表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/110

第65話 他の誰にも譲れない

 二人してノートパソコンから流れる曲に夢中になった。

 早く続きが聴きたくて仕方がなくて、何度もリピートしてた。

 聴けば聴くほど、敵わないって思い知らされて……また試行錯誤を繰り返した。

 繰り返して、繰り返して……その先に何が待ってるかなんて分からない。

 此処は誰にも譲れない場所なんだ。


 頭上から流れる自身の音色に、振り返りそうになりながら横断歩道を渡る潤は、珍しく一人だ。

 ENDLESS SKYの活動が本格的になってから、二人は毎日のように一緒に行動していた。ルームシェアしている事も一つの要因だろう。


 「ーーーーあ、あの……」


 彼は話しかけられている事に気づかず、待ち合わせ場所で立っていた。


 「……あの……JUNですよね?」

 「えっ……」


 名前を呼ばれ、流石の潤も自分が話しかけられている事に気づくと、目の前には知らない少女が立っていた。


 「……はい……」


 …………誰だっけ……


 「あの……ファンなんです……握手、いいですか?」

 「……ありがとうございます」


 潤にしては珍しく、微笑んで応えた。


 ……こういうのは、少しくすぐったい。

 拓真がいたら、もっと気の利いた事が言えるのにな……


 快く握手に応えると、少女は頬を赤らめながら嬉しそうな様子で去っていった。


 ーーーーーーーーこういう機会も増えたよな。

 一人の時に話しかけられるなんて滅多にないけど……俺も、あの子と同じだ……


 「潤、お疲れー!」


 背後から現れたのは音楽仲間だ。


 「久しぶりだな。二人ともお疲れ」

 「お疲れさん。やっと週末だよな」

 「そうそう。慣れてるけど、正月明けはしんどかったなー」


 俺も年末年始はそれなりに忙しかったから、ようやくいつもの日常って感じだ。

 受けた仕事をしながら、エンドレとして活動してる。


 「そういえば阿部っち、同棲どう?」

 「それなーー、まぁー、後で話す」

 「何か色々ありそうだな」

 「まぁーな。金子はそういう話ないのか?」

 「あるにはあるけど、店に着いたらな」


 このままでは立ち話で時間が過ぎていきそうな為、予約していた店に向かった。


 俺が拓真と最近よく行く料理屋だ。

 美味いし、個室もあって便利な店だ。


 席に着くなり注文すると、数分で鍋が出てきた。時間制限はない為、ゆっくりと話しながら食事が出来そうだ。


 「何はともあれ、まずはエンドレの活動おめでとう!」

 「……ありがとな」

 「潤が照れてるー」

 「阿部っち……相変わらずだな」

 「そんなに変わる訳ないって。そうそう、さっきの話な? 理花と結婚する事にしたから」

 「おめでとう!」

 「マジかー、大塚と阿部っちが結婚かー!」


 潤も金子も頬が緩み、思わず拍手を送る。


 学生からの友人が結婚するって、何かいいよな……友人の結婚式関係に参加したのなんて、上原以来だ。


 「式、挙げるんだろ?」

 「まぁーな、検討中ー」

 「良かったな」

 「そうだなー。同棲初めてから気づく事も結構あったな」

 「学生の頃から付き合っててもか?」

 「うん。潤はそういうの無かったのか? 拓真とのルームシェア、続けてるんだろ?」

 「あぁー、特に気にして無かったな」

 「らしいよなー」

 「本当、変わってないな」


 変わってないか……そうかもな、根本的な部分は変わらない。

 音楽が好きで、拓真とやるのが楽しくて、夜が明けるのが待ち遠しい。

 そういう感覚は、ずっと続いたままだ。


 「water(s)の新曲、聴いたか?」

 「あぁー、全編英詞だろ?」

 「そうそう」 

 「あれは鳥肌がたったなー」


 鍋が進む中、話は近況から音楽の話題になった。音楽仲間と潤が思うだけあって、彼等の音楽好きは今も健在である。


 「ライバルとしてはどうよ?」

 「ライバルって……全然届かないし、俺だってファンだからな」

 「潤らしいなー」


 そうライバルなんて、とてもじゃ無いけど言えない。

 そんな事、口にする事すらおこがましい感じだ。

 だって、あんな唯一無二のバンドのライバルなんて一人もいないだろ?

