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第68話 途切れないでくれよ

 ツアーに向けての準備……って言っても、演出は希望を伝えるって感じで、殆どお任せだ。

 そこまで手をかける余裕が無いのが本音で、細部にまで拘りたいけど、実際は難しい。

 限られた予算とか、新曲の作成とか、セットリストとか……来年までにやる事は山積みだ。

 それに、準備だけしてればいいって訳じゃない。

 引き受けた依頼はきちんとこなしたいし、音楽番組の参加だってしたい。

 やりたい事も尽きないのに、今からこんな感じで大丈夫なのか?


 潤の目の前には、打ち込み途中のパソコンと大量の楽譜が散らばっていた。


 「あーーーー……」


 思わず漏れ出た声は、小さく消えていった。


 「潤ーー、そろそろ出るんだろ?」

 「あぁー、行く……」


 直視出来ない現実に溜息を吐きそうになるのを堪え、手早く片付けて部屋を出て行った。


 司会者との会話にもだいぶ慣れたよな……


 イレギュラーな話を振られても、臨機応変に対応する二人がいた。爽やかに微笑んでステージへ移動すると、収録が始まった。


 ……目の前に観客がいると……やっぱ鳴るよな……


 近距離にいる観客に向けて声を出した。


 CDの売り上げ枚数を聞いても正直ピンとこないけど、目の前にいる観客なら信じられる。

 手拍子をして乗ってくれてるのが分かって、イレギュラーな事もしてみたくなった。


 拓真の声色に合わせ奏でる絶妙なハーモニーに、観客のボルテージも最高潮だ。


 『ありがとうございました!!』


 あぁー……こんな瞬間があるからめられない。


 ーーーーーーーー止めたくないんだ。

 拍手と歓声が響くスタジオにいる事を実感して、また奏でていくんだ。


 「……拓真、スタジオ寄りたい」

 「言うと思ったから、さっき予約しといた」

 「流石……ありがとな」

 「俺もやりたかったしなー」


 ギターを背負った二人はタクシーに乗り込むと、いつものスタジオに向かい、自宅で行っていた作業の続きを繰り返していた。


 答えなんてない……どうしたら正解かなんて、分からないけど…………より多く聴いて貰えるようなモノに仕上げたい。

 一人でも多くの人に聴いて貰いたい気持ちは、あの頃から変わってないんだ。


 ギターやピアノを弾きながら歌って、何とか形になった曲に変化を加えて、仕上げていく。アレンジして貰う時もあるが、大半を二人で作り上げれば何処かエンドレらしさも感じる音色が響いていた。


 「んーーーーーー……」


 大きく伸びをした潤は、携帯電話に視線を移した。スタジオを後にする時間だ。


 「拓真、続きは明日にするか?」

 「んーー、あと少しで掴めそうなんだけどなー」

 「あぁー」


 中途半端に終わると寝付きが悪いし、頭の中で永遠みたいにグルグルと鳴るけど、もう時間だ。

 他に客がいなかったから延長しまくって、もう日付が変わりそうだし……


 「ーーーー潤、成功させような?」

 「あぁー、必ずな」


 思わず拳を突き出した潤に、拓真が重ねる。それは、必ず成功させると誓っているようだった。




 ドームといえば、water(s)のライブだ。

 何度も行った事はあるけど、実際にステージに立つ所は想像もつかない。

 今まで演りたいとは思っても、それ以上に想像まで膨らんだ事は無かった。


 潤はライブ映像を見ていた。ブルーレイを購入する辺り、それだけ彼等のファンだと言えるだろう。ファンだと公言しているが、お世辞でも嘘でも無いのだ。


 「ーーーー凄いな……」


 映像美もあるけど、それだけじゃ無い。

 音が音源と変わらずに響いてて、何度見ても感動するし、何度聴いても……


 「音が違うよなー」

 「あぁー……」


 拓真が麦茶をグラスに入れて、ソファーに腰かけた。


 同じ事を思うよな…………そうなんだ……他が比べ物にならないくらい、音が違うんだ。

 楽曲の良さも、変化する歌声も、その全てが唯一無二って感じで、叶ったような夢もまだ……まだ、途中だ。


 「潤、戻していいか?」

 「あぁー」


 また頭から再生して、これで何度目だよ? って、他に人がいたら言われてたと思うけど、何度見たって飽きる事は無いし、もっと見ていたいとか……そんな風に思ってしまうんだ。

