第65話 他の誰にも譲れない
二人してノートパソコンから流れる曲に夢中になった。
早く続きが聴きたくて仕方がなくて、何度もリピートしてた。
聴けば聴くほど、敵わないって思い知らされて……また試行錯誤を繰り返した。
繰り返して、繰り返して……その先に何が待ってるかなんて分からない。
此処は誰にも譲れない場所なんだ。
頭上から流れる自身の音色に、振り返りそうになりながら横断歩道を渡る潤は、珍しく一人だ。
ENDLESS SKYの活動が本格的になってから、二人は毎日のように一緒に行動していた。ルームシェアしている事も一つの要因だろう。
「ーーーーあ、あの……」
彼は話しかけられている事に気づかず、待ち合わせ場所で立っていた。
「……あの……JUNですよね?」
「えっ……」
名前を呼ばれ、流石の潤も自分が話しかけられている事に気づくと、目の前には知らない少女が立っていた。
「……はい……」
…………誰だっけ……
「あの……ファンなんです……握手、いいですか?」
「……ありがとうございます」
潤にしては珍しく、微笑んで応えた。
……こういうのは、少しくすぐったい。
拓真がいたら、もっと気の利いた事が言えるのにな……
快く握手に応えると、少女は頬を赤らめながら嬉しそうな様子で去っていった。
ーーーーーーーーこういう機会も増えたよな。
一人の時に話しかけられるなんて滅多にないけど……俺も、あの子と同じだ……
「潤、お疲れー!」
背後から現れたのは音楽仲間だ。
「久しぶりだな。二人ともお疲れ」
「お疲れさん。やっと週末だよな」
「そうそう。慣れてるけど、正月明けはしんどかったなー」
俺も年末年始はそれなりに忙しかったから、ようやくいつもの日常って感じだ。
受けた仕事をしながら、エンドレとして活動してる。
「そういえば阿部っち、同棲どう?」
「それなーー、まぁー、後で話す」
「何か色々ありそうだな」
「まぁーな。金子はそういう話ないのか?」
「あるにはあるけど、店に着いたらな」
このままでは立ち話で時間が過ぎていきそうな為、予約していた店に向かった。
俺が拓真と最近よく行く料理屋だ。
美味いし、個室もあって便利な店だ。
席に着くなり注文すると、数分で鍋が出てきた。時間制限はない為、ゆっくりと話しながら食事が出来そうだ。
「何はともあれ、まずはエンドレの活動おめでとう!」
「……ありがとな」
「潤が照れてるー」
「阿部っち……相変わらずだな」
「そんなに変わる訳ないって。そうそう、さっきの話な? 理花と結婚する事にしたから」
「おめでとう!」
「マジかー、大塚と阿部っちが結婚かー!」
潤も金子も頬が緩み、思わず拍手を送る。
学生からの友人が結婚するって、何かいいよな……友人の結婚式関係に参加したのなんて、上原以来だ。
「式、挙げるんだろ?」
「まぁーな、検討中ー」
「良かったな」
「そうだなー。同棲初めてから気づく事も結構あったな」
「学生の頃から付き合っててもか?」
「うん。潤はそういうの無かったのか? 拓真とのルームシェア、続けてるんだろ?」
「あぁー、特に気にして無かったな」
「らしいよなー」
「本当、変わってないな」
変わってないか……そうかもな、根本的な部分は変わらない。
音楽が好きで、拓真とやるのが楽しくて、夜が明けるのが待ち遠しい。
そういう感覚は、ずっと続いたままだ。
「water(s)の新曲、聴いたか?」
「あぁー、全編英詞だろ?」
「そうそう」
「あれは鳥肌がたったなー」
鍋が進む中、話は近況から音楽の話題になった。音楽仲間と潤が思うだけあって、彼等の音楽好きは今も健在である。
「ライバルとしてはどうよ?」
「ライバルって……全然届かないし、俺だってファンだからな」
「潤らしいなー」
そうライバルなんて、とてもじゃ無いけど言えない。
そんな事、口にする事すらおこがましい感じだ。
だって、あんな唯一無二のバンドのライバルなんて一人もいないだろ?
