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第41話 僕を置き去りにして

 曲が仕上がってテンションが上がってたから、忘れてたけど……体は正直っていうか、疲れてたみたいだ。

 ギターを弾いてたら、いつの間にか寝てて……あっという間に夜だ。

 土曜日は拓真と音合わせする事が多いけど、日曜日はその日によって変わる。

 それぞれ、練習する日もあるって事だ。


 「石川さん、確認お願いします」

 「流石、仕事が早いな」


 手早く書類のチェックを済ませると、間もなく定時だ。


 「樋口は今日、この後空いてるか?」

 「はい」


 今日は拓真が用があるから練習はないし、帰ったら聴きたい曲は山程あるけど……


 「じゃあ、参加な」

 「はい?」


 思わず疑問形で応えていた。


 「樋口くん、空になってるけど何飲みますか?」

 「ビールで」

 「頼みますね」

 「はい……」


 ーーーー合コンか……?

 大学の頃も飲み会に参加した事はあるけど、自発的にはない。

 殆どが拓真の付き添いだったし、他部署との交流って事で石沢も参加してるけど……相変わらず社交的な感じだ。


 「樋口、久しぶりー」

 「石沢、もう酔ってるのか?」

 「まさかー、このくらいなら大丈夫だよー」


 まともに話すのは、四月の二次会以来だ。

 営業と広報だと仕事内容も違うから、普段は接点ないしな。

 でも、正直助かった……知らない奴と話すのは、仕事だけで十分だ。


 「樋口も意外と分かりやすいよねー」

 「……顔に出てたか?」

 「少しだけね。最近は酒井と会ってるの?」

 「あぁー、金曜日の夜に練習する事が多いかな」

 「今日は?」

 「今日は予定ありだってさ。彼女とデートなんじゃないか?」

 「あーー、酒井は昔からモテてたからねー」

 「分かる気がする」


 懐かしい話に、学生に戻ったみたいだ。

 まだ一年も経ってないのに、毎日が目まぐるしく動いて、もっと……ずっと前の事みたいだ。


 「石川さんに連れられて来たみたいだったけど、気になる人いた?」

 「唐突だな……」

 「樋口は意外とモテるんだよ? 同期で人気だし」

 「まさか、気のせいだろ?」

 「……一緒で鈍いなぁー」

 「一緒?」

 「奏だよー。ある意味、天然でしょ?」

 「あぁー……」


 上原は周囲の視線に、ある意味鈍感だ。

 天然っていうより……音楽に全て費やしてるから、他が目に入ってないってイメージだけど…………

 久しぶり耳にする名前に、心が動く。

 区切りの付け方が分からないままだ。

 今まで……まともに、付き合ってこなかったツケだな。


 ーーーーーーーーまだ……そんな気になれない。


 石川に推され、流されるまま二次会に参加した。


 居酒屋を梯子してるんだけど、特に知り合いもいないし……帰りたい。

 石沢は上手いこと言って途中で抜けてるし、俺の周りの奴って、頭の回転早いんだよな。

 社交的な奴が多いし…………


 思わず吐きそうになった溜息を飲み込んで、石川の隣で飲んでいた。


 音楽の趣味が合うから、居心地が良すぎて……終わったあと「男と飲む趣味はない」って、酔っ払いながら抗議されたけど、俺達……新人の労いも込めた飲み会だったらしい。

 こういう人って、かっこいいよな…………男の俺から見ても、ミヤ先輩みたいに憧れる。


 「そういえば、樋口はwater(s)と同じ音大だろ? 学祭のライブ、毎年見てたのか?」

 「はい、四年間見ましたよ。豪華な藝祭でしたね」

 「いいよなー」


 そう漏らした石川をタクシーに詰め込んで、電車で帰る中、携帯電話に歌詞を打ち込む。


 憧れる人に対する想いが、詰まったようなメッセージソング。

 こんな風に曲が生まれるから、諦められない。

 いつまでもプロになりたいと、何度も……性懲りもなく願ってしまうんだ。


 その日は、明日が休みなのを言い訳にして、明け方まで音楽に費やした。

 上手くいった確信と、眩しすぎる朝日に、ギターを弾きながら口ずさんでいたんだ。

 



 「行くか!」

 「あぁー」


 拓真のいつもの元気な声に応えて、頭上から流れる音色に視線を移した。

 スクランブル交差点を渡る中、頭上にある大画面から、曲と共に彼女の姿が映っていた。化粧品のCMで、流れている曲は"eternity"。hanaが歌うwater(s)の曲だ。


