第49話 追いかけて
音楽の世界の仲間入りをしたみたいで、嬉しかったんだ。
miyaが呼び止めてくれなかったら……佐々木さんと会う機会は、何十年後か先になっていたって思うから……
「拓真、もう一回な?」
「あぁー、勿論!」
最終調整だ……って言っても、岸本さんに披露する前の最後の音合わせだ。
人に聴いて貰う事が、こんなに緊張感があるって感じるのは久しぶりだ。
初めてストリートで演奏した時のような感覚だ。
話すように歌って、ギターを片手に楽しげな表情を浮かべていた。そこは、ずっと通っていたカラオケ店ではなくスタジオだ。
ーーーー届いて欲しいって、いつも思ってる。
あんなにカラオケ店の一室に、毎週のように通っていた日々が、ずっと昔の事みたいだ。
まだ一年も経ってない。
この世界に入って、一番変わった事かもしれないな……
「いよいよだな……」
「あぁー……」
明日に備えて酒も飲まず、早めに就寝する二人がいた。
ーーーーーーーーやばい……鳴ってる…………
この間……miyaと会った時くらいに鳴ってる。
ブースの向こう側には、岸本だけでなくENDLDSS SKYに携わっている数名のスタッフがいた。ボイストレーナーやアレンジャー、ギター指導者だ。彼等と一回り以上も歳が違う音楽家が揃っていた。
「いつでも、いいぞ」
岸本に促され、潤は拓真に視線を向けた。
深く息を吐き出すと、彼も潤に視線を向け、それが合図になったかのように弾き始めた。
今まで学んできた……集大成だ。
俺達にとって、この曲は希望だ。
迷いをmiyaが救い上げてくれたみたいに、俺達を支えてくれた光だ。
光の指す方へ進みたい。
誰もが抱くような理想と現実の葛藤も、今日の……この日の為にあったんだって、そう信じたい。
拓真の顔を見てギターを弾いていたら、自然と力が抜けていた。
ガチガチの緊張はなくて、ただ楽しくて……ずっとこんな時間が続けばいいのに……とか、また性懲りもなく願ってた。
続けざまに奏でるハーモニーに、岸本は納得したような表情を浮かべた。彼等の緊張感のあった想いに反して、次に繋がっていた。
五曲作ったうち……採用は二曲だ。
そのままCDにしても良いって言って貰えて、肩の荷が下りた気がした。
心の底から安堵して、採用が半分以下の現実をまた思い知らされた。
アレンジャーに任せすれば、残りの三曲も合格ラインらしいけど……どうせなら、全部エンドレで作りたい。
それは、ずっと思ってきた事だ。
目の前に並ぶカレーライスを前に、二人揃って無言だ。
ーーーーーーーー素直に喜べない。
嬉しい気持ちはあるし、全てが採用されるとは思っていなかったけど…………一番気に入ってた曲が外されたのが、地味にくる。
俺の拙い言葉やメロディーじゃ、ダメなんだって……
「……拓真、練り直すだろ?」
「勿論!! アレンジャーさんの事は尊敬してるし、それでもいいんだけどさ。このままじゃダメだろ?」
「あぁー」
そう、頼んだって良い曲に仕上がれば、それでいいんだけど……俺達は傲慢だから、全て二人で仕上げたい。
どうせなら、最後の一音まで拘って……それこそ、miyaが言ってたように細部にまで……
「……細部か」
「あぁー、潤……俺も思った」
突破口を見つけ、口にしたカレーはすっかり冷めていたが、二人はグラスを寄せ合うと、麦茶を勢いよく飲み干した。
ーーーー繋がった……そう思えば、やっていける。
ボツにならなかっただけ、マシだって事で……
ギターとキーボードでアレンジを練り直し、また一日が終わろうとしていた。
再提出をくらった曲を、また発表していた。
この緊張感には慣れないし、上手くいかない事の方が多いけど……こうして、限られた人の中で演奏すると、今更のようにプロになったんだって実感するし、理想に近づいてる気がする。
オリコン三十位って言われても、目の前の数字だけじゃ現実味がなくて……ショップに並んだCDで現実を知ったような感覚だ。
思わず肩で息をする二人に、岸本は微笑んでいた。
「よく……短期間で練り直してきたな」
喉を鳴らす音が、やけに大きく聞こえた。
「ーーーー合格だな」
「よっしゃーー!!」
ガッツポーズをして喜ぶ拓真と、無言のまま口が開いてしまう潤がいた。
ーーーーーーーーやった……
「潤、やったな!!」
「あぁー……」
肩を抱き寄せられ、その熱で現実だと分かった。
エンドレの曲が生み出せた瞬間だった。
バイトをしながらの音楽を続ける日々は、あっという間だ。
一日二十四時間じゃ、とてもじゃないけど足りない。
そう何度も思ってはみても、現実は二十四時間で平等だ。
