第40話 ラブソングを君に
駅から程近い二次会会場のレストランに来ていた。
結婚式の二次会という事で、この数週間で慣れつつあるスーツ姿だ。
「……樋口潤です」
「樋口くんねー」
レストランの入り口で招待客のチェックが行われていて、受付には石沢がいた。
同じ会社でも、会うのは久しぶりだ。
「樋口、お疲れさまー」
「お疲れ、石沢」
「奏、綺麗だったよー」
「そっか、良かったな」
「うん!」
自分の事のように嬉しそうに応える石沢に手を振ると、会場の視線を集めている人達に気づいた。
ーーーーーーーー俺にも分かる。
water(s)のメンバーが揃っているからだ。
ミヤ先輩と上原は今日の主役だからいないけど、他のメンバーは飲み物を片手に、マイクスタンドの近くで腰掛けていた。
音楽関係者はいないっぽいから、何だか結婚式の二次会っていうより、同窓会の雰囲気だ。
潤の側には拓真に金子、阿部と、いつものピアノ専攻の男子メンバーが揃っている。程なくすると、森と大塚に、受付にいた石沢も合流し、カフェテリアに集まっていた面子が勢揃いしていた。
久々っていっても、一ヶ月近くだけど……もう一ヶ月、経つんだよな……
今も毎日のようにピアノに触れてるのは、教師になった森くらいだ。
洋楽が流れる中、今日の主役が登場した。
ミヤ先輩と上原だ……
「綺麗……」
「そうだな」
大塚が感動した様子で、二人を眺めていた。
阿部っちとの仲も、相変わらずみたいだ。
二人は並んで、宮前夫妻を祝福していた。
上原はミニ丈のウェディングドレスを着ていた。
石沢達から送られてきた結婚式の写真とは、また違うドレスみたいだ。
「司会がkeiとか……豪華だよなー」
「あぁー」
water(s)のリーダーであるkeiが、司会進行をメインで行っている。
本当、素敵な結婚式だったんだな…………
スクリーンに映し出される挙式や披露宴の映像に、幸せそうな彼女とmiyaが映っていた。今も二人は終始笑顔のまま、寄り添って話をしている。
二人に見惚れている中、余興が進んでいく。
何か……こっちまで幸せになるよな……
「あっ……当たった……」
「マジ?」
「あぁー」
受付で配られたビンゴゲームで、まさか揃うとは潤自身も思わなかったのだろう。驚いた様子のまま席を立ち、ゲーム機を受け取った手が微かに震える。
「樋口くん、今日は来てくれてありがとう」
「ミヤ先輩……上原、結婚おめでとうございます」
二人は笑顔だったけど、俺は久々に手に汗かいた。
久しぶりに間近で見た二人の存在感に、圧倒されて…………
miyaの手を握り返すと、奏者の手をしていた。ギター弾きの手だ。
「ーーーー楽しみにしてるよ」
「はい!」
そんな些細な事に、現実に戻された気がした。
いつまで経っても、アマのままだって事を。
「潤、運いいなー」
「あぁー」
ゲーム機よりも、ミヤ先輩の方が嬉しかった。
変わらずに、楽しみにしてくれている事に……憧れの人にそう言われて、頑張らない奴なんていないだろうし。
ーーーーまだ……まだ、頑張れるって思えた。
ゲストに向けてwater(s)の三人が、演奏を披露している。
ウェディングケーキも食べたし、これで結婚式の二次会は終わるみたいだ。
三人の演奏は、とても綺麗なアンサンブルだった。
これで、終わる筈だったと思う。
上原も驚いてたから……ミヤ先輩がタキシード姿のまま、三人に混ざってピアノを弾き始めた。
楽しそうに奏でる姿に、止める奴はいないよな。
俺も思わず手拍子してたし。
「奏!」
miyaがマイクを手渡した。彼女の反応を待たずに、曲が流れていく。ウェディングドレス姿のまま一曲歌っていた。
ーーーーやばいな……どんだけ弾けるんだよ。
それに、どんだけ練習してるんだよ?
