第61話 ともに乗り越えてきた
「あーーーーっ!!」
隣から叫び声が久々に聞こえてきた。
理由は分かってるから、大丈夫だ。
気が触れた訳じゃない。
seasonsでのライブが決まってから、セットリストを作成中で、試行錯誤を繰り返した反動だ。
新しい曲の構想が出て来るけど、本番に向けて練習の日々で、試験前のストレスが溜まる的な? そんな感じで、声を上げたくなるんだ。
「そういえば、専攻の仲間はみんな来てくれそうだよなー」
「あぁー、上原は無理かもって言ってたけどな」
「仕方ないよなー、子供もいるんだし」
「だよな……可愛い双子だったよな」
「思った! 上原にも、ミヤ先輩にも似てたし」
「あぁー」
去年会った双子は、まだ小さくて……傑と夢の小さい頃を想い出した。
拓真の言う通り二人に似てて、何か……嬉しかったんだ。
結婚して、子供が生まれても、変わらずに音楽をやってる二人が…………一生続いていくんだろうなとか、思ったりして……
「拓真、一度聴いてみるだろ?」
「あぁー、今度こそ」
曲順を変えては聴いてを繰り返して、なかなか思っていたように上手くいかない。
でも、それもその筈だ。
こんなにガッツリとセットリストを作るのは、デビュー前のライブ以来だ。
「ーーーーラストだけ変えたら、いけそうじゃん?」
「あぁー」
少しずつ形になって、ライブが来るのを心待ちにして、時間が過ぎていった。
ドクドクと、痛いくらいに鳴る。
心臓の音が聞こえそうだ。
胸元のシャツを無意識に掴んで、深呼吸を繰り返した。
「ーーーーいよいよだな……」
「あぁー、久々のライブだからなー」
拓真の胸元に残るシワに、俺と同じような気持ちだって事は分かった。
拳を差し出すと、いつものように笑って突き合わせた。
「こんばんばー! ENDLESS SKYです!!」
歓声が響いて……最初からエンジン全開だ。
飾らない言葉で綴った今の想いが、どうか届いてくれ。
届け!! そう、心の中で叫んでた。
いつだって叫び出したい衝動にかられる。
ライブをする時は、特にそうだ。
近距離の観客に音楽仲間がいると分かり、頬が緩む。
あぁー…………ちゃんと周囲が見える。
少し前までは、そんな余裕は無かった。
自分と……拓真の音を聴くのに精一杯で、ずれないように細心の注意を払って、そんな事をしてたら楽しめる筈ないのにな…………
強がりでも、口先だけでもなくて、本当に楽しくて……こんな時間が永遠に続けばいいとか思ったりして、届けたい想いを口にしていたんだ。
鳴り止まない拍手と歓声に、舞台袖で泣きそうになった。
遠回りしたかも……とか、色々思ったりした事もあったけど、報われた気がした。
「ーーーー拓真……ありがとな……」
「それは……こっちの台詞!」
拓真の差し出した手にハイタッチをして、抱き合う。
たまらない……こんな瞬間があるから止められない。
止められなくて……アンコールの声が響く中、再びステージへ向かったんだ。
「二人ともお疲れさん」
『ーーーー春江さん、ありがとうございました!!』
揃って告げる姿に微笑むオーナーは、成長を喜んでいるようだ。
「…………春江さん……」
「どうかした?」
「これ……」
白と青が基調の花が出入口に飾られているが、開演時には無かったものだ。
「あぁー、それはhanaね」
「来てたんですか?!」 「えっ?!」
「ラストとアンコールは聴いてたわよ」
「そうだったんですか……」
「マジか……」
携帯電話のバイブ音で現実だと知った。
『祝ライブ! 素敵な演奏、ありがとう! お疲れさまー』
彼女らしい文面に、顔を見合わせて笑い合う。
「ーーーー素敵な演奏か……」
思わず呟いていた。
そう想って貰えただけで十分だ。
難しい事は分かってた。
素敵な演奏をするには、練習が必要で、それは努力だけで埋まるモノじゃない。
圧倒的なセンスとか、そんなモノがある訳じゃないから、ただひたすらに続けていくだけだ。
繰り返して、繰り返して…………飽きれるくらいに何度も重ねた日々が、今に繋がってるって……
「楽しかったな!」
そう言った拓真に、心の底からそう思えた。
「あぁー……」
楽しかった……今までで一番ってくらいに、高鳴っていた。
ライブ映像は配信していた。
多くの人から反響があったみたいで、新曲の問い合わせがあるって、柏木さんが言ってた。
それは有り難い事で……未だに信じられないけど、キッチンに飾られた花で現実だって分かる。
ーーーー上原が聴いてくれたのか……無理かもって言ってたから、仕事の合間を縫って駆けつけてくれたんだよな…………そんな些細な事が特別だ。