 絶対的な音楽性に憧れだけが増すだけだ。

 あの頃よりもずっと……


 「お疲れー」


 しめの雑炊を食べていると、座敷のふすまが開いた。相方が遅れての登場だ。


 「久々ー、拓真ー」

 「お疲れー、デートしてたんだろ?」

 「まぁーな」

 「拓真も続いてるんだなー」

 「あぁー」


 そう応えながら、彼はごく自然に潤の隣に腰を下ろした。


 「ビールにするか?」

 「するするー。あと、枝豆食いたい」

 「了解」


 二人の相変わらずな仲に、阿部と金子は顔を見合わせ笑っていた。変わらずに音楽を続けている二人に、自分達の夢も叶えて貰った気がしていたから余計にだ。


 「んじゃあ、拓真も来たし。改めて乾杯!」

 『乾杯!!』


 四人でグラスを寄せ合って、日付が変わる頃まで話をしていた。


 話が尽きないのは、あの頃と変わらない。

 基本的な音楽知識があるから、用語を使って普通に話せるし。

 こういう趣味が合うのって、良いなって改めて感じたりして……


 「拓真……俺さ、理花と結婚する事にしたから」

 「えっ……マジ?」

 「マジ。式挙げるから、みんなも参加してくれよ?」

 「阿部っち、おめでとう!」 

 「あぁー、楽しみだよな」


 またグラスを寄せ合って、阿部を祝福していた。四人が語らう姿は、大学時代に戻ったようだった。


 想い出に浸れるみたいな曲も良いよな……


 潤の頭の中は、また音楽が占めていた。


 気づけば、四六時中考えてるかもしれない。

 それくらい……鳴ってるんだ。


 「じゃあ、またなー」

 「あぁー、またな」


 駅まで阿部と金子を見送ると、二人はseasonsに足を運んだ。大学時代に戻った感覚で、音に触れてみたかったからだろう。


 ーーーーーーーーこの曲って……


 ステージでは、water(s)のような紅一点バンドが演奏していた。二人は空いているバーカウンターに腰掛けた。


 「……お久しぶりですね」

 「こんばんは」


 バーテンダーの彼は、二人の事を覚えていたようだ。


 「今日はどうしたんですか?」

 「ちょっと聴きたくなったんです」

 「そうなんですね。今は最近うちに来るようになったバンドですね」

 「へぇーー、通りで……」

 「あぁー……」


 ……コピーバンドか…………別にそれが悪いって訳じゃない。

 俺達もよくやってたし、他人ひとの心を掴むのには手っ取り早い手段だ。

 でも、それに頼り過ぎたら続かない。

 模造品は模造品のままだ。

 オリジナルには一生敵わない。


 「……よくwater(s)の曲やってるんですか?」

 「そうですね。オリジナルもやってたんですけど、反応が無かったからか、数日前からwater(s)の曲しかやらなくなりましたね」

 「そうですか……」


 いくら似せても、声マネにすらなってない。

 春江さんが選別してるから、技術はありそうだけど……残念だな…………どうせなら、オリジナル曲を聴いてみたかった。

 どんなに技術があったって、それを生かせなきゃ意味が無い。

 それは、俺が一番よく分かってる。

 趣味でいいなら、このままで十分だろうけど……此処は、夢を見る奴が集まる場所だ。

 プロになりたくて、立っている筈だ。

 知ってる曲が演奏されてれば、観客の目には止まりやすくなるけど……


 「hanaにはなれないなー」

 「……あぁー」


 拓真が同じ事を思ってて驚いた。


 そう……上原にはなれない。

 例えば、彼女達がどんなに努力したって……残るのは本物だけだ……カケラさえも残らない。

 『water(s)のコピーバンド』として、印象には残るかもしれないけど……それだけだ。

 本当の意味では、何一つ残らないんだ。


 「二人とも気になりますか?」

 「ファンとしては気になりますね」

 「そうだなー。ファンとしては無しだなー」

 「無しって……」

 「潤だって思っただろ?」

 「そうだけどさ……珍しくはっきり言うよな?」

 「それは……ファンとして演るなら、もっと寄せるか、敬意を払って自分達らしくするかだろ?」

 「あぁー」


 拓真の言う通りだ。

 俺達は自分達の音になるようにしてきた。

 いつだって……


 「……勿体ないな」

 「まぁーな。でも、本物なら残るだろ?」

 「そうだな……」


 ーーーーーーーー本物なら残る……か…………俺達もそう信じてやってきた。

 本物かどうかはともかく、音楽で食べていきたいなら……捨てる勇気も必要だって事だ。


 ストリートで誰にも見向きもされない日々は、かなり凹んで、知名度の高い曲を弾いて惹きつけるのは、よくやってたけど……一定数以上にはならない。

 誰かの真似で残れる程、甘い世界じゃない。

 そんなに簡単なら、もっと早くプロになってたよな…………こんな風に思うのは、昔の自分を見てるみたいだからだ。


 足掻いても辿り着けない高みに、嘆きそうになる事なんて何回も、何十回もあった。

 数えきれない程の日々を乗り越えて、ようやく今があるんだ。


 潤は自然と隣で空のグラスを置いた彼に、視線を移した。


 この場所だけは……誰にも譲れない。

 拓真と奏でられるこの場所は、俺だけのモノだ。


 「ようやく掴んだ場所を譲る気はないけどなー」

 「あぁー、そうだな……」


 いつものように笑った拓真の瞳からは、真剣さが垣間見えた。小さく頷いて応えた潤にも、痛いくらい分かっていたのだ。


 そうだ……誰にも譲れない。


 毎年のように出てくる新人にも負ける気はないのだろう。帰るなり、また繰り返していた。


 ーーーーーーーー此処が、俺の……俺達の居場所なんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