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第50話 手探りなまま

 SNSはダイレクトだ。

 良い事も、悪い事も、嫌になるくらい情報が入ってくる。

 極力見ないようにしてるから、エゴサーチなんて絶対にしないけど……評価は嫌でも分かる。

 阿部や金子に石沢も……今も繋がっている音楽仲間からは、メッセージが届いた。

 あんまり親しくなかった奴等からも来るのは、面倒だけど、高校の時の岩田と千葉から連絡が来た時は……正直、嬉しかった。


 『おめでとう!!』 『すごいじゃん!!』

 『聴いた! めっちゃ良かった!!』

 『CD買ったよー』

 『セカンドの曲も良かったぞー』


 仲良い奴からのメッセージは、どれも嬉しかったけど……一番鳴ったのは、やっぱ上原で、water(s)だった。


 『エンドレの本格始動おめでとう!!』


 その短い文に、込められた想いは分かった。

 俺達の音が届いたんだって……そう思うと、また音が鳴ってた。

 鳴り響いて、また残せるようになりたいって……


 「……拓真、ここは?」

 「あーー、コード変えるか?」

 「だよな……もうちょい、走っても良さそうだよな?」

 「じゃあ、このくらいでやってみるとか?」


 サクサクと話が進むのは、上手くいってる証拠だ。

 抜け出せない道に迷い込んだりしなければ、大丈夫だ。


 そう言い聞かせて、拓真に合わせギターに触れる。


 本格始動って言ってくれた上原の……water(s)の言う通り、ようやく俺達の音を出す事が出来た。

 やっとだ……売り上げ的には、デビュー曲の方がじりじりと順位を伸ばしてるみたいだけど、俺達にとっては、此処からだ。

 これからが本当の勝負だ。

 岸本さんの名前がなくても、手を取り続けて貰えるか……


 潤が携帯電話に視線を移すと、またメッセージが届いていた。


 「……拓真」

 「んーー、どうかしたのか? 少し休憩だろ?」

 「いや……金子達から、連絡来てたな」

 「うん、それがどうか……」


 拓真の視線の先にも、携帯電話があった。


 「……どうかしたか?」


 今度は潤が尋ねた。


 「……上原がセカンドの方が……エンドレっぽくて、好きだってさ」

 「俺にも来てた」


 同じような内容のメッセージに、二人は顔を見合わせ、笑い合っていた。


 一人ずつに送るとか、音楽仲間は律儀な奴が多いよな…………それにしても……知らない筈なのに、分かるなんて……


 「本当、羨ましい限りだなー」

 「あぁー」


 拓真の気持ちは分かる。

 耳の良さが単純に羨ましいし、そこまで聴き分けられる奴は、そうはいない。


 休憩だった筈が返信をして、学生の頃に戻った感覚に引き戻されていた。


 「樋口くん、お疲れさま」

 「店長、お疲れさまです」


 バイトは今も続けてる。

 軌道に乗るまでは、音楽とバイトの両立の日々だ。

 閉店の時間になり名札を外していると、山川やまかわに声をかけられた。


 「これに、サイン貰えるか?」


 声にならず、無言のままCDを見つめる潤に、山川は笑みを浮かべていた。


 「ーーーー店長……ありがとうございます」

 「僕はセカンドの方が、樋口くんっぽいって思ったなー」

 「俺っぽいですか?」

 「あぁー、自覚ないのか?」

 「はい……」


 そういえば……上原も、エンドレらしいって言ってたっけ…………作ってる俺達に自覚はないけど、そうだよな……俺達が作ってるんだから、何処かにらしさが残っていても不思議じゃない。

