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第51話 存在意義を示せ

 苦しいくらいに鳴ってる。

 リハは上手くいったから……大丈夫だ。

 自分にそう言い聞かせて、拓真とステージに立っていた。


 ーーーーテレビの中にあった世界の中にいる。

 新人賞は俺達の他に三組いた。

 その中の一組だけが、最優秀新人賞に選ばれるんだ。

 見ているだけなのと、実際にステージに立つと……やっぱ違うな……


 今更のように、この世界に踏み入れた事に気づかされ飽きもせずに願う。


 届け……届け、届け、届け!!


 スポットライトを浴びながら、二人の絶妙なハーモニーが会場に響いた。時折り視線を通わせながら歌う姿は、あの頃から変わらないだろう。微かに笑みを浮かべ、力強い旋律が流れていた。


 この一年、目まぐるしい変化があった年だったけど……記録更新だな…………どのステージに立った時よりも、鳴ってた。

 今もバクバクと脈を打つのが分かるくらいだ。


 会場の椅子に腰掛けた二人は、次のグループに視線を移した。


 「ーーーー特徴のある歌声だな……」

 「あぁー……」


 男なのに出で立ちも、風貌も、女子のような感じで……ヴィジュアル的に、黄色い歓声が聞こえてきそうだ。

 いろんな奴がいるよな……俳優や声優だって、リリースする時代だ。

 俺達みたいな奴等は、それ以上の存在意義を示さなければ生き残れない。

 聴衆を味方につけてファンを獲得しなければ、俺達エンドレに明日はない。

 それくらいの事、分かってはいるんだ。


 次々と会場に響く受賞者の演奏の中に、彼等の音色が響く。


 ーーーーーーーー適わないよな……特別賞や作曲賞、編曲賞とか……複数の賞に名前が挙げられてるし。

 活動休止中の今も、それだけの事をwater(s)が今年もしてきたって事だ。


 water(s)を代表して、keiがリアルタイムで受賞の喜びを語っていた。


 変わらない口調に、直に会ったのが夢みたいで、想いだけが募っていった。

 また会いたい……今度は偶然じゃなくて、会える距離に立ちたい。


 「ーーーー今年の最優秀新人賞は、ENDLESS SKYです!」


 司会者から向けられる視線とスポットライトに、二人は驚いた様子だ。獲りたいという希望はあっても、実際の生音を聴いて現実を知ったのだろう。獲れるとは思っていなかったようだ。


