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第62話 リミッターを振り切れ

 夏といえばフェスだ。

 学生の頃から、何度となく足を運んできた場所にいる。

 今度は見ている側じゃない。

 こっち側……出演者側だ……って言っても、メインステージじゃないけど…………それでも、他のミュージシャンに混じって出れる事に鳴ってる。

 出演者側じゃなければ、water(s)を見に来てただろうし、聴きたくて、感じたくて、仕方がなくて……


 「……拓真、いよいよだな」

 「あぁー、やばいな……」


 強く頷いて応える。seasons以上の規模で、歌った事がないからだ。


 俺達エンドレはまだ始まったばかりで、活動期間は九年あってもデビューしてまだ二年くらいだ。


 国営ひたち海浜公園で行われる国内最大級の邦楽ロックフェスティバル。四日間で、二百以上のアーティストがライブを行う中、二人はPARK STAGEに立っていた。

 フェスというだけあって、それぞれのステージでライブが行われていく。溢れかえる人の多さに、今更のように驚いていた。


 俺達の曲を聴いてくれる人がいる事に、ひどく鳴ってるのが分かる。

 こんな景色……初めてだ……


 イヤモニが必須なのを悟って、この日の為に馴染ませてきた。

 より一層の準備を重ねてきたんだ。

 選曲は、この間のライブ以上だ。

 俺達だけを聴きに来た訳じゃない事は分かってる。

 たくさんのミュージシャンがいる中の一組だ。

 それでも、聴いて貰える努力をし続けなければ生き残れない。

 誰の心にも……カケラさえも、残らないんだ。


 いつものように拓真と視線を合わせ、声を出した。

 いつも以上に強く願うのは、届けたい想いだ。

 此処にいるのは、音楽が好きな奴だから……


 二人の織りなす絶妙なハーモニーと旋律に、歓声が上がる。それはseasonsのライブよりも一際大きく響いていた。


 「ーーーーありがとうございました!!」


 拓真の声に合わせて一礼をすると、二人は肩で息をしていた。


 「……拓真……」 「ん……潤……」


 両手で思いっきりハイタッチをして、抱き合う。


 「気持ち良かったなー」

 「あぁー……」


 今になって手が震える。

 ステージでは夢中だった。

 でも、前みたく周りが見えていない訳じゃない。

 バックバンドの動きも、ちゃんと分かってた。

 目の前にいた観客とは、何なら視線が合ったと思うし……


 「潤、行くぞ!」

 「あ、あぁー」


 拓真に引っ張られるようにして向かう先は一つだ。

 一番広い会場のGRASS STAGEでは、一日七組出演する中、最後の一組が出番を迎えていた。彼等の目の前には六万人の観客がいる。


 「ーーーーすご……」


 それは半端じゃない人の群れに、思わず漏れた言葉だった。


 こんなに遠くからじゃ、小さすぎて動いてるのが分かる程度だ。

 スクリーンに映ってなかったら分からない。

 でも、流れる歌とこれだけの人を満たす器量で、彼等だって分かる。


 「ーーーーwater(s)……一色だな……」

 「そうだなー……」


 他に言いようが無い程に、water(s)一色だ。

 此処にもライブTシャツを着てる奴がいるし、ペンライトを持ってる奴までいる。

 きっと最前列は、そういうファンしかいないんだろうな……


 「……拓真」

 「ん?」

 「……俺、あそこに立ちたい……」


 思わず溢れた本音を、拓真が救い上げる。


 「あぁー、必ずな!」

 「あぁー」


 差し出された拳を突き合わせ、一時間半ノンストップで行われるライブを眺めていた。


 ーーーーーーーーもう終わりなのか…………

 聴いていると、一時間半なんて……あっという間だ。


 「……潤、潤!」

 「どうかし……」


 彼の声は周囲の歓声にかき消された。彼等が再びステージに姿を現したからだ。

 一人ずつ手を振りながら去っていく姿に、また歓声が響く。


 「…………えっ……」


 潤から思わず声が出たのは、終わった筈のステージで彼女がピアノの椅子に腰をかけたからだ。彼女の隣では、miyaも簡易の椅子に座っている。


 「……たくさんの声援、ありがとうございます。最後の曲です」


 曲紹介はせずに弾き始めた。今では合唱コンクールでも歌われるようになった曲、"夢見草さくら"だ。


 あーーーー、やばいな……miyaのアコースティックギター、一本に乗せて歌う上原の声が染みる。

 心の奥底に入り込んでいくみたいに鳴って…………いつか……water(s)みたいなプロになりたい。

 そう想い続けた日々に、祝福を受けてるみたいだ。

 気を抜くと、うっかり涙が出そうだ。

 それくらい心を掴まれていた。


 実際、二人の周囲には、タオルで目元を押さえる人達が続出であった。


 「ーーーーやばいな……」


 隣にいる拓真の潤んだ目元が、こっちまで移ったみたいだ。

 手で滴を払った潤は、願い続ける事で叶ってきた夢を、此処までの道のりを振り返っていた。




