第27話 空の蒼さを知っていく
気分が落ちた日や曲が上手くいかなかった日は、一人カラオケに限る。
拓真は用があるから、今日の練習は無しになった。
だからって、練習室に寄らない日の方が圧倒的に少ないけど……気分が乗らない日だってある。
そう言い訳をして、駅前のカラオケ店に立ち寄っていた。
あーーーー、今もワンマンライブは出来てない。
届かない事も、出来ない事も山程ある。
それを受け止めて、やっていくしかないから……
ストレス発散になっているのだろう。彼の歌声は、歌う程に増していくようだ。
ゴクゴクと喉を鳴らす音が響く。十曲程歌い続けた彼は、烏龍茶を飲み干していた。デンモクの履歴にはwater(s)の曲が並んでいる。
テーブルに置いていた携帯電話には、相方からのメッセージが届いていた。
「ーーーーらしいな……」
画面を見る表情がニヤけている。
ーーーー考える事は同じか…………拓真も一人カラオケかよ。
彼がマイクを持って自撮りする様子に、思わず頬が緩む。
再びデンモクに手を伸ばした潤は、飽きもせずにwater(s)の曲を打ち込んでいた。
ーーーーーーーー分かってる。
こんな事してたって、その場凌ぎの解決策にしかならない事も……どんなに歌ったって、それが本物にはならないって事も…………
結局……俺達は、自分の居場所を掴めてさえいない。
今の俺にぴったりと当てはまるような歌詞。
投げ出したくなる日、叫んでみたって答えはなくて…………
プロモに映る彼女が、語りかけているみたいだ。
『……未熟な部分を認めるしかないからな』
『うん……いつか理想の自分に会いたいから……』
俺の子供じみた質問にも、笑う事なく真剣な眼差しのまま応えてくれる彼等に、何だか泣きそうになった。
あぁー…………この五人だから生まれる音があるんだって……そう思わずにはいられなかった。
天才的な才能の部分と、計算し尽くされた部分があるって……初めて知った。
全てが感性豊かな才能からくるモノだとばかり思っていたから…………緻密な計画さを感じさせないのに、いつだって心を奪われるような……響いて残る音がして…………
毎年多くの奴がデビューするけど、本物はひと握りで、翌年も残れる保証は何処にもない。
そんな世界で、彼等は常に最前線にいるんだ。
「あーーーー!」
思わずマイク越しに声を上げる。
届かないって、分かっていても止められなくて……叫ばずにはいられないくらいに、鳴ってるんだ。
すっかり暗くなった空には欠けた月が出ていた。
国営ひたち海浜公園で行われる国内最大級の邦楽ロックフェスティバル。
三日間で二百以上のアーティストが、ライブを行うなんて……
「…………凄いな……」
water(s)の立つステージは、約六万人の東京ドーム四個分に相当する規模で、フェスの中で一番広い会場だ。
「こんばんはー! water(s)です! 最後まで盛り上がって行きましょう!」
拍手と歓声で溢れる中、彼等のステージが始まった。
俺達のいるスタンディングシートには、water(s)のファンが集まってるって分かる。
ライブTシャツとかフェイスタオルを、俺達みたいに持ってる奴しかいないから……
日本のアーティストが出演のフェスで、初心者でも参加しやすいからかもしれないけど……耳馴染みの良い音色に、周りの奴もリズムを刻んでた。
ステージに立つ彼女は、時折手を振りながら歌っている。その表情は晴れやかで、声は歌うほどに伸びやかに出ているようだ。
飛び跳ねてる奴もいるな…………
人の多さに驚いたけど、それよりも……彼女の正確な歌声が衝撃的だった。
あんな風に歌えたらどんなにいいか……そう思わない日はない。
でも……だからって、そんな簡単に出来る事じゃない。
あんな風には出来ないんだ…………
一時間半近く続いたライブの最後は、彼等らしい楽曲で締めていた。
五人並んで一礼する姿に、少しくらい嫉妬してもいいと思うけど、そんな事よりも……泣きそうな上原が印象的だった。
「ーーーー遠いな……」
いつもは『凄いな』って言う事が多い拓真が、そう漏らした気持ちは分かる。
ステージと観客以上に、water(s)との距離は遠いんだ。
こんなに人で埋め尽くされた景色には、到底届かないから……
右手で拳を作って、思ってたよりも強く握っていたみたいだ。
少し赤くなった掌が、これが現実だと告げているみたいで、ただ立ち尽くしていた。
鳴り止まない歓声が響き渡る中、叫び出したい衝動に駆られる二人がいたのだ。
ホテルに着くなり、さっそくギターを片手に歌い出した。
ーーーーーーーー音が溢れてくる。
やばいくらいに鳴ってるのが分かる。
「潤、次はあれな?」
頷いて拓真のギターに合わせるように弾き始めた曲は、この間のライブに影響されて出来た曲だ。
あぁー……こうやって、音楽をいつでも出来るような……そんな奴に、俺はなりたいんだ。
今更のように自覚した俺に、拓真は呆れたように笑っていた。
「当たり前だろ?」
「あぁー……」