絶対的な音楽性に憧れだけが増すだけだ。
あの頃よりもずっと……
「お疲れー」
しめの雑炊を食べていると、座敷のふすまが開いた。相方が遅れての登場だ。
「久々ー、拓真ー」
「お疲れー、デートしてたんだろ?」
「まぁーな」
「拓真も続いてるんだなー」
「あぁー」
そう応えながら、彼はごく自然に潤の隣に腰を下ろした。
「ビールにするか?」
「するするー。あと、枝豆食いたい」
「了解」
二人の相変わらずな仲に、阿部と金子は顔を見合わせ笑っていた。変わらずに音楽を続けている二人に、自分達の夢も叶えて貰った気がしていたから余計にだ。
「んじゃあ、拓真も来たし。改めて乾杯!」
『乾杯!!』
四人でグラスを寄せ合って、日付が変わる頃まで話をしていた。
話が尽きないのは、あの頃と変わらない。
基本的な音楽知識があるから、用語を使って普通に話せるし。
こういう趣味が合うのって、良いなって改めて感じたりして……
「拓真……俺さ、理花と結婚する事にしたから」
「えっ……マジ?」
「マジ。式挙げるから、みんなも参加してくれよ?」
「阿部っち、おめでとう!」
「あぁー、楽しみだよな」
またグラスを寄せ合って、阿部を祝福していた。四人が語らう姿は、大学時代に戻ったようだった。
想い出に浸れるみたいな曲も良いよな……
潤の頭の中は、また音楽が占めていた。
気づけば、四六時中考えてるかもしれない。
それくらい……鳴ってるんだ。
「じゃあ、またなー」
「あぁー、またな」
駅まで阿部と金子を見送ると、二人はseasonsに足を運んだ。大学時代に戻った感覚で、音に触れてみたかったからだろう。
ーーーーーーーーこの曲って……
ステージでは、water(s)のような紅一点バンドが演奏していた。二人は空いているバーカウンターに腰掛けた。
「……お久しぶりですね」
「こんばんは」
バーテンダーの彼は、二人の事を覚えていたようだ。
「今日はどうしたんですか?」
「ちょっと聴きたくなったんです」
「そうなんですね。今は最近うちに来るようになったバンドですね」
「へぇーー、通りで……」
「あぁー……」
……コピーバンドか…………別にそれが悪いって訳じゃない。
俺達もよくやってたし、他人の心を掴むのには手っ取り早い手段だ。
でも、それに頼り過ぎたら続かない。
模造品は模造品のままだ。
オリジナルには一生敵わない。
「……よくwater(s)の曲やってるんですか?」
「そうですね。オリジナルもやってたんですけど、反応が無かったからか、数日前からwater(s)の曲しかやらなくなりましたね」
「そうですか……」
いくら似せても、声マネにすらなってない。
春江さんが選別してるから、技術はありそうだけど……残念だな…………どうせなら、オリジナル曲を聴いてみたかった。
どんなに技術があったって、それを生かせなきゃ意味が無い。
それは、俺が一番よく分かってる。
趣味でいいなら、このままで十分だろうけど……此処は、夢を見る奴が集まる場所だ。
プロになりたくて、立っている筈だ。
知ってる曲が演奏されてれば、観客の目には止まりやすくなるけど……
「hanaにはなれないなー」
「……あぁー」
拓真が同じ事を思ってて驚いた。
そう……上原にはなれない。
例えば、彼女達がどんなに努力したって……残るのは本物だけだ……カケラさえも残らない。
『water(s)のコピーバンド』として、印象には残るかもしれないけど……それだけだ。
本当の意味では、何一つ残らないんだ。
「二人とも気になりますか?」
「ファンとしては気になりますね」
「そうだなー。ファンとしては無しだなー」
「無しって……」
「潤だって思っただろ?」
「そうだけどさ……珍しくはっきり言うよな?」
「それは……ファンとして演るなら、もっと寄せるか、敬意を払って自分達らしくするかだろ?」
「あぁー」
拓真の言う通りだ。
俺達は自分達の音になるようにしてきた。
いつだって……
「……勿体ないな」
「まぁーな。でも、本物なら残るだろ?」
「そうだな……」
ーーーーーーーー本物なら残る……か…………俺達もそう信じてやってきた。
本物かどうかはともかく、音楽で食べていきたいなら……捨てる勇気も必要だって事だ。
ストリートで誰にも見向きもされない日々は、かなり凹んで、知名度の高い曲を弾いて惹きつけるのは、よくやってたけど……一定数以上にはならない。
誰かの真似で残れる程、甘い世界じゃない。
そんなに簡単なら、もっと早くプロになってたよな…………こんな風に思うのは、昔の自分を見てるみたいだからだ。
足掻いても辿り着けない高みに、嘆きそうになる事なんて何回も、何十回もあった。
数えきれない程の日々を乗り越えて、ようやく今があるんだ。
潤は自然と隣で空のグラスを置いた彼に、視線を移した。
この場所だけは……誰にも譲れない。
拓真と奏でられるこの場所は、俺だけのモノだ。
「ようやく掴んだ場所を譲る気はないけどなー」
「あぁー、そうだな……」
いつものように笑った拓真の瞳からは、真剣さが垣間見えた。小さく頷いて応えた潤にも、痛いくらい分かっていたのだ。
そうだ……誰にも譲れない。
毎年のように出てくる新人にも負ける気はないのだろう。帰るなり、また繰り返していた。
ーーーーーーーー此処が、俺の……俺達の居場所なんだ。




