第60話 晴れ渡る空の下で
ーーーーーーーーやばい……鳴り止まない。
音と連動していくプロジェクションマッピングの演出に、観客は感嘆の声を上げる。会場はwater(s)の色に染まっていた。
「アンコール! アンコール! アンコール! ……喉がやられそう」
「気をつけろよ? 拓真」
「でも、やっぱり良いよなー」
「ドームが?」
「両方!!」
拓真の答えは最もだ。
ドームでのライブも、water(s)の音楽も、どっちも好きだし。
どれも叶えたい夢だから……
「おっ! 始まるな」
「あぁー」
アンコールの声に応え、彼等がステージへ顔を出すと一際大きな歓声が響く。
何度も見てるけど、いつも新しい。
毎回試行錯誤を繰り返して、きっとより良いモノを創り上げているんだろうな。
アップデートが欠かせないのは、俺達も同じだ。
そう思うと、手が届きそうな気がして……もっと、弾いていきたいって思うし、こんなステージを作り上げられるまでになりたいとも思う。
もう……願ってばかりじゃない。
行動に移すだけの力は徐々にだけど、溜まってきた筈だ。
「ありがとうございました!!」
『ありがとうございました!!』
keiの声に続き、感謝の気持ちを伝える彼等の姿に、羨望の眼差しを向けていた。
アンコールにも応えたんだから、これで終わりなのは分かってる。
それでも、声を出さずにはいられなくて……拓真の事を言えないよな……
彼も先程の拓真同様に声を出していた。
あーーーー、歌いたい。
今すぐにでもギターを弾いて語りたいし、キーボードでアルペジオとか……とにかく、早くやりたくて仕方ない。
いつだって想像力を掻き立てられる。
普段は思いつかないようなフレーズが出てきたりして、躊躇わずに触れたくなるんだ。
water(s)が去った後も、場内アナウンスが流れるまでの間、誰もいないステージへ鳴り止まない拍手と歓声が送られていた。
毎年恒例のwater(s)のライブも、今年で九回目……って事は、拓真と組んでからそれだけの月日が経ったって事だ。
seasonsで声をかけられなかったら、俺からかける事は無かっただろうし。
幸運な事だったよな……
潤の視線を感じたのか、拓真はグッズの入った袋をリュックにしまっていた。
「ーーーー堤さんの分も買ったんだろ?」
「あぁー、抽選外れたらしいからなー」
「残念だったな。しかも、仕事が入ったんだっけ?」
「そう、それがなければ見れたのになー」
「あぁー」
チケットは融通して貰える事もある。
ただ、かなり稀な事で、water(s)に関しては上原のおかげだ。
席の場所はともかく、見れるだけで……生で会えるだけで十分だ。
そんな事を思うあたり、ファンだよな…………同じ業界にいる筈なのに、やっぱファンのままだ。
同級生だったのも、上級生にいたのも、何処か夢見心地だ。
「潤、スタジオ行きたい」
「あぁー、俺も思った」
こういう時、前まではカラオケ店だったけど、スタジオで好き勝手弾けるようになったんだ。
手ぶらのままでも、借り物のギターを弾く事が出来るおかげで、馴染んでない楽器でも平気になってきた。
本番では馴染んだいつもの楽器に限るけど、そうじゃない時はいつもと違うからこそ、音の違いが面白かったりもする。
「ここのピアノ良いよなー」
「あぁー、やっぱグランドは違うよな」
「だよなー」
ピアノはオケの音って言うけど、グランドピアノから鳴る広がりのある音色だからこそ、出来る曲もあるよな。
拓真とルームシェアをしてから、キーボードとかスピーカーとか……少しずつ機材が増えていってるけど、今の部屋じゃグランドピアノなんて置けないし、アップライトでも難しい感じだ。
だから、置けたのがキーボードっていうのもあるけど……ピアノ専攻の名残で、たまにキーボードから作曲したりもしてる。
基本的にギターで作る事が多いけど、新鮮味があって楽しいし、壮大な曲が出来上がったりもする。
ぐーーーーっと、壮大な腹の虫が鳴った。
「…………夕飯食べたい」
「潤が腹時計とか珍しいな?」
笑いを堪えるような仕草をする彼からも、同じような音が鳴っていた。
ぐるるーーーーっ……と。
「……早く、行くか」
「あぁー」
互いに笑い合って、夢中になって、食べるのを忘れていた事に気づいた。
たまに……あるよな。
集中しすぎて、食べそこねるって。
「あの定食屋に行くか?」
「そうだな」
最近見つけた夫婦で営む定食屋は、安くて美味いんだよな。
何気ない日常は音で溢れてる。
今もテレビから流れる曲に、耳だけはしっかり傾けてた。
ワンフレーズじゃなくて、全編で聴きたくなる。