 ライブから数日、あの時の感覚を忘れたくなくて、夢中になって描き下ろした。


 「もうワンテンポ早めは?」

 「やっぱ、そっか……変化が欲しい感じだよな?」

 「そうそう。こんな感じとかー」


 ギターを弾く拓真に、また刺激を受けて執筆が進む。


 「んーーーー!」


 潤が大きく伸びをしていると、デリバリーした料理が届いた。


 「かなり進んだよなー」

 「あぁー」


 生返事してた気がするけど、食べたいやつがちゃんと届いてる。


 「拓真、ありがとな」

 「たまーに、潤は抜けてるからなー」

 「そんな事ないだろ?」

 「自覚無しか?」


 ギターとパソコンから離れて食事をしているが、早くも頭の中は音階の渦だ。


 「潤、胃に悪いって言われただろ?」

 「あ、あぁー」


 拓真には、俺の考えそうな事が分かるみたいだ。


 「今のは珍しく顔に出てたから、俺でなくても分かるぞ?」

 「えっ……」

 「食べたらな? 俺も試したいやつがあるんだよ」

 「あぁー」


 アルバム収録曲の描き下ろしは、概ね順調に進んでいた。

 

 「あーーーーっ!」


 今度は潤が叫んでいた。


 終わりが見えてたのに、最後のフレーズが決まらない。

 強がったって、たかが知れてる。

 俺は……俺の持てる最大限の力で、表現していくしかない。

 それしか出来ないから…………

 繰り返して絞り出すように吐き出した言葉も、思いついたようで何処か似たようなフレーズも、分かってる。

 等身大のまま、やっていくしかないんだ。


 パソコンに打ち込んだ譜面をまたやり直す。煮詰まると声を上げるのは、二人の癖なのだろう。どちらも気にする事なく、作業に没頭していった。


 「これが……こうだろー……」

 「んーーーー……」


 独り言が増えていくが、別々の部屋で作業をする気はない。リビングに揃ったギターやキーボードを片手に、それぞれの担当分を仕上げていく。

 最後は二人で細かな仕上げをする為、直ぐに作業に入れるようにだが、集中力の高まっている二人に互いの音は聞こえていない為関係ない。


 そんな作業を繰り返して、夕飯時になる頃には二曲が聴けるようになっていた。


 「やったな!」

 「あぁー、お疲れ!」


 ライブの終わりみたいに消耗したけど、良い仕上がりになった。

 早くレコーディングしたいな……


 潤の気の早い想いは共通である。


 出来たばかりの曲をスタジオでやると、鳴るんだよな。

 楽しくて、早くやりたくて、仕方がなくて……


 拓真と視線を合わせ、ライブさながらに声を出した。


 あんなに悩んでたのが嘘みたいにすっきりしてる。

 喉の調子も万全だ。

 二人で散々意見を出し尽くしただけあって、今までとは違うエンドレの音色になってると思う。

 でも、あくまで思うだ。

 それを決めるのは結局、聴いてくれるリスナーだ。

 聴いてくれる人がいなければ、趣味と変わらない。

 金を支払ってまで、聴きたいと思わせないといけなくて……俺達の永遠の課題だ。


 求められてる曲と、実際にやりたい曲が違う時もある。

 デビュー当初は、それが強かった。

 あの頃よりは半減してても、やっぱ考えさせられる事はある。

 それでも一人じゃないからやって来れたし、今も音が鳴ってるんだ。


 マイクスタンドの前に立って、いつものように肩から下げたギターを弾いてハモる。


 拓真がメインボーカルの時は、俺がハモる役だ。


 彼の力のある歌声に、爽やかなハーモニーを生み出していた。人への伝え方も、デビューしてから学んでいたのだろう。格段に伝わりやすいメロディーになっていた。


 こんな瞬間があるから止められない。

 好きな曲を歌って、好きなギターを弾いて……好きな事を仕事に出来てる現実に、躊躇してる暇はない。


 最後の一音が鳴り止むと、二人して顔を見合わせた。


 「お疲れー!!」 「お疲れ!!」


 揃って告げて、また暫くするとギターの音が響く。貸しスタジオの時間をギリギリまで過ごしたのは言うまでもない。


 「レコーディングだなー」

 「あぁー」


 夜空を見上げて、そう告げた拓真に釣られるように、潤も光を宿したような瞳をしていた。


 ーーーーあの夏の日、見上げた花火を想い出した。

 ほんの少しだけど、俺達の音楽が認められた気がしてたっけ…………

 それに夏が来る度、ストリートとバイトに明け暮れた日もあったな……だけど、今年は今までのどれとも違った。

 念願のフェスに参加出来て、夢のような一日だった。

 遠巻きで見た生の音色に鳴って、また生まれた事だけが、あの頃と変わらないんだ。


 「あーー、腹減ったー」

 「……ラーメン食べて帰るか?」

 「賛成!」


 あの頃と変わらない所もあるって感じて、擦り切れるほど費やしてきた時間を重ねた日々に、また明日へ期待する気持ちを止められずにいた。

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