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第42話 どんなに手を伸ばしても

 「あーーーーっ!!」


 思いっきり声を出した。

 カラオケ店の一室っていうのは言い訳で、声を出さずにはいられなかった。


 「オーディション、ダメだったな………」

 「はぁーーーー……練習不足か……」

 「あぁー……」


 敗因は痛いくらい分かってる。

 それでも勝負せずにはいられなくて、試してみずにはいられなかったんだ…………そう分かっていても、くるものはある。

 少ない練習の中で、最大限のモノに仕上げた自負があった。

 それくらいの出来じゃなきゃ、受けようなんて思わないし、いくら拓真の願いでも断ってた。


 結局、俺も拓真も……現実を甘くみてたって事だ。

 何処かで素人の配信よりも上手いとか、音大生だったってプライドが邪魔をしていたんだ。


 『はぁーーーーーーーー……』


 揃って思い切り溜息を吐いて歌った曲は、ストレス発散に相応しいアップテンポな曲ばかりだ。


 改めて自分達の送った音源を聴いてみると、声量が足りないのが浮き彫りになった。

 音源を送った時は、今の最大限のモノにしたつもりだった…………でも、実際は……つもりだっただけで、最大限には程遠い。

 ギターはともかく、声が出てないって……歌手にとって致命的だ。

 だけど……それだって、少し考えれば分かる事だ。

 今まで練習室で好き勝手に音を出せていた場所の確保が、また高校の頃みたく難しくて。

 少なくとも、高校の頃は歌う機会があったけど……社会人になってからは、減少していく一方だ。

 時間を作らないと、そんな機会なんて一生ないんじゃないかって、最近は特に……そう思うようになった。


 「拓真、ストレス発散したから、歌の練習しないか?」

 「だなー!」


 勢いよく応える拓真に、何度目かになるか分からないくらいに救われていた。


 ギターに合わせて声を出していく。

 まずは音程の確認からだ。

 ちゃんと歌えるって、こういう地道な所からだ。

 それが、上原の声の秘訣だって思う。

 いつも歌っているから、枯れないのか……練習を欠かさず行なっているからか、分からないけど……たぶんその両方なんだろうな…………


 久しぶりに声を出す事を意識した気がした。

 こんなんじゃダメだって悲観せず、拓真と顔を見合わせて笑ってしまった。

 そんな些細な事すら見えなくなるくらい、音楽から距離が空いていた事に気づかされていたんだ。


 「もう一回な!」

 「あぁー」


 数日後、何度もリピートした発声練習の成果に、思わずそのテンションの高いままで、拓真に促されるままに動画をアップした。

 顔出しはしてないけど、ちゃんと「エンドレ」って、ハッシュタグを付けて。

 それは確かに、今の俺達の最大限の音だった。




 今できる、最高の仕上がりになっていた動画の再生数は伸びてるらしい。

 拓真がチェックしてくれてるし、金子とか阿部からも「見たぞー」って、メッセージが届いてた。

 音楽仲間に聴かれるのって、やっぱ少し緊張が増すけど……有り難い事だよな。

 叶わない夢だってバカにせず、応援してくれてるんだから…………


 携帯電話に届くメッセージの中には、知らない人からも来る。

 SNSを使ってるから、ファンの子からもメッセージが届いたりして、拓真と手分けして返信したりしていた中に、本物が紛れていたんだ。


 「ーーーー本物か?」


 思わず声に出した。練習がひと段落つき、メールのチェックをしていた潤は、その内容を思わず二度見していた。それくらい信じられなかったのだ。


 「……拓真!」

 「んーー、潤どうしたー?」 

 「SNSで、レーベルからメッセージが来た!」

 「えっ?!」


 寝落ちしていた拓真も、ベッドから飛び起きる。


 「これ!」


 潤の携帯電話の画面には、レコード会社からのメッセージが届いていた。


 『ーーーーーーーーネット配信、拝聴させて頂きました。つきましては一度、社にお越し頂ければ幸いです。連絡先はーー』


 オーディションに落ちて、二ヶ月くらい気落ちしていたのが嘘みたいだ……


 「……本物……だよな?」

 「あ、あぁー……」


 拓真とライブ終わりみたいなテンションの高さで、抱き合っていた。


 SNSは前からやってたけど、こんなの……初めてだ。

 声がかかった……それだけで、気持ちが高まる。

 そんな中、拓真と一緒に文章を考えて、返信していたんだ。




 俺達に連絡をくれた会社はウィンドレーベル。

 そんなに大手ではないけど、オリコンチャートトップ20に入るミュージシャンを輩出している。

 俺でも知ってるバンドが所属してるから、知名度は中の上って感じだ。


 あれから……直ぐに返信がきて、指定された場所に来たはいいんだけど……やばい。

 緊張感が半端ない。

