第7話 春の夢のようで
『ありがとうございました!』
揃ってお辞儀をすると、パチパチとまばらではあるが、拍手を送る人がいた。
ENDLESS SKYとして活動を始めて九ヶ月。
ようやく拍手をくれる人がいるようになった……未だにwater(s)の曲で客寄せみたいな事はしてるけど、ようやくだ。
寒空の下、ギター片手に歌うのは、正直きつい日もあるけど、楽しさの方が勝ってるよな。
叶うなら、何度だって演りたい。
冬休み中の活動も、凹む事は多々あった。
かじかんで動かない指先とか、師走の為か素通り率の高い日とか…………でも、こうして拍手をくれる人がいた。
家でこもってたら、知らなかった事だ。
「お疲れー!」 「お疲れ!」
いつものようにペットボトルで乾杯すると、今日の反省会である。これも最近のルーティンとなっていた。
「今日は拍手が貰えたな」
「あぁー、嬉しいよな」
「だよなー」
周囲の反応が良い日はテンション上がるけど、そうじゃない日は、二人して無口になるよな…………今日は上手くいったけど、明日はどうなるか分からない。
プロの、water(s)の耳の良さを知ってから、絶対音感とまではいかなくても、音を聴き分けられるようにしたいとは思ってるんだけど、中々な……ピアノの音の聴き分けがギリだ。
そもそも絶対音感って、幼少期に身につくらしいし、学んで身につける人もいるらしいけど、俺には無理な話だ。
でも、音楽家にとって必須条件じゃなくても、音を知ってたら、それだけ幅が広がると思うんだ。
拓真の話だと、hanaは絶対音感もってるみたいだし……
「もうすぐ学校だなー」
「そうだな。冬休みって短いからな」
「もっと練習したかったよなー」
「あぁー、次は春休みか……ライブのチケット当たるといいな……」
「だなー、初の東京ドームだろ?! テンション上がるよな!」
「あぁー、楽しみだな。当たってるといいけどな」
「もうすぐ発表だっけ?」
「そう、中旬じゃなかったっけ?」
「そっか……どんなステージになるんだろうな?」
「そうだな。顔出ししてないけど、ライブは関係ないとか? クリスマスの時みたいに」
「あぁー、確かになー。デビュー時と違って、普通にライト浴びてたもんなー」
「あぁー」
ーーーーそう……ライブ会場は最前列とはいかなかったけど、スポットライトのせいじゃなくて、本当に光り輝いて見えた。
それくらい……オーラがあるような五人だった。
みんな、背が高そうだったし、あんな風に歌えたら、気持ち良いだろうな……
駅で分かれた潤は、携帯電話に歌詞を打ち込んでいた。
上手くいかない日も、その全てが今に繋がってる。
そう言い聞かせて…………今日も終える感じの歌詞だな。
自分の書いた歌詞に一度で納得する事はなく、入力していた文字を消しては、書き直しを繰り返していると、最寄駅に着く。これも、彼のルーティンの一つとなっていた。
「潤、テストどうだった?」
「あぁー、大丈夫だった。岩田は?」
「俺も追試は免れた! 春休みかー」
「サッカー部は最後の大会だろ?」
「まぁーな。冬の国立は楽しかったよ。潤もサッカー部に入ってたら、良かったのになー」
「今更だろ? 次は夏のインターハイだっけ?」
「そう、あっという間だよなー。潤とは志望校違うし」
「そうだな……」
高校入学して二年になったら、わりと直ぐに進路希望調査があった。
帝東藝術大学を目指すのは、吹奏楽部の奴にはいるみたいだけど、俺の知り合いにはいない。
期末試験も終わった三月中旬、彼が拓真と出逢って一年が経とうとしていた。潤も岩田も追試がない為、終業式を残して実質の春休みである。
今日は拓真と、春休みの活動とバイトを決めるんだよな。
彼の肩にはギターケースが背負われている。拓真と会う際は、学校までギターを持参する機会も増えた事もあり、友人は見慣れ様子だ。
鞄からバイブ音が鳴り、携帯電話を取る潤には誰からか分かっていた。
「もしもし?」
『潤、お疲れー! いつものカラオケに集合な?』
「あぁー、了解」
電話を切った表情は楽しそうだ。
拓真と音楽の話をする時は、いつだって刺激になるし、いつだって楽しい。
拓真は、俺よりも音楽の知識が豊富だから……
彼も試験前を除いては、音楽の勉強を実技だけでなく行なっているが、拓真には届いていない。友人の間では音楽知識が豊富で知られている潤だが、それは彼の高校が普通科だからである。
拓真みたいな奴がゴロゴロいる中に、自分が飛び込めるか……若干不安は残るけど、やるしかない。
来年の今頃は進路が決まってるなんて、岩田の言ってたとおり、本当にあっという間だよな……
カラオケ店に揃うと、携帯電話と楽譜を見ながら、弾き語りを行う。小さなカラオケ店の一室に、ENDLESS SKYの音色が響いていた。
もっと……ずっと弾いていたい。
hanaみたいな歌声は出せないし、water(s)みたいな曲は弾けないけど、拓真と演る度に曲のイメージが膨らんでいってる気がする。