俺にとっては、わざわざ用意してくれた花にだって鳴って、次の曲を考えてた。
「拓真ー、出来た」
「あーー、今、片付ける」
テーブルの上に並んだ楽譜を寄せ集めて昼飯だ。
出来上がった親子丼を食べながら録画を見て、また研究だ。
自分達だけじゃなくて、water(s)が出ている番組は、ほぼチェック済みだ。
最近はメディアの露出が少ないから、新曲が出るんじゃないかって噂が流れてる。
俺達だけじゃなくて、音楽に携わる人にwater(s)を知らない人はいない。
プロからも選ばれる楽曲で有名だ。
どの曲も秀逸で、一つを選べないくらいに。
「潤、今晩は帰らないから」
「分かってるって。っていうか、報告しなくても平気だからな?」
「そうなんだけどさー」
俺は拓真の母さんか……と、までは言わないけどさ。
それくらい気を許し合ってるよな。
今日は堤さんとデートらしいから、俺も外で食べるかな……
「潤は作る気ないのか?」
「えっ?」
「だからー、彼女だよー」
「あぁー、別にいいかな」
「本当、勿体ない奴だなー」
「何がだよ? あーー、見損ねたじゃん」
慌てて巻き戻して、上原が歌う姿を焼きつけた。
本当……良い声で歌うんだよな……
「……本当、好きだよなー」
「あぁー……だって、こんなに歌える奴、他にいないだろ?」
「まぁーな」
変な意味じゃなくて、ただ単純にwater(s)のファンだから好きなんだ。
ほんの少しだけ期待してた。
ミヤ先輩に会えるんじゃないかって……
潤は少し緊張した面持ちで、ジャズバーを訪れていた。そこは彼に連れられて行った場所だ。
今日は生の演奏じゃないんだな……
小さなスペースには、アップライトピアノとドラムが置かれていた。
バーカウンターに座った潤が慣れた味を注文していると、隣に座った彼に気づいた。声を上げそうになるのを堪える様子に、微笑む姿が印象的だ。
「ーーーーkeiさん……」
「覚えてくれてるんだね。マスター、僕いつもので」
「はーい」
「……ご無沙汰してます」
「久しぶりだね」
あーー、拓真がいたら、もっと気の利いた事を言えるのにな。
彼が店内に入ってきただけで、周囲の視線が集まっていくのが分かった。
そんな人が隣に座ってるなんて……
「今日は一人なのか?」
「はい、拓真は出かけてるんで」
「へぇー、デート?」
「はい」
素直に応えた潤の様子に、彼はまた微笑んでいた。
「……keiさんは、お一人なんですか?」
「後から来るけど、僕が最初に終わったみたいだからね」
ドクドクと鳴って、ライブよりも酷くて、苦しいくらいだ。
憧れの人と面と向かって話せるなんて……何て贅沢なんだろうな。
keiお勧めの酒を飲んで、珍しく酔いが回る頃に彼等が姿を現した。目の前にいるメンバーに、夢でも見ているような錯覚さえしていた。
「……JUNじゃん。keiが捕まえたのか?」
「miya、人聞きの悪い。飲みに来てた所、偶然会ったんだよ」
「へぇー、マスター、俺のボトルも彼に飲ませて?」
「はいはい。今日は大人数だねー」
「ある意味、決起集会的な感じだから」
「肝心のhanaは不在だけどなー」
「行きたがってたけど、出かけにぐずったからな」
「流石ママだよな」
「そうだけど、奏は奏だよ」
「分かってるって」
親しい間柄の会話に、俺の隣に腰掛けたmiyaに、本当に夢でも見てる気分だ。
「一人なんだな」
「は、はい……」
「miya、それ僕も聞いた」
「エンドレは二人揃ってこその感じだから、ついね」
「分かるなー。この間のライブ、盛況だったらしいしな」
「はい……ありがとうございます……」
「hanaが嬉しそうに話してたな」
「あぁー」
メンバー四人に囲まれて、話しかけて貰えて、ますます酔いが回りそうだ。
「次も楽しみにしてるな」
「ありがとうございます……miya……」
そう口にしたら、彼は学生の頃と変わらない笑顔を見せた。
二人揃ってこそって言われて、嬉しかった。
どっちかに偏ってるんじゃなくて、俺の音も必要だって言って貰えた気がして……
「俺も負けないよ?」
「はい!」
「いい返事だな」
髪を撫でられて、近距離にいる彼にまた鳴っていた。
「ーー……拓真が悔しがりそうです……」
「えっ?」
「……俺達は、water(s)のファンですから」
「それは光栄だな」
「あぁー」 「そうだな」
時間にしたら、二時間も無かったと思うけど……憧れの人と同じ席に座って、話が出来た。
貴重な体験に、彼の中でまた音が弾ける。
「……ライブ、楽しかったです」
やっとの想いで告げた本音にmiyaだけでなく、揃って頬を緩ませていた。
「ありがとう……」
 




