第31話 空に繋いで
花束は用意してないけど、miyaの音を聴きたくて卒業式に参加した。
首席で卒業か…………上原もだけど、water(s)は本当にエリート集団だよな。
kei達の時も凄かったけど、miyaは何度か話した事があるから余計にくる。
ピアノの音色に思わず息を呑む。それは潤に限った事ではなく、多彩な音色に誰もが羨んでいた。
ショパンか…………あーー、何であんなに指が動くんだ?
ギターに作曲や作詞、プロデューサー業だってこなしてる筈なのに……いつ練習してるんだ?
そう思わずにはいられない音色は、卒業生だけでなく在学生の涙も誘う。
こんな風に弾けたらって思う奴、俺も含め多いんだろうな…………あれだけ弾けたら色々可能性が広がるし、どんな曲だって楽しみになるだろ?
一際大きな拍手と歓声に、話した現実が夢のように映る。交わした言葉を忘れた事はないが現実的ではなく、遠い存在の彼と話す機会があったのは、hanaが同じ専攻だったからと、自覚もあったからだろう。
ホールを出れば、miyaがスーツや袴姿の卒業生だけでなく、在学生にも囲まれていた。
一目見たさに駆けつけた奴も多いんだろうな……あそこだけ、人だかりが出来てるし……
「ミヤ先輩、サイン下さい!」 「かっこいい!」
「写真撮りたいです!」 「こっち向いてー」
「卒業おめでとうございます」
「……ありがとう」
…………凄い……あの中に割って入るなんて、俺には無理だ。
そもそも、そこまで親しい間柄じゃないし……写真を撮ってる奴がやっぱ多いな。
俺も出来るなら、一緒に撮りたいくらいだけど……
「……miya!」
澄んだ通る声で、彼女だと直ぐに分かる。
miyaが駆け寄り抱き合う二人は、まるで映画のワンシーンのようだ。
「miya、卒業おめでとう!」
「ありがとう……hana……」
顔を真っ赤にしながらも花束を手渡す姿に歓喜の声が上がる。ファンなら堪らない場面であった。
miyaの周りには、色んな人が集まってるな……誰かとハイタッチしてるし、楽しそうだ。
それに……上原も…………
花が咲いたように笑う彼女から目が離せない。
何度も二人の姿を見てきたけど、遠いな…………だからって、縮まらない距離に嘆いたりしない。
miyaがくれた言葉があるから……
「潤、凄いよなー」
「あぁー、拓真……」
「二十八日にはライブに行くだろ?」
「あぁー、楽しみだよな」
ある意味、俺達のライブよりも楽しみだ。
最先端技術を駆使したような演出も、自在に変化する音色も、俺達には無いものばかりだから……
miyaが彼女の手を取れば、また歓声が上がり、名残惜しさを嘆く声が響く。
俺にとっては夢の中の住人だから、此処で出逢えた事すら幸運だったと思う。
何処か晴々したmiyaの横顔は、大学卒業を喜んでるっていうより、期待してる気がした。
この先にあるwater(s)の未来を…………
喧騒の中、去り行く姿をただ真っ直ぐに見つめていた。
miyaが卒業して割と直ぐに、water(s)は五周年を迎えた。
目の前にある東京ドームは、何回も行った事があるのに鳴ってる。
音がするんだ……
長蛇の列に並んで買ったグッズに、昨年を想い浮かべる。
バックステージは、あんな感じになってたんだよな…………一年前の事だけど、もっと……ずっと前の事みたいで……夢見心地だったし、未だに信じられない。
一際大きな歓声が上がり、一瞬で彼等の虜だ。
一瞬で惹きつけられて、他の事なんて考えられなくて…………プロジェクションマッピングが幻想的な世界に誘っていくのは、いつもの事だけど……それだけじゃないくて、いつも新しいんだ。
いつだって、最前線を見せられてるみたいで……
常に新しくなる演出と多彩な音色に引き込まれる。奏者にスポットライトが当たらなくても、その音色は絶対的であった。
マイクを片手に歌う声が響き、心を捉えて離さない。
……………………鳴ってるんだ。
『アンコール!! アンコール!!』
周囲の熱狂に後押しされるように叫ぶ。二時間以上立ち続けていたにも関わらず、その声は強くなっていくばかりだ。
ライブはいつもあっという間で……もっと、聴いていたくなる。
もっと、感じていたくなるんだ。
歓声が上がり、メンバーが応えるように腕を上げる。彼女が現れた瞬間、アンコールで定番の演出にも関わらず胸が高鳴る。
ーーーーーーーーやばい…………何回か、弾き語りは聴いてるけど、その度に胸を打つ。
アンコールでは普通の照明に切り替わって、ライブTシャツを着た五人が姿を現すのが鉄板で……それに変わりはない。
water(s)の定番になっているのに……違うんだ。
いつも期待せずにはいられない。
俺の想像した斜め上をいくから……今も…………
音数の少ないパフォーマンスだからこそ際立つ声と、楽曲の良さ。さも当たり前のように弾き語りされれば、言葉にならない。
嫉妬心は無いつもりだったけど、ここまで弾ける上原を羨む気持ちはある。
手元を見ずに歌うって、どんだけ練習したんだ?
……どれだけの日々を積み重ねてきたんだ?
俺には想像もつかない。
一日は決まった時間しかないのに、こんなに差が出るなんて…………今の練習量で追いつけないなら、どうしたらいいんだ?
