第3話 加速していく景色と
「こんばんはー! ENDLESS SKYです!」
人が行き交う中、思いきり声を出した拓真に合わせ、潤がギターを弾き始める。二人は設置したマイクスタンドの前で、ギターを片手に歌っていた。
ーーーーーーーー分かってる…………最初から、全てが上手くいく訳じゃないって。
でも、凹むものは凹む……
「お疲れー」 「お疲れ……」
スポーツドリンクの入ったペットボトルで乾杯しているが、その表情は優れない。
「ストリートは難しいな……」
「あぁー。どうしたら……立ち止まって、聴いて貰えるんだろうな……」
「だよな……他の人を研究してみるしかないか?」
「あぁー、そうだな。今日、集客集めてた人はキーボードで弾き語りしてたよな? 俺達と何処が違うんだ?」
「うーーん、曲は負けてないと思うけどな。マイクだって、今回から使うようにしたしなー」
「だよな。あとは、動画を見た感じだと……緊張してるのが、丸分かりだからか……」
「確かに……いつもの音じゃないよな?」
「あぁー、慣れるしかないか……」
駅前の広場で弾き語りをする奴は何組かいるけど、慣れている奴が多い印象だ。
慣れるって事は、数をこなすしかないって事か……
マイクスタンドを使ってのパフォーマンスは、今日が初めて、まだ始まったばかりである。
「……とりあえず、夏休み中はストリートで演り続けるだろ?」
「そうだな。慣れるまでな!」
「あぁー」
慣れる事なんて無いかもしれないけど、やってみないと分からない。
二人は拳を付け合うと、明日に向けて気合を入れ直した。
今まで街中で演奏している人を見かけても、そんなに気に留めた事はなかった。
そこまで惹かれるモノがなかったからだ。
それは、今の俺にも言える事か…………上手くいかない日が続くと、マイナス思考になりがちだけど……今は違う。相方の拓真がいるから。
彼は基本的にポジティブな考え方をする為、一緒にいる事で潤も同じような考え方が移っていた。
ーーーー惹かれるモノがないのは……オリジナルの曲を演ってるからか…………ネット上で賛否は分かれるけど、water(s)の曲を演奏した時の方が反応いいんだよな。
試してみるしかないか……
直ぐに拓真に電話をかけていた。今日のストリートでの演奏曲を変更するからだ。
話はスムーズに進み、二人は昨日と同じ場所でwater(s)の曲を歌っている。潤の読み通り、反応は昨日より上々のようで、立ち止まって聴いてくれる人がいる。観客がゼロよりは何倍も嬉しいのだろう。視線を通わせ、楽しそうに弾き語りをしていた。
立ち止まってくれた人には、彼等がwater(s)を好きな想いまで伝わっていたのだろう。小さな拍手が響いていた。
ーーーーーーーーやった…………初めて……最後まで聴いてくれる人がいた……
どんなにポジティブに考えるようにしても、不安にならない時はないし……ぶっちゃけ二人して、凹んでたけど……ただ、単純に嬉しい。
視線を合わせた二人は、オリジナル曲を聴いて貰えた事に安堵していた。ペットボトルを傾けての乾杯も、ここ数日で一番勢いが良い。
「やったな!」
「あぁー!」
「ようやく聴いて貰えたな」
「そうだな……」
分かってる…………聴いて貰えたのは、water(s)のおかげだ。
あれだけオリジナル曲をやっても、上手くいかなかったのに、water(s)の曲を演っただけで、立ち止まる人がいた。
それだけ、彼等の曲が認知されてるって事なんだけど……
「ーーーー複雑だな……」
「あぁー」
聴いて貰えるなら、足を止めてくれるなら、何でも試すって決めてたけど……現実は厳しいって、実感するし、拓真の言った通り複雑だ。
「まぁー、でも……足がかりにはなったよな?」
ニッと、歯を出して笑ってみせる拓真に、同じように微笑む。
「ようやく音楽活動が始まったって感じだな」
「そうだな!」
二人は空になったペットボトルを捨てると、ギターを背負い自宅に帰っていく。そこには、音楽好きの少年の後ろ姿があった。
miyaのようにネットで晒す勇気も、人前で一人で弾くなんて…………絶対に、俺だけだったら出来なかった事だ。
今はエンドレとして、ネット上でも公開してるし、拓真とストリートで演るのは楽しいし…………遠い夢だった音楽活動が、少しだけど出来るようになった気がした。
勿論、素人だし、コピーバンドっていうか、デュオだけど……
「……何が起こるか、分からないよな……」
そう呟いた潤は、自室のベッドに腰掛け、ギターを片手に作曲中だ。
曲を作るのは好きだけど……それを披露するってなると、話はまた別だ。
拓真と行動してると、だいぶ社交的になった気がするけど……まだまだだよな。
こんなんだけど……夢はある。
いつかmiyaと……water(s)と共演したい。
一区切りついたのだろう。大きく伸びをしてテレビをつけた。CMには彼等の曲が使われている。たった数秒ほどの流れる映像よりも、その音色に心を奪われていた。
ーーーーーーーーこれで、同い年くらいか……
hanaが女子なのは、声色とライブで間近に見たから分かるけど、本名は公開されてないからな。
公式発表されているのは、全員十代って事と……芸名のような名前だけ。
噂では音大生なんじゃないかって言われてるけど、俺の知る限りだとmiyaの制服が変わったのが一昨年の春だから、たぶん一つ年上くらいだと思うんだけどな……
潤は彼がkamiyaとして動画をアップしていた頃から、何度もリピート再生しては、彼の演奏技術を真似していた。だからこそ、彼の服装の僅かな違いにも気づいたのだろう。実際の動画は、周囲はピンボケで手元だけが、綺麗に映し出されているものが多い為、その多彩なメロディーに気を取られ、気づく者は殆どいない。
あんだけネットにはアップしてるのに、テレビ出演が一切無いっていうのも、プロデューサーの策略なのか?