 「……上原」

 「凄いな……」

 「あぁー」


 学生の頃からプロとして音楽活動を続けている上原は卒業後、メディアに出る機会が圧倒的に増えた。

 今まで出演のなかったCMやファッション雑誌が、いい例で……彼女の活躍を目にする度、感心する反面、嫉妬にかられる事もある。

 これが友人じゃなかったら、そんな想いすら抱かなかったんだろうな……世界が違いすぎて……


 「ーーーー上原って……本当、凄いよな……」

 「あぁー、よく難しいメロディーラインを簡単に歌うよな」

 「……羨ましい限りだな」


 先週の飲み会で、石川さんは俺を羨んでいたけど……それは、俺だけじゃない。

 プロを目指す奴なら、少なからず味わった事のある想いだ。

 学生から音楽活動していて、プロとして……バンドで食べていくって、どんな確率なんだろうな……


 「ーーーー久々だな」

 「あぁー」


 毎週金曜日の夜、seasonsでのライブを出来る限り行なっていた。

 久しぶりに立つ舞台は単独ライブじゃなくて、何組も出演する中の一組だ。

 控え室でスーツから衣装に着替えるって言っても、パンツはスラックスのままで、トップスが色違いのTシャツに、足元はスニーカーだ。


 ステージへ立つと、先程のバンドよりも観客の反応が良いみたいだ。

 単独ライブを演ってから、早くも七ヶ月が経った。

 そう……七ヶ月も経ってるのに、足踏みした状態が続いていた。

 

 『ありがとうございました!』


 二人が五曲を歌い終えると、今日一番の拍手が響く中、ステージに駆け寄るファンがいた。


 「TAKUMAくん、これ食べて下さい!」

 「JUNくん! 私も……」

 「これも!」


 差し入れを受け取る事にも、少しは慣れてきたけど……拓真ほど器用には笑えない。

 ストレートに好意を向けられると、どうしたらいいか分からなくなる。

 エンドレの曲を聴いて貰えるのは嬉しいけど、それ以上の感情はない。

 拓真も堤さんと付き合い始めてからは、自重してるみたいだし。

 聴いてくれる人がいるのは、有り難い事だって分かってはいるけど…………


 表情が暗くなるのには、他に理由があった。


 ーーーーーーーー社会人になって四ヶ月。

 金曜日にライブを行った後、拓真の家で反省会をして、土曜日から日曜日の昼くらいまで、曲作りや練習に充てる日もある。


 「お疲れー」 「お疲れ……」

 「……今日も人の入りは、まあまあだったな」

 「あぁー」


 単独ライブの時からSNSでの宣伝はしてるけど、ライブを見に来てくれてた友人は、俺達と同じように新社会人が多い。

 要するに、来てくれる機会が減ったんだ。

 俺自身、寝に帰るだけみたいな時期あったし。

 その上、毎週同じように練習出来る訳じゃないから、音の質だって落ちる。

 考えてみれば当然の事だ。

 学生の頃は毎日、何時間も触れていた。

 それこそ、休みの日なんて一日中って言ってもいいくらいに…………でも、毎日なんて不可能だし、スタジオを借りて販売用のCDをレコーディングをする事もあるけど……思った音が出せない。

 リテイクが、当たり前の日常になっていた。


 ーーーーーーーーだから……今日みたいな人達は、貴重なエンドレのファンで有り難いけど……思わず、溜息が出る。


 「はぁーー、学生と違って使えるお金は増えたけど、時間が足りないな」

 「だよなー。そういえば……オーディションどうなったかな?」

 「何個か応募したけど、そろそろ二ヶ月か……」


 ゴールデンウィーク期間中に、オーディションに応募していた。名前や生年月日等の簡単なプロフィール、顔写真と全身写真に音源の添付、その全てがインターネットから行えるものが、今の主流だ。


 便利な時代だよな……なんて感心しながらも、通常なら書類選考に通ったら、三ヶ月以内に連絡がある筈なんだけど、連絡はまだ来ていない。


 『また機会があったら教えてね。miyaも聞きたいって言ってたから』

 『本当に?! 絶対教える!』


 潤は、彼女との何気ない会話を想い浮かべていた。


 単独ライブを出来るように、もっと練習しないとな…………まだ……miyaに見せられるライブじゃない。

 聴いて貰えるような音じゃないんだ。

 

 頭上から流れる彼女の映像に、引き寄せられる。

 何度も、ここを通る度に見ている筈なのに……何度だって、立ち止まりたくなる。

 何で……そんな風に歌えるんだろう…………

 たまに……というか、最近よく思うんだ。

 プロになりたい夢は変わらないけど、いつまでこの夢を抱いたまま……やって行くんだろうって。

 まだスタート地点にも立てていない現実に、置いてけぼりを食らった気がして……


 「潤、信号変わるぞー!」

 「あぁー……」


 ……一人じゃないから、此処までやって来れたんだって、今更のように思う。

 俺だけだったら、もっと……早く諦めてた。

 願ったりも、していなかったんだろうな……


 「家に寄って行くだろ?」

 「あぁー!」


 今度は、勢いよく応えた。


 叶わない夢に嘆くよりも、叶うと信じて突き進む方が……ずっといいし、性に合ってる。


 微かな期待を抱いて、オーディションの結果が届くのを待っていた。出来るなら、良い結果であって欲しいと、願いながら。

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