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第57話 花のようになりたくて

 「water(s)、新曲だって!」

 「わぁー! 綺麗なプロモ!」


 通り過ぎていく女子高生の会話に、つい数週間前に同じ反応をしていた事を思い出した。

 真っ白な世界に引き込まれるような映像が、駅前のスクリーンから流れている。


 「綺麗……今日発売ならCDショップ行ってみる?」

 「うん!」


 今の数秒の映像で惹かれる奴がいるなんて……人を魅せる吸引力の差だよな。


 発売日にファンの一人として買ったCDを手にして、仕上がったばかりのアルバムと向き合っていた。


 ーーーーーーーーあんなに……上手くいったと思ってたのにな……


 water(s)の新曲を初めて聴いた日から、若干のスランプがあった。完成したアルバムが霞んで見えるくらい、彼女のインパクトが強かったからだ。澄んだ高音を表情を変える事なく出していた映像が、事実だと知っていたからだ。


 「ーーーー完成したな」

 「あぁー……」


 ようやく一枚の音源になった。

 この瞬間は毎回嬉しいし、学生の頃に自作していた事を同時に想い出す。

 改めて聴いても、やっぱ……これが今の最大限だ。

 一瞬にして呑み込まれて、敵わないと思い知らされて、それでも紡いでいきたいとか……続けていきたいって思うから、そう思えるから仕方がない。


 「ーーーー良いアルバムに仕上がったよな?」

 「あぁー……」


 拓真の言う通りだ。

 良いアルバムに仕上がってた。

 それは事実だけど、まだ未熟な現実を突きつけられたみたいな状態から抜け出せないのも、事実だ。


 「それにしても、やっぱりwater(s)は凄いよなー」

 「そうだな……」


 毎回、同じような印象を受けて、凹んでる場合じゃない。

 俺達にしか作れないモノがあるって、信じてやっていくしかないんだ。


 「……何度聴いても、良い曲だよな」

 「だよなー」


 MVも解禁になって、ここに来るまでに散々見た。

 曲のタイトルに相応しい映像と、圧倒的な楽曲。

 いつだって、スタートラインに戻された気分になるけど……やっぱ良いよな。

 ファンクラブに入ってる奴が、周りに多いのも納得だ。

 どのくらいの奴が入会してるんだろうな……ライブの倍率の高さからいって、相当な人数だと思うけど……


 「潤、行くぞー?」

 「あぁー」


 拓真に呼ばれ、立ち止まっていた事に気づく。


 「……明日は収録だったよな?」

 「そう、楽しみだなー」


 本当に楽しそうにする拓真に、彼も釣られるように微笑んでいた。


 音楽番組の収録っていっても、今回はいつもとは違う。

 演者が間近で聴いてるんだ。

 テレビで毎年のように見てきた場に……いるんだよな…………water(s)も出ていた番組で、彼等が映る度にテンションが上がってたっけ……

 会いたかったな……出来るなら、同じ場所に立って、実感したかったのが本音だ。

 近くに座るアイドルとか、他のバンドとか……業界の知り合いはwater(s)くらいで、他は交流がないけど、音楽番組で一緒になった事はある。

 テレビの中に迷い込んだみたいだな……


 隣に座っている拓真も同じ感覚のようだ。


 ……緊張はあるけど、それよりも興奮というか……間近で見れる楽しみの方が強いみたいだ。

 人前で歌う事には慣れてきたけど、目の前がいくらスポットライトを浴びてなくても、引力が強いのは分かる。

 そんな人達の中にいるなんて……やっぱ不思議だ。

 他のミュージシャンとのリハは上手くいったけど、本番はまた別物だ……


 胸中は戸惑いながらも、二人が奏でるギターと歌声は会場を温かく包んでいた。


 「……ありがとう」


 ステージ上で差し伸べられた手を握り返していた。


 大御所と呼ばれるような人とのコラボは、かなり消耗したけど……楽しかったんだ。


 はにかんで笑った潤に、彼も嬉しそうに微笑んでいた。

 