届けたいって、願う歌が出来たんだ……
柔らかな音色が一時間程響くと、春休みの話になったが、その手はギターを抱えたままだ。
「バイトはそれでいいとしてー、二十八日! 楽しみだな!」
「あぁー! 抽選当たってラッキーだったな!」
「だよなー! ドームで演るの初めて見るから、どんな演出になるか楽しみだよなー」
「そうだな。待ち遠しいな……」
揃ってwater(s)初のドームライブのチケットが抽選で当たり、見れる事になったのだ。彼等のデビュー日に行われるライブチケットは、ファンクラブに入っていても倍率が高く、入手が困難と言われている為、幸運な二人といえるだろう。
席は遠いけど、生音が聴けるならそれだけで良い。
当たっただけ、マシだったと思わないとな……
「当日は早めに行って、グッズとか買うだろ?」
「あぁー、勿論!」
彼にしては珍しくテンションが高い様子に、拓真も微笑んでいた。
三月二十八日、午後六時。
長蛇の列に並んで購入したフェイスタオルを肩にかけたエンドレの二人は、彼等が出て来るのを今か、今かと待っていた。
「こんばんはー! 記念すべき東京ドーム初ライブにお越し頂き、ありがとうございます!」
いつも通りのkeiの挨拶からステージは始まった。明るくノリのいい曲が会場に流れていく。彼等の音に、ステージがダンスフロアのように反応し、照明が揺れ動く。目新しくなくなったプロジェクションマッピングが駆使された演出となっていた。
「綺麗……凄いな……」
「あぁー」
殆ど聞こえないような呟きに、潤は頷いていた。
ーーーーーーーー観客が音を体感しているのが、伝わってくる。
俺も含めてだけど……心地よいサウンドに、思わず手拍子しちゃうよな。
今までと段違いな観客動員数にも関わらず、hanaは臆する事なく歌っているようだ。
こんな所に立てるのなんて、ほんの一握りの中の……更に、ほんの僅かな選ばれた奴だけだろ?
顔に直接ライトが当たってる訳じゃないけど、hanaの声が……歌がすきだって、告げてるみたいだ。
彼等の去ったステージに向けて、アンコールの声が鳴り響く。
俺も、隣にいる拓真も声を出してる。
ライブでアンコールは鉄板だけど、叫びたくなるくらい……ずっと、聴いていたくなる。
「マジか……」
隣で呟いた拓真の声すら、彼には届いていなかった。
ーーーーえっ? あの子がhana?!
ギター持ってるのがmiyaとkei?!
ドラマーのakiに、ベーシストのhiro?!
アンコールに応え、登壇した五人がスクリーンに初めて鮮明に映し出されている。初めて見る素顔に、一際大きな歓声が鳴っていた。
背は、やっぱ高そうだけど……hanaは華奢なのに、あんなに声が出せるのか?!
それぞれに個性はあるが、美男美女の部類に入るだろう。アップに映し出されたhanaの素顔に、男性ファンは惹かれ、女性ファンは憧れを抱いたに違いない。また他のメンバーに関しても、黄色い声援が何よりの証拠である。
「それでは……アンコールにお応えして、もう少しお付き合い下さい」
五人は視線で、音で……会話してるみたいだ。
ーーーー夢見草か……ちょうど、桜が咲く今の時期にぴったりの曲だ。
hanaが作詞作曲したらしいけど、凄いよな……
言葉選びのセンスがあるし、柔らかな春の季節にぴったりな曲調になってる。
遠い席からでもスクリーンに映るメンバーは、よく見えていた。
五人とも楽しそうに奏でてるよな…………
東京ドームの収容人数は、五万五千人だっけ……それが……直ぐにSOLD OUTになるなんて、想像もつかない。
俺達みたく、ファンクラブに入ってても、抽選に外れる事もあるんだよな……
今回は俺だけ当たったけど、前の時は外れてたし。
毎回、当たり続けてくれるといいんだけど……俺と彼女は……この距離。
声すらも届かない距離か…………
hanaとの距離感を感じながらも、自然と目で追ってしまう。water(s)が去ったステージに向けて、拍手と歓声がいつまでも鳴り響いていた。
ライブの後は大抵、拓真と盛り上がるけど……何ていうか……距離感が…………目指していたモノが、遠くにある現実を改めて突きつけられた気がした。
揃って帰宅中だが、言葉数が極端に少ない。
「ーーーー潤……凄かったな……」
「あぁー……遠いな……」
思わず夜空を見上げ、呟くように応える。
ーーーーーーーー夢のような時間だった。
会場に生まれた一体感も、耳に残って離れない音色も、澄んだ高音を放つhanaの歌声も…………その全てが夢のようで、この時間が永遠に続けばいいとさえ思った。
それくらい…………
「……とりあえず始業式までは、またストリートで演奏出来るな?」
変わらない決意を口にした彼に、拓真も笑顔で応える。
都内のあちこちで桜が満開になる中、ギターを片手に弾き語りする二人の姿があった。