表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/110

第49話 追いかけて

 音楽の世界の仲間入りをしたみたいで、嬉しかったんだ。

 miyaが呼び止めてくれなかったら……佐々木さんと会う機会は、何十年後か先になっていたって思うから……


 「拓真、もう一回な?」

 「あぁー、勿論!」


 最終調整だ……って言っても、岸本さんに披露する前の最後の音合わせだ。

 人に聴いて貰う事が、こんなに緊張感があるって感じるのは久しぶりだ。


 初めてストリートで演奏した時のような感覚だ。


 話すように歌って、ギターを片手に楽しげな表情を浮かべていた。そこは、ずっと通っていたカラオケ店ではなくスタジオだ。


 ーーーー届いて欲しいって、いつも思ってる。

 あんなにカラオケ店の一室に、毎週のように通っていた日々が、ずっと昔の事みたいだ。

 まだ一年も経ってない。

 この世界に入って、一番変わった事かもしれないな……


 「いよいよだな……」

 「あぁー……」


 明日に備えて酒も飲まず、早めに就寝する二人がいた。


 ーーーーーーーーやばい……鳴ってる…………

 この間……miyaと会った時くらいに鳴ってる。


 ブースの向こう側には、岸本だけでなくENDLDSS SKYに携わっている数名のスタッフがいた。ボイストレーナーやアレンジャー、ギター指導者だ。彼等と一回り以上も歳が違う音楽家が揃っていた。


 「いつでも、いいぞ」


 岸本に促され、潤は拓真に視線を向けた。

 深く息を吐き出すと、彼も潤に視線を向け、それが合図になったかのように弾き始めた。


 今まで学んできた……集大成だ。

 俺達にとって、この曲は希望だ。

 迷いをmiyaが救い上げてくれたみたいに、俺達を支えてくれた光だ。


 光の指す方へ進みたい。

 誰もが抱くような理想と現実の葛藤も、今日の……この日の為にあったんだって、そう信じたい。


 拓真の顔を見てギターを弾いていたら、自然と力が抜けていた。

 ガチガチの緊張はなくて、ただ楽しくて……ずっとこんな時間が続けばいいのに……とか、また性懲りもなく願ってた。


 続けざまに奏でるハーモニーに、岸本は納得したような表情を浮かべた。彼等の緊張感のあった想いに反して、次に繋がっていた。


 五曲作ったうち……採用は二曲だ。

 そのままCDにしても良いって言って貰えて、肩の荷が下りた気がした。

 心の底から安堵して、採用が半分以下の現実をまた思い知らされた。

 アレンジャーに任せすれば、残りの三曲も合格ラインらしいけど……どうせなら、全部エンドレで作りたい。

 それは、ずっと思ってきた事だ。


 目の前に並ぶカレーライスを前に、二人揃って無言だ。


 ーーーーーーーー素直に喜べない。

 嬉しい気持ちはあるし、全てが採用されるとは思っていなかったけど…………一番気に入ってた曲が外されたのが、地味にくる。

 俺の拙い言葉やメロディーじゃ、ダメなんだって……


 「……拓真、練り直すだろ?」

 「勿論!! アレンジャーさんの事は尊敬してるし、それでもいいんだけどさ。このままじゃダメだろ?」

 「あぁー」


 そう、頼んだって良い曲に仕上がれば、それでいいんだけど……俺達は傲慢だから、全て二人で仕上げたい。

 どうせなら、最後の一音まで拘って……それこそ、miyaが言ってたように細部にまで……


 「……細部か」

 「あぁー、潤……俺も思った」


 突破口を見つけ、口にしたカレーはすっかり冷めていたが、二人はグラスを寄せ合うと、麦茶を勢いよく飲み干した。


 ーーーー繋がった……そう思えば、やっていける。

 ボツにならなかっただけ、マシだって事で……


 ギターとキーボードでアレンジを練り直し、また一日が終わろうとしていた。




 再提出をくらった曲を、また発表していた。


 この緊張感には慣れないし、上手くいかない事の方が多いけど……こうして、限られた人の中で演奏すると、今更のようにプロになったんだって実感するし、理想に近づいてる気がする。

