第58話 圧倒的な煌めきが
イルミネーションで彩られる頃、抱き続けた願いが叶った。
クリスマスライブの生放送の音楽番組で、共演する機会を得たからだ。
扉をノックする手が震える。
この日をどれだけ待ち続けたか分からない。
ミヤ先輩に報いる事が、少しでも出来たら……
「はーい」
変わらない……上原の声だ。
「ーーーーENDLESS SKYと申します……」
そう口にするのがやっとの状態の二人に、miyaが嬉しそうに返事をする声がした。
「どうぞー」
扉の向こうには、憧れ続けたミヤ先輩と上原……そして、water(s)のメンバーが揃っていた。
「本番前にすみません。ご挨拶したくて……」
「久しぶりだね。TAKUMA、JUN、今日はよろしくな」
何の躊躇もなく手を差し伸べてくるmiyaに、二人は緊張しながらも、憧れの手を握り返していた。
『よろしくお願いします!』
そう勢いよく応え、目の前にいる彼の姿に光を感じていると、彼女が駆け寄ってきた。
「酒……じゃなかった。TAKUMA、JUN、今日はよろしくね」
「hana! よろしくな!」
「よろしく……」
学生の頃と変わらない笑顔で応えるhanaに、もう少しちゃんと返せたら良かったのに……と、既に後悔してる。
やっと同じ場所にいるって思うと、それだけで鳴って……
『マーマ!』
「はーい、TAKUMAとJUNはママのお友達だよー」
ーーーーそうだ……双子がいるんだっけ?
可愛いな……
にっこりと笑う小さな存在に揃って笑顔を返す。
「娘の梨音と息子の怜音だよ」
「……子供いるのは知ってたけど、双子?」
「そうだよー」
「可愛いな……」
「ありがとう」
miyaが嬉しそうに応える姿が眩しい。
それに……上原に「JUN」って、呼ばれると……ひどく鳴って……
「……同じステージに立てるんだな」
「そうだな」
楽屋からステージに向かう中、スポットライトの下へ向かう感覚があった。
water(s)が存在する場所に、同じ舞台に立てる日が来たんだって。
「凄いな……」
「あぁー……」
演奏を終え、楽屋で彼等の映像を見ていた。
テレビに映る上原は、いつもと同じようで違う。
楽屋で会った時とも違くて……ミュージシャンの顔をしていた。
「……ようやく、同じ番組に出れたけど……」
「やっぱり凄いよなー……」
「圧倒されるって、言うんだろうな」
「確かにな」
自分達の本番を終え帰宅するだけだが、彼等の音を聴きたい想いが強く、残っていたのだ。
「じゃあ、帰りますか」
「そうだな。帰って、反省会兼鑑賞会だな」
録画予約してきたし、家でも見れるんだけど……リアタイしたかったから、仕方がない。
やっぱ魅せられて、それ以上の言葉が見つからないんだ。
凄いって……その一言に集約されてるみたいで……
「今年もあと少しか……」
「あぁー、早いな……」
……本当に早かった。
あっという間に年末で、俺達にとってのイベントはまだ残ってる。
隣を歩く拓真が向けた拳に、コツンと同じように重ねた。
「……楽しみだな」
「あぁー、勿論な!」
何度目になるか分からない強がりの台詞も、今では本当になった。
楽しめるようになっていたんだ。
今年もレコ大にノミネートされたけど、もう新人じゃない。
最優秀作品賞だから、大賞候補だ。
ノミネートされたのは俺達だけじゃなくて、water(s)もだ…………俺が審査員なら、どう考えてもwater(s)一択だ。
この間出たCDから活動を再開したけど、年間総売上一位になってたし、他の候補者が霞んでしまうくらい存在感があった。
これがスポーツだったら他者を寄せつけない絶対的な強さを持ってると思うし、今もメロディーが頭の中で流れてる。
忘れられないフレーズって感じで。
椅子に座って、ノミネート作品を生で聴いて、贅沢な時間が流れてるけど、一つ残念な事がある。
water(s)が出演していない事だ。
前もって収録したらしくて、生で見れないのが残念だけど……良い音には変わりない。
受賞を喜ぶコメントを告げるkeiの姿があった。
ーーーー上原も話せばいいのにな…………
広報的な役割は、リーダーであるkeiが殆ど担っている為、メディアでhanaやmiyaが話す事は少ない。少ないからこそ、イレギュラーで話を振る司会者もいるが、応えても一言、二言だけなのだ。
「…………今年も出ないのか……」
「あぁー……」
デビューしてから同じ舞台に立てたのは、この間のクリスマスライブくらいで、water(s)が出ていた番組に出演できるようにはなったけど、実感が少ないままだ。
