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第71話 いつまでも響く

 ファンクラブに入会してる人の中から抽選で選ばれた幸運な千三百人が、間近で曲を聴いていた。

 割れんばかりの拍手と歓声が響く中、テレビ画面はスタジオへ切り替わっている。

 「ーーーーやば……」

 「本当……いつ聴いても、良い音だよな」

 二人はテレビ画面越しに見つめていた。water(s)のライブ映像を。

 「なぁー、俺達は来週出演だろ?」

 「そうだな。water(s)の音、間近で聴きたかったよな」

 「だよなー、仕方ないんだけどさー……」

 そう……頭では仕方がないって分かってるんだけど、出来るなら、叶うなら、間近で聴きたかった。

 せめて、同じ日に出演だったら良かったのに……。

 それにしても、"勿忘草"か……相変わらず、言葉選びのセンスが良いというか……岸本さんの言ってた通り、何処をとっても秀逸だよな。

 上原に……water(s)にしか出せない、オンリーワンな音色だ。

 「そういえば、阿部っち結婚式決まったらしいな」

 「あぁー、連絡来てたなー。式に参加するだろ?」

 「そうだな。大塚と学生時代から付き合って、そのまま結婚か……」

 「あぁー、結婚する奴増えて来たよなー」

 「あぁー、俺にはまだ想像もつかないけど……」

 「それは俺もだって、考えられないよなー」

 「拓真は彼女いるのに?」

 「それと、これとは別だろー?」

 「そういうもんか……」

 「何があるかは分からないからな。高校から付き合ってた石沢と指揮科の佐藤だって、別れたらしいしな」

 「そうなのか? てっきり結婚するのかと思ってた」

 「俺もだよ。この間、聞いたんだよなー」

 二人が先程まで夢中になっていたテレビから流れる音楽は、BGMとなっていた。water(s)の出演時間が終わったからだ。

 「七月か…………」

 「あぁー、久しぶりに大学の仲間に会えるかもなー」

 「そうだな……」

 テレビ画面から流れていた生放送の歌番組は、エンディングの曲が流れている。画面に映る彼等を見届けると、二人は来週に控える出演について話し合っていた。

 テレビの出演にも、だいぶ慣れてきたけど……生放送とか、客ありとか……やっぱ鳴るよな……

 「……待ち遠しいな」

 「だよなーー」

 大きく伸びをした拓真に釣られるように伸びをしていた。

 目の前のテーブルには、開いたままのノートパソコンと散乱した楽譜があった。




 一日が早く感じる。

 ツアーが決まってからは、特にそうだ。

 それにしても……バックバンドとの音合わせは楽しいな。

 二人だけの練習よりも、音の幅が広がっていくみたいで……。

 スタジオにはライブのような音色が響いていた。彼等の練習には妥協が無いからだ。

 セットリスト通りに一通り演奏を終えると、勢いよくペットボトルに入った水を飲み干した。

 「お疲れさまです」

 「ありがとうございました」

 拓真と潤が口にした言葉に、バックバンドのツアーメンバーが微笑んでいた。

 俺達の練習に付き合って貰って、想像だけだった音が現実に変わった気がした。

 「お先です」

 「はい、お疲れさまです」

 「またリハでー」

 ツアーメンバーを見送ると、二人はまた音合わせを繰り返した。

 ーーーーやばい……近づく度に鳴って、どれだけ練習しても足りないみたいだ。

 デザイナーさんにツアーグッズも作って貰ったし、演出との合わせも完璧だった……頭では分かってるんだけど、確証が欲しくて……

 「潤ー、お疲れー」

 「お疲れ……」

 どんなに完璧に準備してたって、不測の事態はある。

 いつかの生放送とか……考え出したらキリが無い。

 払拭するように小さく首を振った潤は、いつも通りだ。

 「拓真、今日は白飯が食いたい」

 「了解。近場だと、トンカツとか?」

 「あぁー」

 ぐぅーーーーっと、二人して腹の音が盛大に鳴った。顔を見合わせて笑い合うと、二人はギターを背負いスタジオを後にした。


 「この間、バーで会ったんだろ? 俺も会いたかったなー」

 「あぁー、岸本さんもいて、豪華なメンバーだったな……」

 揚げたてのフライに山盛りだったキャベツが、半分程に減っていた。食べる事を忘れるくらい集中していたようだ。

 「潤だけずるい……」

 「仕方ないだろ? 拓真はデートしてたんだし」

 「そうなんだけどさー」

 余程その場に居たかったのだろう。拓真がこの話をするのは五度目だ。

 「岸本さんも……上原の事、秀逸って言ってたな……」

 「あーー、あれだけ出来ればなー。上原の作った曲がメインだしなー」

 「そうだな……」

 あれだけのメンバーがいるのに、上原の曲が採用されてるって事は、それだけ実力が抜きん出てるって事だ。

 「……あと、少しだな」

 「楽しみたいよなー」

 「あぁー」