 デビュー当初の楽曲も、最新曲も、進化はしてるんだろうけど……そのどれもが秀逸なんだ。


 「ーーーープロから選ばれる楽曲か……」

 「岸本さんが言ってたやつかー」

 「あぁー」


 プロの目から見ても、素晴らしいと言われる楽曲を生み出してる。

 しかも、一つや二つじゃ無い。

 water(s)の曲、ほとんど全てだ。


 エンドレの曲は良くても……難しいよな…………声色は変えられないし、比較してたらキリが無いけど……あんなに広い音域では歌えない。

 「メンバー全員がモンスター級だ」なんて……誰かが言ってたっけ……


 流れるように響くライブ映像に、また心を奪われていた。


 「潤ー、そろそろ行くぞー?」

 「あぁー」


 何度もリピートして、集中してたみたいだ。

 拓真に声をかけられなかったら、夜まで見続けてたと思う。


 「今日は生放送か……」

 「楽しみだよなー」

 「あぁー……そうだな」


 収録よりも、生の方が楽しみだって言うのは分かる。

 観客の反応が、更にダイレクトに伝わってくるから、少し怖さもあるけど……楽しいんだ。


 「拓真、楽しもうな」

 「あぁー、勿論!」


 にっと笑った拓真に釣られるように笑って、踏み出していった。


 目の前にいる観客に向けて歌うのは、まさにライブだ。

 いつだって鳴ってるけど、痛くなる程の緊張感じゃなくて、楽しくて待ちきれないみたいな想いに、いつの間にか変わってた。

 自分でも不思議なくらい落ち着いてる。

 やっぱ、拓真のギターには敵わないよな……毎日のように触れて、練習は欠かさずに行ってるけど、それでも届かないんだ……


 現実を知って、また音を出して、追いつけるように声を出した。

 エンドレらしさは、このハーモニーが特徴だ。

 俺達にしか出せない音を探して、これからもやって行くんだ……そう信じて、突き進むしかない。

 他に道はないんだ。


 嘆く事なく、潤は奏でていた。投げやりに弾く事も無い。二人が望んでいた場所に立っているのだから。


 一つもミスする事なく終わって、ほっと息を吐き出した。潤も拓真も、無事に終わった生放送に安堵していた。


 「お疲れー……」 「……お疲れ」


 いつも以上に緊張してたみたいだ…………ミスは無いし、楽しかったけど……気力は使い果たした感じだ。

 こういうのは楽しみだけど、未だに慣れない。

 俺達のファンだけがいる訳じゃないから、どんな反応になるか分からないし、番組だからブーイングは無いけどさ……決められた拍手よりも、鳴ってた。


 「拓真ー……帰ったら、続きやりたい」

 「あぁー、俺もーー」


 返事はしているが、拓真は私服に着替えて突っ伏したままだ。


 「楽しかったな……」


 想いを口にしたら、拓真がいつものように笑ってて、何か安心したんだ。

 夢の中を歩いてる気が何処かでしてたけど、そうじゃないんだ…………願い続けた場所にいるんだ。


 何度も現実だと確認しないと不安になるのは、実力が伴ってないからだ。

 そんな事……分かってる。

 今に始まった事じゃない。

 ずっと前から分かってた事だ。

 どれだけ積み重ねても届かないとか……比べたって仕方ないって、分かってるのにな…………クラスメイトだった事の方が稀なのに、近い距離感に意識せずにはいられなくて……憧れてやまないし、届きっこないって分かっていても、夢を見ずにはいられないんだ。


 「潤、今日はラーメン食べていかないか?」

 「あぁー、今日もだろ?」

 「ラーメンは久々だろー?」

 「そうだな」


 変わらない味に懐かしさを覚えて、学生の頃に戻った気がした。

 音作りは、ずっと変わらない感覚がある。

 カラオケとか、練習室とか……金が無いから、音を出す場所も限られてた。

 でも、それでも楽しかったし、全然苦痛じゃなかった。


 「……懐かしいな」

 「学生の時、よく食べたよなー」

 「あぁー、拓真が麺好きだからな」

 「潤だって好きじゃんか!」

 「まぁーな」


 いつものようにリラックスした状態で笑い合う。


 エンドレを組まなかった前には、戻れないな…………

 

 タクシーの窓から夜空を見上げて、月を探していた。

 water(s)の曲が鳴っていたんだ。




 試行錯誤を繰り返して、ようやく形になった。

 何だかんだと一週間以上経ったけど、時間をかければ良い曲が生まれる訳でも、その逆な訳でもない。


 どんな曲が流行るかなんて分からないし、描きたい曲をリリース出来るだけでいいなんて嘘だ。

 どうせなら一人でも多くの奴に聴いて貰いたい。

 そんなの……俺達だけじゃない。

 後世に語り継がれるような……と、まではいかないけどさ。

 聴いてくれる奴を増やしていきたい。


 収録の合間に曲を書き下ろして、アレンジでまた行き詰まった。


 「あーーーー……」


 思わず声に出して、机に突っ伏した。


 終わりが見えなさすぎて、気持ちが途切れそうだ。


 「拓真、此処……しっくりこないんだよな」

 「あーー、確かに……不協和音って訳じゃないんだけどなー」

 「あぁー、もう少しキラキラ度増しにしたいよな?」

 「確かに。キラキラ度なー」


 俺のこんな語彙力で通じるとか……拓真だからだ。

 自分自身に突っ込みたくなるけど、キラキラ度増しって何だよ? って……ボキャブラリーの乏しさに、今更嘆いたりはしないけどさ……


 「青春っぽい感じだろ?」

 「あぁー」


 学生の頃を感じさせるような淡い楽曲に仕上げたい。

 いつまでも想い続けて奏でていって、気持ちが途切れる事のないように、突き進んで行くんだ。


 青春なんてとっくに通り過ぎた筈なのに、そんな香りを纏ったような曲が生まれていた。

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