第47話 未来に繋げと
数日前に、あのステージにいる上原達から……メッセージ、貰ったんだよな…………
何処か夢見心地で、消えないようにスクショまでしていた。
「珍しい演出だな」
「あぁー、でも…凄いな……」
「いくら学生の頃に専攻してた楽器だからって、あんなに弾けるものじゃないよな?」
「あぁー、日頃から練習してなきゃ弾けないだろ」
アリーナ席にいる潤と拓真は、いつかは立ちたいと願い続けている舞台に、既に立ち続けている彼等へ何度目かになるか分からない羨望の眼差しを向けていた。
「……本当、アレンジはオケとかピアノもあるけど、凄いな……」
ーーーーーーーー他に……言葉が出てこない。
俺の言葉に、拓真も頷いてた。
water(s)の音は、最後の一音まで聴き入っていたくて……アンコールが響く中、ファンの一人として声を上げた。
「ーーーー遠いな」
目の前にいるwater(s)は、いつだって遠い。
いつだって現実を思い知らされる。
その度に、音楽に費やして……今の出来を比べないようにしていても、どの曲を聴いても惹かれて…………話すように歌う上原に、また鳴ってた。
water(s)が七周年って事は、拓真と組んでから……それだけ経ったって事だ。
あと少しで、なりたかったモノになれる。
それは届く距離まで来ていた。
また刺激を受けて、弾きたくなったり、歌いたくなったりするのは、変わらない。
学生の頃と同じだ。
water(s)は進化し続けてるけど、変わらないんだ。
いつだって、彼等の居場所が最前線で叫びそうになる。
ーーーーーーーー上手く言えないのも、変わらないな。
他に言いようがなくて……誰もいないステージを眺めていた。
「はい、OK」
「ありがとうございました」
ようやくレコーディングが終わった。
ブースから潤が出てくると、二人は揃ってプロデューサーに伝えた。
『岸本さん、ありがとうございました』
「はい、お疲れー。明日はオフだから、ゆっくり休んで」
『はい!』
「後の日程は、柏木に確認してくれ」
『はい!』
岸本はENDLESS SKYの収録を見届けると、他にも仕事があるらしくスタジオを後にした。
「二人ともお疲れさま」
「柏木さん、お疲れさまです」
「明後日は予定通りスタジオで撮影だから、遅れずにね」
『はい!』
俺達は、この春から同居をしている。
っていうのも、アルバイトをしつつ、音楽活動を続けているからだ。
これから、岸本譲二プロデュースによるCDが発売される事になってる。
有名プロデューサーが関わっているだけで、無名からデビューするよりも手に取って、聴いてもらえる確率は格段に上がるけど、それでも売れるかどうかは……今後の俺達次第だ。
岸本さんが今までにプロデュースしてきたミュージシャンは、現在も半数近くが音楽を続けているらしい。
実績が確かなのは、肌で痛いくらいに感じるから分かるけど……俺には、まだ分からない事だらけだ。
「岸本さん、忙しそうだな」
「あぁー」
岸本さんからは、「弾き方を変えろ」「表現力を身につけろ」等の指摘は一切ないけど、音に対しては敏感な上、妥協を許さない人だ。
デビュー曲は俺達の持ち歌じゃなくて、岸本さんが作詞作曲したモノで、その綺麗な旋律に、否定する理由も、歌わない理由もなかった。
俺達の音を生かしたような曲に仕上がっていたから、文句のつけようもない。
そもそも、そんな事が言える立場でもないけど……
「……かっこいい曲だよな」
「何か……分かってはいたけど、遠いなー」
朝から降っていた雨が上がり、晴れた空が顔を出していた。
「でも、いつか掴まえるだろ?」
「あぁー」
拓真は太陽を掴まえるような仕草をしていた。
ーーーーどんなに遠くても……
「拓真となら、大丈夫だって思ってるよ」
「だな……俺も! 必ず自分達の曲を披露出来るまでになるぞ?」
「あぁー、勿論!」
ハイタッチを交わして、ギターを背負った。
アルバイト先に向かう中、その表情は正社員で働いて迷いがあった頃よりも、晴れやかだった。
「ーーーー疲れた……」
「もう寝たい……」
「いや、一回だけ演るだろ?」
「だよなー」
慣れないバイトと音楽が両立の生活は、思っていた以上に大変だ。
だけど……それでも、やっぱ社員で働いて何となくでしか続けられなかった音楽活動よりも、ずっと良い。
今の方が何倍も良い。
そう思えるのは、レッスンをする毎に身についてきた歌唱法や演奏のレベルアップのおかげだって、つくづく思う。
エンドレの曲を認めて貰う事が、俺達の目下の目標だから、毎日の個人練習は欠かせない。
俺には、地道に反復練習していく事しか出来ないから…………デビュー曲を歌う度、思い知る。
どうやったら、俺は耳に残るメロディーを生み出せるんだろうって…………
一度聴いたら忘れられないような音色に、導かれるように弾き語りをすれば、二人の絶妙なハーモニーが響いていた。
顔が引きつる。
PVに映るミュージシャンや俳優を尊敬する…………やっぱ上原は凄かったんだなって、改めて実感させられた。
カメラや照明の多さに、ビビってる場合じゃないんだけど……
「潤、大丈夫か?」
「あ、あぁー……」
