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第30話 青い花を贈るなら

 楽しかった…………単独ライブじゃなかったけど、嬉しかったんだ。

 今までで一番大きな歓声が鳴ってたから……


 「うわっ……」


 思わず声が漏れる。


 タワレコがwater(s)推しなのは、前からだけど……定番曲か…………


 CDにちなんだ造花の青い花で、店頭のスペースが飾られていた。


 テレビでマネージャーの結婚祝いの為に書き下ろした曲って、keiが言ってたっけ…………アンダンテなリズムに、弦の音色……その全てが、二人を祝福する優しさで広がってるみたいだ。

 視聴してる奴、多いな……よく見ると、カップルで聴いてる奴もいるし……それだけ、water(s)の音が浸透してるって事だ。


 仕上げた当初は、マネージャーの為だけに描き下ろしたらしくて、その時の音源はCDになってないらしい。

 あーー、聴いてみたかったな…………それって、かなり贅沢なプレゼントだ。

 自分達の為だけに描かれた曲か…………そんなのあったら、毎日のように聴き続けると思う。

 飽きもせずに、何度だって……今だって聴いていたくなるくらいだから、それ以上に……


 知っていながらヘッドホンに手を伸ばす。澄んだ声が聴こえ、そっと瞼を閉じた。


 「"ブルースター"か……」


 買わない選択肢はないから、買う一択だけど……相手を想って作ってるのが分かる。

 結婚式の定番曲か…………俺には想像もつかないけど、一生一緒にいる約束か……


 「…………樋口くん?」


 驚いて振り返ると、彼女が立っていた。


 「ーーーー上原……」

 「さっき振り?」

 「ふっ、さっき振りって……お疲れ、一人なのか?」

 「ううん、今日は……和也と来てるよ。樋口くんは?」

 「俺は一人」


 上原の視線が、手元に向けられているのが分かった。


 water(s)のCDを予約し損ねるなんて、らしくないから販売当日ショップに寄ったんだけど…………まさか本人に会うとはな……


 「樋口くん、ありがとう……」

 「あぁー……」


 本当……嬉しそうな顔するよな…………water(s)のCD買ってるのは、俺だけじゃないのに……


 「奏、お待たせ」

 「和也」


 相変わらず、仲良いよな……それに男の俺から見ても、ミヤ先輩はかっこいいし、目立つのが分かる。


 「樋口くん、久しぶりだね。CD貸して?」

 「えっ?」


 手元にあったCDを持って、miyaが足早にレジに向かった。


 って、見送ってる場合じゃない! 自分で買わないと!!


 「和也は言い出したら聞かないから」

 「あ、あぁー」

 「今日は練習ないの?」

 「あぁー、今日はな。上原は?」

 「私もお休みだよ」

 「そっか……」


 平然を装ってるけど、左半分が熱い。

 上原と話す時は、いつも……少しだけ緊張してる。


 「よく来るのか?」

 「うーーん、たまにだけどね。色んなジャンルがあるから面白いよね」

 「確かにな。メンバーでCDの貸し借りしたりするって言ってたよな?」

 「うん、結構するよ。樋口くんも酒井とかとよくやってるよね?」

 「あぁー、本当は全部買いたいんだけどな」

 「分かる! 全部は買えないからね」


 入口の隅で話していると、miyaが戻ってきた。


 「はい! 樋口くん、いつもありがとう」

 「……ありがとうございます……」


 ……感激だ…………あのmiyaに、買って貰えるなんて……


 「頑張って」

 「は、はい!」


 真っ直ぐな視線に、勢いよく応える。


 憧れの人から……励みになるような言葉を貰えるなんて……


 「もしかして……miya?」 「マジ?」

 「えっ……本物?」 「やばっ!!」


 近くにいた女子高生が気づき、その声はあっという間に広がる。辺りが騒めき、視線が彼に集まる。


 miyaは眼鏡をかけてるし、hanaはニット帽を被ってるけど……それだけだ。


 「じゃあ、また」

 「は、はい!」


 彼女の手を取り、足早に去って行く姿に胸を打つ。


 後ろ姿を見送ったけど、似たような腕時計だった……黒と白で色違いだったけど、有名なメーカーの物だよな…………似合ってるとか、そんな事よりも、自然に手を繋げる関係なんだよな…………分かってた筈なのに、久々にガツンときた。


 手元に残った袋に視線を移すと、miyaのサインが入っていた。


 「ーーーーやば……」


 思わず口元を押さえ、店を後にする。


 ……かっこよすぎるだろ?

