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第63話 長い夜を越えて

 エンドレ三枚目のアルバム制作も佳境だ。


 「視線、こっちなー」


 カメラレンズに視線を向けて顔を作る。 


 MVとかPVの撮影もあれだけど……ジャケット撮影は苦手だ。

 写真が苦手だからなんだけど……最初よりはマシになったよな……


 最近、同じカメラマンに担当して貰ってるのは、精神衛生上大きい。

 適当にって言われると無理だけど、指示出ししてくれるから、何とかなってる気がする。


 「ラストなー」


 シャッターを切る音に、また視線を逸らしていたが、今度はレンズに戻す事なく撮影を終えた。撮れたばかりの写真にはENDLESS SKYの二人が写っていた。


 「ーーーーこんな風に映ってるんですね」

 「そうだよ。かっこよく撮れてるだろ?」

 「ありがとうございます」


 潤は拓真と顔を見合わせ、笑い合う。


 慣れない事だらけだけど、少しずつ進歩はしてるよな……


 いつもとは違う自分達の表情にそう感じながら、二人はまた音楽の世界へ入っていた。


 俺達が担当するのは主にギターと歌声だ。

 たまにピアノを弾く事もあるけど、他はスタジオミュージシャンに頼ってる。

 プロの音色は凄いな……って、毎回ただ感心させられる部分が多い。

 water(s)が殆どの楽器を自分達で演奏してるって噂があったけど、どうやら事実らしいし……専用のスタジオがあるらしい。

 上原から直接聞いた訳じゃないけど、岸本さん情報だから本当なんだろうな……


 「お疲れー」

 「お疲れ、ようやく終わったな」

 「だなー」


 大きく手を伸ばした拓真に釣られて、同じように伸びをした。


 ようやく……ジャケットが仕上がるんだ。

 自作してた頃は、印刷物をCDと一緒に入れてるだけって感じだった。

 ちゃんと出せるようになってから、ジャケットとかMVとかの販促の類が、いかに大変か知った。

 今も慣れないくらいに、音の出ない楽器で弾いたりとか、大音量で流れる自分達の曲に乗せて動くとか……未だに未知数な部分が多い。


 「ーーーー上原は……これを高校からやってたのか……」


 拓真の視線の先には、water(s)のCMが大画面に映っていた。


 「ーーーー凄いな……」


 そんな言葉しか浮かばない。

 いつも、その一言に集約されてしまう。


 「……高校って、普通科と違って忙しそうだったよな?」

 「まぁーな、音楽学校らしい行事とか授業もあったからなー」


 何処か懐かしむような横顔の彼は、真っ直ぐな視線を向けていた。


 「色々あったけど、潤と組めたのが一番の収穫だったな」


 いつものようににっと、歯を出して楽しそうにする拓真に、彼も柔らかな表情を浮かべた。


 「そうだな……」


 未だに……知らない事だらけだけどさ。

 拓真がいるから、やって行けてるって思う。

 今日の撮影も一人じゃなくて、拓真がいたから注文通りに動けたんだって……


 「腹減ったなー」

 「あぁー、久々に和食でも食べて帰るか?」

 「良いじゃん! 胃に優しいの食べたいし」

 「だよな」


 街頭の灯が夜を照らす中、時刻は夜九時を回ろうとしていた。ビールで乾杯をする二人は、ようやく仕上がりを待つだけになったアルバムに、想いを募らせていった。


 一つ仕上がったからって、それで終わりじゃない。

 その繰り返しの日々だ。

 毎回、それなりに苦労して生み出して、評価がアップダウンしたりして、その度に一喜一憂してる。


 『ENDLESS SKYでニューアルバムーー』


 テレビのCMに、これから発売するんだって、今更のように感じた。


 「……今回こそは一位、獲りたいな」

 「あぁー、そうだな……」


 首位を獲得したのは、去年の夏の終わり以降ない。

 ここの所、どんなに良くても二位止まりだ。


 ーーーーーーーー理由は分かってる。

 water(s)の活動が本格的になったからだ。

 首位には常にwater(s)がいて、誰にも阻めない。

 俺達のアルバムも、同じ発売日にならないような戦略だ。

 本音は勝負したかったりするけど……今のままじゃ惨敗確定だから、従うしかない。

 アルバム収録のうち、一曲はCMに起用されてるから、より多くの人に届いて欲しいんだけどな……


 自身の出演がないCMで、疾走感たっぷりの曲が流れる。


 「この曲、結構苦労したよな」

 「あぁー、アレンジだろ? 時間かかったからなー」


 今となっては、早くも想い出話だけど……アレンジ中は、かなり試行錯誤して大変だったよな。

 意見が合わない時が一番厄介だけど、二人で演るからこそエンドレらしく仕上がったりする時もあるんだ。

 どっちか片方がアレンジする事もあるから、久しぶりの共同作業って感じで、大変な分だけ楽しかったりもした。