 入念に準備してても緊張するんだから、当日楽しめるかは俺達次第だけど……拓真の言った通り、楽しみたい。

 明日が来るのが待ち遠しかったりするし、四六時中ライブの事を考えてる気がする。

 白飯と味噌汁のおかわりをして、自宅に着くなり微調整を繰り返していた。二人らしいハーモニーが部屋に響いていた。 




 water(s)のSNSはチェック済みだ。

 だから……ファンとして、七夕限定ライブに行きたかった。

 「はぁーーーー……」

 隣から大きな溜め息が聞こえた。

 「仕方ないだろ? 倍率凄かったらしいし」

 「そうだけどさー、見ろよこれー」

 拓真に向けられた携帯電話の画面には、笹の葉にカラフルな星型の短冊が飾られていた。

 「ここは撮影可だったんだな」

 「あぁー、いっぱいアップしてる奴いるし。それにさー」

 拡大された短冊には、『ワールドツアーを成功させる!』と、書かれていた。

 「うわっ……」

 潤も思わず声を漏らした。

 メンバーの直筆じゃん! しかも、同じ願いって……

 「こういうの良いよなー。ファンとの距離が近い気がしてさ」

 「あぁー……それにしても、みんな同じなんだな」

 「願い事だろ? 俺も思った」

 「ワールドツアーか……」

 ……ようやくドームツアーが出来る俺には、想像もつかない。

 十周年の時とは違って、water(s)がワールドツアーっていうだけあるよな。

 メジャーな会場は勿論だけど、あの時よりも周る国が多いみたいだし……

 「潤ー、続きやるだろ?」

 「あぁー」

 二人はフェスに向けての音合わせを行なっていた。

 「ようやく……か」

 「そうだなー……」

 ようやく……water(s)と同じステージに立てるんだ。

 そう考えるだけで、また鳴ってた。

 届くようにって、また音を出していたんだ。


 「今日もお疲れー」

 「お疲れ」

 缶ビールをグラスに注いで乾杯をした。

 ツアーより先にあるフェスへ向けての意気込みも十分なようだ。

 「眺めてたステージに、今年は立てるんだよなー」

 「あぁー」

 そう、今まで眺めてるだけだったステージに立てるんだ。

 練習にだって力が入るし、待ち遠しい。

 憧れ続けた想いが報われた気がした。

 想像しただけで鳴るんだ。

 「……約六万人だっけ?」

 「あぁー、桁が違うよな……」

 一番広いGRASS STAGEは、一日七組しか出演出来ない。

 その中に選ばれたなんて……まだ不思議な感じだ。

 六万人の観客の中にいた俺達が、今年はステージに立つんだよな……。

 未だに信じられない事が続いてる気分だ。

 「でも、いつか……トリで演ってみたいよな」

 「あぁー、必ずな?」

 拓真にグラスを向けられ、何度目になるか分からない乾杯をして、また語らっていた。

 夢が叶うって感じる瞬間があるから止められない。

 音楽を止められないんだ。

 water(s)のCDをBGMにしながら、この未来さきの話をしていたんだ。




 初めてのツアーって事もあって、チケットは完売したらしい。

 正直……この話を聞いた時、ほっとした。

 フェスとは違って、俺達だけを見に来てくれる奴なんて……そんなにいるのか? 会場が埋まらないんじゃないか? とか……色々考えを巡らせていたみたいだ。

 「ーーーーじゃあ、リハには遅れないようにね」

 「はい!!」

 最後に柏木が部屋を出ていくと、潤と拓真の二人だけが残った。

 「……いよいよだな」

 「あぁー」

 此処から見える景色が違って見えたりはしない。

 窓の向こうには変わらないビルが並んでるし、下に視線を向ければ人や車が行き交ってる。

 初めて此処に来た日から、何も変わってないけど……俺達の見れる景色は変わった。

 テレビの出演やライブも、その一つだ。

 「リハ、楽しみだな?」

 「だよなー」

 変わらない想いを抱いて、ハイタッチを交わした。

 あの日から、ずっと繋がってるんだ。


 他のミュージシャンに混じっての番組出演も、だいぶ慣れたな……。

 出来たら先週のwater(s)参加の時に出たかった……なんて、贅沢だよな。

 出られるだけで有り難い事には変わりない。

 「お二人はツアーが始まるんですよね?」

 「はい、ファンの方に会えるのが楽しみです」

 いつものように応えた拓真の嬉しそうな横顔に、彼からも笑みが溢れていた。

 本当……楽しみだな……。

 楽しめるように準備してきたんだし、今の俺に出来る最大限で挑みたい。

 ギターを片手に、いつものように声を出した。

 あぁー……良い音だな……。

 拓真のギターも、バックバンドの音色も、ちゃんと聴き分けられる。

 本番みたいに挑んだリハと同じだ。

 何処までも続いていける気がして、たった数分しかない時間が、永遠に続く事を願っていた。

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