第72話 永遠の誓いを
「拓真ー、行くぞー?」
「あぁー、今行くーー!」
ネクタイを締めた拓真が玄関にやって来た。
俺も拓真も久しぶりのスーツ姿だ。
二人は結婚式に参列する為、駅から直結のホテルを訪れていた。
「二人とも久しぶりだな」
「金子、久々だなー」
金子と会うのも四人で集まって以来だ。
「それにしても、阿部っちが結婚かーー」
「あぁー、上原の次だな」
「だよなー。金子はそういうの無いのか?」
「聞くなよ拓真……」
金子の反応に、学生の頃のように笑い合っていた。
話は尽きないようだが、挙式の時間だ。チャペルへ移動すると、純白のウェディングドレスに身を包んだ大塚とネイビーのタキシードを着た阿部が姿を現した。大学四年間を共に過ごした友人達の結婚に、小さな感嘆の声が上がっている。
ーーーー阿部っちと大塚が結婚か……。
そういう相手に巡り合えるって、どんな確率なんだろうな……今の俺には、やっぱ想像もつかない。
携帯から流れるアカペラの歌声に泣きそうになって、初めて自覚したっけ……叶わないって分かってても、止められなかった。
今も、きっと……ずっと続いていくんだろうな。
ーーーー会ったら、やっぱ惹かれてるんだ。
大塚のドレス姿は綺麗だったけど、それだけだ。
もう……変えられないままなんだ。
友人の結婚を祝福する彼女の横顔に、視線が向けられていた。
親族の参列者が中心の披露宴会場では、懐かしいクラスメイトが同じ円卓に揃っていた。
「金子に会うの卒業以来だよね?」
「そうだな。みんな、元気だったか? って、言っても拓真と潤に上原は、久々って感じしないけど」
「金子まで詩織と同じ事、言ってるー」
石沢が可笑しそうに笑っていると、二人の入場となった。
「わぁー!」
「理花、綺麗……」
「素敵……」
女子から感嘆の声が聞こえた。
阿部っち、頑張ったんだな……。
多少の話は聞いてたから、余計にそう思った。
着席すると、阿部の乾杯を合図に披露宴が始まった。
フレンチ料理のフルコースが進む中、大塚が黄色のカラードレスにお色直しをしていた。各テーブルを回り、写真を撮っていく。幸せそうな二人の表情に、参列者からも笑顔が溢れていた。
ーーーーこういうの良いよな……。
みんなに祝福して貰える感じがして……また音が鳴る。
ウェディングソングなんて書いた事ないけど、やってみたいな。
阿部っちと大塚に向けての曲なら、直ぐに出来そうだ。
潤の頭には、また新たな音が鳴っていたのだ。
「私も結婚したい……」
唐突に口にした森に、石沢だけじゃなく金子も頷いていた。
「詩織、相手は? 社会人になって、知り合った人いるって言ってたじゃん」
「最近、別れた。そう言う綾子は?」
「私は、最近付き合い始めた人いるよー」
「いいなー。幸せそう」
ホテルのエントランス付近に六人は集まっていた。急遽二次会的な飲み会をする事になった為、主役の二人を待っている所だ。
「hanaも行けるのか?」
拓真が敢えて呼んだ名前に、ドキッとした。
上原がhanaなんだよな……
「ううん、私は理花ちゃん達の顔見たら帰るよ。TAKUMAは?」
「俺は参加してくー。潤も行くだろ?」
「あぁー。来月のフェス、俺達も出るからよろしくな」
「わーい! 楽しみだね!」
学生の頃と変わらない笑顔に鳴ってた。
笑って「楽しみ」だって即答出来る強さに、憧れない筈がない。
「綾ちゃんが彼氏さんと見に来てくれるんだよー」
「うん! 楽しみにしてるね! エンドレも同じ日にちだったよね?」
「石沢、チェックしてくれてたんだ? 同じ日付だけど時間帯が二番手」
「それは、酒井が高校からのクラスメイトだしって言いたい所だけど、樋口が元同じ会社の同期だから情報が入ってくるんだよ」
「樋口、モテるの?」
「そうだよー、詩織。同期や先輩から人気があるみたいでね」
そんなの初耳だけど……モテてたら、一人でバーに行ったりしないし。
潤はいつもと変わらず、表情を変えずに応えた。
