表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/110

第31話 空に繋いで

 花束は用意してないけど、miyaの音を聴きたくて卒業式に参加した。


 首席で卒業か…………上原もだけど、water(s)は本当にエリート集団だよな。

 kei達の時も凄かったけど、miyaは何度か話した事があるから余計にくる。


 ピアノの音色に思わず息を呑む。それは潤に限った事ではなく、多彩な音色に誰もが羨んでいた。


 ショパンか…………あーー、何であんなに指が動くんだ?

 ギターに作曲や作詞、プロデューサー業だってこなしてる筈なのに……いつ練習してるんだ?


 そう思わずにはいられない音色は、卒業生だけでなく在学生の涙も誘う。


 こんな風に弾けたらって思う奴、俺も含め多いんだろうな…………あれだけ弾けたら色々可能性が広がるし、どんな曲だって楽しみになるだろ?


 一際大きな拍手と歓声に、話した現実が夢のように映る。交わした言葉を忘れた事はないが現実的ではなく、遠い存在の彼と話す機会があったのは、hanaが同じ専攻だったからと、自覚もあったからだろう。


 ホールを出れば、miyaがスーツや袴姿の卒業生だけでなく、在学生にも囲まれていた。


 一目見たさに駆けつけた奴も多いんだろうな……あそこだけ、人だかりが出来てるし……


 「ミヤ先輩、サイン下さい!」 「かっこいい!」

 「写真撮りたいです!」 「こっち向いてー」

 「卒業おめでとうございます」

 「……ありがとう」


 …………凄い……あの中に割って入るなんて、俺には無理だ。

 そもそも、そこまで親しい間柄じゃないし……写真を撮ってる奴がやっぱ多いな。

 俺も出来るなら、一緒に撮りたいくらいだけど……


 「……miya!」


 澄んだ通る声で、彼女だと直ぐに分かる。

 miyaが駆け寄り抱き合う二人は、まるで映画のワンシーンのようだ。


 「miya、卒業おめでとう!」

 「ありがとう……hana……」


 顔を真っ赤にしながらも花束を手渡す姿に歓喜の声が上がる。ファンなら堪らない場面であった。


 miyaの周りには、色んな人が集まってるな……誰かとハイタッチしてるし、楽しそうだ。

 それに……上原も…………


 花が咲いたように笑う彼女から目が離せない。


 何度も二人の姿を見てきたけど、遠いな…………だからって、縮まらない距離に嘆いたりしない。

 miyaがくれた言葉があるから……


 「潤、凄いよなー」

 「あぁー、拓真……」

 「二十八日にはライブに行くだろ?」

 「あぁー、楽しみだよな」


 ある意味、俺達のライブよりも楽しみだ。

 最先端技術を駆使したような演出も、自在に変化する音色も、俺達には無いものばかりだから……


 miyaが彼女の手を取れば、また歓声が上がり、名残惜しさを嘆く声が響く。


 俺にとっては夢の中の住人だから、此処で出逢えた事すら幸運だったと思う。

 何処か晴々したmiyaの横顔は、大学卒業を喜んでるっていうより、期待してる気がした。

 この先にあるwater(s)の未来を…………


 喧騒の中、去り行く姿をただ真っ直ぐに見つめていた。

 



 miyaが卒業して割と直ぐに、water(s)は五周年を迎えた。


 目の前にある東京ドームは、何回も行った事があるのに鳴ってる。

 音がするんだ……


 長蛇の列に並んで買ったグッズに、昨年を想い浮かべる。


 バックステージは、あんな感じになってたんだよな…………一年前の事だけど、もっと……ずっと前の事みたいで……夢見心地だったし、未だに信じられない。


 一際大きな歓声が上がり、一瞬で彼等の虜だ。


 一瞬で惹きつけられて、他の事なんて考えられなくて…………プロジェクションマッピングが幻想的な世界に誘っていくのは、いつもの事だけど……それだけじゃないくて、いつも新しいんだ。

 いつだって、最前線を見せられてるみたいで……


 常に新しくなる演出と多彩な音色に引き込まれる。奏者にスポットライトが当たらなくても、その音色は絶対的であった。

 マイクを片手に歌う声が響き、心を捉えて離さない。


 ……………………鳴ってるんだ。


 『アンコール!! アンコール!!』


 周囲の熱狂に後押しされるように叫ぶ。二時間以上立ち続けていたにも関わらず、その声は強くなっていくばかりだ。


 ライブはいつもあっという間で……もっと、聴いていたくなる。

 もっと、感じていたくなるんだ。


 歓声が上がり、メンバーが応えるように腕を上げる。彼女が現れた瞬間、アンコールで定番の演出にも関わらず胸が高鳴る。


 ーーーーーーーーやばい…………何回か、弾き語りは聴いてるけど、その度に胸を打つ。

 アンコールでは普通の照明に切り替わって、ライブTシャツを着た五人が姿を現すのが鉄板で……それに変わりはない。

 water(s)の定番になっているのに……違うんだ。

 いつも期待せずにはいられない。

 俺の想像した斜め上をいくから……今も…………


 音数の少ないパフォーマンスだからこそ際立つ声と、楽曲の良さ。さも当たり前のように弾き語りされれば、言葉にならない。


 嫉妬心は無いつもりだったけど、ここまで弾ける上原を羨む気持ちはある。

 手元を見ずに歌うって、どんだけ練習したんだ?

 ……どれだけの日々を積み重ねてきたんだ?


 俺には想像もつかない。

 一日は決まった時間しかないのに、こんなに差が出るなんて…………今の練習量で追いつけないなら、どうしたらいいんだ?


