第48話 星の見えない夜に
ーーーーーーーー結果は散々だった。
高望みしてた訳じゃないけど……何処かで、もっと高い順位を期待していたんだ。
「ENDLESS SKYで、今話題の"虹"」
司会者の曲紹介が終わると、二人はギターを片手に歌い始めた。深夜の音楽番組に初めての収録に参加していた。
この数ヶ月、初めての事ばかりだ。
今も付けてるイヤーモニターも、ジャケットやPVの撮影も。
今も……カメラの台数や照明の多さに、リハーサルで一度見たくらいじゃ慣れないし…………それに、此処にいる現実にも。
レンズ越しの潤と拓真は、楽しそうに歌っていた。
「……はい、OKです!」
『……ありがとうございました』
揃って一礼して、楽屋に戻っていった。
「……緊張した」
「あぁー、この数ヶ月で一気に年取った気がする」
拓真の言う通り、それほど気力を使っていた。
明日はバイトで生活費を稼がなくちゃならないし、歌える事は楽しくて、プロになったって実感があるけど…………まだ、全然だ。
「……デビュー曲……三十位か……」
「あんなに宣伝して貰ったのにな……」
気力を使い果たしたかのように、テーブルに揃って突っ伏している。
…………気落ちしてる場合じゃない。
俺達のプロとしての生活は、始まったばかりだ。
「……でも、やっと此処まで来たなー……」
「あぁー、ようやく同じステージに立てるようになった」
「帰ったら、唐揚げするだろ?」
「昨日、つけてたヤツな」
夫婦みたいな会話だけど、節約は大事だから出来る範囲で自炊は続けてる。
water(s)も出た事のある音楽番組か…………俺が今踏み入れたばかりの世界は、そういう世界だ。
ーーーーーーーー結果が全てだ。
来年も生き残りたいなら、残していくしかない。
それしかないんだ……
「次は、もっと上を目指そうな!」
「おーー!」
気落ちはしていても、ポジティブに言ってみた潤に、拓真も勢いよく応える。
また救われてるな……一人だったら、落ち込みようが半端じゃないし。
二人はギターを背負い、電車に乗り帰っていく。その道中も、良いフレーズが浮かんだのか携帯電話にメモを残す。通り過ぎていく景色に視線を向ければ、空には月が出ていた。
あの日……初めて、拓真と会った日に似てるな。
満月の日だって、欠けた日だってあるけど……上原の声が耳に響いた。
どんなに手が届かなくても、必死になって笑われたっていい。
それでも、掴みたい場所にいるんだ。
この歌が届いて欲しいと切実に願う、そんな俺自身に驚いた。
でも、それでも良いって思えたのは……拓真が、上原が……音楽仲間がいてくれたからだ。
CD購入の写メに感謝して、またバイトをして、そんな毎日の繰り返していた。
「お疲れー!」
拓真の勢いに押され、缶ビールで乾杯だ。
テーブルには揚げたばかりの唐揚げにサラダ、昨日の残りのおかずが並んでいる。
「ーーーー結果はあれだけど、順位がついて良かったよなー」
「あぁー」
確かにな……期待を込めたのは、water(s)の首位独占の状態じゃない時期だったからだ。
三十位だって、初めてにしては大健闘っていう奴もいるけど……あれだけの人が携わっているのに、その程度の結果かって、思う奴もいると思う。
俺にとっては断然後者だ。
岸本さんだけじゃない。
CDを一枚出すのに、たくさんの人が携わってくれてた。
それを肌で感じていたからこそ悔しい。
でも、これが俺の、俺達の精一杯の結果だ。
音楽について学んで、新しい発見があったのは、学生以来だった。
「それにしても、やっぱ上原は凄かったんだなー」
「そうだな……」
素直に……そう言える拓真が羨ましい。
上原が凄いのは、分かっていた筈だ。
首席で卒業するくらいのピアノの腕前なのに、歌わせたら他に知らない。
唯一無二の存在感に、呆れるくらい惹かれてて……
「別格だよなー……」
「あぁー……」
酔っ払ってるからじゃなくて、言葉数が少なくなる。
俺達は、ようやくスタートラインに立ったばかりだ。
