れなかったっけ……寝れない理由なら分かってる。

 初めてのドームでのライブも、ツアーも……明日が初日だ。

 今までやってきた事すべてを費やすくらいじゃないと、いけない事くらいは分かってる。

 喉の調子だって万全じゃなきゃいけないし、頭が冴えてる場合じゃない。

 そんな事くらい、分かってるのにな…………


 ベッドの上で横になって、携帯電話に手を伸ばしそうになるのを堪えて、無理やり瞼を閉じていた。


 ……いよいよ始まるんだな…………


 疲労はあったのだろう。潤の冴えた頭も、眠りについていた。




 ーーーーーーーーやばい……今までの比じゃないくらいに鳴ってる。

 こんなに鳴ってるのは、久しぶりかもしれない。


 無意識にシャツを掴んでいた。


 「はぁーーーー……」


 深く呼吸をして気持ちを整える潤に、拓真が背中をバシッと押した。叩いたと言った方がいいかもしれない程に音が出ていた。


 「ーーーー拓真、いよいよだな?」

 「あぁー……」


 よく見ると……拓真も震えてるっぽい。


 仕返しと言わんばかりに、潤が彼の背中を押した。その音に周囲は驚いた様子だったが、当の本人達は笑い合っていた。


 「今日からだな?」

 「あぁー、いよいよ始まるな」


 二人が重ねた手に、バックバンドのメンバーの手が重なる。


 あぁー……本当に、此処まで来たんだな……


 「今日もよろしくお願いします!!」


 拓真のハリのある声に釣られて声を出した。


 「楽しい時間にしましょう!」

 『おーー!!』


 仲間の返答に、二人のテンションはすでに高い。


 これから……憧れ続けた場所に立てるんだ…………自分達の足で立てるんだ。

 デビューまでの長い道のりも、今日この日の為にあったんだって思えば……それだけで意味があるんだ。


 歓声が上がる中、二人は顔を見合わせ、いつものように声を出した。


 あーーーー、叫び出したくなるくらい嬉しくて、また音が鳴ってる。

 夢を叶える瞬間って……きっと、こんな気分なんだろうな……何とも言えない気持ちだ。

 ただ……ひたすらに追いかけ続けた日々が、報われた気がして……うっかりすると、泣き出しそうだ。

 それくらい鳴ってるんだ。


 あぁー、やっぱライブは最高だな……とか、頭の片隅で思いながら一定のリズムを刻んでたら、一体感が生まれてた。

 観客の反応にも感謝しかない。

 これだけの人が、俺達の音楽を聴きに来てくれたんだ。


 彼等の目の前には五万人以上の観客がいた。手につけたサイリュームの光が、星空のように輝いている。


 こんな景色……初めてだ…………どんな瞬間も一期一会なんだって改めて実感して、また声を出した。

 熱が帯びてるのが自分でも分かる。

 だからって、狂ったりはしない。

 それくらいは出来るようになったって自負してる。


 リズムがよれる事なく、心地良い音色を響かせていた。


 リハは完璧でも、実際にやると……想像以上にくるな。

 思ってたよりも、ずっと……歓声があって、アンコールの声が響いてて……


 「……拓真」


 思わず差し出した手に、拓真も笑って拳を重ねた。

 アンコールの声に応え、二人がステージに現れると一際大きな歓声が響く。


 あぁー……こんな瞬間があるから止められなくて、この一瞬の為にやって来たんだろうな……


 ギターの弾き語りというシンプルな音色に、観客は静かに耳を傾ける。一際は大きな歓声が止み、彼等の音に合わせて手拍子が鳴っていた。


 ーーーー見向きもされなかった日々が夢みたいだ。

 俺達の音に合わせて反応してるのが分かって、憧れたステージに立ってるんだって事を噛み締めていた。


 『ありがとうございました!!』


 拓真と手を取って一礼した潤の瞳が潤む。二人は、目の前に広がる光景を焼きつけるように眺めていた。


 『ありがとうございました!』


 今度はバックバンドやスタッフと、仲間に向けて一礼をしていた。無事に初日を終えたのは、彼等全員のおかげである事を痛いくらい分かっていたからだ。


 俺達だけで作り上げるのが難しかったステージが、たくさんの人の力を借りて形になった。

