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第56話 重なった音色を

 短い社会人生活だったけど、濃厚な一年間だったよな……なんて思いながら、元同期に誘われた飲みの席に参加した。


 「石沢、お疲れ」

 「お疲れさまー、久しぶりだねー」


 メッセージのやり取りはしてたけど、実際に会うのは退社して以来だ。


 「樋口は、何もしてないの?」

 「何もって?」

 「帽子とかサングラスとかの変装的な?」

 「石沢……こんな夜に、そんなのしてたら怪しい奴じゃん」

 「そうなんだけどー……そういう所、変わってないよねー」

 「そんなに急に変わらないって。それに、拓真もしてないし」


 石沢とそんなやり取りをしていると、他のメンバーも続々と集まっていた。今日はいわゆる花金だ。


 音楽活動が本格的になってから、曜日感覚がなくなったんだよな…………もう週末なんて……早いよな。


 普段なら参加しない飲み会に参加したのは、煮詰まっていたからだ。


 拓真に気分転換でもして来いって言われたし、気分転換になるかはともかく、外に出るのは大事だって改めて思う。

 基本インドアに拍車がかかったみたいに家で作業を繰り返してたし、バイトも明後日で終わりだ。

 店長が送別会してくれるらしいけど、早かったな……あっという間に、進んでいった気がする。


 「樋口ー、久々ー」

 「あぁー、久しぶり」


 一年半以上振りに会う面子に、懐かしさを覚える潤の頭には、曲が鳴っていた。


 あーーーー、こんなメモも取れないような時に限って、フレーズが浮かぶ。

 懐かしさの滲むような曲か…………アレンジは毎回、試行錯誤の繰り返しで、それは今も続いてる。

 たまに岸本さんにヒントを貰ったりしながら、何とか形にしているって感じだ。


 「樋口ー、久しぶり。サイン欲しいんだけど……」

 「大野……買ってくれたんだな」

 「ファンになるって言ったじゃん。忘れたの?」

 「いや、そうだけどさ……」


 CDとサインペンを手渡されるとか……ちょっと前にもあったよな。


 「樋口ー、俺もー」 「私もー!」

 「あ、あぁー……」


 律儀に購入してくれた同期に頬を緩ませる。


 「……ありがとな」

 「次も楽しみにしてるからな」

 「あぁー」


 快く受け取ってサインを書く手は、滑らかに動いていた。


 購入してくれるなんて有り難い事だ。

 買わなくたって、ストリーミングとかで聴けるし、それが主流みたいなもんだ。


 「そういえば、今日ネットニュースになってたけど、water(s)の新曲出るらしいぞ?」

 「マジ?」

 「何だ、樋口知らなかったのか? 真っ先にチェックしてそうなのに」

 「あ、あぁー……新曲か……」

 「楽しみだよねー」


 隣に座ってた石沢は、相変わらず自分の事みたいに嬉しそうだ。


 「……早く、聴きたいな」

 「うん」


 最近、引きこもってたから……って言うのは言い訳でしかなくて、他を見る余裕がなかったからだ。

 首位を獲ってから……気にしないつもりでいても、プレッシャーを感じていたのかもしれない。

 それ以上のモノを作らないとって…………拓真が息抜きして来いって言う筈だよな。

 そんな余裕がなくなってた事すら、気づかなかったなんてな。


 その場で携帯で検索して、water(s)の新曲を探したけど、CMのたった数小節分しか見つけられなかった。


 「いい曲だよねー」

 「石沢は本当、water(s)好きだよなー」

 「きただって、ファンクラブ入ってるじゃん!」

 「まぁーな」


 流石、音楽関係の企業って感じだ。

 同期にも音大卒がいるから詳しい奴が多いし、ファンクラブに入ってる奴もいる。

 俺も未だに入ってるけど……退会する予定は無い。


 そのたった数小節分に魅せられて、飲み会の帰りは何度もリピートして聴いていた。


 「良いフレーズでも浮かんだか?」


 帰宅して直ぐ、拓真に言われて想い出した。

 そうだった……ちょうど良い感じのフレーズが浮かんだんだった。


 「……弾いてみてもいいか?」

 「あぁー」


 そう応えた拓真は準備万端って感じで、リビングにギターと楽譜を用意していた。


 「潤のが出来たら、俺のな?」

 「あぁー」


 アレンジも作曲も、一緒にやったり、やらなかったり、色々だ。

 その方がワンパターンにならないし、多彩な音って感じになるから、最近は作った方がそのままアレンジまで仕上げるパターンが多い。

 その時々によって、臨機応変に仕上げてたんだけど……アルバムの為に書き下ろす曲が、難航中だったんだ。


 気分転換になって、乾杯のビールだけで我慢した甲斐もあり頭はすっきりしていた。


 潤がギターを弾き語りする姿に、待ち望んでいた音色がしていたのだろう。拓真は頬を緩ませていた。


 「良い感じじゃん!」

 「あぁー、お待たせ」

 「じゃあ、次は俺な!」