そう自分自身に言い聞かせてはみても、water(s)の鮮烈なデビューシングルが忘れられない。
俺達、エンドレの元になった"終わりなき空へ"は、今も聴き続けてるし…………今、聴いても……鮮明で、心に響いて、離れない。
しかも……
「……デビュー曲から全て、water(s)アレンジだしな」
「だよなー。バンドメンバーの誰か一人が作った曲が多いけど、デビュー曲の作詞はwater(s)だったもんな……」
ーーーーーーーー羨ましい限りだ。
俺達が叶えたかったデビューとは違う現実も、バイトをしないと暮らしていけない生活も……実力不足って言えば、それまでだけど……まだ、まだ未熟なままなんだ。
このままじゃダメだって分かってる。
どうすれば生み出せるのか分からないまま、足踏みの状態が続いていた。二人にとっては、忘れてしまいたい思いなのだろう。空き缶だけが増えていく。
「ーーーー次も頑張ろうな?」
「あぁー、勿論!」
敢えて行った言葉に、拓真はいつものように笑ってみせた。
一瞬でも忘れられない。
そんな時は、一つもないんだ。
音楽好きの二人に忘れられる筈もなく、また曲の話になり、部屋にはギターの音色だけが響いていた。
順位を気にしすぎな二人の前に、気にしない様子の岸本がいた。彼はエンドレの結果に、満足とはいえないにしても、及第点といった感じのようだ。
「……次は、エンドレが書いてみるか?」
『は、はい!!』
揃って勢いよく応えるさまに、岸本は温かい視線を向けた。
「やる気があるのは、いい事だな。その勢いなら、何曲か出来そうか?」
『はい!!』
やばい……鳴ってる…………採用されるかは別にしても、チャンスを貰えたんだ。
『JUN、TAKUMA、楽しみにしてる』
彼が敢えて告げた言葉を、反芻させる潤がいた。
water(s)のmiyaは、憧れてやまない人だ。
いくら費やしても敵わない。
それくらいの現実は、分かってるつもりだ。
それでも……そう言って貰えるような、俺で……俺達、エンドレで在りたいと思う。
何度だって性懲りもなく願うのは、いつまでも続けていけるようになりたいって事だ。
上下を繰り返す順位に、一喜一憂してる場合じゃなくて……折れない強さが欲しい。
エンドレの音を響かせる為に、今まで演ってきたんだから……
「……拓真、やったな」
「あぁー……」
思いきりハイタッチを交わせば、心地よい音が響く。
「……やったな!!」
真っ暗闇に落とされたような現実に、光が差した気がした。
帰るなり、日付が変わるまで創作活動をして、また明日が来るのを願ってた。
一日、二十四時間じゃ足りない。
どうしようもない時間の長さに嘆きながら、一つの曲を仕上げていった。
バイト中もソワソワしてた。
拓真と早く音合わせをしたくて、堪らなくて……
潤は私服に着替えると、足早に駅へ向かった。
「ーーーーーーーーJUN?」
思わず振り返るが、振り返るまでもなく声で分かった。
「ーーーー先輩……」
「おめでとう、次も楽しみに待ってるよ」
「は、はい……」
「時間あるなら、少し付き合って?」
「はい!」
一瞬で、拓真の事が飛んでいた。
「あの……先輩、拓真も呼んでもいいですか?」
「勿論、構わないよ」
miyaが穏やかに微笑むと、潤は直ぐに電話をかけていた。
ここ一番で、一際鳴ってた。
初めてテレビに出た時よりもだ。
拓真と合流した彼等の目の前には、豪華なメンバーが揃っていた。
「ーーーー岸本さん……」
「おーー、二人ともお疲れさん」
俺が面識があるのは、miyaと岸本さん……keiの三人だけだけど、プロデューサーの佐々木さんだって直ぐに分かった。
この業界で知らない人はいないし、water(s)のデビュー当初から関わってきた人だから、俺達が知らない筈もない。
落ち着いた雰囲気の店内で、男四人の目立つ集団に潤と拓真も加わった。豪華な顔ぶれに、相方を呼んだ潤も、乗り気でやってきた拓真も、少し緊張した面持ちで、店内を流れるジャズの音色が聴こえていないようだ。
「miyaが言ってたエンドレかー」