何とか拓真に応えて、改めてスタッフの多さを知った。
俺達がデビューするにあたって、これだけの人が動いてくれてるんだから……こんな所で、躓いてる場合じゃない。
「ふぅーーーー……」
深く息を吐き出して、カメラに視線を向けていった。
ジャケットもPVも、俺達には初めての事ばかりだ。
普通に順応してる拓真を尊敬するし、羨ましくも思う。
簡単にメイクをして貰うのも初めてだ。
画面に映る自分は、俺じゃないみたいで……エンドレのJUNなんだって思えた。
ーーーーーーーー拓真と……エンドレを組んで七年。
ようやく、夢が叶う時が来たんだ。
「二人とも、かっこよく映ってるよ」
柏木は嬉しそうに、仕上がったばかりのジャケットを見つめた。
『…………ありがとうございます……』
二人は顔を見合わせて応えると、改めて実感していた。
ーーーー柏木さんが拾ってくれなかったら……きっと、今も夢のままだ。
あれから一年も経ってないのに、もっと……ずっと前のような気さえするし、未だに信じられない事ばかりだ。
「ーーーー楽しいだろ?」
俺を見透かしたような言葉に頷く。
楽しくない筈がない。
これが、今の……俺達の現実なんだから…………
毎日、心が弾むような出来事が起こってる。
楽しくない筈がないけど、いつだって楽しめる心は欲しいと思う。
拓真に羨ましげな視線を向けていた。
「あと、少しだな……」
「あぁー……」
それ以上は言わなかったけど……拓真の言いたい事くらいは分かる。
あとはCD販売を待つだけになってて、理想としていた生活に近づいているからだ。
俺は自分の事で手一杯で、他を気にする余裕がなくなってた。
エンドレの活動も、バイトも、現状にいつも必死だ。
「拓真ー、行くぞ?」
「んーー、あと五分……」
「置いて行くからな?」
「行く! 行きます!!」
焦って起きた拓真は寝癖を整えると、潤の用意した朝食を食べた。
「潤、料理上手くなったよなー」
「そうか? ってか、早く食って行くぞ? 本当に置いて行くからな」
「分かったって!」
潤に置いて行かれる事なく、二人はタワレコに来ていた。
ーーーーーーーー感無量だ…………割と目立つ場所に、デビューシングル発売と書いたポップがあった。
ようやくだ…………あの日見上げた空の色も、空白だらけの夜も、その全てが今に繋がってる。
いつかあの太陽を掴まえるって、そう誓ったけど……実際は、まだ遠い。
ようやく同じ舞台に立ったばかりだ。
それでも、これが未来に繋がってるって思うから……此処からが俺達、ENDLDSS SKYの始まりだ。
「ーーーー拓真、買うのか?」
「うん……一つ、買いたくない?」
「あぁー……」
思わず写メを撮りたくなるくらい嬉しかった。
言葉にならないくらい胸にくるモノがあって、報われた気がした。
そう……全てが、叶った気がしていたんだ。
俺達のデビュー曲が発売した頃、water(s)はテレビで見かけなくなった。
石沢から回ってきたメッセージで、その理由は直ぐに分かった。
「ーーーー上原……出産したんだって」
「マジか……性別、聞いたか?」
急いでメッセージを読み直す。
「えーーっと、男女の双子だってさ」
「それで最近、テレビにも出てないし。CDも出してなかったのかー」
「あぁー、そうみたいだな」
CDを出してなくても、今もトップ10にランクインしてる曲はあるし、CMも流れてるから実感がない。
ーーーーでも、俺達のデビューをこの時期にしたのは、岸本さんの策略だと思う。
CDの売れない時代で、どれだけ売り上げを伸ばせるか……water(s)抜きで、どの程度まで行けるのか……それは、俺達も一番知りたかった事だ。
動画の再生数は右肩上がりらしいから、緊張しながらも頑張った甲斐があるし、目に見える数字を提示されると、実感が湧いてくる。
「それにしても……子供か……」
「拓真?」
「いや、俺にはまだ考えられないなーって思ってさ」
「あぁー……そうだな……」
堤さんとの付き合いが続いてる拓真でも考えられないんだから、俺には未知数だ。
「上原とミヤ先輩の子供だから、多才な子になりそうだよな」
「確かになー」
どんなに羨んでも……俺にはないモノだ。
多才にはなれないけど、せめて多彩な音楽を生み出していきたい。
一人じゃないから、此処までやって来れたんだ。
「拓真、ありがとな」
「何だよ、急に……」
「いや……今日も、頑張るかーー」
両手を大きく上げて伸びをしていた。
「だよなーー」
同じように伸びをする拓真と笑い合っていた。
本音は、周囲の反応を気にしていたけど……とりあえず、音楽仲間の上々な反応にほっとした。
二人の携帯電話には、たくさんのメッセージが届いていた。
ーーーーーーーーいつだって、そうだ。
自分では、上手く出来たつもりになってる場合もあるから……その確率は、だいぶ低くはなったけど……それも全て、続けてきた結果だ。
「潤、今日は外で食わない?」
「あぁー、久しぶりにラーメン、行くか?」
「そうこなくっちゃな!」
相方に感謝して、バイトに勤しんで、また明日が来るのを待ち遠しく感じた。
ラーメンを啜りながら、また音が鳴っていたんだ。
 




