第70話 明日以上へと
ーーーーーーーースムーズに声が出た。
今までだって枯れた事はないし、それなりに声は出てたけど……今までで一番、歌いやすい気がした。
拓真の声に触発されたのもあるんだろうな……
同じように声を出していた彼の音に、潤の心はまた強く鳴っていた。
あぁー……音を楽しめるようになったんだな…………俺は、音楽が出来る場所にいるんだ。
「二人ともお疲れさん」
「岸本さん、お久しぶりです」 「お疲れさまです」
岸本さんと対面するのは久しぶりだ。
曲のアレンジをして貰う事はあっても、実際に顔を合わせる事は少ないし、岸本さんは忙しいからな……
「二人とも……上手くなったな」
『ーーーーありがとうございます……』
久しぶりの再会で告げられた言葉と、交わした手に力が込められているのが分かった。
岸本さんにようやく認められた気がして、泣きそうになって……
「ライブ、楽しみにしてるよ」
『……はい!!』
拓真と揃って応えた。
そう言って貰えるまでになったんだろうか? って、疑問はいつもある。
だけど、自分の……自分達の力を信じなければ、この先も無い。
昨日よりも、少しでも出来るようになっているんだろうか?
疑問の答えは、俺の中にあるんだ……
次に繋がるようにと、また奏でていた。
レコーディング中っていうのは、見ない理由にはならない。
潤は十一周年ライブを訪れていたが珍しく一人だ。
拓真は堤さんと鑑賞中か…………
彼等の音と光の連動する見事な演出に、言葉にならない感情が彼の中を渦巻いていた。声をメロディーに乗せるhanaはステージを動き回っていたが、その声が不安定になる事は無い。会場をwater(s)の音色が包んでいた。
いつだって新しい……俺の想像もつかないような音色が響いてて……
「……鳴らない訳がないか」
そう漏らした声は、会場を包む音色に掻き消されていた。
毎年のように見てるライブだけど、いつだって新しく感じる。
ーーーーーーーー今なら分かる。
それは偶然の産物じゃなくて、計算されて出来た努力の結晶のようなモノなんだって…………きっと寸分の狂いもなく、映像に合わせて動く練習をしてきた筈だ。
規模の大きなライブの演出は、今までとは違う。
客席への音の届き方だって全然違うし。
チケット代を払ってまで見る価値があるモノを創り上げるには、俺達だけじゃ力不足だ。
沢山の人の手を借りて形になって行くけど、こうして完成されたステージを見る度に思う。
発想力も、演奏技術も、届かないなら……どうすればいい?
どうしたら……一人でも多くの奴に、聴いて貰えるようになるんだ?
少しレコーディングが上手くいったくらいじゃ満たされない。
些細な事に不安が過ぎって、届かない空を掴もうとするみたいな感覚に襲われてるんだ。
自在に変化する歌声も映像も、観客を魅了していた。
観客の熱が伝わって、胸が焦がれる程に熱くなって、言葉にならない。
いつだって……言葉にならないんだ。
『……ありがとうございました!!』
彼等が並んで手を繋ぎ一礼をすれば、一際大きな歓声が上がる。
手を振る姿にすら鳴るとか……どんだけだよ? って、自分でもどうかしてるって思うけど、仕方がないんだ。
計算されてるんだろうけど、それを微塵も感じさせない。
ただ……感動だけが胸に残った。
誰もいないステージに向けて送られる拍手と歓声が、ひどく響いて聴こえた。
鳴り止まない歓声に、また鳴り響いていたんだ。
ドームを出て着信に気づいた潤は、折り返し電話をかけた。
このステージを見て、何も感じない奴はいない。
音楽をやってる奴なら尚更だ。
「……もしもし、拓真?」
いつもよりもテンションの高い彼に、潤も微笑む。
『いつもの店な!』
「あぁー」
有無を言わさず電話を切った拓真に、また頬が緩んだ。
きっと……同じ気持ちなんだろうな…………触発されて、もっと……もっと残るステージにしたいって、貪欲に思うって事だ。
「お疲れー」 「……お疲れ」
店に一人で現れた拓真に、彼は思わず苦笑いを浮かべた。
「どうかしたのか?」
「いや……堤さんは?」
「あーー、また明日会うから大丈夫。それよりもさー」
直ぐにライブの感想を言い合って、自分達のステージへ反映させる術を掴み取ろうとしていた。
「映像と音をシンクロさせるって事は、緻密な計画がないと出来ないよな?」
「だよなー、あれだけの演奏とのシンクロかー」
「あぁー」
water(s)の音色は勿論一流だけど、ライブの演出や音響だって最先端って言っていいくらい一流だ。
選ばれたスタッフだけに一任されてるって話だけど、その殆どがデビュー当初からのメンバーらしい。
それが、本当かどうかは分からないけど……一流なのは確かだ。
他との圧倒的な音色の違いで、唯一無二の存在だって誰もが認めるような存在。
少なくとも俺の周りには、water(s)を認めてる人達しかいない。
上原の声に、その音色に、惚れているような人達ばっかだ。
だから……デビュー曲から首位をキープし続けてる記録とか、ライブの動員数とか……その殆どの分野で首位を獲れるだけの実力と存在感があるんだ。
「要修正だなー」
「あぁー」