ギターに触れて歌う姿だけでなく、その音色に打ちのめされる。弾き手だからこそ分かる難解なコードをさも当たり前のように奏でる姿は衝撃的であり、プロとアマチュアの違いが目の当たりになった。
ここで……諦めたりはしない。
憧れの人の言葉に救われてきたから…………
気を緩めるまでもなく涙が溢れる。彼だけでなく、その声に、色彩豊かな音色に、感動したのだろう。隣にいる拓真も袖の裾で拭っていた。
涙混ざりの歓声が響く中、何度目かになるか分からない想いが溢れる。
あーーーー、好きだ…………ただ惹かれていくのを止められなくて、色々言い訳して気づかない振りをしてたけど…………もう、引き返せない。
袖で拭い、真っ直ぐに見つめる。
上原の……hanaの歌声が、歌詞に込められた意味がダイレクトに伝わってきて……
大きな歓声を上げ、手を振るファンで溢れる中、一瞬だけ視線が合うと感じたのは、彼に限った事ではない。周囲は漏れなく同じような反応だ。
本当にこっちを見てたのかは分からないけど、俺達に向けて手を振ってくれた気がした。
俺の周りも口々に漏らしていたから、気のせいなんだろうけど……視線が合ったって思ってもいいよな……
アナウンスがかかり周囲が移動する中、一歩も動けずにいた。ステージに立った訳でも、全て歌った訳ではなくとも、それ程までに消耗していたのだろう。放心状態のまま誰もいないステージを見つめていた。
ーーーーーーーー凄かった…………いつも、その一言に集約される。
驚くくらい大きな拍手と歓声が送られれば、再度water(s)が登壇する。また手を繋ぎ、揃って一礼する姿が目に焼きついて離れない。
嬉しそうな笑顔に、何だか……また泣きそうになっていたんだ。
脳内で再生し続ける映像に涙腺崩壊気味になりながらも、カラオケ店に移動した。電車に乗ると、殆どの人がwater(s)のライブグッズを持っていた。
『感動した!!』って、短すぎる文にツッコミたくなるけど、他に何も浮かばなくて勢いのまま送ってた…………違うか……色々浮かんでくるから、上手く表せる言葉が見つけられなかったんだ。
ビールで乾杯しながら感想を言い合っていると、テーブルに無造作に置かれた携帯電話が鳴った。
「潤、もしかして……上原か?」
「ん? あぁー」
「ニヤけてる」
「そんな事ないだろ?」
咄嗟に誤魔化したけど、バレバレか…………そのメッセージにすらニヤける。
視線の先には彼女からのメッセージが届いていた。
『ありがとう!! 次は招待するから来てね!』
こんな短い言葉すら、上原がくれるものなら嬉しくて…………あのhanaと……やり取りしてるんだよな……
続けてバイブ音の鳴る携帯電話には、彼等の姿が写っていた。
うわっ……豪華な写メだな……メンバー全員揃ってるし、それに……
「ミヤ先輩が野音に招待してくれるってきたか?!」
「あぁー、来月だろ?」
「やばい、テンション上がるな!」
「あぁー!」
今だって鳴り過ぎてやばいくらいなのに、あのmiyaが招待してくれるなんて……
『野音のチケット送るから、ぜひ来てね miya+4人より』
プラスって……きっと言い出したのはmiyaなんだろうけど、メンバーが俺達を招待してくれるって事だよな…………やばい、また顔がニヤける。
こんなの喜ばない奴いないだろ?
顔を見合わせて、またジョッキで乾杯した。夜遅くまで語り合ったのは、エンドレの単独ライブについてであった。
すでに集中力が途切れてるのが、自分でも分かる。
曲を一通り弾き終わると、椅子に腰掛けた。
一部解放してる練習室だから、時間を気にする必要はないけど……今日は、もう無理だな…………
拓真も同じような表情で、これ以上の成果は期待出来そうにないと悟る。
「明日かーー……」
「あぁー……」
明日、water(s)のライブに行ける。
この間のメッセージの通り、チケットが上原から送られてきた。
来た時は、それはもうテンション高くて、叫び出しそうにさえなった。
「楽しみだな……」
「だよなー、野外ステージか……」
「あぁー、夏フェス以来じゃないか?」
「どんな演出になるんだろうな?」
「そうだな……water(s)には規模とか関係ないんだろうな」
「だよなー、三千くらいの規模だっけ?」
「あぁー……」
三千……それだって、俺達には未知数の観客動員数だ。
想像すらつかないけど、water(s)には小さな規模なんじゃないかって思う。
もっと広い会場でも、人は集められる筈なのに……敢えて選んでるのかもしれないけど……
「……良いよな」
思わず本音が漏れる。単純に自分達のやりたい事が出来る現実に、憧れが増す。
「あぁー、あんな風になりたいよなー」
「あぁー……」
珍しくはっきりと口にした拓真に、素直に頷く。
そんなの出来るの……ほんの一握りの奴だけだって分かってる。
だけど、期待せずにはいられなくて…………自分を信じるって、こういう事だって思うから。
いつもよりも早く練習を切り上げて、明日に備えるとか……どんだけ楽しみにしてるんだ? って感じだけど…………夜が明けるのが待ち遠しくて、いつだって叶えられる場所にいる上原に近づきたいんだ。
電子ピアノに触れても落ち着かない様子のままだ。
遠足が楽しみで眠れない子供のように、無理矢理横になった。イヤホンから流れる歌声に、期待を寄せながら。




