第39話 辿り着いた答えは
「ーーーー良い音だな……」
思わず漏らした言葉に、拓真も頷いていた。
卒業生を代表して、壇上で演奏するのは上原だ。
要するに、彼女は首席で器楽科を卒業したって事だ。
miyaもそうだったけど、water(s)はやっぱ凄いよな……
少しくらい手を抜いたって、上原の実力なら試験をパスする事も出来るのに……そんな所は、一度も見た事がなかった。
この四年……バンド活動もしてるのに、成績は常にトップだった。
仮に上原がhanaじゃなかったとしても、いつかはプロになっていたと思う。
その澄んだ音色に、泣いている卒業生が多い。
そうだよな……俺にだってくるものがあるし、何よりも……
「上手いな……」
今度は、拓真がそう呟いていた。
艶やかな袴姿の上原は、会場の涙を誘うような演奏をしているのに、本人は楽しそうに弾いていた。
それが、少し微笑ましくもあった。
ホールの外は、卒業生や在校生等でごった返していた。
「酒井達も入ろうよー」
「今、行くー」
カフェテリアで集まっていた八人が揃うと、他の学科の人に写真を撮って貰っていた。
「ありがとうございます」
「いえ……」
上原がカメラを受け取り、去ろうとすると呼び止められていた。
知らない奴にも笑顔で対応とか凄いよな。
ツーショットとか羨ましいし……最後の最後まで、驚かされる。
「hana!」
通る声に校門へ視線を移すと、彼等が待っていた。
ミヤ先輩だけじゃなくて、water(s)のメンバー全員が揃っていた。
上原の卒業を誰よりも喜んでいるのは、先に卒業したメンバーなんだと思う。
本格的にwater(s)として活動していけるだろうし、ライブ好きな彼等に、やらない選択肢は無いだろうし……
迷わず彼等の元へ駆け寄る上原をただ眺めていた。
何だか……ライブの終わりのように抱き合ってるみたいだ。
実際の所どうかは知らないけど、それくらい胸にくるモノがあった。
「潤、寄っていくだろ?」
「あぁー」
いつものように応えた潤は、拓真と並んで通い慣れたカラオケ店へ向かうのだった。
卒業して、割と直ぐの三月二十八日。
東京ドームを拓真と二人で訪れていた。
ライブグッズには相変わらず長蛇の列が出来ていて、何とか買えたTシャツに、フェイスタオルを装備して、彼等が出て来るのを待っていた。
ーーーー鳴ってるのが分かる。
エンドレのライブもそうだけど、water(s)のライブの時はいつもそうだ。
胸が高鳴って、どんなステージになるのか楽しみで仕方がないんだ……
照明が暗くなると、ステージにプロジェクションマッピングが綺麗に映し出され、曲が流れていく。
……やば……歓声が凄い…………こんなの見せられても、嫉妬すら起こらない。
それくらい高みにいるんだと痛感させられる。
「……相変わらず、良い声で歌うよな」
「あぁー、卒業して直ぐなのに……凄いよな」
「いつでもコンディションが、整ってるんだろうな……」
潤は小さく頷いていたが、視線はステージに釘付けのままだ。
ーーーーーーーー拓真の言う通りだ。
これが、プロになるって事なんだ。
いつだって、今の一番を……最大限を発揮してる感じで……とても、追いつく事なんて出来ない。
ステージで歌う上原は、いつも楽しそうだ。
卒業式と変わらず、楽しんでいるのが分かる。
俺も……音を楽しみたい。
楽しめるようになりたい。
それには、やっぱ練習が必要で……諦めたりはしないけど、新社会人になるって事を改めて思い知った。
リズムが乱れる事も、ピッチを外す事もない彼女の心に響く歌声が会場を包んでいる。
『アンコール! アンコール! アンコール!!』
思わず叫んでしまう。
アンコールがあるのはライブでは鉄板だし、分かってはいても叫ばずにはいられない。
拓真も同じみたいで、声を張り上げていた。
いつものようにライブTシャツを着た五人が姿を現すと、観客から拍手と歓声が沸き起こった。それに応えるように演奏が始まり、会場に一体感が生まれている。
思わず……口ずさんでしまう。
hanaに促されるとか……そんなんじゃなくて、気づいたら歌ってた。
"夢見草"を俺達、観客も一緒に歌っていたんだ。
身体に染み渡っていくみたいだ。
卒業式に歌われるのも納得の楽曲。
これ以上のモノは無いんじゃないかってくらいに、今の季節に似合う曲になってる。
誰もいないステージに響く歓声と拍手に、驚いたりはしない。
だって、これはwater(s)にとっての当たり前だから…
「…やっぱ……好きだな……」
周囲の歓声に紛れながら呟いた言葉は、隣にいた拓真にも聞こえていない。
……これでいいんだ。
