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第67話 不透明な明日に

 検索しなくたって情報は入ってくる。

 water(s)がアジア圏のツアーを大盛況で終えたらしい。

 移り変わる季節に、正直ついて行けない日もあった。

 また、国内最大級の邦楽ロックフェスに参加してるなんて……未だに信じられない。

 メインステージじゃないけど、去年よりも広い会場だ。

 目の前に広がる初めて見る光景に、また一際大きく鳴ってる。

 痛いくらいに鳴ってるんだ……。

 拓真と視線を合わせ、いつものように声を出す潤は、また立てたステージで思う存分発揮していた。

 全てをかけたって、きっと一生敵わない。

 そんな事、分かってるんだ……。

 だからこそ、最後の一音まで響かせたい。

 届けって、何度だって思う。

 こんな景色があるから、止められない。

 目の前の観客もリズムに乗ってくれてるのが分かる。

 「ありがとうございました!!」

 拓真と揃って叫んでいた。

 感謝しても足りないくらいだ……こんなに聴いてくれる人がいるなんて……初めて此処に立った去年よりも、もっと……

 彼等の目の前には会場を埋め尽くす程の観客がいた。中には手製の団扇を持参している人もいる。去年よりも確実に、ENDLESS SKYの音楽が定着している証だ。

 ……今頃になって、手が震える。

 バックステージに戻った途端にこれだ。

 未だに慣れない……大規模な場所でやる時は、特にそうだ。

 「ーーーー潤……」

 「……楽しかったな」

 「あぁー、また演りたいなー!」

 気の早い拓真に思わず笑みが溢れたが、潤も同じ想いだった。

 「そうだな……」

 本音は……今すぐにでも、演りたい。

 此処はそういう気持ちにさせる場所だ。

 音楽が好きな奴しかいないから、他の演奏に刺激を受けて、いつだって歌いたい衝動に駆られるけど……それが一際強くなるのは、上原が歌う時だけだ。

 ミュージシャンは山程いるのに、自分でもどうかしてるんじゃないか? って、思わなくもないけど……それでも、water(s)の曲に、その歌声に、一番惹かれるんだ。


 自分達のライブよりも高揚感がある。

 観客から伝わってくるし、期待を寄せてるのが分かる。

 昨日のライブを終えた二人は、再び会場を訪れていた。約六万人がいるであろう観客に混ざり、彼等が出て来るのを待っている。

 「こんばんはー! water(s)です! 最後までお付き合い下さい!!」

 いつもよりテンションが高めなkeiの声からライブが始まった。

 アジアツアーを満員御礼で成功させる技量か……。

 潤が隣に視線を移すと、十周年記念ライブのTシャツを着ている人がいた。

 「俺達も持ってくれば良かったなー」

 「あぁー」

 拓真の言う通りで、潤も素直に頷いていた。

 Tシャツはライブの醍醐味だし、殆どの奴が着てる。

 自分達の出番に気持ちが向いてて、すっかり忘れてたけど……本当、持ってくれば良かったな。

 目の前で繰り広げられるライブは、いつも彼等が行うプロジェクションマッピングを駆使したようなモノじゃない。他のミュージシャンと同じありふれたモノだ。普通の照明だけが、彼等を照らしている。

 機材だって、俺達と何ら変わらない筈なのに……こんなに音が違うんだよな。

 CDと変わらない音色って、どんだけだよ……。

 いつだって鷲掴みにされた気分になるし、聴く度に鮮明に彩られてる気がする。

 日常の些細な事でも、上原が歌えばカラフルに変わるような……そんな感じだ。

 ノンストップで変幻自在に切り替わっていく音色に、ただ耳を傾けていた。

 普段なら、無意識に音の聴き分けをするけど、それすら出来ないくらいに鳴って……鳴り響いているんだ。

 

 「ありがとうございました!!」

 彼等に向けて最大限の賛辞が送られていた。

 観客数の差だけじゃないな……こんなに、ごく自然に奏でられる領域に、俺は達していないんだ。

 その差は縮まる所か、前よりも……もっと開いてるとさえ思う。

 周囲を見れるようにはなったけど、まだ全然だ。

 あんな風には歌えない。

 鳴り止まない歓声に紛れながら、同じように叫ぶ二人がいた。

 聴き足りないと思わせる……まだ、聴いていたいと思わせる魅力。

 収録の平等な拍手と違って、反応はストレートだ。

 そう思わせられなければ、アンコールの声も拍手や歓声も沸かない。

 water(s)の即興は今では名物だ。

 アンコールも終わったラストに、何が始まるのかワクワクする。

 また一際大きな歓声が上がった。彼等がステージへ現れたからだ。一人ずつ手を振りながら去っていく姿に、惜しみない拍手と歓声が送られていた。

 ーーーー鳥肌がたった……

 ステージでは彼女がマイクを片手に歌っていた。"終わりなき空へ"のサビの部分を。

 ……また……掴まれたみたいだ。

 会場は一瞬にして静寂になり、彼女の歌声に耳を傾けているのだろう。すすり泣く声が聞こえた。

 ーーーー俺達の始まりの曲だ。

 アカペラでここまで歌える奴、他にいないだろ?

