第59話 日常を輝かせる
エンドレは今年も白組だ。
直接対決とまでは言わないけど、今年は赤組に上原がいる。
独特の雰囲気が流れる会場で、彼等のパフォーマンスを眺めていた。
water(s)は赤組だが、歌う曲に合わせ衣装も白が基調だ。照明も白の為、MVから出てきたような白い世界を披露していた。
ーーーー音色に差がないから、どの媒体で聴いても良いんだけど……やっぱ生が一番だ。
息遣いを感じて、心により響く。
彼はストリングスと、その歌声に鳥肌が立っていた。言葉を交わさなくても、隣にいる拓真が同じ想いだという事も分かった。
自分達の出番よりも上原が歌うのに期待して、響いてきた音色に、泣きそうになった。
何て……綺麗な旋律なんだろうな…………
そう感じずにはいられなくて、舞台袖から最後の一音まで聴き入ってた。
この後、カウントダウンライブでも共演か…………この一年で、少しずつ叶った事がある。
それを糧に、また紡いでいくんだ。
せっかく出てるんだから、白組が勝って欲しかったりしたけど……
壇上の一番前では司会を務めた女優が、優勝旗を受け取っていた。今年は赤組の勝利だ。
拍手と紙吹雪が舞う中、また立てた事を実感する二人がいた。
扉をノックする手に緊張が走る。
こうして挨拶をしに行くのは二回目だ。
「失礼します……」
当たり前だけど、全員揃ってる。
トップバッターの出演を終えた彼等は、衣装のままと私服に着替えた人と半々だ。
『あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!』
「あけましておめでとう。こちらこそ、今年もよろしくな。二人は、これから出番だろ? わざわざ挨拶に来てくれて、ありがとう」
「いえ……」
勢いよく挨拶をした二人にmiyaは笑っていた。彼が衣装姿のまま話していると、私服に着替えたhanaが顔を出した。
「二人とも、あけましておめでとう!」
「hana! おめでとう」
「おめでとう。今日、双子ちゃんは?」
「実家だよー」
学生の頃に戻ったみたいだ。
思っていた以上に緊張していたのが、和らいでいくのが分かる。
去年とは違う早い時間帯になって、それなりに思う所があったって事だ。
ノックが響けば、柏木が二人を呼びに来た。挨拶だけのつもりが、話し込んでいたようだ。
「二人ともまたねー」
「あぁー」 「またなー」
相変わらずな上原の姿に、いつもの調子を取り戻した気がした。
司会者との会話には今も慣れないけど、だいたいが事前に打ち合わせした内容だから、許容の範囲内だ。
「それでは……もう少し、準備に時間がかかりそうなので……」
司会者は話を続けていたけど、俺は若干焦ってた。
用意された質問じゃないのもだけど、テロップに書かれた『機材トラブル』の文字に、正月早々ついてないって……
「hana、悪いねー。来てもらっちゃって」
司会者の声に、観覧席から歓声と拍手が沸き起こる。
話を引き伸ばすように、上原を呼んだらしい。
彼女は先程と変わらない姿で、潤の隣に腰掛けた。
「私服?」
「そうなんですよー。失礼します」
「エンドレの二人と同級生なんだって?」
「はい。TAKUMAもJUNも同じ専攻だったので、何人かで集まって学食で食べたりしてましたね」
「へぇー、そうなんだ。hanaから見た二人の印象は?」
「そうですね。学生の頃からデュオを組んでいたので、二人とも仲がいいなぁーって思ってました」
「そうかな?」
「そうだよー。練習室で放課後残ったりしてたでしょ?」
「それはhanaもじゃないか?」
「あっ、そっか……」
スタジオから笑みが溢れる。彼女の自然体が張り詰めた空気を一掃させたようだ。
「ーーーーそれではお待たせしました」
準備が整って立ち上がると、上原に手を差し出された。
ハイタッチをしてステージに立つと、驚くくらい焦りが消えていた。
いつものようにギターを弾きながら歌って、視界の隅に入る度に鳴ってたんだ。
まさか……届けたい奴に、直で聴いて貰えるなんてな…………
演奏が終わると、学生の頃と変わらない彼女は笑顔を見せた。彼等の音を間近で感じて嬉しそうだ。
「ーーーーhana、ありがとうね」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
司会者にも快く対応した彼女は手を振りながら、スタジオを後にした。
続いて曲が流れる中、彼女のいなくなった先を見ないようにしていた。
ーーーーーーーー鳴ってる。
視線を向けたら、走り出しそうだ。
そのくらい……響いていたんだ。
トラブルはあったけど、結果的には良い年明けになった。
元旦からwater(s)に会えたし、上原に間近で聴いて貰えた。