いつだって、そうだ…………影響を受け過ぎだって思う時もあるけど、憧れてるんだから仕方がない。
テレビからはwater(s)の曲が流れていた。
「それではENDLESS SKYです。どうぞ!」
司会者の曲振りが終わり、音を奏でる。春の気候に似合う曲は正月休みに考えた曲だ。
こんな風に、相手を想えたら良いのにな…………
作詞も作曲も、俺の一部だから、擦り減らして描く事もある。
それくらいしないと、描けない事もあるけど……やっぱ好きなんだよな…………俺自身がエンドレを。
拓真と視線を合わせ、楽しそうに歌っていた。
緊張してても、やっぱ止められなくて、バックから聴こえる生のバンドの音も、はっきりと響いて、エンドレは二人だけど……仲間は増えたって思う。
俺達の為に演奏してくれるドラマーやベーシストとか……贅沢だよな。
始まりは二人だったけど、デビューするまでは知らなかった。
いろんな人達に支えられてるって事。
感謝しながら歌う曲は、優しいアンダンテなテンポであった。
控え室で突っ伏す事も減ってきた。
生とか、特別な企画とかだと……また別だけど。
それだけ慣れてきたって事だ。
人前で披露する事に。
学生の頃、散々ストリートで演ったりしたけど、カメラや観客、他のミュージシャンがいる前で歌うのは、全くの別物だった。
「お疲れ」
「お疲れー、この後は久々にピアノの練習だろー?」
「あぁー、せっかく二台グランドがある所で出来るしな」
「楽しみだなー」
ギターほど手に馴染んだ楽器はないけど、ピアノ専攻だったから、出来たら自分達の音で収録に臨みたくて……また練習中だ。
簡単に指ならしの曲を弾いてから、それぞれ練習をして音合わせだ。
譜面があれば弾けるようになったけど、クラシックをメインに勉強してた頃とは違う。
一定のグルーブ感とか、テンポが揺らがなかったりとか……韻を踏んだ曲を作ってみたりして、耳に残るような工夫を施した。
デビューして変わった事は山程あるけど、変わらない想いを胸に、今も弾いてる。
胸が高鳴るほどの想いを抱いて、今も歌ってるんだ。
ピアノだけの練習の筈が、声を合わせていた。弾き語りをする姿は、学生の頃と変わらずに楽しそうなままで、見る人がいたなら音楽が好きなんだと、伝わっていた事だろう。
「拓真、もう一回」
「あぁー」
もう一回を何度も繰り返して、形にしていくんだ。
重なった二人の音色は、学生の頃よりも多彩さを滲ませていた。
花粉症じゃないから、穏やかな春の気候に外で歌いたくなった。
実際に歌っていないつもりだったけど、口ずさんではいたらしい。
散っていく桜に想い出すのは……初めて聴いた時の衝撃と、同い年の奴が作ってたっていう現実だ。
「花見、し損ねたなー」
「あぁー。でも、拓真は堤さんと見に行くって言ってなかったか?」
「それが日程が合わなくてさ。今週会うけど、もう散ってるだろ?」
「そっか……」
通り過ぎていく桜並木は、葉桜になりつつある。春が終わりを告げる季節に変わっていた。
正月休みから、今日まで早かったな…………
練習して、レコーディングして、また作って……それを繰り返して、また生み出して……このままでいいのか? って、時々声がしたけど……大丈夫だって、今ならはっきりと思える。
トップ10に毎回のようにランクイン出来るまで、安定してきたし。
また……変わってく景色に鳴って、曲が響いてる。
でも、どんなに響いても越えられない。
いつになったら越えられるのか? って、自問自答する日もあるけど……憧れだからな。
いつまでも……きっと一生って、はっきりと言えるくらい好きなんだ。
二人が首位を獲得出来ない理由は一つだ。当たり前のように在り続ける彼等の曲が、首位を他に譲らないからだ。リリース日をずらしても敵わない。それが分かっているからこそ、同じ日にリリースした曲の順位に鳴っていた。
ーーーー二位か……俺達にしては上出来だ。
動画の再生数も増えてきてるみたいだし、歌える場所があるだけでマシだ。
「潤ー、アンコ食いたい」
「唐突だな。じゃあ、久々にあんみつ買って帰るか?」
「賛成ー!」
頭をフル稼働させて練習した後は、甘いものが食べたくなって、懐かしの店に寄った。
外で食べる事もあるけど、家の方が色々と都合が良いから、持ち帰って食べた味に、また構想が膨らんでいたんだ。
「拓真、試してみたいんだけど」
「了解、アレンジだろ?」
「あぁー」
当たり前のように、こんなやり取りを出来るようになった。
また夕飯時になるまで音合わせをして、一日が過ぎていく。
どれだけ費やしても、やっぱ二十四時間じゃ足りないとか思いながら。




