表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/110

第70話 明日以上へと

 ーーーーーーーースムーズに声が出た。

 今までだって枯れた事はないし、それなりに声は出てたけど……今までで一番、歌いやすい気がした。

 拓真の声に触発されたのもあるんだろうな……


 同じように声を出していた彼の音に、潤の心はまた強く鳴っていた。


 あぁー……音を楽しめるようになったんだな…………俺は、音楽が出来る場所にいるんだ。


 「二人ともお疲れさん」

 「岸本さん、お久しぶりです」 「お疲れさまです」


 岸本さんと対面するのは久しぶりだ。

 曲のアレンジをして貰う事はあっても、実際に顔を合わせる事は少ないし、岸本さんは忙しいからな……


 「二人とも……上手くなったな」

 『ーーーーありがとうございます……』


 久しぶりの再会で告げられた言葉と、交わした手に力が込められているのが分かった。

 岸本さんにようやく認められた気がして、泣きそうになって……


 「ライブ、楽しみにしてるよ」

 『……はい!!』


 拓真と揃って応えた。

 そう言って貰えるまでになったんだろうか? って、疑問はいつもある。

 だけど、自分の……自分達の力を信じなければ、この先も無い。

 昨日よりも、少しでも出来るようになっているんだろうか? 

 疑問の答えは、俺の中にあるんだ……


 次に繋がるようにと、また奏でていた。

 

 レコーディング中っていうのは、見ない理由にはならない。


 潤は十一周年ライブを訪れていたが珍しく一人だ。


 拓真は堤さんと鑑賞中か…………


 彼等の音と光の連動する見事な演出に、言葉にならない感情が彼の中を渦巻いていた。声をメロディーに乗せるhanaはステージを動き回っていたが、その声が不安定になる事は無い。会場をwater(s)の音色が包んでいた。


 いつだって新しい……俺の想像もつかないような音色が響いてて……


 「……鳴らない訳がないか」


 そう漏らした声は、会場を包む音色に掻き消されていた。


 毎年のように見てるライブだけど、いつだって新しく感じる。


 ーーーーーーーー今なら分かる。

 それは偶然の産物じゃなくて、計算されて出来た努力の結晶のようなモノなんだって…………きっと寸分の狂いもなく、映像に合わせて動く練習をしてきた筈だ。

 規模の大きなライブの演出は、今までとは違う。

 客席への音の届き方だって全然違うし。

 チケット代を払ってまで見る価値があるモノを創り上げるには、俺達だけじゃ力不足だ。

 沢山の人の手を借りて形になって行くけど、こうして完成されたステージを見る度に思う。

 発想力も、演奏技術も、届かないなら……どうすればいい?

 どうしたら……一人でも多くの奴に、聴いて貰えるようになるんだ?

