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第5話 憧れの人は

 上原がボーカル? それに、ミヤ先輩がギター??


 文化祭の最後の演目は、予想していた教師による演奏ではなく、クラスメイトと拓真の一つ上の先輩が、舞台に立っていた。


 それは、拓真が確証を得た瞬間だった。


 miyaの声を合図に曲が流れると、客席は騒然となる。それは耳にした事のある音色が、目の前にいる五人から放たれているからだ。しかし、その騒然も彼女の歌声によって一瞬で消え去っていく。コピーバンドではなく、本物だという事が分かったからだ。彼女の高い声に、その音色に、会場は魅せられていた。


 「奏がhanaか……本当にいい音」 

 「うん……」 「すご……」

 「……上手い」


 友人が次々と呟く中、拓真は声にならなかった。


 デビューライブの時、もしかしたら……って思ったけど、本当に身近にいる奴がwater(s)だなんて思わないだろ?!

 やばい……あれだけピアノが弾けるのに、ボーカルって!

 なんだよ?! あの声!!

 特徴のある澄んだ声色に惹かれない奴がいるなら、教えて欲しい。

 CDと変わらない。

 むしろ、CDより良い。

 潤がいたら、感激してただろうな……

 本当に……上原がhanaで、ミヤ先輩がmiyaなんだ。


 まだ目の前の現実が信じられないようだ。拓真はただ五人の奏でる音色に、視線を逸らす事なく、耳を傾けていた。


 ーーーーこういう奴を……歌うために生まれてきたって、言うんだろうな……


 羨望の眼差しは拓真だけでなく、多数のクラスメイトが送っていた事だろう。

 音楽に精通している高校だからこその反応だ。アンコールの声が響いている。


 うわ……大学の講堂にいるって事、忘れそう。

 俺も声出しちゃってるけど、それくらいwater(s)のライブは凄くて、上原の歌が魅力的だった。


 会場を虜にした彼等はアンコールの声に応え、在校生の二人だけが舞台に顔を出すと、再び拍手と歓声が響いた。


 ーーーーやばい……うっかりすると、泣きそうになる。


 miyaのギターに乗せて、hanaが歌っている。


 なんて……楽しそうに歌うんだろう……


 心地よい旋律に、拓真は目を閉じて聴き入っていた。

 

 上原に聞きたい事が山程ある。

 ミヤ先輩が、あのkamiyaって事だろ?! 


 二年の教室では、上原にサインをねだるクラスメイトが多数いた。


 俺も便乗させて貰ったけど……まだ、夢みたいだ。

 だって……普通に話してる友達の一人って、どんな確率だよ?!

 目の前にいる上原とhanaが同一人物とは思えない。

 あんなに堂々と、人前で歌うようなタイプじゃないじゃん。

 それにピアノの腕前も、ピアノ専攻志望の事も知ってたから、てっきりピアニストになるのかと思ってた。

 ピアノ専攻だからって、必ずしもピアニストに慣れる訳じゃないけど、上原の実力からすれば、それも無理な事じゃないのに……


 miyaに連れられ、教室を出ていく彼女に、拓真は何も告げられず、ただ眺めていた。

 二人が去った教室は、water(s)の話題で持ちきりだ。


 音大生って噂は半分正解で、半分は不正解か。

 ミヤ先輩と上原は、まだ高校生じゃん!

 ってか、全員十代って公式発表してたって事は、他のメンバーは大学一年なのか!?


 「他のメンバーは、ここの音大生らしいよ?」

 「えっ?! 本当に?!」

 「酒井、食いつき良すぎ!」

 「だって、ライブ見に行くくらいファンなんだって!」

 「そういえば、奏が帝藝祭の時、知り合いがいるって言ってたよね?」

 「そうそう」


 ーーーーーーーー知り合い?

 もしかして……アンサンブルの?!

 さっきのライブはhanaとmiyaばっか見てたから、気づかなかったけど……もしかしたら、彼等がkeiケイakiアキに、hiroヒロだったのかもしれない。

 耳に残る音色は……俺が見た中では、それくらいしか浮かばない。

 あーーーーっ、何でもっと見ておかないんだよ! 俺!!

 でも、逆に言えば……それだけ上原とミヤ先輩が視線を集めてるって事だよな。

 在校生って事を抜きにしても、上原の声は魅力的だ。

 ファンじゃなくても、思わず立ち止まりたくなるような歌声だった。


 ーーーー羨ましい限りだな……


 拓真は複雑な感情だったが、マスメディアに出ていないwater(s)の正体が分かり、潤へメッセージを送っていた。



 「ん? 何だろ?」


 拓真より届いたメッセージには、『重大発表あり!』と、大袈裟に書かれている。


 重大発表って、曲が出来たのか?

 でも、それくらいなら……重大発表って言わないか……


 潤は至って冷静なようだ。返信すれば、拓真から直ぐに電話がかかってきていた。こうなる事は分かっていたのだろう。二人は、この数ヶ月でよく通うようになったカラオケ店で明日待ち合わせをする事になるのであった。




 「ーーーーんで、どうしたんだ?」


 元々、今週の日曜日は会う予定ではなかったから、昨日のラインで急遽、練習する事になったんだけど……拓真、何か顔がにやけてないか?