たとえ恋愛対象じゃなくなっても、きっと……ずっと憧れ続けると思う。
上原に……ミヤ先輩に…………俺の……俺達の目指す場所に、立ち続けてる彼等に……
メンバーと手を繋いで笑顔を見せる彼女は、誰よりも眩しく光り輝いてるみたいだった。
イヤホンを付けた潤はスーツ姿だ。
数日前のライブは、夢みたいな時間だった。
上手くいく保証はないけど、それは何をしていても同じだって思うようにして……深く息を吐き出して、挨拶をした。
俺が所属してるのは営業部門、石沢は広報って言ってたな。
入社式で会って以来、顔は合わせてない。
石沢がどうかは知らないけど、俺は仕事に慣れるのに必死だ。
幸い営業トークは、何とか先輩のおかげで馴染んできた所だ。
拓真だったら、即戦力になるんだろうな……何回目かになるか分からない溜息を堪えた。
上手くいかなかった時、余計にそう思う。
パソコンと向き合う潤は、今までの音楽漬けの毎日とは対照的な生活を送っていたが、彼との約束を果たしにライブハウスへ直行していた。
「はぁーーーー……」
「潤、溜息?」
「あぁー、仕事って大変なんだな」
「確かになー、しんどい事もあるよなー」
二人ともスーツからラフな私服に着替えていた。
「明日はのんびり出来るな」
「だなー」
昼近くまで寝る事なんて今までなかったけど、社会人になってからの休日は、そういう日もある。
大抵ライブは土曜か金曜の夜で、休日らしい休日は日曜日だけだ。
いつも音に触れていたのが、特別な時間だったんだって今更ながらに思う。
音大生ならではの四年間だったって……
「久々だから、緊張するな」
「あぁー……」
単独ライブをした日から四ヶ月近くが経った。
卒業発表とか試験とか、理由にならない。
きっと上原なら、このくらいの事そつなくこなすだろうし……他人と比べたって仕方がない事くらい分かってるけど、もっと上手くなりたい。
貪欲に何度でも、そう感じる。
プロからも認められるような音色が欲しい。
ないモノねだりな事くらい分かってる。
今も目の前にいる人に向けて、歌うだけで精一杯だ。
仕事も、エンドレの活動も、今の俺の精一杯だから……届いて欲しい。
聴いてくれる奴がいるだけじゃ足りないって、近頃強く思う。
試験前にエンドレの練習を控えているような、そんな毎日が続いてるから……
「……一人暮らししたいな」
片付けをしながら、すんなりと出た言葉に、拓真が反応を示した。彼も同じような想いを抱えていたのだろう。
「いいよなー、一人暮らし。俺もしたい」
「金が貯まったらな」
「だよなー」
今までバイトしていた分は、ギターとかエンドレの活動とかの費用に消えていった。
多少の蓄えはあるけど、微々たるもので……とても一人暮らしなんて、出来そうにない。
音楽にはそれなりにお金がかかるし。
都心じゃなければギリ行けるかもだけど、そうするとライブ会場とかの交通費がかかるし。
今の所、貯まったら家を出て自活してみたいって感じだ。
これでも下に夢と傑がいるから、簡単な料理なら出来る方だと思うし、味は保証しないけど……
「……やっぱ練習が必要だな」
「だよなー、ミスはないけど……音がなー」
「あぁー……」
新しい場所に慣れるのに必死で、ギターに触れるのは週末が殆どだった結果だ。
音色は率直だ。
僅かな違いに気づくのは、音大生ならではかもしれないけど……これから、どうするかな…………
この生活が始まったばかりの俺にとって、捨てられない夢と現実はいつもセットだ。
仕事にベクトルを傾けると、エンドレの練習が疎かになる。
今までは、練習室に残って出来た音合わせが出来ないし、帰宅するのは大抵八時近くて……防音設備の整ってない部屋での演奏は皆無だし。
電子ピアノはイヤホン付ければ出来るけど、そこまでして触れる気力は、今の所残ってない。
ーーーー言い訳にしかならないよな……どんな言葉を並べた所で、練習不足の結果だ。
「拓真……これから、練習出来るか?」
「勿論!」
ピースサインをしそうな勢いで応えた拓真に、思わず笑った。
考える事は同じだったみたいだ。
エンドレで在りたい世界に少しでも近づくには、練習するしかない。
地道にやって行くしかないんだ。
久しぶりにカラオケ店に寄って、散々歌いまくった。
勿論、ギターも弾きまくった。
ストレスを発散するかのように、出だしがおざなりだったのは認める。
拓真と合わせる機会が、少なくなっていた事に戸惑っていたんだ。
今更って思いながらも、二人の音が重なる瞬間があるから……止められない。
ーーーーーーーープロになりたいんだ。
強くなる想いを胸に抱きながら、拓真と夜遅くまで語り合った。
あの日、エンドレを結成した日みたいに。