 俺は知らない。

 上原以上に歌える奴なんて、見た事が無い。

 たった数小節分のメロディーに心を奪われていた。

 またか……またかよ……そんな声が小さく聞こえた気がしたけど、惹かれていくのは止められないんだ。

 こんな風に会場を一瞬で虜にするような技量はないけど……聴いてくれる人に届けたい想いだけは、変わらない筈だ。

 最もらしい言葉を並べてみても、気休めにもならない。

 現実はそんな簡単なモノじゃ無いって事は、俺が一番よく知ってる。

 何度も繰り返して、乗り越えてきた日々があって、今があるんだ……。

 彼女がマイクを置き、ステージから手を振り去ろうとすると、また一際大きな拍手と歓声が響き渡っていた。

 それは、今年のロックフェスが終わりを告げる合図みたいだった。




 まだ……頭の中で鳴ってる。

 最後のアカペラから離れられない。

 音楽の事は常に考えてる方だと思うけど、こんな風に声一つで心を奪われるなんて……

 「潤ー、そろそろ打ち合わせだろ?」

 「あぁー、行く」

 ノートパソコンを鞄に入れて、二人はスタジオを訪れていた。

 ライブの打ち合せらしいけど、やばいな……。

 ライブってだけで、小さく鳴ってるのが分かる。

 「ライブはライブでも、今回は規模が違うぞ?」

 ゴクリと、喉を鳴らす音が響いた。

 「ドームでのライブだから……二人とも、どうかした?」

 「ーーーーいえ……」

 そう絞り出すように言ったのは拓真で、俺は声にすら出来なかった。

 ーーーーマジか……でも、ようやくだ……。

 単独ライブはseasons以来だ。

 加速し、早く鳴っているのだろう。潤はシャツを無意識に掴んでいた。

 スタッフとの話し合いが続く中、頷くだけでなく意見を言えるようになっていた。

 「観客に楽しんで貰えるライブっていうのは大前提ですけど……」

 「そうだなー……ラストは俺達らしく、ギターだけで演奏とか?」

 「あぁー」

 俺達の提案は即採用になった。

 ステージを移動しながらの演奏とか、プロジェクションマッピングとか……water(s)が映像面や音響面では、初めて試したモノが多いらしくて、手を出しやすい値段になったとか……知らなかった現実を知って、改めて彼等の凄さを思い知った。

 高額な値段はチケット代だけで元を取れる感じじゃ無いし、自然にやってる事がいかに緻密に計算されていたか分かった。

 ライブの度に打ち合せはしてきたけど、今回はドームって事で、今までで一番長いミーティングだった。

 「はぁーーーー……」

 「拓真、溜め息か?」

 「いやー、だってさ。まさか巡れるとは思わないだろ?」

 「あぁー」

 そう、東京ドームだけじゃなくて……五大ドームツアーって事で、来年の今頃からツアーが始まるんだ。

 岸本さん曰く、五周年に向けての足がかりって事らしいけど……夢でも見てる気分だ。

 不透明すぎる明日に、不安が無いわけじゃないから、こうやって形になっていくと安心する。

 長年の夢が、また一つ叶うんだな……。

 あの場では叫んだりしなかったけど、嬉しくて叫びたい衝動に駆られた。

 「ーー拓真、飲んで行くか?」

 「行く! ってか、早く行きたいし」

 「この辺だとーー……」

 潤が携帯電話で検索をして、直ぐに個室を予約していた。

 

 「乾杯!!」

 ゴクゴクと喉を鳴らす音が響く。ジョッキに入ったビールを二人して飲み干していた。

 二人だけだけど、決起集会みたいな感じだ。

 目の前では肉の焼ける良い音がしているが、焼きながらも話題になるのはライブの事だ。早くも待ちきれない様子だ。

 「ドームだけじゃなくて、ツアーになるとはなー」

 「あぁー、楽しみだよな」

 「勿論! セットリストとか新曲とか、やる事は山程あるけどなー」

 「明日から、さっそく調整しなきゃだな」

 「あぁー」

 音楽の事になると話は尽きない。

 つい肉を焦がしそうになりながらも、箸を進めていた。

 「ラストはどうするかなー」

 「次に繋がる感じで終わりたいよな」

 「だよなー、water(s)に触発されたんだろ?」

 「あぁー……」

 そうだ……最後の演奏で、思わず「アンコール」と叫んでた。

 いつだって、そうだ。

 続きを聴きたくて、終わって欲しくないって思って、叫びたくなる。

 そんな衝動に駆られて……ずっと、聴いていたくなるんだ。

 散々飲んでタクシーで帰る中、夜空を見上げていると声がした。

 CMのたった数秒の音色に魅せられて、思わず耳を傾ける。

 不確かだったモノが現実になっていた。

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