 「……拓真、そろそろひっくり返さないと焦げるぞ?」

 「げっ! 早く言えよー!」


 二人は揃ってキッチンに立っていた。昼食時の為、フライパンでお好み焼きを焼いている所だ。


 「これ、苦手だー」

 「頑張れ」

 「心こもってないし!」


 バカな事を言い合って、また食べたら続きからだ。

 四六時中考えてる。

 時間の足りなさを、言い訳にはもう出来ない。


 ーーーーーーーーwater(s)だって同じ時間だ。

 同じ一日を過ごしている筈なのに、ここまで差が出るのは、個々の能力が桁違いだから……だったりするんだろうな…………


 気落ちする事なく、潤は焼き色がこんがりとついたお好み焼きに、トッピングをかけた。

 料理は良い気分転換になったのだろう。食事中も午前中に行っていた作曲の話で、意見を出し合っていた。


 「んーーーー」


 集中力が切れて、大きく伸びをして、パソコンとの睨めっこが終わる。


 「腹減ったー」

 「あぁー、さっきピザ注文しといた」

 「マジ?」

 「たぶん、そろそろ来ると思うぞ?」


 ピンポーンと、インターホンが鳴った。待ちかねた夕飯が来たようだ。

 熱々のピザとサラダに、コーラがテーブルの上に並んだ。


 「久々だよなー」

 「あぁー、たまに食いたくなるだろ?」

 「だよなー、ジャンクなのだろ?」

 「あぁー」


 夕飯にしては中々のハイカロリーメニューだが、二人ともお腹が空いていたのだろう。テーブルいっぱいに広げてあったピザ達は、あっという間に無くなっていく。


 「潤、もう少しやるだろ?」

 「あぁー」


 即答する潤に、拓真も笑顔で応える。


 あと少しで切りがいいし、もう少しで何か掴めそうなんだ。

 結局、日付が変わる頃まで作業を続けていた。

 

 ドタドタと、慌ただしく部屋へ入ってきた。


 「潤、潤!! 起きろって!!」

 「んーー、今日はオフにするって言ってただろ?」


 潤の方が珍しく、まだ夢の中のようだ。物音に気づいてはいたが、また布団の中に潜っていく。昨夜の作業が響いているからだろう。


 「潤!! ワールドツアーだって!!」

 「ワールドツアー……?」

 「water(s)だぞ!!」

 「ーー……えっ……」


 思わず布団から飛び起きる。


 「……マジ?」

 「マジ! ネットニュースになってたし!」


 検索したら、ネットニュースのトップに出てた。


 「ーーwater(s)……ワールドツアー決定……」


 来年の三月二十八日、デビュー十周年という節目にアジア、北米、オーストラリアと主要都市を巡るツアーが発表された。


 自分の事じゃないのに、ドクドクと鳴ってるのが分かる。

 待ちきれないって、こういう事だ。

 ライブとかツアーとかで足踏みしてる俺にとって、雲の上みたいな出来事だ。

 相変わらずスケールが違いすぎて、尊敬しかない。

 俺達はまだ二年だ。

 拓真と組んで十年は活動してるけど、プロになってからは、まだたったの二年。

 この生活にも、だいぶ慣れてきたけど……まだ、まだ何だよな………て

 やりたい事を出来るように、ある程度はなってきたけど、全てを自分達で行う技量は無いし、立ち止まりそうになる事は未だに多々ある。

 ただ凹んでも、凹みっぱなしは無くなったし、気落ちする事はあっても、それで終わりじゃない。

 いつだって、次に繋がるように演奏するだけだ。


 「スケールのでかいツアーだなー」

 「あぁー……」


 羨んでも仕方がない事は山程ある。

 比べようがないのに比較してしまうのは、上原がいるからだ。

 ピアノ専攻の仲間が、常に音楽シーンのトップを走り続けてると思うと、追いつきたくて仕方がなくて……いつも以上に鳴るんだ。


 「……ワールドツアーか」


 思わず口から漏れ出る。


 そんなの出来る奴なんて、ほんの一握りだ。

 作曲家とか作詞家とか、バンドとかアイドルとか……音楽に携わる人は星の数程いるだろうけど、本物は一握りだ。

 世界で活躍する奴なんて、そうはいない。

 そのたった一握りになりたいとか……未だに思うのは、近くに叶えてる……上原がいるからだ。


 増していく想いと変わらない現実に嘆く事なく、潤はギターに触れた。


 「ーーーー良いフレーズが浮かんだな?」


 にっと、歯を出して嬉しそうにする拓真に、彼も笑顔で応える。


 「あぁー……」


 部屋にはENDLESS SKYの音色が響いていた。

 

 それから一週間後に発売されたアルバムは、首位を獲得した。二人の願いが届いた瞬間だ。


 「それでは、最新アルバムよりENDLESS SKYで"月光"、"yesterday"二曲続けてどうぞ」


 司会者からカメラが切り替わり、レンズの向こう側にいる筈のリスナーに向けて奏でる二人の姿があった。

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