 ふふふと、変な笑いが今にも出てきそうだ。


 「確証が持てた。ここだけの話だけどな?」

 「あ、あぁー?」

 「hanaとmiyaは、友達と先輩だった!」

 「えっ?!」


 潤は大声を上げているが、カラオケ店の一室の為、問題はない。


 「本当に?!」

 「本当に! 俺も昨日の文化祭で驚いたとこ」

 「二人の本名は?!」

 「友達なのがhanaだな。上原うえはらかなで。で、miyaが一個上の先輩で、宮前みやまえ和也かずや先輩。通称ミヤ先輩で、上原とよく一緒にいるのは知ってたけど、まさかwater(s)とはな……」

 「他のメンバーは?」

 「他のメンバーはkeiはうちの高校出身らしいけど、三人とも帝東藝術大学音楽学部の一年生だってさ!」

 「すご! じゃあ、噂はあながち間違いじゃなかったのか!」

 「だな! 昨日のライブもめっちゃ良かった! スタンディングする奴もいたからなー」


 得意顔で話していた拓真の表情が一瞬、曇った事が分かった。


 「……俺も才能がほしかったなー」


 拓真の声は、あくまで明るいものだったが、その意味は十分に伝わっていた。


 同じ学年と先輩に、しかも知り合いで、あれだけの才能を持った人が身近にいるのか…………どうしたって、嫌でも自分と比べるよな。

 同じ夢を目指しているなら、尚更だ。

 憧れるって事は、自分にはないものを相手が持っているから……だからか……バンドが解散したのは……


 「……俺達なら、二人なら……近づけるだろ?」


 潤の言葉に我に返ったのか、拓真はにっと歯を出して笑顔をつくってみせた。


 「もちろん! 必ずな!!」


 二人で必ずプロになってみせる。


 その決意を新たに胸に刻んで、また音楽の世界へ落ちていく二人の姿があった。


 「なぁー、拓真」

 「ん?」


 さっきは興奮してて、聞き流してたけど……上原って確か…………


 練習を終え、いつもの冷静さが戻っていた。


 「上原さんって、確か……ピアノが上手いって言ってなかったか?」

 「そうだよ。初見のクオリティーやばかっただろ?」

 「あぁー。それで、あの声か……」

 「そう、あの声なんだよ。しかも、上原とミヤ先輩、付き合ってるらしいし」

 「そう……なんだ…………」

 「潤、どうかしたのか?」

 「いや……拓真の通ってる高校の凄さを思い知ってたとこ」

 「何だよ、それーー? 凄いのは、上原だけだって」

 「俺にとっては、拓真もだよ」

 「ーーーーありがとな……」


 今度は、ちゃんと拓真にも伝わったっぽい。

 そう……俺にとっては、その高校に通えるだけで羨ましい限りで、憧れの対象だ。

 それにしても、驚いたな……hanaとmiyaが……付き合ってるのか……


 先程の微妙な返しは、驚きと自身の気づかない所で胸が音を立てていたからだ。


 「ーーーー会いたいな……」

 「会えるだろ? 上原もミヤ先輩も帝藝受けるみたいだし。しかも、上原はピアノ専攻志望だぞ?」

 「そっか……それだけ弾けるなら、納得だな」

 「だよなー。俺も頑張らないとなー」

 「ピアノを?」

 「あぁー、両方!」

 「ーーーーそうだな……」


 そこは貪欲に言ってもいいよな。

 志望校の為にピアノも練習するけど、ギターや歌も負けない。

 同じくらい練習して、いつか本人に会いたい。

 聞いてみたい……hanaやmiyaから見た景色は、どう目に映っているのか?

 何処から、そのアイディアが浮かんでくるのか?

 water(s)についてなら、拓真と意気投合した日、一晩中語れるくらい彼等の音楽が好きだって思った。

 憧れてやまないmiyaに会いたいって、強く思ってたけど……同い年のhanaに会いたい。

 何となく拓真から見せて貰った動画が、hanaっぽいって感じてたけど、本人だったからなんて……誰も思わないよな。

 だって、あの完成度で同い年とか普通じゃないし。


 時刻は十八時前だが夏とは違い、外はすでに薄暗い。二人は楽器店に寄り、ギターを物色している。欲しいギターがあるからだ。


 「かっこいいなー」

 「あぁー」


 欲しいけど……とても今の俺が、買える値段じゃない。


 「試し弾きするかい?」

 「いいんですか?」

 「勿論、歓迎だよ」


 店員の気さくさに釣られ、二人とも嬉しそうにギターを弾いていく。


 うわっ……いい音……やばい、テンション上がるな。


 拓真ほど顔に出ていないが、潤のテンションも上がっていた。その弦の音色に魅せられていたのだ。


 いつか、こんな楽器を使って歌える人になりたい。

 まだ……スタートラインにすら、立てていないけど……いつかwater(s)を、あの太陽を、掴まえてみせる。


 夕暮れ時の肌寒さに、季節が移り変わっていく事を感じながら、変わらぬ願いを抱え、二人は明日も同じ場所で練習する事になるのであった。

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