「辞めたのだいぶ前な気がするんだけど……」
「そうだけど、女子は噂好きが多いからねー。金子は仕事どう?」
「五年目になるからなー。なんて言うか、中堅的な?」
「それは分かるー。どこも同じだねー」
「そうだよなー」
石沢も金子と同じような立ち位置になったのか……。
そうだよな……俺達がデビューして、三年も経ってるんだ。
「詩織ちゃんは? 母校はどう?」
「生意気な生徒もいるけど、概ね良好だよ。奏は、来年ワールドツアー演るんでしょ? ニュースになってた」
「うん、楽しみではあるかなー……あっ、理花ちゃん! 阿部っち!」
本日の主役が来た事により、大学当時よくカフェテリアに集まっていたピアノ専攻の八人が揃った。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
「二人とも、おめでとう!」
「おめでとう!!」
「理花、綺麗だった!」
ホテルのロビーでも、二人を祝福していた。新郎新婦が共に友人の彼等にとって、喜ばしい出来事だったからだ。
「今日はお招き頂きありがとう。また会おうね」
「うん! 奏、今日は来てくれてありがとう!」
「また会いたい」
「うん、詩織ちゃんと会えるの楽しみにしてるね」
「奏、無理しないようにね!」
「綾ちゃん、ありがとう。綾ちゃんもね」
上原が学生の頃のように抱き合っていた。
ホテルのロビーを手を振りながら一人で出て行く横顔が、やけに印象に残った。
本人にその自覚はさなそうだけど……引き寄せるよな……。
ドレスアップしてるからか、water(s)だって気づいたからかは不明だけど、振り返る人がいた。
人の行き交うホテルのロビーで、人を振り向かせる程の引力がある奴なんて……そうはいないんだ。
「潤が調べた店に行くだろ?」
「賛成ー」
「ありがとう、樋口」
「あぁー」
携帯電話で調べたカフェへ向かう中、少し前を歩く彼女達に気づいた。幸せそうな横顔に、潤の頬は緩みそうだが、気づいたのは彼だけではなかった。
「綾子、何笑ってるの?」
「ん? ちょっと前を奏達が歩いてたから……」
「えっ? 見たい!」
「あっ! 本当だー! 」
森も大塚も優しく微笑む上原の横顔に、改めて彼女が母親である事を実感していたようだ。
「hanaで会ってると忘れがちだけど、子供が二人いるんだよなー」
「そうだな」
「ミヤ先輩は、相変わらずかっこいいな!」
「だよなー!」
上原のドレスアップに合った服装を三人ともしてるし、本当……仲が良いよな。
楽しそうな横顔を見ていると、梨音が後ろを振り返っていた。
「……あやちゃん!」
「えっ? 綾ちゃん?」
梨音に続いて上原だけでなく、miyaも怜音も振り返っている。
見ていた事を気づかれたって思ったのは、俺だけじゃなかったみたいだ。
石沢でさえ少し照れた様子だ。
「奏……。ミヤ先輩、りーちゃん、れーくん、お久しぶりです」
「綾ちゃん達、久しぶりだね。TAKUMAとJUNはそうでもないかな?」
「は、はい」
「こ、こんにちは」
慌てて返事をするだけで精一杯だ。
あのmiyaに……普通に話かけて貰えるなんて……
「阿部くん、理花ちゃん、結婚おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
緊張した面持ちで阿部が応えていると、梨音が尋ねていた。
「ママー、だぁれ?」
「ママのお友達だよー」
「おともだちー?」
「梨音も怜音も、幼稚園にお友達がいるでしょ?」
「いるー!」
二人同時に応える姿に、周囲も感動した様子だ。
上原が……ママなんだよな。
「二人ともご挨拶は?」
「みやまえりおです。こんにちはー」
「みやまえれおです。こんにちは」
綺麗にお辞儀をする所とか……上原とミヤ先輩にそっくりだ。
それにしても……少し見ない間に、こんなに成長するんだな……。
夢と傑が小さい頃みたいだ。
