第69話 昨日未満でも
歌謡祭やクリスマスライブ等の音楽番組への出演を終えると、その年のレコード大賞にwater(s)が選ばれていた。
「おめでとうございます! それでは歌って頂きましょう。water(s)で"空色"……」
大賞は今年で五度目の受賞だ。
自分の事じゃないけど、それくらいは常識だ。
ライブツアー中に作ったって曲は、オリコンチャートで三十二週連続一位を獲得し続けてて……俺には想像もつかない。
ようやく曲が仕上がったばかりで、これからレコーディングなのに……water(s)は短期間でリリースまでしてるみたいだ。
「今年もwater(s)か……」
「あぁー、アルバムもまだ一位なんじゃないか?」
「そうだったな……」
ノミネートされただけでも有難い事だけど、やっぱ大賞に選ばれたい。
音楽を演ってる奴なら、一度は夢見る舞台だ。
ーーーー上原は相変わらずだな。
変わらない声で、話すように自然に歌ってる。
この演奏を聴いて惹かれない理由があるなら、教えて欲しいくらいだ。
ステージへ熱い視線を送っていたのは、二人だけではないだろう。多くのミュージシャンが、彼等を羨望の眼差しで見つめていたのだ。
「ーーーー凄いな……」
変わらない言葉が口から漏れていた。
他を寄せつけない歌声も、その音色も、思わず耳を傾けて聴いていたくなるんだ。
潤は観客の一人のような感覚で、最後の一音まで聴き入っていた。
年末は貴重な時間だ。
忙しいのは有難い事だし、何よりwater(s)を生で聴ける確率が高い。
連続で出演させて貰えた紅白も、これから始まるカウントダウンライブも、当たり前じゃない。
ほんの一握りの奴だけしか出れない中に、選ばれるくらいまでは来た。
まだ思い通りにいかない事も山程あるけど、ドームツアーをやれるまでにはなった。
テレビから流れる彼等の音に耳を傾けていた。これから本番だというのに、二人とも聴きたくて仕方がなかったようだ。
「……3、2、1、Happy New Year!」
海外で話題になっていたインストから、新年一発目の曲が始まった。
ーーーーやばい……こんなの盛り上がらない方が無理だ。
思わず手拍子をして、ソロプレイには拍手を送りたくなる。
歌声がないだけで、こんなに自由度が増すのか……
「あーーーー、生で聴きたい」
隣から聞こえた声に、思わず頷いていた。
出演者じゃなければ、確実に抽選に参加してたと思う。
それくらい……生で聴きたかったんだ。
いつもとは違うakiのドラムにhiroのベースも、keiとmiyaのギターも、hanaのキーボードも……五人の音が重なって、鳴らない訳がない。
どうしたら、こんな音が出せるんだろうな……。
日本で初披露らしいけど、初って感じじゃないだろ?
時折映る観客の反応の良さに、羨む気持ちが増してた。
その場にいたかったんだ。
上原がインストのまま、キーボードを弾きながら歌ってて驚いたけど……その音色には納得だ。
CDだってピアノとかキーボードを上原が担当する事もあるし、そこまでチェックしてる奴なんて少ないだろうけど……
「……もう終わりか」
「あぁー、次は俺達の番だな?」
「あぁー……そうだな……」
いつものように笑った拓真に釣られるように、微笑んで手を差し出した。心地良いハイタッチの音が楽屋に響いて、また鳴っている潤がいた。
楽しい時間は一瞬だ。
この一年で、ちゃんと楽しめるようになった。
振り返ってみても、知らなかった頃には戻れない。
目の前にいる観客が楽しそうにしてくれてるのが分かって、こっちのテンションまで上がる。
もっと……もっと歌えるようになりたい。
音域の幅はこれ以上には出来ないけど、いつまでも枯れないようにしたい。
願望ばっか増えていって、それが尽きる事はない。
一つ出来る度、また一つ貪欲に増えていくんだ。
「あけましておめでとうございます!!」
いつもの言葉の代わりに二人揃って告げると、拍手と歓声が響いていた。
ーーーー人前で歌う事にもだいぶ慣れたよな……。
プロとしては致命的かもだけど、やっぱ何処かで見向きもされなかった日々が根付いてて、いくら払拭しても、ちょっとした事で思い出したりしてた。
でも……今は違う。
拓真と演るのは、やっぱ一番楽しいんだ。
全てを払拭出来た訳じゃないけど、それでも良いんだ。
今があるんだって思えば、そのくらいどうって事ないんだ。
「拓真、お疲れ」
「お疲れー! 潤!」
ローテンションのままの彼と違い、拓真はテンションの高いままだ。二人は、決まり事のようにハイタッチを交わしていた。
「……インスト良かったな」