 俺が女子でもmiyaに惚れるな。

 まぁー、そんな気はないけど……やっぱかっこいいよな。

 こんな事が普通に出来る所とか、その才能にすら嫉妬するどころか尊敬する。

 憧れの人がくれた言葉に、心が揺れ動かない奴なんていないだろ?


 あーーーー……


 「もしもし、拓真?」


 直ぐに報告するとか……そうとう浮かれてるな……


 電話に出た相方の羨む声に、笑って応える潤がいたのであった。




 "ブルースター"ってCDのタイトルをググったら、花よりもwater(s)の曲がトップ画面に出てきた。

 それだけ世の中に浸透してるって事で、この間のタワレコでの出来事をSNSにアップしてる奴もいた。

 影響力の大きさを感じずにはいられなくて……


 ギターを弾いていた潤は、何処か上の空だ。


 ……そうだよな…………分かってた筈なのに、分かってなかったんだ。

 miyaは大学四年だから今年で卒業するし、構内で会う機会がなくなる。

 正直……姿が見れるだけでも、同じ人間なんだって実感出来たりしてたのに…………

 そっか……まだ学生だったんだよな……ずっと最前線にいるような人達だから、不思議な感じだ。


 カフェテリアでは、彼女と並んで腰掛けるmiyaが目に入った。


 ーーーーこっちにも伝わってくる程……柔らかな雰囲気が似合う二人だ。

 テーブルに広げてある楽譜とかiPadが、めっちゃ気になるけど……踏み込んでいい雰囲気じゃない。


 「樋口くん、この間はありがとう」

 「いえ……こちらこそ、ありがとうございました」


 近距離にいたとはいえ、話しかけて貰えるなんて…………座るように促され、miyaの目の前に座ったけど……緊張し過ぎて、やばい……


 「エンドレの活動はどう?」

 「……中々、上手くはいかないですね」

 「そっか……SNSでwater(s)の曲、歌ってるの見たよ」

 「えっ?!」


 その驚きっぷりに、上原は可愛らしい笑みを浮かべていた。


 「……樋口くんと酒井に歌って貰えて、嬉しかったよ」

 「うん、俺達の勉強にもなるからな」


 ーーーーーーーー勉強……あれだけ弾けるのに、あんなに才能があるのに……それでも勉強してるのか……


 「……聞いてもいいですか?」

 「ん?」

 「ミヤ先輩は……何を基準に作ってますか?」

 「基準か……」


 変な聞き方だったか?

 やっぱ、上手く話せないんだよな……


 「そうだな……water(s)で作るなら、hanaの歌声を生かすメロディーかな……って言っても、最近はhanaの作詞作曲が多いから、プロデュースさせて貰ってるのだと……クライアントの要望とか、ある程度制約があるのもあるかな……」