話もすんなり出来るようになってるなんて、子供の成長って早いよな。
「これから何処か行くの?」
「うん……夕飯を食べにね」
「うん! ママがきれいだからディナー!」
「うん! おめかししてディナー!」
双子の素直な反応に彼等から笑みが溢れている。
「和也……」
「悪い……。二人とも買い物も行くだろ?」
「うん! 」
梨音と怜音はパパとママの手を握って嬉しそうだ。
water(s)のmiyaとhanaで会う事が殆どだから、新鮮だな。
今は優しい両親って感じだ。
「みんなもこれからご飯でしょ?」
「あぁー、ちょっと早いけど近くの店で二次会的な感じだな」
「さっき樋口が予約してた」
「さすがJUNだね」
上原と話をしていると、彼女のスカートの裾が引っ張られていた。
「ママー、お腹空いた」
「怜音は相変わらず、食欲旺盛ね」
「しょくよくお?」
「うん、お腹空いたから食べに行こうか? 梨音は?」
「りーも! パパがおやつくれなかったからー」
「この後のご飯が美味しくなるように、おやつなかったんだよ?」
「そうなの?」
「そうだよ」
そう応えたmiyaに、双子は考える仕草をしていた。
「ーーパパ……ありがとう」
子供の素直な性格って、羨ましいよな……。
それに、本当……二人に似て美男美女の双子だ。
「じゃあ、俺達はここで」
「みんな、またねー」
「またねー!」
「バイバーイ!」
梨音と怜音も上原を真似て手を振っていた。
miyaが梨音を右腕で抱きかかえると、怜音は両手をパパとママと繋ぎ、嬉しそうに飛び跳ねた。そんな後ろ姿を潤はただ眺めていた。
「あの二人は変わらないね。高校から、あんな感じなの?」
「うん、そうだよー。ねっ、酒井?」
「あぁー、そうだなー」
高校から二人の事を知ってる拓真と石沢の反応に、皆も納得の様子だ。
それに……俺の知ってる大学の頃からでも変わらないしな。
幸せそうな宮前一家の姿に、森から思わず本音が漏れていた。
「いいな……」
「詩織が羨んでるー」
「だって、素直に羨ましいよ。好きな事を仕事に出来てるし」
「それは詩織もでしょ?」
「教師の仕事は好きだけどね。五年経つと、色々思い返す事はあるよ」
「それは分かるな」
「だよね? 金子」
「あぁー、学生時代って貴重な時間だったなーってな」
「そうそう」
「そういう点では、エンドレの二人も羨ましいな」
「金子まで、どうしたんだよ? 酔ってるわけじゃないだろ?」
「ーーーー阿部っち達も羨ましくて、彼女が欲しいって事だよ……」
「あぁー、なるほどな」
要は幸せそうな宮前一家や阿部夫妻を見てると、結婚したくなる……って事だ。
相手がいないんだから、結婚も何もないんだけど……あんな風に想い合える相手に巡り会えたら……なんて、らしくもなく思ったりした。
「店、着いた」
「樋口は相変わらずマイペースだなぁー」
「え? ほら、入るぞ?」
「はーい」
四年間共に過ごした仲間は、いくつになっても変わらずに話の合う友人の一人だ。
「理花と阿部っちは、お腹空いたんじゃないの?」
「俺はフルコース食べれたけど、理花はな……」
「うん、お腹空いたー」
「ご馳走してやるから、しっかり食べろよー?」
「あぁー、二人ともおめでとう」
「ありがとう……」
予約したオープンテラス席で、懐かしい話に花を咲かせた。
こういう時……学生に戻ったみたいだ。
一瞬で戻れるって、凄い事だよな……。
懐かしい面子に、また音が鳴ってた。
「エンドレも遂にメインステージかー」
「あぁー」
自然と音楽の話題になる辺り、音楽好きは健在って事だ。
「ツアーも楽しみにしてるからな?」
「私も楽しみー」
当然の事のように告げられた言葉に、拓真と顔を見合わせていた。
「ーーーーありがとな……」
あの四年間があったから……今の俺達が在るんだ。
あと少しで、憧れていたステージに立てるんだな……。
自分の事のように嬉しそうな表情を浮かべる音楽仲間に、二人の想いは増していくのだった。
 