ドレス姿の上原は、いつもと変わらず楽しそうだ。
その見事な演奏に、自然と拍手と歓声が沸き起こっていた。
「和也、キスしろよー!」
突然聞こえてきた声に、グラスに入っていたビールを零しそうになった。
「えっ?! 三井先輩!」
驚く彼女を他所に、miyaが抱き寄せていた。
「ん……」
潤の近くでは、森が写真を撮ってた。彼女だけでなく、あちこちからシャッター音がしている。
触れるだけのキスが終わると、上原の顔は真っ赤になっていた。
「ーーーー三井先輩……」
「hanaちゃん、無礼講でしょ?」
「奏、綺麗に撮れたよ」
「詩織ちゃんまでー!」
会場は笑顔で溢れていた。
「ミヤー、もう一回! キス、キス!」
突然のキスコールに、彼女は思わず後退りしているが、miyaがしっかりと抱き寄せていた。
「ご要望には、応えないとな?」
「誰も喜ばないよ! 酔っ払って…」
流石に写真は撮らなかったけど、嫁を溺愛するmiyaが公になった感じだ。
幸せそうな二人の姿に、傷ついたりはしてない。
むしろ……二人揃っているのが当たり前で、一緒にいない所は想像もつかない。
今なら、とっておきの甘いラブソングが描けそうだ。
それくらい幸せな時間が流れていた。
「素敵な式だったんだな」
「うん! 綺麗だったよねー」
「いいよねー」
次々と出てくる幸せな言葉に、また歌詞が浮かんでいた。
「潤、カラオケ行かないか?」
「行く」
拓真の誘いに乗らない選択肢はない。
さっきの演奏に、胸が弾んで……
「私も行きたい」
「んじゃ、みんなで行くか?」
上原は参加じゃないけど、ピアノ専攻の七人で遅くまで歌った。
俺と拓真が選ぶのは、彼等の曲ばかりだ。
「二人とも音楽活動続けてるんでしょ?」
「まぁーな、またオーディション受けたいからな」
「あぁー」
「仕事に練習って、ハードじゃないか?」
「まずは仕事に慣れないとな」
「だよなー」
学生じゃなくなるって、こういう所だよな。
給料はあるけど、時間が足りない。
今まで一日中って言っていいくらい音楽に充てていた時間が、週に二日充てられるか微妙は日々が続いてるから……
「そういえば、ウェディングソングで鉄板の"ブルースター"は、流れてなかったなー」
「思った。インストだったけど、洋楽がメインだったよな」
「そうそう」
会社とは違って、音楽に詳しい奴ばかりの中にいるのは、やっぱ楽しい。
俺にとっても……かけがえのない大切な時間だ。
何度目かになるか分からない乾杯をしながら、夜遅くまで歌い明かしていた。
想いつく言葉を携帯電話にメモしては組み立て直して、通勤時間の有効利用は学生の頃と変わらない。
イヤホンからは相変わらず、water(s)の曲が流れていた。
この間みたいに、生の音を聴く機会は減った。
学生の頃、ライブは勿論だけど……音楽ともっと近い距離感だった。
仕事は意外と順調で、月の目標は達成しそうだ。
「樋口、次これ頼むな」
「はい」
俺を指導してくれていた石川先輩のおかげで、一人での仕事にも慣れてきた。
先輩もwater(s)のファンらしくて、よくライブに行くって言ってたし、音楽の趣味が合う人が身近にいるのは有り難い。
音楽の話が出来るのは、正直嬉しいし。
まぁー、休憩中だけだけど……そんな会話すら懐かしく感じたりもする。
先輩が音大卒で、俺と同じような境遇っていうのもあるかもな。
平日は家に帰ったら食べて寝て、ギターに触れる気力も時間もない。
花金って世間で言われている通り、金曜日はテンションも上がる。
土日が休みなのもあるけど、拓真と演奏出来るからだ。
「彼女とのデートはいいのか?」って、何度か聞いた事はあるけど、拓真もエンドレが最優先事項みたいだ。
堤さんには申し訳ないけど、二人で練習する時間が週一でもあるのは有り難い。
「潤……曲、出来たんだな……」
「あぁー、一度演ってみていいか?」
「あぁー!」
拓真の前で一人で披露するのは、結構くる。
真剣な視線が伝わってくるから…………
一緒にやる時は心強いけど、耳が良い奴に音を聴かれる時……いつもよりも緊張感が増す。
それでも、このくらいで躓いたりはしない。
それくらいには、俺も慣れてきたって事だ。
ゆったりとしたテンポで弾き語りをする潤から放たれる音色は、何処か甘い香りを漂わせていた。
ーーーー好きになって良かった……そう思える恋にしたい。
俺はやっぱwater(s)が好きで、ミヤ先輩も好きなんだ。
変な意味じゃなくて、純粋に……その音に惹かれて、憧れてやまない。
これがあるから、止められない。
俺にとって一番でも、他人にとっては一番じゃないかもしれない。
ーーーーそれでも……拓真に披露したくなるくらい良い曲が出来たって、思える日があるから……続けていきたいって、何度だって思う。
その繰り返しだ。
弾き語りが終わると、拍手が聞こえてきた。
拓真が拍手してくれていたんだ。
「ーーーー良い曲になったな」
「……あぁー、アレンジは一緒に考えてくれるんだろ?」
「勿論!」
勢いよく応えた拓真に、何度目かになるか分からない程の刺激を受けて、曲を仕上げていく。
カラオケ店にこもって意見を出し合った結果、いつの間にか夜が明けていた。
「あーー、さすがに徹夜はきたなー」
「あぁー……」
生あくびをしながら浴びた朝日は、ぶっちゃけ目にしみたけど、久々に鳴ってた。
「んーーーー、また来週だな」
「だなーー」
大きく伸びをして、ライブの終わりのようにハイタッチを交わした。
始発が動き出したばかりの、人の疎なスクランブル交差点から、澄んだ歌声が聴こえてきた。
思わず見上げた大画面にはhanaが映っていた。