 「そうなんですか……」

 「俺としてはwater(s)の曲が出来れば、他は何でもいいんだけど……」

 「また……そんなこと言ってるけど、miyaは基本音楽なしじゃ生きられないでしょ?」

 「そうだけど、大袈裟すぎるだろ?」

 「そう? 樋口くんも音楽すきだから、二人とも共通点多いよね?」

 「上原、それは恐れ多い」

 「そうかな?」


 その反応にmiyaから笑みが溢れる。馬鹿にした様子ではなく、共通点の指摘に嫌がるどころか、むしろ嬉しそうな印象だ。


 「……潤」

 「拓真……お疲れ……」


 羨む視線が強すぎだろ……


 「酒井くん、久しぶりだね」

 「ミヤ先輩、お久しぶりです」


 こういう所、羨ましいよな。

 普通に俺の隣に座って、ちゃっかり会話の輪に入ってるし……高校からの付き合いだからか、上原もmiyaも気にしてないみたいだ。

 いいよな……そういうの……俺的には、拓真が羨ましい。

 もっと早く出逢いたかった……

 勿論、拓真にも……そしたら、また違った未来があったんじゃないかって思ったりするのは、これから就職活動が本格的に始まるからか…………


 「いいなー、俺もその場に居ればよかった」

 「酒井くんも買ってくれたんだ?」

 「勿論ですよ! シングルだってコレクションしてますから!」

 「……ありがとう」


 出た……キラースマイル……上原は勿論だけど、miyaもこれがあるよな。

 一瞬で虜にするような笑顔……見た目だけじゃなくて、中身も人として……かなり好きだ。

 拓真といると『ミヤ先輩』って呼ぶ時もあるけど、やっぱ俺にとっては専攻の先輩っていうよりwater(s)のmiyaのイメージが強い。

 今も一緒のテーブルにいるのが、不思議なくらいだ。

 別世界の人って感じだから…………そう、別世界の人って思ってるのに……上原には惹かれたんだよな……何でなんだろうな……


 「ミヤ先輩は卒業式で弾くんですか?」

 「うん、演るけど……そういうのって、緊張するからなー」

 「えっ? 先輩でも?!」

 「それは、そうでしょ? 一人の時は特にね」

 「応援してるよ?」

 「うん。まぁー、楽しみではあるからな」

 「発表がですか?」

 「いや、これからがだよ」


 ーーーーこれからか……そうだよな……miyaの、ミヤ先輩のピアノの実力なら、その道というか……院まで残る事や留学だって出来る筈なのに、そうはしないって事だよな。

 既にwater(s)として活動してるから、これから本格的な活動になるのか……


 「また……私が最後だね」

 「仕方ないだろ? hanaが卒業したら、また色々出来るだろうし」

 「そうだけど……」

 「上原も羨んだりするんだな」

 「するよー。みんな、上手いんだもん」

 「俺からしたら、上原も十分上手いけど?」

 「ありがとう……そうなるように、頑張ります」


 両手で拳を作って意気込む彼女の頭に、miyaがそっと触れる。二人の仲の良さは周知の事実だ。


 羨ましい……っていうか、その関係性が良いなって思う。

 お互いに信頼し合ってるのが分かるし、お似合いのカップルだ…………自分で思って凹むとか……どんだけだよ。

 

 練習室に着くなり、音合わせを始める。


 「潤、良いな……」

 「俺だって、あそこで二人に会うとは思わなかったし」

 「miyaのサイン入りCDー」

 「譲れないからな!」

 「分かってるって!」 


 笑い合った中で奏でた音色は、陽気なリズムを刻んでいた。


 「これから、どうするかなー……」

 「そうだな……」


 オーディションは落ちたし、就活しないと食べていけない。


 「……就職したって、変わらないだろ?」


 彼の言葉に、拓真もいつものように歯を出して笑って見せた。


 「勿論! 変わらない! プロになるだろ?」

 「あぁー!」


 躊躇なく口にしたい。

 俺も、目指してるんだから…………そこだけは変わらないし、どんな時もある譲れない想いだ。


 通学中に聞く彼女の声に、歌い出しそうになった。いつも釣られそうになる為、今更ではあるが、何気なく花言葉を検索していた。


 『幸福な愛』とか『信じあう心』とか……上原らしい歌詞だよな……

 その音色も、彼女の歌声にぴったりと合ってるし、結婚式の定番曲になるのも納得だ。

 俺が彼女に花を贈るなら、白とピンクの可愛い感じの花束を渡したい。

 そんな機会、絶対ないけど……そうだな……miyaには青い花を送りたいな。 

 卒業するんだから、俺から贈ったっていいんだ。


 ーーーーーーーー卒業か…………kei達が卒業した時も思ったけど、凄いよな。

 まだ学生なのに、あれだけの記録を作ってるなんて…………


 何一つ変わらない現実に八つ当たりする事なくいられたのは、彼の言葉がすっと染み込んでいたからであった。

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