 でも……店長にまで分かるとか……それだけ店長が音楽に精通してるのもあるんだろうけど、単調って事もあるんだろうな……

 穏やかな曲調のメジャーキーで、拓真とのギターと、声の掛け合いがエンドレの強みだ。

 それは俺自身も自覚してるし、分かってはいるけど……そればっかりになったら、リスナーは続かない。

 毎回違うアレンジになるように、考えてきたつもりだったけど……一度で定まらない。

 修正が必要になる筈だ……


 暗くなる思いを打ち消すように、初めてCDに書いたサインは、斜めになっていた。


 JUNか……そう呼ばれる度、エンドレになったんだって実感してた。

 名前で呼ばれると、また頑張ろうって思えたりして……


 「……ありがとうございます」

 「それはこっちの台詞だろ?」


 山川は受け取ったCDを、レジの目立つスペースに飾っていた。


 ーーーーやっぱ、お礼を言うのは俺の方だ…………

 デビューして間もない俺達のCDを飾って貰えるなんて……それだけで鳴るし、有り難いって思う。


 ENDLESS SKYと同じ並びには、色紙に書かれた彼等のサインが変わらずに飾ってあった。


 俺が高校生の頃か…………


 サインに書かれた日付で、デビューして一年も経っていない彼等だと分かった。


 …………今も変わらずに、続けていける実力のあるwater(s)に、羨む気持ちは常にある。

 俺にはないモノばかりだ……


 「サイン、気になるか?」

 「はい……まだ十代だった頃のサインですよね?」

 「そう、miyaは中学の頃から来てたらしいからな」

 「店長のお父さんが、書いて貰ったんでしたっけ?」

 「あぁー……ある意味、家宝だな」


 そう応えた山川は、何処か懐かしむような表情を浮かべていた。


 「……あのwater(s)ですら、紆余曲折あったらしいから、エンドレはこれからだな」

 「はい……」


 そう……これからだ。

 まだ始まったばかりで、本当の評価は来年だ。

 次の年も残れるか、音楽を続けていられるか、バイトを辞めても生きていけるか……これからなんだ。


 電車に乗り込んだ潤は、変わらずに彼等の曲を耳にしながら、歌いたくなる衝動を抑えているのだった。




 「マジか!!」


 思わず声を上げたのは拓真だ。潤も驚いた表情を柏木に向けていた。


 「TAKUMA、マジだよ。レコ大と紅白、どっちも出場だからね?」

 『ーーーーはい……』


 冷静になったかのように、いつもの敬語で応えているが、二人とも興奮したままだ。


 ーーーーーーーーマジか…………レコ大の新人賞は、その年にデビューした奴しか選ばれない。

 それに、ノミネートされたなんて……夢みたいだ。


 「潤、やったな……」

 「あぁー……」


 単純に嬉しくて、思わず抱き合う。

 正確には拓真に抱きつかれて、現実だと知った感じだろう。


 water(s)が通ってきた軌跡だ。

 レコ大で最優秀新人賞を受賞して以来、立て続けに大賞を受賞するから、殿堂入りしそうだって話だし。

 紅白もデビューした年から、欠かさずに出場してた…………今年は、上原の育休で不参加らしいけど、凄いよな……

 実力が無ければ、呼ばれもしない。

 聴衆に人気がなければ、選ばれる事もない。


 「ーーーー嬉しいな……」

 「だよな!!」


 少し……ほんの少しでも、認められたって事だ。

 悩んで生み出したかいがあった……


 「取り敢えず、体調管理はしっかりね」

 『はい!!』


 揃って応える姿に、出会った頃と変わらないと感じる柏木がいた。根本的な部分は、彼等も変わっていないのだ。


 「拓真、久々に外で食べてくだろ?」

 「やった! そうこなくっちゃな!」


 節約生活を続けている二人は、久しぶりに外食をして帰宅する事になった。


 「ーーーー何が起こるか、分からないよな……」


 夜空を見上げ、そう呟いた潤に、拓真も頷く。


 「だよな……何が起こるか……」


 想い出すのは、拓真と出会った日の事。

 同じ大学で学んで、上原とも知り合えた。

 不思議だ……遠くの席から見ている存在だったwater(s)と、話せるようになるなんて…………


 手探りの状態が続いていたけど報われた気がして、家に着くなりビールでまた乾杯をしていた。


 「楽しみだよなー」

 「あぁー……」


 楽しみだ……でも、不安は常に付きまとうから……楽しめるように在りたい。

 強がりの口先だけじゃなくて、ちゃんと……楽しみたいんだ。


 「拓真、頑張ろうな」

 「あぁー、勿論!」


 缶を寄せ合うと、鈍い音が響いた。

 ストリートで過ごした日々や、seasonsでライブをした事、二人は過去を振り返りながら、また音を生み出していた。

 



 酔っ払いの作った曲にしては、まともだった。

 ビール六杯くらいじゃ酔わないらしい。

 途中、難しい場所もあるけど……それが俺達の理想の音って事だ。


 「ここ、やっぱ変えるか?」

 「だよな……少し、練習してもいいか?」

 「そうだな。そしたら、練習するとして……もうすぐだなー」

 「あぁー……」


 ついこの間、テレビに出た。

 メディアは相変わらず苦手だけど、プロの生音を近くで聴けると思えば頑張れる。


 water(s)の音も間近で聴きたかった。

 ファンの一人として、憧れのままだ。

 ソロシンガーもいるけど、water(s)の影響からかバンドの出演者の方が多いみたいだ。

 俺達みたいに組んだ奴が、それだけいるって事だ。


 「もう一回」

 「了解」


 合わないなら、何度だって弾いて合わせてみせる。

 声が出ないなら、出るように鍛えていくしかない。

 続けていく事しか、俺には出来ないから……その唯一出来る事をして、最大限にもって行くしかないんだ。


 飽きもせずに練習に明け暮れて、本番の日が来るのを待ち遠しく感じた。


 「これからも続けて行くんだぞ?」

 「はい、ありがとうございました」


 きちんと一礼をする潤に、数時間前の拓真を重ねる関がいた。


 「二人は似てるよな……」

 「そうですか? 言われた事ないですけど……」

 「音楽に取り組む姿勢がな。生放送、頑張れよ?」

 「はい……」


 プレッシャーを感じてる場合じゃない。

 お膳立ては、十分過ぎるくらいして貰ったんだ。


 関指導のボイトレも終わりを迎え、潤は差し伸べられた手を握り返していた。


 「次も楽しみにしてるからな」

 「はい!」


 勢いよく応えて、また音楽の世界に入っていた。 

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