「乾杯ー!」 「乾杯!」
自宅に帰るなり、買ってきた惣菜とビールで乾杯だ。禁酒解禁に、この日を待ってたと言わんばかりに二人分の空き缶が増えていく。
「ーーーー楽しかったな……」
「だよなー、来年も出たいよなー」
「あぁー」
もう来年の事を考えるなんて、気が早いかもだけど……考えずにはいられない。
いつだって目の前の事で精一杯だけど、これからライブだってしたいし、ドームとかツアーとか……やりたい事は尽きない。
やっと、好きな音楽を作れる所まで来た。
ーーーーーーーーようやくだ。
これから、また更に飛躍していきたいんだ。
「拓真、今年もよろしくな」
「あぁー、よろしくな!」
寄せられたグラスを重ね、録画しておいた番組を見て、振り返っていた。
上原がこっちを見てた横顔に、思わず告げそうになった。
飽きれるくらいに再燃した想いに蓋をして、バラエティー番組を見て腹から声を出した。
滑稽な芸人を自分と重ねていたんだ。
三ヶ日くらいは実家に帰るか……って事になって、久しぶりに地元に帰ってきた。
地元って言っても都内には変わらないし、そんなに何時間もかかる距離じゃない。
夢も傑も大きくなってるだろうな…………歳が離れてるからか、こういう発言をすると、叔父さんぽいって周りに言われるけど、やっぱ妹と弟は可愛いんだ。
イヤホンから流れる歌声に惹かれながら、手土産を持って向かう彼はタクシーに乗っていた。
ようやくタクシーにも慣れたよな。
電車もたまに乗るけど、移動はタクシーが主流になった。
街中で二人でいると、声をかけられる機会も増えて……不思議だよな…………
最初の頃は違和感だらけだったのに、この生活に慣れてしまった。
音楽から離れられない。
久しぶりにキーボードを弾くのも良いよな……
そんな事を考えていた潤の座る後部座席は、買ったばかりの手土産で溢れていた。
「お兄ちゃん、おかえりー」
「ただいま」
「後でキーボード弾ける?」
「あぁー、久々に一緒に弾くか?」
「うん!」
傑と夢に熱烈な歓迎を受けて、潤はお節料理に箸を伸ばした。
自分で作ると味がワンパターンになりがちだから、母さんの料理って美味いよな…………
俺もレパートリーは増えたけど、男の料理って感じが多いし、酒のつまみなら負けないかもしれないけど。
家族五人揃っての食卓に、彼の頭にはメロディーが浮かんでいた。
こういう時って、やっぱアンダンテだよな……ゆっくり歩くような速さの曲が浮かぶ。
アコースティックギターとか、ピアノとか入れたら、良い感じに仕上がりそうだ。
何処にいても頭の中は、音楽が占めている。
当たり前だけど、それが俺の仕事になったんだから。
可愛いらしく飛び跳ねながら弾く妹の音色に、彼は学生の頃を想い返していた。
ーーーーーーーー色々あったな…………試験の度に苦しくなったりして、手が痛くなるほど練習した時もあった。
そうしないと……ついていけなかった。
初歩的な練習を繰り返したりしてたっけ……放課後の練習室とか、カラオケとか……拓真との音合わせは楽しくて、現実逃避したくなる時もあったよな。
夢の隣に並んで鍵盤に触れる潤は、楽しそうに微笑んでいた。
過去を振り返っても、やっぱ音楽が一番だ。
他の何にも変えられない。
それに……一番じゃなきゃ、俺には到底追いつけない。
結局、他を気にかける余裕は無いままだ。
「次、エンドレの曲弾いて?」
「あぁー」
リクエストに応えて触れた指先は、滑らかに動いていく。
「凄い!!」
「ありがとな……」
「次、こっちもー!」
三兄弟がキーボードを中心に仲良く過ごしていた。
母さんからレシピを教えて貰って、さっそく試してみてる。
こういう所は、音楽と似てるよな。
何となく共通点を見つけては、次に生かしたいと思う。
家族に向けて目の前で歌うのは、照れくさくてやった事はないけど……ドームでライブが出来るようになったら、招待したい。
変わらずに応援してくれる家族に感謝しながら、執筆は進んでいた。
「潤ー、こっち出来たぞ?」
「了解」
拓真の作った味噌汁とカツ丼にサラダが出来上がった。
揃って食べる中、時折流れるCMが映る度に箸を止める。画面から彼等の曲が流れていた。
「ーーーー何か……嬉しいよな……」
「あぁー……」
拓真の言いたい事は分かる。
誰が見てるかも分からないけど、そんなのは関係なくて……ただ俺達の曲が流れている現実が、嬉しかったんだ。
CD音源とは違って、アコースティックバージョンって感じだから、気づかない奴もいるかもしれないけど……それでも、良いんだ……
小さく載るクレジットに鳴って、まだやれるって言い聞かせてた。
確かに、輝いてるみたいだって。