 今までの……それこそ、入社試験の比じゃないくらい……


 「……緊張するな」

 「あぁー……」


 拓真に一言返すのがやっとの状態だ。

 極度の緊張なんて、久しぶりすぎて……早鐘のように鳴ってる。


 二人して有給休暇を取って、平日の昼間にウィンドレーベルを訪れていた。

 勿論、ギター持参で。

 曲を聴きたいと言われたから……だけじゃなくて、せっかく有給取ったんだから、練習しないと勿体ないって事で。


 受付にある電話の受話器を取ると、数日前に話した男性の声がした。


 「こんにちは。本日お約束していたENDLESS SKYの樋口と申しますが……」

 『はい、柏木かしわぎです。右手の扉から入って頂けますか?』

 「……はい」


 震える声を堪えるように、必死に声を出した。


 ライブで歌うよりも緊張するって……どんだけだよって感じだけど、隣にいる拓真も俺と同じような感じで、使い物にならなくなってる。


 とりあえず、いつものように息を吐き出してみた。


 「ーーーー行くか」

 「あぁー……」


 扉を開けると、いくつか机が並ぶオフィスのような作りになっていた。


 ゴクリと、喉を鳴らす音がやけに響いて聞こえた。

 緊張感のある中、フロアへ足を踏み入れると、小柄な男性が俺達を待っていた。

 柏木かしわぎ亮太郎りょうたろう、メッセージをくれて張本人だ。


 「はじめましてかな、柏木です。今日は来てくれてありがとう」

 『ありがとうございます』


 メッセージのやり取りは何度もしてきたけど、実際に会うのは初めてだ。

 柏木さんは、俺達の楽曲を気に入ってくれてるみたいで、好印象な反応にこっちが戸惑うくらいだった。


 「ーーーーそれで、弾いてみて貰えるかな? この間、アップしてた曲」

 『はい!』


 断る理由なんてない。

 聴いて貰えるなら、それだけで有り難いし。


 そのままスタジオに案内され、ギター片手に声を出した。

 拓真と視線を合わせて歌うのはいつもの事だけど、歌う場所が違うだけで萎縮しそうになる心を払拭するように声を出した。


 ーーーーーーーーちゃんと聴こえる。

 音が迷子になる事が無いくらいには、成長できてるって思いたい。

 何度だって歌うから、届いて欲しいと切実に願う。

 あの太陽を掴まえる約束をしたんだ。

 まるで、この曲みたいに……


 二人の織りなすメロディーに、柏木は耳を傾けていた。SNSよりも好印象のようだ。彼の頬が微かに緩んでいた。


 「ーーーーどうですか?」


 演奏が終わると、拓真が率直に尋ねていた。


 「ーーーー流石……音大生らしいって感じかな。とりあえず……ライブも見てから、今後を考えたいかな」

 「……ライブ、ですか?」

 「そう、君達がよく演るseasonsでの単独ライブ。話はそれからだ。どうかな? やってくれるか?」

 「勿論です!」

 「ぜひ、お願いします!」



 勢いよく応える二人に、柏木は笑っていた。


 ーーーーーーーー前のめりにだってなる。

 だって、ようやく掴んだチャンスだ。

 それに……seasonsでの単独ライブは、俺達の目標でもあるし、他の選択肢なんてない。


 『よろしくお願いします!』


 そこには、若々しい二人の姿があった。


 やる事は山程ある。

 だって、あれは褒め言葉じゃない。


 「潤……音大生らしいって、譜面に囚われすぎって事だよな?」

 「あぁー……たぶんな……」


 柏木さんの意図が全て分かる訳じゃないけど、個性が足りないって事だと俺達なりに解釈して、ライブの構成を考える。


 本番まで一ヶ月もない。

 与えられたチャンスを生かせなければ、また同じ日々の繰り返しだ。


 「難しいなー……俺達の良さって、ハーモニーとか?」

 「あぁー、そうだよな……ハーモニーとギターの弾き語り……曲順、こんな感じは?」


 コピー用紙に書き出した曲順を演奏していく。

 その繰り返しだ。

 限られた時間の中で、あの動画の時のように最大限を発揮できなければ、オーディションと同じ結果だ。

 そのくらいの現実は、分かってるつもりだ。


 軽い気持ちで練習するって思っていたけど……そんな余裕、今は何処にもない。

 今までのセットリストと比較して、今回のライブに向けて時間を費やした。

 気づくと外は暗くなっていて、久しぶりに大学生の時に戻った感覚になった。

 それくらい集中していたんだ。


 「んーー、リスト通り練習して、本番前に合わせだな」

 「んーー、よし! 行けるな!」


 同じように伸びをした拓真の気合の入る声に釣られて、頬が緩んだ。

 どんなに手を伸ばしても届かなかった距離が、一気に縮まろうとしていた。


 「本番、楽しみだな」


 敢えて口にした言葉に、拓真もいつもと変わらない笑顔で応えた。


 「勿論!」

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