時折、テレビから流れる曲に耳を傾けていた彼の携帯電話が鳴った。潤には、画面を見なくても誰かは分かる。ここの所、電話をするほど仲が良い人物は、一人しかいないからだ。
「拓真、どうした?」
『潤! water(s)の新曲出るって!』
「えっ?! 欲しい!」
電話越しに拓真の笑い声がした。あまりに素直な潤の反応に、笑みが溢れていたからだ。
「笑いすぎ……」
『悪い悪い。って、言っても来月だけどな』
「いいんだよ。タイトルは?」
『"流れ星"だってさ』
「へぇー、楽しみだな」
『だろ? 何系の曲になるか楽しみだよなー』
「あぁー」
音楽の、特にwater(s)の事になると、話は尽きない為、明日のストリートでの演奏について潤が話題を変え電話を切ったが、通話記録は一時間を過ぎている。
ーーーー俺は女子か……
思わず心の中で突っ込んでしまう程、拓真との会話は弾むようだ。
…………明日が待ち遠しくて仕方がない。
こんな想いをするとは、五ヶ月前の俺は知らなかった。
大学は目標だったけど、全てはそこから始まるって何となく思ってたから…………
学校の課題を早々にやり終えた潤は、バイトと演奏と、音楽に触れる日々を送っていた。
『ありがとうございました!』
揃って一礼する表情は、清々しいくらいやり遂げた感があった。
夏休みも、もう終わりか…………早かったな。
そう感じるくらい、充実してたと思う。
最初はマイクもなくて、見向きもされなかったけど……今は聴いてくれてる人がいる。
数名でも立ち止まって、聴いてくれている人がいる。
今の俺には、それで十分過ぎるくらいだ。
二人は、二十回目以上になる乾杯をペットボトルで交わしていた。
「お疲れー!」 「お疲れ!」
「早かったなー」
「あぁー、あっという間だったな」
こんなに夏休みが短く感じたのは、初めてかもしれない。
それくらい、充実してたんだ……
「また学校が始まったら、放課後とか休みの日だけになるなー」
「そうだな。次に活動出来るとしたら、冬休みくらいか?」
「だなー……その時は日中に演ろうな?」
「あぁー」
半日外にいると冬は寒いだろうし、夏は暑かった。
だから夕方から夜にかけて、ストリートで演る事にしたんだけど……仕事帰りの人はスルーするのが基本だって、よく分かった。
唯一無二だって言えるような才能があれば、また別なんだろうけど…………自分の音楽を伝えるって、表現するって……想像以上に難しい。
一人で黙々と演ってた時とは、百八十度違うけど…………
「楽しかったな……」
「だよなー。最初は、どうなる事かと思ったけど」
「拓真でも思うんだな?」
「思うだろ? 誰も見向きもしない日は、正直辛かった」
「分かる。何度も凹んだな」
顔を見合わせ笑い合う二人には、自分達で作った曲にそれなりの自信があったのだ。直ぐに打ち砕かれたが、それだけで終わらなかったのは、彼等の努力の賜である。
「今度は……最初から俺達の曲でいけるように、練習しないとなー」
「あぁー」
聴衆は率直な意見だ。
water(s)の曲は、それ程までに浸透してる。
俺達みたいなデビュー前から知るファンもいれば、デビューしてオリコンチャートとかのランキングを賑わせるようになってから、知ったファンもいる。
デビューからの連続リリースした曲は、どれも誰にも真似できない楽曲だった。
憧れすぎて……悔しいって、感情は一つも浮かばない。
「ーーーーまた……ライブ演らないかな……」
「そうだなー」
拓真の相槌で、初めて声に出していた事に気づく。彼が漏らした本音に同意だったのは、water(s)の音を、hanaの歌を聴く度に、インスピレーションを刺激されると感じていたからだろう。
「それにしても、潤は体力あるよなー。あんな体力資本なバイト選ばなくても」
「でも、ライブ会場のチケット切りとか楽しかっただろ?」
「それはなー、ライブ前の高揚感っていうの? ワクワクしたよなー。ライブが見れたらもっと最高だったけどな」
「あぁー。お祭り前って感じで、楽しいんだよな。時給も割と良いし」
「時給は助かったな。おかげでマイクとかの機材買えたし」
「だろ? また夏休みにやるか?」
「考えとく」
拓真の微妙な反応に、笑って応える。
急速に変化した景色は、二人でないと見られなかったものばかりだ。
あの日、ライブ会場で会えたのは幸運な事だったと思う。
まぁー、これだけ音楽の趣味が合うなら、何処かで知り合ってたかもしれないけど……
「じゃあ、またなー」
「あぁー、またな」
手を振り分かれる二人は、ライブの高揚感がまだ残っているのだろう。電車に乗り込んだ潤の右手には、次々と歌詞が入力されていく携帯電話があった。