プロになりたいと何度となく想ってきたけど、それは単純に音楽が好きだからなんだ……
夜遅くまで未来を語るように歌う姿があった。
ライブに反映させたくて、ここ数日はいつも以上に足掻いてる。
俺達なりの見せ方も、当初よりは良くなってる筈だって…………それに、そうじゃなきゃ困る。
休みの殆どをエンドレの活動に充ててるのに、成果が全く無いんじゃあんまりだ。
seasonsに限った事じゃなくて、ライブはいつだって緊張する。
water(s)はスカウトされたって、音楽雑誌に書いてあったっけ…………そんな奇跡みたいな出来事が起こる訳はなくて、今も足掻くように試行錯誤の繰り返しだ。
「今日の反応は上々か……」
「そうだな。ようやくか……」
「あぁー……」
…………本当に……ようやくだ。
あの日以降、ストリートでもseasonsでも、演奏する度に楽曲の良さに気づかされる。
water(s)の曲はストリートで一発目にやると、確実に人が立ち止まって聴いてくれるけど……俺達の曲だと、その率は半分もあればいい方だ。
seasonsでやる時は告知をする日もあるし、何度か立ってる場所だからか、反応も良い。
初めてステージに立った当初に比べれば、日々進化してるって言っても良いと思うけど…………難しいよな…………思い通りの音や声が出ない日もある。
それは俺達の音楽が、一定に出来ていないからだ。
結局、行き着く先は練習だ。
今もライブ終わりにカラオケ店の一室で、音合わせをしていた。
あーー、拓真はギター上手いよな……
俺も上達してるとは思うんだけど……遠いな……
「次からは……ストリートでも、持ち歌だけでやらないか?」
「あぁー、俺も思ってた」
「やっぱりかー。このままだと、頼らないと歌えなくなりそうだからなー」
「あぁー、それは避けたい。オーディションの音源、録音するんだろ?」
「勿論! この夏の間になー!」
にっと歯を出して笑う拓真は、あの頃と変わらないままだ。
いつだって、一歩前を歩いているような……そんなイメージのままで、相方って堂々と言ってのけるくらいの俺になりたいんだ。
エンドレは俺達二人で作っていくんだって…………
少し前までのモヤモヤしたような感情が、晴れていくようだ。出逢った頃と変わらない場所で、音合わせをしている時だけは、届かない現実を忘れられるようだった。
『はぁーーーー……』
揃った大きな溜息の理由は一つ。告知なしのストリートの結果だ。
夏の暑さとか言い訳にならないくらい、素通りの人とか久々過ぎて……溜息を吐かずにはいられない。
隣でポカリを飲み干した拓真からも、同じように溜息が漏れていた。
「次に切り替えなきゃなー」
「あぁー……」
そう分かってはいても、凹むものは凹むし……
「……今日は、何がいけなかったんだろうな」
うだるような暑さの日差しが降り注ぐ中、思わず口にした言葉に、拓真は少し考えるような仕草だ。
ーーーーそりゃあ、そうだよな…………ここの所、上手くいっていたのに……急に振り出しに戻った感じだ。
弦も、声も、いつも通りの音だった筈だ。
実際、俺と拓真は……そこを疑ってない。
曲順だって、以前の反省を踏まえて、気をつけてるんだけど……
動画チェックで、その理由が分かる。
「……場所が、不味かったのか?」
「あぁー……近くで演奏してた奴の音と、相殺されてるよな……」
「はぁーーーー、難しいな」
「あぁー……」
上手くいったと思っても、ライブは生モノだから臨機応変さが必要なんだって……改めて、思い知らされた。
「ってか……隣の奴、態と俺達の隣に場所取りしてただろ?」
「それな、俺も思った……挙句、音量の差で負けたって感じか……」
「最近、ストリートでやる時に見かける奴等だよな?」
「ん? そうだっけ……」
「潤は意外と見てないよなー」
「拓真ほど慣れないんだよ。次からは気をつける」
「いいけどさーー……また被ってきたら、どうする?」
「場所変えるのは尺だから、曲を変えるしかなくないか?」
「そういう所は、意外と挑戦的だよなー」
「拓真には言われたくない……」
落ち込んではいても、どん底に落ちたりはしない。
一人じゃないから……それだけで、違うんだ。
「じゃあ、次回はこっちを振り向かせるって事で」
「あぁー」
陽気な口調に釣られるように、気持ちが軽くなった声で応える。
「拓真、そろそろ行くだろ?」
「勿論! テンション上げてかないとな!」
ハイタッチを交わした二人は、seasonsへ駆け出していった。言っていた通り、今年の夏はライブに、アルバイトと、忙しい日々が過ぎ去ろうとしていた。
「こんばんはー! ENDLESS SKYです!!」
目の前には、会場を埋め尽くす程でないにしても、聴いてくれる人がいる。
昼間、凹んでたのが嘘みたいだ。
あぁー……俺は、此処に居られる自分で在りたいんだ。
この場所だけは誰にも譲れない。
拍手の響く会場で一礼する二人は、揃って笑顔を見せているのだった。