 続けざまに響く拓真の音色に耳を傾ける。


 ーーーーーーーー拓真の音だな…………何て言うか……明るくて、ポップな感じだ。

 アップテンポが似合う、そんな曲だ。


 先程の拓真と同じように、今度は潤が頬を緩ませ、仕上がりを喜んでいた。




 「ありがとうございます」


 潤は閉店間際の客を見送った。


 これで、バイトも終わりだ。

 一年半以上、続けてたんだな……


 今更のように、プロとして食べていける算段がついたと実感していた。


 「店長、ありがとうございました」

 「エンドレの活躍、楽しみにしてるからな」

 「はい!」


 俺は本当……人脈に恵まれてたな。

 此処で働けて良かった…………ギターのメンテはある程度、出来るようになったし、たまにファンらしき人に声をかけられる事もあって、その度に実感してた。

 ENDLESS SKYで、音楽を続けていけてるんだって…………

 長年の夢は叶っても、まだ足りないモノだらけだ。

 でも、それでも……踠いてた日々が報われた気がしていたんだ。


 潤は乾杯の一杯で止め、山川の話に耳を傾けていた。


 「そうだぞ? あの風間かざま雄治ゆうじも来てたんだからな?」

 「凄いですね。レコードの音って、やっぱ良いですからね」

 「流石、樋口は分かってるなー」

 「俺も針を刺す瞬間、好きですよ」

 「あーー、分かる。ハマるよな?」

 「そうそう」


 拓真以上に音楽の趣味が合う奴はいないけど、こうして話してると、知らなかった知識が増えてくな。

 レコードプレイヤーを本気で買おうか迷ってるし、理想を追いかけたって良いんじゃないか? って、思える。

 無駄とか、無謀とか、そう切り捨てて進む事は出来るけど、それだけじゃダメなんだ。

 これ以上発展しないんじゃ、終わりは見えてくる。


 名曲に使われてるコードとか、手当たり次第試した時期は終わった。

 此処からは厳選して、より精査して残したい。

 それくらいの事をやっていかないと残らない。

 今は良くても、必ず終わりがやってくる事くらいは分かる。

 デビューしてから、そういうミュージシャンを嫌ってほど見てきた。

 割と……近い距離で見てきたから分かる。 

 残るのは、ほんの一握りだ。


 「ーーーー生き残れよ?」

 「はい!」


 敢えて告げた山川の言葉に、潤はその言葉の重さを知りながら、勢いよく応えてみせた。




 レコーディングマイクの前に立った潤は、真っ直ぐに前を見据えていた。


 これが……今ある俺の全てだ。

 最高値をいつだって塗り変えて、新しい音を生み出したい。

 色々試せて引きこもってた甲斐はあったし、飲み会や送別会に参加した甲斐もあった。

 その後は煮詰まる事なく仕上がったし、アップデート出来た筈だ。


 「……珍しく一発でいけたな」

 「はい……」


 岸本に応えた拓真は、何処か誇らしげな視線を潤に向けていた。


 「……潤は、凄い奴ですよ」

 「二人は本当、似てるよな」

 「そうですか?」

 「それ……JUNも言ってたぞ?」

 「ーーーーらしいですね」


 ブース越しの会話は届いていないが、同じような気持ちを抱えている事は潤にも分かっていた。互いを認め合っていたからこそ、此処までやって来れたのだから、それも当然の事だ。


 レコーディングを終え、深く息を吐き出していた。


 ーーーーーーーー終わった……今回は、上手くいった。

 気持ちを一定に保ったまま、毎回マイクの前に立つのは至難の技だ。

 リテイクを繰り返してきたけど、今回は納得のいく声が最初から出た。


 「潤、お疲れー」

 「……お疲れー」


 変わらずに声をかける拓真に救われて、また次の曲をレコーディングしていくんだ。

 勢いだけで走り抜けたファーストアルバムとは違って、地に足のついたような楽曲に、セカンドは仕上がってきてると思う。

 ちゃんと……これが、エンドレの曲なんだって、胸を張って言えるような音色になっている筈だ。


 早々と今日は解散になって、また明日もレコーディングだ。

 楽しみだけど、緊張もあるよな……


 「……楽しみだな」


 精一杯の強がりに拓真も笑顔で応えると、声に惹かれるように、頭上の液晶スクリーンの大画面を揃って見上げていた。


 「ーーーーやば……」

 「……あぁー……」


 慌ただしく人が行き来する喧騒の中、二人の耳には頭上から流れる音がやけにクリアに聴こえた。澄んだ声と真っ白な世界が広がった映像に、心を奪われていた。


 『ーーーー"白い世界"』


 そう告げた彼女は、一年間のブランクを感じさせない声をしていた。映像は彼女がアップに映り、微笑んで消える演出であった。


 「……綺麗だな」


 思わず本音が漏れた潤の視線の先には、誰も映っていない白い世界に、楽器とマイクスタンドだけが残されていた。

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