 オリコン三十位って言われても、目の前の数字だけじゃ現実味がなくて……ショップに並んだCDで現実を知ったような感覚だ。


 思わず肩で息をする二人に、岸本は微笑んでいた。


 「よく……短期間で練り直してきたな」


 喉を鳴らす音が、やけに大きく聞こえた。


 「ーーーー合格だな」

 「よっしゃーー!!」


 ガッツポーズをして喜ぶ拓真と、無言のまま口が開いてしまう潤がいた。


 ーーーーーーーーやった……


 「潤、やったな!!」

 「あぁー……」


 肩を抱き寄せられ、その熱で現実だと分かった。

 エンドレの曲が生み出せた瞬間だった。


 バイトをしながらの音楽を続ける日々は、あっという間だ。

 一日二十四時間じゃ、とてもじゃないけど足りない。

 そう何度も思ってはみても、現実は二十四時間で平等だ。


 相変わらずのようにwater(s)の曲を聴いて、テンションを上げたまま向かったのは、スタジオだった。


 「おはようございます」

 「おはようJUN、練習してきたか?」

 「はい!」


 ボイトレのせきさん指導の元、声を出してると、上手くなった気がする。

 音程が安定してとれるようになった感じだ。


 「いい感じ。この調子なら、いつ生放送があっても大丈夫だな」

 「ーーーーはい」


 即答出来ない様子に、関が微笑む。


 「これだけ出来れば、教える事もないから……大丈夫だって」

 「……ありがとうございます」


 不安はぎる。

 だって、やっぱ聴衆の耳は正直だ。

 下手な奴の曲なんて聴きたくないし、よっぽど好きじゃないければCDなんて買わないし…………俺自身がそうだ。

 もう一度声を出した潤は、不安を払拭するように歌っていた。


 ボイトレをして、声の調子は万全だ。

 二度目になるレコーディングでも、やっぱ緊張してくる。

 いくら関さんが大丈夫だって、言ってくれたって、一発勝負が出来ないと、生放送に出る勇気なんてない。

 歌が好きで、音楽が好きで、憧れ続けたステージは、いくつもあるけど……そのどれも、今のままじゃ届かない気がした。

 案の定……6テイク目で、納得がいった。

 これが多いのか、少ないのかは分からないけど……これが生放送だったら無しだ。

 硬くなった声に凹む。

 拓真は俺よりも短いテイク数だったのにな…………そんな事、気にしたって仕方がないのは分かってる。


 結果的には、エンジニアの力を借りて一枚のCDに仕上がっていた。


 「ーーーーありがとうございます」


 思わず声が漏れた。

 それくらい完璧な仕上がりになっていた。

 俺が触れた事の無い機材に触れて、ミックスするエンジニアは凄いな…………この世界に入って、初めて知る事がまだある。

 あれだけ音楽を学んできたのに……一つのCDにするのに、たくさんの人の手が加わっていたんだ。


 岸本からの合格のサインに、二人はそっと胸を撫で下ろした。セカンドシングルの発売日に、生放送の音楽番組に出演する事が決まっている為、最終チェックが行われていた。


 「二人とも勘がいいな」

 『ありがとうございます!』

 「生放送もこの調子で頼むよ」

 『はい!』


 いつも通り素直に応える二人に、岸本は微笑んでいた。


 「リハーサルが朝から一組一時間かけて行われる事は、柏木から聞いてるな?」

 『はい……』

 「リハは練習じゃなくて、本番のように挑めよ? 次は呼んで貰えなくなるからな?」

 『はい!』


 態と告げた岸本の言葉を、二人は痛いくらいに分かっていた。


 その一瞬、一瞬が、俺達にとって勝負だ。

 どんなに良い曲に仕上がっても、リスナーがいなきゃ意味がない。

 それだと今までと変わらないし、趣味の延長線上のままだ。

 どんなに技術力を磨いたって、本番で力が出せなきゃ意味がない。

 それくらい厳しい世界だ……


 「……拓真、憧れてたステージの一つだな」

 「そうだな……潤、また……テレビの前で見てた番組に出れるんだなー」


 テンションが上がって、ハイタッチを交わした。

 発売日に合わせて音楽番組に出れるとか……幸運な事だ。

 限られたチャンスをモノにしたい。

 必ず……してみせる。


 肩を寄せ合い、家に帰るまでの僅かな時間も、歌いたい衝動を抑えていた。




 また慣れないジャケットの撮影を終えると、一枚のCDが完成していた。


 発売日にタワレコにいって、陳列するさまを見て、また……身が引き締まる想いがした。

 発売日に手に取ってくれる人に感謝だ。


 ちょうど二人の目の前で、CDを手に取った人がいた。学生服姿の彼女に、潤は高校生の頃を想い出していた。


 ーーーーwater(s)のCDが出る度、事前予約したりしてたっけ……懐かしいな……


 「……懐かしいな」

 「あぁー……」


 拓真も同じ事を思ってたみたいだ。

 ストリートで観客がほぼいなかった日々も、seasonsで演奏出来るようになった時や受験の時とか……思えばいつも、water(s)の曲を聴いてた。

 励ましてくれるような曲もあれば、春になると必ず聴きたくなる曲もある。

 その時の季節で、その時々の心情に合ったような曲に、何度も救われてきた。

 water(s)は、俺の一生のテーマソングだ。


 二人の前には何台ものカメラが回っている。リハーサルが始まる中、潤は拓真と視線を合わせると、真っ直ぐに見据えた。


 言葉を交わさなくても分かる。

 やる事は一つだ。

 それは、あの頃から変わらない。

 ずっと……抱き続けた夢だ。


 ギターの音色に合わせて声を出せば、二人の織りなす絶妙なハーモニーに、スタジオはENDLESS SKYの色に染まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