 ギターに触れて歌う姿だけでなく、その音色に打ちのめされる。弾き手だからこそ分かる難解なコードをさも当たり前のように奏でる姿は衝撃的であり、プロとアマチュアの違いが目の当たりになった。


 ここで……諦めたりはしない。

 憧れの人の言葉に救われてきたから………… 

 

 気を緩めるまでもなく涙が溢れる。彼だけでなく、その声に、色彩豊かな音色に、感動したのだろう。隣にいる拓真も袖の裾で拭っていた。


 涙混ざりの歓声が響く中、何度目かになるか分からない想いが溢れる。


 あーーーー、好きだ…………ただ惹かれていくのを止められなくて、色々言い訳して気づかない振りをしてたけど…………もう、引き返せない。


 袖で拭い、真っ直ぐに見つめる。


 上原の……hanaの歌声が、歌詞に込められた意味がダイレクトに伝わってきて……


 大きな歓声を上げ、手を振るファンで溢れる中、一瞬だけ視線が合うと感じたのは、彼に限った事ではない。周囲は漏れなく同じような反応だ。


 本当にこっちを見てたのかは分からないけど、俺達に向けて手を振ってくれた気がした。

 俺の周りも口々に漏らしていたから、気のせいなんだろうけど……視線が合ったって思ってもいいよな……


 アナウンスがかかり周囲が移動する中、一歩も動けずにいた。ステージに立った訳でも、全て歌った訳ではなくとも、それ程までに消耗していたのだろう。放心状態のまま誰もいないステージを見つめていた。


 ーーーーーーーー凄かった…………いつも、その一言に集約される。


 驚くくらい大きな拍手と歓声が送られれば、再度water(s)が登壇する。また手を繋ぎ、揃って一礼する姿が目に焼きついて離れない。


 嬉しそうな笑顔に、何だか……また泣きそうになっていたんだ。


 脳内で再生し続ける映像に涙腺崩壊気味になりながらも、カラオケ店に移動した。電車に乗ると、殆どの人がwater(s)のライブグッズを持っていた。


 『感動した!!』って、短すぎる文にツッコミたくなるけど、他に何も浮かばなくて勢いのまま送ってた…………違うか……色々浮かんでくるから、上手く表せる言葉が見つけられなかったんだ。


 ビールで乾杯しながら感想を言い合っていると、テーブルに無造作に置かれた携帯電話が鳴った。


 「潤、もしかして……上原か?」

 「ん? あぁー」

 「ニヤけてる」

 「そんな事ないだろ?」


 咄嗟に誤魔化したけど、バレバレか…………そのメッセージにすらニヤける。


 視線の先には彼女からのメッセージが届いていた。


 『ありがとう!! 次は招待するから来てね!』


 こんな短い言葉すら、上原がくれるものなら嬉しくて…………あのhanaと……やり取りしてるんだよな……


 続けてバイブ音の鳴る携帯電話には、彼等の姿が写っていた。


 うわっ……豪華な写メだな……メンバー全員揃ってるし、それに……


 「ミヤ先輩が野音に招待してくれるってきたか?!」

 「あぁー、来月だろ?」

 「やばい、テンション上がるな!」

 「あぁー!」


 今だって鳴り過ぎてやばいくらいなのに、あのmiyaが招待してくれるなんて……


 『野音のチケット送るから、ぜひ来てね miya+4人より』


 プラスって……きっと言い出したのはmiyaなんだろうけど、メンバーが俺達を招待してくれるって事だよな…………やばい、また顔がニヤける。

 こんなの喜ばない奴いないだろ?


 顔を見合わせて、またジョッキで乾杯した。夜遅くまで語り合ったのは、エンドレの単独ライブについてであった。




 すでに集中力が途切れてるのが、自分でも分かる。


 曲を一通り弾き終わると、椅子に腰掛けた。


 一部解放してる練習室だから、時間を気にする必要はないけど……今日は、もう無理だな…………


 拓真も同じような表情で、これ以上の成果は期待出来そうにないと悟る。


 「明日かーー……」

 「あぁー……」


 明日、water(s)のライブに行ける。


 この間のメッセージの通り、チケットが上原から送られてきた。

 来た時は、それはもうテンション高くて、叫び出しそうにさえなった。


 「楽しみだな……」

 「だよなー、野外ステージか……」

 「あぁー、夏フェス以来じゃないか?」

 「どんな演出になるんだろうな?」

 「そうだな……water(s)には規模とか関係ないんだろうな」

 「だよなー、三千くらいの規模だっけ?」

 「あぁー……」


 三千……それだって、俺達には未知数の観客動員数だ。

 想像すらつかないけど、water(s)には小さな規模なんじゃないかって思う。

 もっと広い会場でも、人は集められる筈なのに……敢えて選んでるのかもしれないけど……


 「……良いよな」


 思わず本音が漏れる。単純に自分達のやりたい事が出来る現実に、憧れが増す。


 「あぁー、あんな風になりたいよなー」

 「あぁー……」


 珍しくはっきりと口にした拓真に、素直に頷く。


 そんなの出来るの……ほんの一握りの奴だけだって分かってる。

 だけど、期待せずにはいられなくて…………自分を信じるって、こういう事だって思うから。


 いつもよりも早く練習を切り上げて、明日に備えるとか……どんだけ楽しみにしてるんだ? って感じだけど…………夜が明けるのが待ち遠しくて、いつだって叶えられる場所にいる上原に近づきたいんだ。


 電子ピアノに触れても落ち着かない様子のままだ。

 遠足が楽しみで眠れない子供のように、無理矢理横になった。イヤホンから流れる歌声に、期待を寄せながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