スクリーンに映るメンバーの音色だけは本物で、白い世界に引き込まれていた。
発表の時を待つのは、岸本さんの前で披露する時に似てる。
期待と不安の渦巻く胸中を抑えるかのように、潤は息を吐き出していた。
「ーーーーwater(s)で"白い世界"です」
拍手が鳴り響く中、彼も同じように拍手を送っていた。その場に居ない彼等の受賞を、当然のように感じていたからだ。
動画の再生数もあっという間に億を超えたし、十一月に出たばかりなのに、他のどのCDよりも売れてた。
当たり前のようだけど、受賞を喜ぶkeiのコメントで、彼等にとっても特別な感じなのは分かった。
もう一度流れる彼等の曲に、口ずさみそうになっていた。
「ーーーー凄いな……」
小さく漏らした言葉に、拓真も頷いていた。
……何度聴いても、胸に響く。
心を捉えて離さないみたいに。
胸元のシャツを無意識に握って、その絶妙なハーモニーに身を任せていた。
暫く立ち尽くしそうになるくらい……鳴ってたんだ。
年末にかけて音楽番組の出演が多くあって、有り難い事にスケジュールが埋まってた。
去年よりも密になったスケジュールに、感謝しかない。
俺達の曲を使って貰ったり、出演させて貰ったり……二年目も、消える事なく終われそうだ。
water(s)が休止してるような時にデビューしたからこそ、懸念は常にあった。
「潤ーー、この間の収録見るだろ?」
「あぁー」
テーブルには見ながら食べられるように、昼食が並んでいた。
CMを飛ばして、見たい所だけを切り取るように聴いて、繰り返し再生する場所は決まってる。
water(s)と同じ舞台に立ったクリスマスライブだ。
忘れられない歌声だよな。
何度聴いても飽きる事はないし、もっと……ずっと聴いていたくなるような感じで、鳴り止まない。
本人にその自覚はなさそうだけど、唯一無二の歌姫って感じで……
「……早くライブやらないかな」
「だよなー。当たったけど、三月のライブは席が遠いからなー」
「あぁー、もっと前の方で見たかったけど、当たっただけマシだろ?」
「だなー」
抽選に当たるのも至難の技で、今更のように帝藝祭で毎年のように間近で見れたのは、幸運だったって思う。
同じ専攻で、もっと言えば同じ年じゃなかったら、話す事も、チケットを融通してくれる仲になる事も、無かっただろうから……
テレビに映る彼女は楽しそうに歌っている。変わらずに在り続ける歌声に、二人は釣られるように声を出していた。
同じキーでは、とてもじゃないけど歌えない。
でも、ハモる事は出来るし……water(s)の曲は歌いたくなる。
「あーー、ビール飲みたい……」
「正月明けたらな?」
「分かってるって」
枯れる訳にはいかないから、絶賛禁酒中で、こういう時は飲みたくなるけど……それほど苦じゃない。
「拓真、弾いてみるだろ?」
「勿論! ついでに合わせもな?」
「あぁー」
本番前の合わせがついでって言うのも変だけど、それくらい耳コピしたくて仕方がなくて、少しのオフの合間に弾いてた。
完璧なコピーは出来ないけど、やっぱ拓真と演るのは楽しくて、気づくと夕飯の時間になっていた。
散々練習して、景気づけに焼肉を食べる事になった。
今もシェアしたままの節約生活は続いてるけど、こういう自分へのご褒美は増えた。
好きな物を食って、好きな歌を歌って、好きな事をして毎日が過ぎていく。
勿論、全てが順調な訳でも、上手くいく事ばかりじゃ無いけど……それでも、良いんだって思える。
届かなかった夢が、俺達の現実になったんだから。
「拓真、ちゃんと野菜も食えよ?」
「潤は俺の母親か?」
「違うし! ほっとくと肉しか食わないじゃん! 柏木さんにも体調管理って、言われただろ?」
「はーい、分かってるって、潤ママ。」
「おい!」
軽口を言いつつも、ちゃんと野菜も食べる辺り、拓真の真面目さを窺い知ることが出来る。
身体が資本ってよく言うけど、俺達の仕事もそうだ。
風邪でもひいて喉が枯れたって思うと、それだけで怖くなるし、去年よりも更に気をつけるようになった。
忙しいなら尚更だ。
「次は、もっと疾走感のある曲にしたいよなー」
「あぁー、でも夏っぽくならないか?」
「そこはアレンジ次第だろ?」
「まぁーな。帰ったら、やってみるか?」
「だな!」
春っぽいと、しっとりというか……アンダンテ気味な曲が多いからな。
俺達の音だと、それだけじゃ耳に残らない。
思考を凝らして、出来る事を増やして、やっていくしかない。
「とりあえず、お疲れ」
「お疲れー」
烏龍茶で乾杯をして、また作曲を繰り返す。
どんなに眩い光に晒されたって、それしか道はないんだ。
 