相変わらずのようにwater(s)の曲を聴いて、テンションを上げたまま向かったのは、スタジオだった。
「おはようございます」
「おはようJUN、練習してきたか?」
「はい!」
ボイトレの関さん指導の元、声を出してると、上手くなった気がする。
音程が安定してとれるようになった感じだ。
「いい感じ。この調子なら、いつ生放送があっても大丈夫だな」
「ーーーーはい」
即答出来ない様子に、関が微笑む。
「これだけ出来れば、教える事もないから……大丈夫だって」
「……ありがとうございます」
不安は過ぎる。
だって、やっぱ聴衆の耳は正直だ。
下手な奴の曲なんて聴きたくないし、よっぽど好きじゃないければCDなんて買わないし…………俺自身がそうだ。
もう一度声を出した潤は、不安を払拭するように歌っていた。
ボイトレをして、声の調子は万全だ。
二度目になるレコーディングでも、やっぱ緊張してくる。
いくら関さんが大丈夫だって、言ってくれたって、一発勝負が出来ないと、生放送に出る勇気なんてない。
歌が好きで、音楽が好きで、憧れ続けたステージは、いくつもあるけど……そのどれも、今のままじゃ届かない気がした。
案の定……6テイク目で、納得がいった。
これが多いのか、少ないのかは分からないけど……これが生放送だったら無しだ。
硬くなった声に凹む。
拓真は俺よりも短いテイク数だったのにな…………そんな事、気にしたって仕方がないのは分かってる。
結果的には、エンジニアの力を借りて一枚のCDに仕上がっていた。
「ーーーーありがとうございます」
思わず声が漏れた。
それくらい完璧な仕上がりになっていた。
俺が触れた事の無い機材に触れて、ミックスするエンジニアは凄いな…………この世界に入って、初めて知る事がまだある。
あれだけ音楽を学んできたのに……一つのCDにするのに、たくさんの人の手が加わっていたんだ。
岸本からの合格のサインに、二人はそっと胸を撫で下ろした。セカンドシングルの発売日に、生放送の音楽番組に出演する事が決まっている為、最終チェックが行われていた。
「二人とも勘がいいな」
『ありがとうございます!』
「生放送もこの調子で頼むよ」
『はい!』
いつも通り素直に応える二人に、岸本は微笑んでいた。
「リハーサルが朝から一組一時間かけて行われる事は、柏木から聞いてるな?」
『はい……』
「リハは練習じゃなくて、本番のように挑めよ? 次は呼んで貰えなくなるからな?」
『はい!』
態と告げた岸本の言葉を、二人は痛いくらいに分かっていた。
その一瞬、一瞬が、俺達にとって勝負だ。
どんなに良い曲に仕上がっても、リスナーがいなきゃ意味がない。
それだと今までと変わらないし、趣味の延長線上のままだ。
どんなに技術力を磨いたって、本番で力が出せなきゃ意味がない。
それくらい厳しい世界だ……
「……拓真、憧れてたステージの一つだな」
「そうだな……潤、また……テレビの前で見てた番組に出れるんだなー」
テンションが上がって、ハイタッチを交わした。
発売日に合わせて音楽番組に出れるとか……幸運な事だ。
限られたチャンスをモノにしたい。
必ず……してみせる。
肩を寄せ合い、家に帰るまでの僅かな時間も、歌いたい衝動を抑えていた。
また慣れないジャケットの撮影を終えると、一枚のCDが完成していた。
発売日にタワレコにいって、陳列するさまを見て、また……身が引き締まる想いがした。
発売日に手に取ってくれる人に感謝だ。
ちょうど二人の目の前で、CDを手に取った人がいた。学生服姿の彼女に、潤は高校生の頃を想い出していた。
ーーーーwater(s)のCDが出る度、事前予約したりしてたっけ……懐かしいな……
「……懐かしいな」
「あぁー……」
拓真も同じ事を思ってたみたいだ。
ストリートで観客がほぼいなかった日々も、seasonsで演奏出来るようになった時や受験の時とか……思えばいつも、water(s)の曲を聴いてた。
励ましてくれるような曲もあれば、春になると必ず聴きたくなる曲もある。
その時の季節で、その時々の心情に合ったような曲に、何度も救われてきた。
water(s)は、俺の一生のテーマソングだ。
二人の前には何台ものカメラが回っている。リハーサルが始まる中、潤は拓真と視線を合わせると、真っ直ぐに見据えた。
言葉を交わさなくても分かる。
やる事は一つだ。
それは、あの頃から変わらない。
ずっと……抱き続けた夢だ。
ギターの音色に合わせて声を出せば、二人の織りなす絶妙なハーモニーに、スタジオはENDLESS SKYの色に染まっていた。
 