 いくら感謝しても、足りないくらいだ……


 「潤、お疲れー!!」

 「お疲れ!!」


 自然と声が大きくなり、ハイタッチを交わす。


 「まだ出来るんだよなー!」

 「あぁー、そうだな」


 そう……これで終わりじゃないんだ。

 まだライブが出来るなんて、こんなの本当に自分に起こるって、何処かで思ってなかったのかもしれない。

 未だに現実味が無いけど、これから反省会をするって思うと、少しだけ現実っぽく感じるし、続きがあるって事を改めて考えさせられる。

 ライブは生モノだから取り消しが効かなくて、レコーディングみたくリテイクは出来ない。

 だからこそ、最高のパフォーマンスをしたくて今まで演ってきたんだ。


 録画した映像には、楽しそうに歌う二人がいた。


 ーーーー恥ずかしいな……若干の気恥ずかしさは、この際スルーして、音とか照明とか……俺達の演奏もだけど……少しずつ見直す箇所はありそうだ。

 これは、かなり消耗するな…………ライブは体力勝負的な所があるけど、本当にそうだ。

 一日のうちのたった二時間なのに、一度座ったら暫く動けそうにない。


 映像を見ながら、用意されたドリンクを飲み干していた。


 まだ……まだ改良の余地はありか…………いくら最高のパフォーマンスが出来たと思ってても、客観視すると手放しで喜べない。

 あの頃よりは完璧に近いモノにはなってると思うけど……まだ、だな……


 「……明日は修正だな」

 「そうだなー……だけどさ、楽しかったな?」

 「あぁー」


 いつものように笑う拓真に釣られるように、潤も微笑んでいた。


 そう、楽しかったんだ…………修正が必要なのは分かってる。

 その為の反省会だし。

 それでも、今までで一番のライブだったって自負してる。

 エンドレを聴きに来てくれた客には感謝しかない。


 「潤、お疲れー。また明日なー」

 「あぁー。お疲れ、拓真」


 ホテルの隣同士の部屋に入った。反省会は終わり、あとは寝るだけである。


 「ーーーー立てたんだな……」


 窓から見えるのは先程まで立っていたドームだ。


 本当に……立てたんだな…………反省会までして、ちゃんと現実だって分かってるはずなのに何処か夢見心地のままだ。


 ベッドに横になった潤の脳裏には、歓声が響いていた。




 ーーーーーーーー心の底から尊敬する。

 憧れてるのは勿論だけど、本気でこれを軽々とやってのける上原を。


 昨日以上には鳴ってない。

 反省会をした甲斐があって、大まかな修正は要らないみたいだけど……一定なんて保てない。

 どうしたって今の気持ちが反映されるから、昨日と今日とでは違うライブになってると思う。

 気持ちは変わらない筈なのに、昨日の余韻が残ってて寝つきが悪かったとか……言い訳にもならない。


 最高のパフォーマンスをしているように見えていたが、彼には悔いの残る前半になったようだ。


 「潤、大丈夫だって。ちゃんと出てたぞ?」

 「あ、あぁー」


 また顔に出てたのか……らしくないよな。


 頬をパチンと両手で叩いて気合を入れ直した。彼の意外な行動に周囲は驚いていたが、拓真だけは笑っていた。その想いが、誰よりも分かっていたからかもしれない。


 「ーーーー楽しいな」

 「あぁー、だろー?」


 いつものように笑った拓真に、また救われてた。

 楽しいんだ……そう、楽しめる場所にようやくいるんだ。

 寝不足だとか、緊張だとかを言い訳にして、立ち止まってる場所じゃない。

 途切れそうになる想いを繋いで、いつものように声を出した。


 あぁー……また音が鳴ってる。

 続いて欲しいと願いながら、ようやく掴んだ夢を手放すなんて出来ない。

 俺は必死にくらいついて行くだけだ。


 ハッキリと届く音色に、潤は頬を緩ませていた。


 ーーーーこんな瞬間を……ずっと待ってたんだ……


 鳴り止まない拍手と歓声に、泣き出しそうになりながらも揃って一礼をすると、視線の先には初めて見る光景が広がっていた。

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