「だよなー、取り入れるには時間が足りないけどなー」
「あぁー」
ドームツアーで取り入れるには、時間が足りない。
それにツインギターが売りだから、あれだけの楽器を複雑に混ぜ合わせられないし。
俺達らしさなら……
「……やっぱアコースティックだよな」
「だなー、ライブでやるの楽しみだよな?」
「あぁー」
また釣られて笑ってた。
楽しみで仕方がない拓真と、同じ気持ちなんだ。
ライブの事を考えるだけで、鳴り止まないんだ。
「拓真、今年もよろしくな」
「あぁー、よろしくな!」
晴れやかな気持ちで新年の挨拶を交わして、彼等の長い一日が終わり、また新たな気持ちで朝日を迎えていた。
悩みに悩みまくったアレンジは、その甲斐あって良い感じだ。
納得のいく仕上がりになった。
レコーディングも上手くいったし、発売日が待ち遠しいくらいだ。
セットリストも時間の範囲内で出来る最大限になった筈だ。
それでも……どれだけ念入りにやっても、微かな不安が付きまとう。
本当にこれで良いのか? って、自問自答の繰り返しだ。
「潤、出来たかー?」
「あぁー、いつでも」
そう短く応えた潤は拓真と視線を合わせ、弾き語りを始めた。
ダイレクトにくるよな……単純な音色ほど、伝わりやすい気がする。
伝わりやすさは、単純に弾き手や歌い手の巧さにもよるけど、やっぱ楽しいよな……。
貸しスタジオに響くアコースティックギターと二人の歌声が、絶妙なハーモニーを生み出していた。
どんな時でも、拓真の音だけは分かった。
正確なピッチで弾くっていうのもあるけど、拓真の音には迷いがない。
いつだって、ストレートに届く感じだ。
こういう時、些細な差を感じる。
高校から音楽に触れてるのと、そうじゃない俺との差だ。
元からのセンスもあるんだろうけど……
「次は、こっちの練習なー」
「あぁー」
細かく行われる練習も苦じゃない。
それに、そこまでやらなきゃ本番には挑めない。
岸本さんが言ってた意味が痛いくらいに分かる。
いつだって本番のように挑まないと、あっという間に飲み込まれそうだ。
息は上がっていないが、二人とも疲労困憊気味だ。それは、彼等が本番のように練習した結果だ。
「お疲れ」
「お疲れー、もうこんな時間かー」
「腹減ったな」
「あぁー、蕎麦食いたい」
「また麺類か……」
「いいじゃんか!」
先程までの集中力は、完全に何処かへ行ったようだ。手早くスタジオを片付け、拓真リクエストの蕎麦屋へ立ち寄っていた。
「本当、麺類好きだよな」
「まぁーな。潤だって好きだろ?」
「拓真ほどじゃないけどな」
「おい!」
食べる事よりも、音楽を優先させる事が多くなってくるから……こういう時間も必要だ。
リラックスしてても、頭の中では次を考えてた。
もっと良くするには、どうしたらいいのか……。
俺は、考え続けなきゃいけない。
そうしないと、あっという間に置いていかれる。
音楽から突き放されてしまうんだ。
「ーーーーCMか……」
「そうだなー……」
ヴァイオリンで主旋律を奏でた彼等の曲が流れていた。
気づかない奴なんて、いないんじゃないか?
どんなに編曲されてても、water(s)だって分かる。
ファンなら尚更だ。
それに、あんなにギターが弾けるのに……これがkeiの音か……感動の域を超えてるな。
微かに聴き分けられるチェロだって、akiが演奏してるんだろうし。
その証拠にクレジットはwater(s)のままだ。
「……良い音だよなー」
「あぁー」
あんな風には、どうやってもなれない。
それが分かってるからこそ、憧れのままなんだ。
目標って言えたらいいんだけど……
「まずはドームツアーからだな?」
「あぁー……必ず成功させるだろ?」
「勿論な!」
歯を出して笑った拓真と、彼は同じ気持ちだった。
まずは……か……。
そう、此処からまた始まるんだ。
ツアーについては、まだ分からない事だらけで、岸本さんとか……いろんな人の意見を参考にしたりして、少しずつ形にしていくんだ。
少しずつ形になっていく所は、曲作りと同じかもしれない。
共通点を見つけては、手探りで飛び込んでいた。日を追うごとに、二人の理想的なステージが形になっていた。
コンデンサーマイクの前に立った潤は、迷わずに声を出した。
レコーディングする度に、音が鳴るんだ……。
整えられた設備で、時間を気にする事なく納得がいくまで出来る。
少し前までは考えられなかった事だ。
「ーーーー上手くなったな」
岸本が漏らした言葉に、周囲のスタッフも納得の表情を浮かべていた。それは彼等の音色が、プロから見て変化していたからだった。
 




