*番外編*声が聴きたくて
エンドレ拓真の恋のお話☆
第35話 帝藝祭での出来事
「ーーーー拓真……別れよう……」
「……分かった」
あーーーー、またか…………別れる理由は、大抵音楽に夢中になってる時。
付き合ったり、別れたりを繰り返してるけど、浮気した事は一度も無いし。
これでも、その時は大切に想ってるんだけど……足りないんだろうな…………追いかける事も出来ない。
「はぁーーーー……」
大きな溜息が漏れる。
ーーーー俺も、water(s)みたいに学生でデビューとかしてみたかった。
現実的じゃないって事は、分かってるけど……
彼の視線の先には、友人達と楽しそうに話す彼女の姿があった。
高校から知ってるけど、上原がwater(s)の絶対的なボーカルだ。
普段の彼女からは、想像もつかないような声で歌うんだ。
元から声が通る奴だと思ってたけど、それだけじゃなかったんだよな。
驚くべきは、そのポテンシャルの高さだ。
ピアノもあれだけ弾けるのに、衝撃的だった。
ギターまでって…………俺の方がギターを始めたのは早いと思うし、上原が弾かなくたって、バンドメンバーにはギタリストが二人もいるのにって…………
でも……それは浅はかだったって、今なら分かる。
色んな楽器が弾ければ、それだけ音の幅が広がるし…………何より、音が違うんだ。
惹かれない奴がいるなら、教えて欲しい。
恋愛的な感情じゃなくて、ただ単純に上原の創り出す音が楽しみで……期待せずにいられなくて…………潤が彼女に惚れた理由は、痛いくらいに分かる。
憧れずにはいられないんだ。
俺達は、プロになりたいんだから……
「拓真くん?」
「ん? どうかした?」
「ううん……」
最近、元カノの友人と会っている。
自分でもどうなんだ? って思うけど、あの日を見られたから……気にしてくれてるんだろうな。
高校の時から付き合ってた彼女と別れたのは、潤とのエンドレの活動が本格的になってきた頃。
潤はいい奴だから、『たまにはデートしたら?』って何度も言ってくれたけど……俺が無理だったんだ。
優先順位をつけるなら、どうしたって彼女よりエンドレを……音楽活動を一番に優先させてしまう。
こんな風に一緒に演っていけるのは、潤しかいないって思っているから。
ちょっと……堤も似てるんだよな…………自分の想いよりも相手を優先させる所とか。
だから、冷たくしてしまった事もある。
エンドレの貴重なファンをこんな事で無くしたくないし、結果は目に見えている。
音楽活動を優先させたら、別れる日が遠からず……必ず、やってくるって。
それなのにーー…………
今も彼女は俺の隣で、water(s)の最新曲を聴いている。
もっと早く、手放すべきだったのにな……
「拓真くん、ワンマン楽しみだね」
「……そうだな」
はっきりとしない俺を責めるでもなく、ただ側にいてくれるんだ。
就職も希望通りの所に受かったし、ワンマンも決まった。
あの日、泣きそうになっていた俺に差し出してくれた手は、今も続いている。
振られる所を見られるとか、男として情けないけど……それでも、彼女は笑ってくれているんだ。
どうしたって、一番には出来ないのに…………俺の中の優先順位は、もう変えられない。
もうずいぶん前から、音楽が一番だ。
潤と約束をしていたら、そっちを優先させてしまう。
心地よい旋律に、心も洗われていくみたいだ。
上原の声で素直になるとか、どんだけだよ……でも、何も告げないよりは告げたい。
こんな俺でも、側にいてくれるから……
「……堤、つきあわないか?」
「ーーーーえっ……」
戸惑ってるのが分かる。
それは、そうだよな…………一度は堤の告白を断ってるんだから……
「……堤がすきだよ」
「ーーっ、嬉しい……」
顔を背けて小さく漏れた言葉に、ひどく鳴ってる。
……耳まで真っ赤だ。
「涼子」
名前を呼んだら驚いたみたいで、真っ赤な頬のままこっちを向いていた。
可愛いな……
思わず手を伸ばしていた。
「……返事は?」
「う…ん…んっ……」
フライングしたかのように口づける。
「好きだよ……」
「ずるいよ……拓真くん……」
涙目になりながらの抵抗は、聞いてあげられそうにない。
初めて触れる彼女の素肌は、温かかったんだ。
潤は空気が読める奴だから、俺と涼子を二人だけにしてくれていた。
カフェテリアにいる彼女は何処か楽しそうだ。
「どうかしたのか?」
「ううん……此処が拓真くんの居場所なんだなーって思って」
「まぁーな。周りは凄い奴ばっかりだけど、楽しいよ」
「そっか……」
「またライブ来てくれるんだろ?」
「勿論! ファン第一号だからね!」
「そうだったな」
微笑む彼女に、こっちまで釣られる。
ーーーーーーーー久々の感覚だ…………こんなに音楽を優先させても、側にいてくれるのは涼子が初めてだったんだ。
残りの帝藝祭を楽しんで、ある意味彼女を自慢して回る拓真がいたのだ。
涼子も会場の何処かで見てるかな…………最終日に当たるとか、どんな強運だよって思ったけど、彼女もwater(s)の……hanaのファンだからな。
上原は……自分がどれだけの奴を魅了しているか気づいてないよな。
普段はふわふわしてるような奴なのに、ステージに立つ彼女は歌姫だ。
誰が何て言ったって、上原以外にwater(s)のボーカルが務まる奴はいない。
それくらい彼等の曲は、難易度が高い。
高校の頃から変わらずに響く歌声に、その五人の音色に、思わず涙が溢れていた。
あーーーー、好きだな…………潤の気持ちはよく分かる。