 ーーーー嘘だろ……ドッキリじゃないよな……


 「……潤、行くぞ?」

 「あ、あぁー……」


 放心状態気味の潤は、再びステージに立っていた。


 water(s)も通ってきた道だ。

 そこに……俺達は立っているんだ……


 拓真を見ると、同じような表情をしていた。


 ギターを弾く手が、声が……震えそうになるのを堪えて、伝えたい事を歌ったんだ。

 俺達にしか出来ない音色を届けたい。

 性懲りもなく願って、吐き出すように歌って、隣にいる拓真に、会場にいる受賞者に、現実だと知った。


 二人が紡いだハーモニーに、大きな拍手が送られていた。


 鳴ってる……驚くくらい鳴ってて、今頃になって手が震えた。

 夢の一つが叶ったんだ……


 微かに安堵したような表情を浮かべた姿が、地上波で放送されているのだった。


 仕事だけど、ライブの感覚に近かった。

 終わったら気分も晴れて、拓真とまた飲んでる。

 最優秀新人賞を獲れなかったら、またヤケ酒になってたんだろうな……


 宅飲みをするテーブルの上には、変わらずに手製の料理が並んでいた。


 「乾杯!!」


 何度目だよ……って感じだけど、つい頬が緩んで酒が進みそうだ。


 「拓真、終わりにしただろ?」

 「分かってるって! 紅白だしなー」


 数日後に控える紅白歌合戦を前に、二人は乾杯をした一杯目で酒を止めていた。グラスにはコーラや麦茶が入っているが、変わらずに乾杯を繰り返していた。


 ーーーーーーーー紅白か……俺達は白組だ。

 water(s)がいたら紅組だから、上原とは別の組だ。

 いつか対戦してみたい……なんて思ってはみても、向こうにその気は無いんだろうな…………いつもの上原なら、楽しかったって言いそうだし。

 water(s)は誰も、誰かと比較してるイメージがない。

 俺はいつも比較してばかりだ。

 他者に憧れて、羨んで、無いもの強請りをして、自分自身に凹んで、見失って……その繰り返しで、少しも進歩してない。

 拓真の明るさに救われて、音楽仲間のエールに感謝して……此処まで、やって来たんだ。


 缶ビール一杯くらいでは酔わない二人は、またギターを奏でていた。




 年末に記録更新だ。

 毎年見てた紅白歌合戦の舞台に……立ってるんだ。

 司会者の女優さんとか審査員とか、そんな事を気にしてる余裕はない。

 ただ……ここにいる事自体が、不思議な感じで……ひどく鳴る。

 今まで色々経験してきたつもりだったけど……今年は、その経験値を上回る体験ばかりだ。


 照明が切り替わり、二人の出番となった。潤が隣に視線を移すと、拓真も同じような表情を浮かべていた。


 ーーーーーーーー叶ったような夢も、まだ途中だ。

 でも……それでも、今年の音楽活動が認められた気がして、泣きそうになった。


 実際に涙を流していないが、二人とも感動した様子でステージから見える景色を眺めていた。


 今までなら……こんなに周りが見えてなかった。

 演奏する事で手一杯で、他を気にする余裕なんてなくて、狂ったリズムに気づかない事もあった。

 岸本さんや関さん……俺達は、たくさんの人のおかげで、此処まで出来るようになったんだ。


 時折り視線を合わせる二人は、何処か楽しげな表情を浮かべていた。


 どうせ出演したからには、白組が勝って欲しい。

 負けず嫌いを発揮する訳じゃないけど、ここ数年は紅組が優勝だ。

 water(s)が出演してる間は、白組が勝った事がない。

 上原に言ったら「たまたまだけど、嬉しいよね」って、返された事があるけど……絶対、たまたま何かじゃない。

 少なくとも俺は、water(s)が居たから勝てたんだって思ってる。

 俺だけじゃなくて、拓真も……音楽仲間の反応は、同じだ。

 存在感のあるwater(s)の効果で、リスナーの心を動かしたんだ。

 今年は上原がいない……考えようによっては、チャンスだ。

 だって、勝てる気がしないし、俺自身も紅組に票を入れたくなる。


 発表の時を待つ二人は、気づかないうちにテレビ画面に映っていた。最優秀新人賞を受賞したENDLESS SKYは、一躍時の人となっていたのだ。


 会場のプラカードが白と赤に分かれていく。潤の手には力がこもっていた。無意識に拳を握る手は、緊張の為か汗をかいている。


 ーーーーさっきよりも……ある意味、緊張するな。

 初めての事ばかりの年だった。

 来年は、どんな年になるのか……


 「ーーーー今年の優勝は、白組です!!」


 トロフィーを受け取る演歌歌手に向けて、大きな拍手と歓声が送られ紙吹雪が舞う中、二人は小さく拳を合わせていた。

 

 年越し蕎麦を食べそこなって、少し仮眠をとったら、また歌えるんだ。

 water(s)がここ数年、番組の頭にカウントダウンライブをしてた。

 また憧れてた舞台の一つに立てるのは、嬉しいし、励みになるけど……


 「三時台かー……」

 「あぁー」


 思う事は同じみたいだ。

 トップバッターでも、最後の方でもなくて、人が寝静まる時間帯だ。

 勿論、観客はいるし、嬉しいんだけど……そこまでの実力って事だ。

 良い時間帯に呼ばれるように、存在感を示さないと、今年は……明日は、どうなるか分からない。

 そんな厳しい世界でも、世界の色を変える音色を生み出しているから、惹かれたんだ。


 「拓真、少し寝るだろ?」

 「んーー、目が冴えてるけどな」

 「分かるけど……」


 ……興奮の方が勝って、眠るのが惜しいくらいだ。


 「一応、タイマーかけとくから、おやすみー」

 「あぁー、おやすみ」


 二人して楽屋で横になっていた。

 頭は冴えているが、疲労は溜まっていたのだろう。二人ともタイマーが鳴るまで、熟睡していた。


 初めて立つ舞台は、さっきよりも観客との距離が近い。

 規模は違うけど、seasonsみたいな感覚だ。


 ENDLESS SKYが二曲披露すると、拍手に混ざる歓声があった。


 アイドルじゃないけど……有り難い事だよな……


 自分達に向けられた歓声に驚きながりも、二人は手を上げて応えていたが、楽屋に戻るなりまた横になっていた。


 「ーーーー終わったな」

 「だなー……」


 一日オーバー緊張しっぱなしだったから、気が抜けた感じだ。

 衣装のまま寝転んだ事に気づいて、慌てて私服に着替えた。


 ーーーーーーーー終わったんだな……だけど……


 「……今年もよろしくな」

 「あぁー、潤。よろしくなー」


 始発に乗り込むと、初詣を済ませた人達とすれ違う。


 「拓真、寄っていくか?」

 「あぁー、願掛けするか?」

 「そうだな」


 太陽の光が目に染みて、初詣の列に並んだ。

 数時間待ちの混雑が予想される中、スムーズに順番が回ってきた。


 手を勢いよく合わせて願う事は決まってる。

 今年も……残れるようにだ。

 また多くの奴がデビューしていく中で、今年も俺達の曲を聴いて貰えるか、使って貰えるかだ。

 それは当たり前じゃない。

 岸本さんやビギナーズラックもあって、デビューしてから怒涛の日々だった。

 今年はどんな年になるのか……


 潤が視線を移すと、拓真は熱心に祈っていた。


 ……そういえば、こうやってお参りするとか……久々だよな。

 昔は、最後まで祈ってた。

 願い事が多かったからだけど……集約すれば、今は一つだ。

 たった一つだ。

 存在意義を示して、生き残ってみせる。


 「潤、行くぞー」

 「あぁー」


 朝日に向かって歩き出した二人の背中には、変わらずにギターが背負ってあった。

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