「そうですよ。hanaの同級生ですから」
「また……上手い奴がいる年代だなー」
「昇さん、うちのエンドレは化けますよ?」
「譲二が言うなら、そうなんだろうな。hanaが楽しみにしてたらしいし」
「そうですね。今も楽しそうにしてますよ?」
「miya、奥さんは元気なの?」
「譲二さん……」 「奥さんって……」
「miyaもkeiも微妙な反応だなー……嫁だから、奥さんだろ?」
「まぁー、そうですけど……」
歯切れの悪いmiyaの代わりにkeiが応える。
「僕達の中では、妹っていうか……hanaは、hanaなんで……」
目の前の会話に入る事なく、二人はただ耳を傾けていた。
「JUNとTAKUMAは、hanaと同じ専攻だろ?」
「……そうですよ、岸本さん」
「どんな学生だったんだ?」
「譲二さん、そんな話はいいから」
「えーーっ、たまにはいいだろ? いい面子が揃ってるんだし」
「譲二さん……何でそんなに楽しそうなんですか?」
「いや……まさかmiyaが、二人を連れてくるとは思わなくてなー……」
「たまたまJUNを見かけたからね」
「はい、岸本さんがいるとは思わなかったですし……」
「二人とも……どうだ?」
言葉足らずだが、岸本に酒を勧められた訳ではない事は分かった。潤と拓真の前には、ビールが入ったグラスが置かれたままだ。
「ーーーーwater(s)には程遠かったです」
「えっ?」
「miya、こぼすよ?」
彼の傾けたグラスをkeiが元に戻した。
「…………光栄だけど、何で僕達?」
「音が違うからです」
即答した拓真に四人とも笑っていたけど……そう、音が違うんだ。
忘れられない音色がして、ずっと聴いていたくなる。
使い古された歌詞やコードが入った曲でも……water(s)がやれば、それはいつだって新しい。
「miya、嬉しそうだな?」
「kei、当たり前だろ? 俺達が意識してる細部まで分かってくれてる人は、少ないからな……」
「そうだな……」
「それは、それで別にいいんだけどな」
「water(s)らしいな」
「ですかねー……それより、佐々木さん! 俺達がお世話になってる佐々木昇さんだよ」
唐突なmiyaの紹介の仕方に、周囲から笑みが溢れる。
あぁー……miyaは、この為に声をかけてくれたのか…………いくら鈍い俺にでも分かる。
穏やかに微笑んだ彼に、潤も拓真も表情を崩した。
「俺達に……エンドレみたいなコアなファンがいてくれるから、今日までやって来れたって思うよ」
「miyaは興味ある事には、たらしだからなー」
「何ですか、それ……譲二さんには、言われたくないです」
目の前で繰り広げられる会話も、この場にいる事も、全てが夢のような現実だ。
『ーーーーENDLDSS SKYです。宜しくお願いします』
きちんと挨拶をする二人に、かつての彼等を重ねる佐々木がいた。
「よろしくね……譲二の扱いに困ったら、連絡して?」
「昇さん!」
それは、いつも見ていた岸本とは違い、潤がmiyaを慕う感覚に似ていた。緊張しながらも名刺を受け取る二人に、miyaは微笑んでいた。
「利益になる曲じゃないと……っていうのは、少なからずあるけど……俺達は、好き勝手やらせて貰ってるな」
「達って……ほぼ、miyaとhanaじゃないか?」
「そんな事……」
否定出来ないmiyaに、また笑みが溢れる。
コアなファンがいてくれればいいって奴もいるけど、それだけじゃダメなんだ……聴衆に受け入れられてこその、コアなファンだって思うから……
「……miya、ありがとうございます」
思い切って呼んでみたら、嬉しそうに笑ったのが分かった。
真っ暗闇に彷徨いそうになっていた二人を、一際強い光を放つ太陽が月を輝かせているように、夜空を照らしていた。
「ーーーー岸本さん、エンドレの音を聴いて下さい」
「あぁー、楽しみだな」
真っ直ぐに告げた言葉は、俺の宣言だった。
与えられたチャンスを必ずモノにしてみせる。
二人の気持ちが定まった様子に、miyaが追加の注文を促して、夜は更けていった。