限られた予算に可能な範囲での修正案を提案して、また万全に挑めるように練習を繰り返していた。
バーに立ち寄ったのは、拓真がデートでいないからだ。
あれから何度か立ち寄ってるけど、miyaに会えたのは、あの時だけだ。
また会えたら良いのにな……ツアーとか、ライブとか……聞きたい事が山程ある。
実際に面と向かって、そんなに話が出来るとは思えないけど……
「JUN、珍しいな……」
「岸本さん、お疲れさまです」
「一人なのか?」
「はい、今日は別行動で……そんなに珍しいですか?」
「あぁー、二人でいる所しか見てないからな」
「そうですね」
岸本さんの言う通りだ。
音楽関係の人と会う時は、エンドレとして二人で会う事が殆どだし、拓真と一緒にいる事の方がプライベートでも多い。
一緒に暮らしてるから当たり前だけど、二人でいるのが周囲にも当たり前になってるんだなって、改めて思う。
自然と潤の隣に腰掛けた岸本は、慣れた手つきで注文した。彼にとっても行きつけのバーの一つのようだ。
「JUNはwater(s)のファンだったな?」
「はい……拓真もですよ?」
「あぁー、そうだったな。miyaに憧れてるのか?」
「そうですね……五人とも憧れではありますけど、miyaには特に……」
ーーーーーーーーそれ以上、言葉が出なかった。
初めてmiyaを見た時……感動よりも、嫉妬の方が強かった気がする。
miyaを知る度、敵わないって思いながらも憧れる気持ちだけは変わらなかった。
もう……ずっとだ……
「……一生の憧れです」
「そうか……まぁー、あいつは憎たらしいくらいに上手いからな」
「はい……」
岸本のざっくばらんな言い方に、潤が思わず笑みを浮かべた。
「ーーーー譲二さん、言い方……」
背後から声がしたかと思うと、彼は何気なく潤の隣に腰を下ろした。
「敬意は払ってるぞ?」
「分かってますけど、miyaが聞いたら譲二さんには言われたくないって言いそうです」
「まぁーな」
ーーーーーーーーやば……
早鐘のように鳴っているのだろう。潤は無言のまま、彼に視線を向けた。
「久しぶりだなー」
「……お久しぶりです……hiroさん……」
「名前、覚えててくれたんだ?」
「当たり前じゃないですか! インストのプレイかっこ良かったです!」
「ありがとう……」
照れたように笑うhiroに言葉が続かない。
あんなに凄い人でも、照れたりするんだな…………出来て当たり前の世界にいる筈なのに。
「……エンドレの曲、聴いたよ。楽曲が良かったな」
「あ、ありがとうございます……」
やばい……これ以上の言葉が出ない。
無口な訳じゃないけど、憧れのバンドメンバーの一人と話してるなんて……未だに信じられない。
「……ツアーするんだって?」
「は、はい……もう知ってるんですか?」
「まぁーね、譲二さん情報かな」
「言っとくけど、情報解禁になってからだからな?」
「分かってますよ……」
ーーーーーーーー不思議な気分だ。
バーカウンターに三人並んでて、見てるだけだった世界にいるみたいだ。
店内に流れる生演奏をBGMにしながら、話を続けた。
「おっ、akiとkeiも来るってさー」
「えっ?! 今からですか?!」
潤の素直な反応に、携帯電話を手にしたhiroは嬉しそうだ。
「うん、仕事終わったらしい」
「……皆さん、凄い仕事量ですよね」
「有り難い事にねー。まぁー、基本は変わらないかな」
「基本……ですか?」
「そう。俺達はhanaがあってのバンドだからなー」
「お前らの所の歌姫は、何処をとっても秀逸だからな」
「うん」
即答するhiroに、岸本は呆れ気味に笑いながら酒を口にした。
「……本当、百年に一度とか……そんなレベルだな」
「俺達がどう思ってても、本人はまだ足りないらしいけどな」
「ーーーーあれで……ですか?」
「あれでだよ。一日でもサボったら即バレするメンバーしかいないしね」
あんなに弾けても、あんなに歌えても足りないなんて…………俺だったら満足しそうだ。
練習も拓真がいるから面倒だって思った事はないけど、練習は反復だ。
同じ事の繰り返しで単調だから、作詞とか作曲に走りたくなる事はある。
試験前の息抜きみたいな感じで……でも、練習しないと続かない。
理想の音が出ないんだ……だから、また繰り返して、その繰り返しだ。
「お疲れさま」 「お疲れー」
陽気な声で話に加わってきたのは、keiとakiだ。
「JUNは飲めるんだな」
「……はい」
「hiroはもうギブだろ?」
「分かってるってー。午後から打ち合わせあるしなーー」
hiroは酒に弱いのか? そういえば、一杯目に頼んだカシスソーダしか飲んでないみたいだ。
潤のグラスは四杯目だ。岸本のボトルから奢って貰ったが、それも後少しで空になる所である。
「JUNがまだ飲めるなら、俺達のも飲んでってよ」
「ありがとうございます」
「JUN」って呼ばれると、まだ少しくすぐったい。
だって、憧れてる人達に呼んで貰える日がくるなんてさ……ドームに呼んで貰った頃は、想像もつかなかった。
全然届かない存在が一瞬だけ身近に感じて、まだ続けられるって……少しずつでも叶ってるんだって……そう、思えたんだ。