 少しレコーディングが上手くいったくらいじゃ満たされない。

 些細な事に不安がぎって、届かない空を掴もうとするみたいな感覚に襲われてるんだ。


 自在に変化する歌声も映像も、観客を魅了していた。

 観客の熱が伝わって、胸が焦がれる程に熱くなって、言葉にならない。

 いつだって……言葉にならないんだ。


 『……ありがとうございました!!』


 彼等が並んで手を繋ぎ一礼をすれば、一際大きな歓声が上がる。


 手を振る姿にすら鳴るとか……どんだけだよ? って、自分でもどうかしてるって思うけど、仕方がないんだ。

 計算されてるんだろうけど、それを微塵も感じさせない。

 ただ……感動だけが胸に残った。


 誰もいないステージに向けて送られる拍手と歓声が、ひどく響いて聴こえた。

 鳴り止まない歓声に、また鳴り響いていたんだ。


 ドームを出て着信に気づいた潤は、折り返し電話をかけた。


 このステージを見て、何も感じない奴はいない。

 音楽をやってる奴なら尚更だ。


 「……もしもし、拓真?」


 いつもよりもテンションの高い彼に、潤も微笑む。


 『いつもの店な!』

 「あぁー」


 有無を言わさず電話を切った拓真に、また頬が緩んだ。


 きっと……同じ気持ちなんだろうな…………触発されて、もっと……もっと残るステージにしたいって、貪欲に思うって事だ。


 「お疲れー」 「……お疲れ」


 店に一人で現れた拓真に、彼は思わず苦笑いを浮かべた。


 「どうかしたのか?」

 「いや……堤さんは?」

 「あーー、また明日会うから大丈夫。それよりもさー」


 直ぐにライブの感想を言い合って、自分達のステージへ反映させるすべを掴み取ろうとしていた。


 「映像と音をシンクロさせるって事は、緻密な計画がないと出来ないよな?」

 「だよなー、あれだけの演奏とのシンクロかー」

 「あぁー」 


 water(s)の音色は勿論一流だけど、ライブの演出や音響だって最先端って言っていいくらい一流だ。

 選ばれたスタッフだけに一任されてるって話だけど、その殆どがデビュー当初からのメンバーらしい。

 それが、本当かどうかは分からないけど……一流なのは確かだ。


 他との圧倒的な音色の違いで、唯一無二の存在だって誰もが認めるような存在。

 少なくとも俺の周りには、water(s)を認めてる人達しかいない。

 上原の声に、その音色に、惚れているような人達ばっかだ。

 だから……デビュー曲から首位をキープし続けてる記録とか、ライブの動員数とか……その殆どの分野で首位を獲れるだけの実力と存在感があるんだ。


 「要修正だなー」

 「あぁー」


 限られた予算に可能な範囲での修正案を提案して、また万全に挑めるように練習を繰り返していた。




 バーに立ち寄ったのは、拓真がデートでいないからだ。

 あれから何度か立ち寄ってるけど、miyaに会えたのは、あの時だけだ。

 また会えたら良いのにな……ツアーとか、ライブとか……聞きたい事が山程ある。

 実際に面と向かって、そんなに話が出来るとは思えないけど……


 「JUN、珍しいな……」

 「岸本さん、お疲れさまです」

 「一人なのか?」

 「はい、今日は別行動で……そんなに珍しいですか?」

 「あぁー、二人でいる所しか見てないからな」  

 「そうですね」


 岸本さんの言う通りだ。

 音楽関係の人と会う時は、エンドレとして二人で会う事が殆どだし、拓真と一緒にいる事の方がプライベートでも多い。

 一緒に暮らしてるから当たり前だけど、二人でいるのが周囲にも当たり前になってるんだなって、改めて思う。


 自然と潤の隣に腰掛けた岸本は、慣れた手つきで注文した。彼にとっても行きつけのバーの一つのようだ。 


 「JUNはwater(s)のファンだったな?」

 「はい……拓真もですよ?」

 「あぁー、そうだったな。miyaに憧れてるのか?」

 「そうですね……五人とも憧れではありますけど、miyaには特に……」


 ーーーーーーーーそれ以上、言葉が出なかった。

 初めてmiyaを見た時……感動よりも、嫉妬の方が強かった気がする。

 miyaを知る度、敵わないって思いながらも憧れる気持ちだけは変わらなかった。

 もう……ずっとだ……


 「……一生の憧れです」

 「そうか……まぁー、あいつは憎たらしいくらいに上手いからな」

 「はい……」


 岸本のざっくばらんな言い方に、潤が思わず笑みを浮かべた。


 「ーーーー譲二さん、言い方……」


 背後から声がしたかと思うと、彼は何気なく潤の隣に腰を下ろした。


 「敬意は払ってるぞ?」

 「分かってますけど、miyaが聞いたら譲二さんには言われたくないって言いそうです」

 「まぁーな」


 ーーーーーーーーやば……


 早鐘のように鳴っているのだろう。潤は無言のまま、彼に視線を向けた。


 「久しぶりだなー」

 「……お久しぶりです……hiroさん……」

 「名前、覚えててくれたんだ?」

 「当たり前じゃないですか! インストのプレイかっこ良かったです!」

 「ありがとう……」


 照れたように笑うhiroに言葉が続かない。


 あんなに凄い人でも、照れたりするんだな…………出来て当たり前の世界にいる筈なのに。


 「……エンドレの曲、聴いたよ。楽曲が良かったな」

 「あ、ありがとうございます……」


 やばい……これ以上の言葉が出ない。

 無口な訳じゃないけど、憧れのバンドメンバーの一人と話してるなんて……未だに信じられない。


 「……ツアーするんだって?」

 「は、はい……もう知ってるんですか?」

 「まぁーね、譲二さん情報かな」

 「言っとくけど、情報解禁になってからだからな?」

 「分かってますよ……」


 ーーーーーーーー不思議な気分だ。

 バーカウンターに三人並んでて、見てるだけだった世界にいるみたいだ。


 店内に流れる生演奏をBGMにしながら、話を続けた。


 「おっ、akiとkeiも来るってさー」

 「えっ?! 今からですか?!」


 潤の素直な反応に、携帯電話を手にしたhiroは嬉しそうだ。


 「うん、仕事終わったらしい」

 「……皆さん、凄い仕事量ですよね」

 「有り難い事にねー。まぁー、基本は変わらないかな」

 「基本……ですか?」

 「そう。俺達はhanaがあってのバンドだからなー」

 「お前らの所の歌姫は、何処をとっても秀逸だからな」

 「うん」


 即答するhiroに、岸本は呆れ気味に笑いながら酒を口にした。


 「……本当、百年に一度とか……そんなレベルだな」

 「俺達がどう思ってても、本人はまだ足りないらしいけどな」

 「ーーーーあれで……ですか?」

 「あれでだよ。一日でもサボったら即バレするメンバーしかいないしね」


 あんなに弾けても、あんなに歌えても足りないなんて…………俺だったら満足しそうだ。

 練習も拓真がいるから面倒だって思った事はないけど、練習は反復だ。

 同じ事の繰り返しで単調だから、作詞とか作曲に走りたくなる事はある。

 試験前の息抜きみたいな感じで……でも、練習しないと続かない。

 理想の音が出ないんだ……だから、また繰り返して、その繰り返しだ。


 「お疲れさま」 「お疲れー」


 陽気な声で話に加わってきたのは、keiとakiだ。


 「JUNは飲めるんだな」

 「……はい」

 「hiroはもうギブだろ?」

 「分かってるってー。午後から打ち合わせあるしなーー」


 hiroは酒に弱いのか? そういえば、一杯目に頼んだカシスソーダしか飲んでないみたいだ。


 潤のグラスは四杯目だ。岸本のボトルから奢って貰ったが、それも後少しで空になる所である。


 「JUNがまだ飲めるなら、俺達のも飲んでってよ」

 「ありがとうございます」


 「JUN」って呼ばれると、まだ少しくすぐったい。

 だって、憧れてる人達に呼んで貰える日がくるなんてさ……ドームに呼んで貰った頃は、想像もつかなかった。


 全然届かない存在が一瞬だけ身近に感じて、まだ続けられるって……少しずつでも叶ってるんだって……そう、思えたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