俺は早々と諦めてきた口だから……あんなに真っ直ぐには想えない。
だから、自分に向けられる好意に気づかない振りをしてきた時だってある。
でも、彼女だけは無視出来なかったんだ。
後悔はしてない。
むしろ……涼子が、後悔してるんじゃないかって思ったりする。
彼女にメッセージを送って、潤達の飲み会に参加していた。
我ながら酷い彼氏だとは思うけど、そう簡単に優先順位は変えられない。
潤はあんまり自分の事を話したがらないから、高校の頃の話を色々聞いてみたかったのが本音だ。
ビールで乾杯をして、潤が中学までサッカー少年だった話を聞いて、一時間くらいが経った頃、彼女から連絡が来ていた。
『エンドレの二人! 四年間、帝藝祭のライブに来てくれてありがとう!』
『ありがとう!』
……メンバー全員映ってるムービー、しかも……ミヤ先輩と上原の声だ…………
潤にも同じやつが届いていたみたいだ。
同じように嬉しそうな、少し感激したような顔をしてる。
表情をあまり崩さないから、分かりにくいけど……
「潤、どうかしたのか?」
「いや、何でもない。帝藝祭終わったって、報告」
「彼女とか?」
「いないし、そんなの」
「えーーっ? 何かあるだろー?」
潤は分かりにくいけど、切ない表情を少しでもしていたら助け舟くらい出すつもりでいた。
だけど……高校の友達と話す彼は、顔色一つ変えずに応えていた。
話す気がないのもあるんだろうけど、揺るがないんだろうな…………俺も音楽関係に対しては、そういう気持ちがあるけど……他は迷ってばかりだ。
「酒井は彼女いるの?」
「いるよ。岩田と千葉は?」
「俺はいるよー」
「岩田は相変わらずだからなー」
「どういう意味だよ?」
仲良いよなー……明るい奴を見てると、ちょっと今の俺と潤っぽいって思ったりする。
彼女は大切だけど、こういう男ばっかの集まりから生まれる曲もあるからなー……
「それにしてもwater(s)のライブ、凄かったなー」
「だよなー。久々に生で見た」
「二人ともファンクラブ入ってるのか?」
「うん、潤の影響もあるなー」
「俺?」
「高校の頃から潤は入ってただろ? 入ってないとライブ抽選も、良い席には座れない事が多いからなー」
「だよなー。だから、五周年のライブはアリーナで見れたよな?」
「うん、プロジェクションマッピングが凄かったよなー」
こんなに身近にもファンがいるんだな…………ってか、ファンクラブに入ってる率、高くないか?
音楽が好きな奴は、大抵入会してるよな。
それだけwater(s)がメジャーって事なんだけど、凄いよな…………何かいつも漏れている気がするけど、凄いんだ。
彼等を表す言葉はいくつもあるけど、その全てを体現しているだけの実力を兼ね備えているって感じだ。
「また会いたいよなー」
「ライブで?」
「勿論! 帝藝大の学生らしいけど、二人の知り合いだったりするのか?」
「岩田、そんな訳ないだろ? どんな確率だよ」
「だよなー」
ーーーーーーーー話したい。
hanaなんて高校の頃から一緒だから、何だかんだで七年近くの付き合いになるし。
ミヤ先輩も高校の頃から知ってるし、『先輩』って呼べる仲だし。
潤が黙ってるから、特に口にしなかったけど……送られたムービーは、永久保存版だ。
上原はあんな性格だから、俺達が周囲に動画を見せる事とか考えてないと思うけど、先輩達は知られても構わないって思って、送ってきてるんだろうな。
彼女もあと半年もすれば大学卒業で、音楽活動を今よりも本格的に出来る事くらい俺にだって分かる。
「ーーーーhanaは同じ専攻だよな?」
「あぁー……」
素直に頷いた俺に、潤は微笑んでるみたいだ。
そんなに顔に出ていたのか?
「マジ?! 凄いじゃん!」
「あぁー、凄い奴だよな」
「そうだなー。hanaはコンクールで優勝するくらいピアノも弾けるからな」
「凄いなー。でも、納得だな」
「だよなー。レコーディング、全楽器メンバーが弾いてるって噂じゃん?」
「……そうなのか?」
「潤達が知らないなら、ガセかもしれないけどな」
ーーーー都市伝説レベルの噂は、デビュー当初から色々あったけど、全員音大生っていうのは本当だった。
正しくは本当になった。
デビュー当初は高校生もいたけど……凄いよな。
こんなに広がっているんだ。
あーーーー、俺も才能が欲しかったなー……嘆いてもキリがないって分かってはいるけど、少し音楽が出来るから余計にだ。
久しぶりに……上原の音を、初めて聴いた日を想い出していた。
滑らかに動く指先に、その音色に、どうしようもなく惹かれた。
でも、俺が自覚した頃には……既にミヤ先輩がいたんだ。
お似合いの二人で、潤と同じような想いだったとは思う。
当時はよく分かってなかったけど、今なら分かる。
その想いに名前を付けるなら、潤と同じ想いだったって……俺は、hanaになりたかったんだ。
あんな風に、弾き語りの出来る奴になりたかったんだ。
その揺るぎない想いにすら憧れた。
だからじゃないけど、素直になるようにはしている。
自分の直感で動いて、間違いだった事はない。
潤との出逢いだって、そうだったし。
家に着くなり、涼子に電話をかけていた。
直ぐに出てくれる辺り、好かれてるよなー……
『拓真くん、どうしたの?』
「んーー? 声が聴きたくて」
『ーーーー今日のライブも素敵だったね』
「そうだなーー……」
取り留めのない話をして、繋ぎとめたい程に、彼女の声が聴きたかったんだ。
大切にしたいって思う。
泣きそうになっていた俺に、ハンカチを差し出してくれた彼女を。