 行き先を告げたら、タクシーの中で二人して眠ってた。

 それくらい消耗が激しくて、心臓がやけに早く鳴っていた時間が終わったんだ。

 祭りの後の静けさのように、車内が静寂を保っていると、ラジオから懐かしい曲が聴こえていた。


 ーーーーーーーー上原の声だ…………


 目を瞑ったまま、潤はその音色に耳を傾けていた。思わず鼻歌を歌ってしまうくらい鳴っていたようだ。


 「ーーーー懐かしいな……」

 「ん? あぁー」

 「潤、歌ってたぞ?」

 「えっ……」


 恥ずかしくなって口をつぐんだ彼は、無意識に口ずさんでいたようだ。


 「……良い曲だよな」

 「あぁー」


 毎年のように流れる"雪の降る街に"……まだ遠いけど、こんな風に流れるようになったら、それは理想的な夢だ。


 日付けの変わる頃に家に着いた二人は、夕飯を口にする事なく眠りについていた。




 朝からキーボードの練習だ。

 ギターばかり弾いてると鈍ってしまうから、毎日のように……と、まではいかないけど、日々の練習は欠かせない。


 潤の弾くキーボードに合わせ、拓真はギターを弾いていた。


 新しい曲が浮かばない。

 世間的には、ようやくセカンドアルバムが出たばっかなんだけど……立ち止まる訳にはいかない。

 やっとリスナーが付いたのに、下手したら見放されるのは分かってる。


 「拓真、行くだろ?」

 「あぁー、ここまでやったらな?」

 「了解」


 最初の頃は発売日にタワレコに行ってたけど、それが出来なくなってきた。

 忙しいのは、それだけ仕事があるって事で、有り難い事だ。


 結局、家を出る頃は昼になっていた。

 ついでにランチしてから帰る事になりそうだ。


 ーーーーセカンドアルバムは……二位だった。

 オリコン初登場で、この順位は俺達にとっては快挙だ。

 大々的なポップとか、取りやすく展示してあって、感謝しかないけど……やっぱ目を引くよな……


 エンドレの近くには、彼等のニューシングルが置いてあった。そして、彼等のアルバムも勢揃いしていた。


 …………敵わないな……アルバム一位は、water(s)だ。

 シングルの首位獲得にともなって、アルバムの購入者も続出したらしい。


 展示してあった筈の最新アルバムは、欠品になっていた。


 試聴する奴は必ずと言っていい程、CDを手に取ってる。

 俺達のCDを手に取ってくれる人もいるけど……その差は歴然だ。

 ほんの五分程度で、この差なんだから……縮まる筈が無い。

 去年発売したアルバムに勝てなくても……悔しさよりも、羨望の眼差しが強くなるだけだ。

 全く悔しい訳じゃないけど、ここまでの差がついたら諦めてるつもりはなくても、比較にならないのが分かる。


 目の前に並ぶ彼等のCDを思わず手に取っていた。


 発売日に買って、散々聴いたのにな…………何度もリピートして、移動中とかにも聴いたりして……再生回数が分かったら、かなりやばいと思う。

 聴きすぎって言われそうだけど、飽きる気配は一ミリも無い。


 「お待たせー」

 「買えたのか?」

 「あぁー、潤にも貸すな?」

 「あぁー、ありがとな」


 拓真は目当てのCDを手にして嬉しそうだ。

 俺達が聴くのは基本的にwater(s)以外でも似てるから、お互いに欲しいやつを、どっちかが持ってる率が高い。


 「潤……また買う気か?」

 「ーーーーいや……」


 彼は無意識に手に取っていたようだ。指摘され初めて気づきCDを元に戻して、ラーメン屋に寄った。


 懐かしい味に、懐かしい曲が流れている。

 ラジオからも流れる彼等の曲に、聴き入りそうになるのを堪え、麺を啜っていた。


 「あーー、美味かった」

 「あぁー、ご馳走さま」


 学生の頃によく食べた慣れ親しんだ味に、揃って替え玉を頼んで仲良く完食だ。


 「久々にぶらついて帰るか?」

 「そうだなー。最近、家とスタジオの往復が多かったからなー」


 有り難い事だけど、外に出る事も大事だって、この間思い知ったからな。

 それに拓真と毎日のように一緒に行動してるけど、こういう息抜き的なのは久々だ。


 「冬服買いたい!」

 「唐突だな。いいけど……それで薄着なのか?」

 「あぁー、引っ越す時に結構捨てたからなー」

 「それは分かる。前はスーツだったから、ある意味楽だったしな」

 「そうそう」


 買い物をして帰る中、二人の頭上からまた曲が流れていた。


 ーーーーーー好きだ……


 「……良い声だな」

 「だよなー。さすが上原だな」

 「あぁー……」


 あんな風に歌えたら、あんな風に弾けたらって、何度となく願ってた。

 俺はhanaになりたかった…………water(s)になりたかったんだ。

 叶うはずのない願いだって事くらいは分かる。

 それでも、上原の音を聴くだけで……ひどく鳴って、一生言えないままでもいいって思えた。

 ずっと……憧れ続けていく事には変わりないから……


 「帰ったら、仕上げだなー」

 「あぁー……」


 拓真に頷いて、立ち止まりそうになるのを堪える。


 うっかりしてたら聴き入って、道路の真ん中で立ち止まりそうだ。

 それくらい惹き寄せられる。


 「……努力の出来る天才は、無敵だな」

 「潤にしては、良いキャッチフレーズじゃん!」

 「そこか?」

 「そこだろー?」


 water(s)が顔出しした時、出回ったキャッチコピーは、全て……事実だったな。

 エリート音楽集団water(s)

 秀才にして奇才の! ……とか、冗談のようなフレーズが山程あったけど、そのどれも当てはまってしまうから……それだけ、ポテンシャルが高いって事だ。


 「拓真、カラオケ行かないか?」

 「気が合うなー。俺も言おうと思ってた」


 二人して衝動を抑える事は出来なくて、デンモクの感動をそっちのけで歌っていた。


 側で感じられる距離に行きたい。

 ただ、それだけでいいから…………


 彼等の映像を見ながら、声を出していた。 

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