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第26話 欠けた月と

 あんなの見せられて、黙ってるままなんて無理だ。

 カラオケに直行して散々歌いまくった。

 喉が枯れる程ではないけど、それに近いものがあった。

 弾き語りは、今まで楽器にしか触れてなかった奴にとって、格段に難易度が上がる。

 ピアノの弾き語りがあれだけ出来る彼女だから、ある意味納得はしてるんだけど……レベルが違い過ぎるだろ?

 動画も凄かったけど、生の音は……くるよな……


 「潤、やばかったな……」

 「あぁー……」


 言葉少なに応えるしかないほど、上手く言い表せない。心臓を鷲掴みにされたような衝撃だけが残る。


 当てはまるような言葉が、いつも見つけられなくて探してしまうんだ。

 あの時は、英語の発音に驚き過ぎて……ギターを弾いてる事が自然過ぎたんだ…………


 だいぶ落ち着いてきたけど、まだ鳴ってるな……


 まだ寒さの残る夜の桜を見上げ、想いは募っていった。




 「ーーーー桜か……」

 「ん? どうかしたのか?」

 「もうすぐ休みも終わりだなー」

 「あぁー、そうだな……」


 機材の準備が整え、視線を通わせる。


 この瞬間は、いつも緊張する。

 最初の一音が重要で、最初の一声が上手く出せた日は、聴いてくれる人がいるって実感するから…………

 ニューヨークでストリートする発想なんてないし、そんな実力もないけど……拓真と二人でギターを弾きながら生み出すハーモニーは好きだ。

 自分の声がいつもより良く聴こえるし、ギターだって、楽しくて……


 二人の織りなすハーモニーに、拍手が送られていた。


 …………こうして……拍手が貰えるようになった事は、大きな変化だよな……


 揃って一礼して、感謝の意を表していた。


 そういえば……もう花見の季節か……この間の夜に見た桜とは違うな。

 夜桜も綺麗だけど、晴れた空にも似合ってる。


 「ーーーー仲良いな……」

 「どうかしたのか?」


 今度は拓真が尋ねていた。

 携帯電話の画面を見せた彼は、心なしか嬉しそうだ。


 「本当だなー。これ、新宿御苑か?」

 「あぁー、たぶんな。メンバー揃って花見とか豪華だよな」

 「確かに……」


 先日のサプライズを揃って想い返していた。


 ーーーーーーーー本当、ある意味……夢が叶ったような時間だった……

 miyaにwater(s)の結成について直接聞けたし、貴重なメンバーの話を聞かせて貰えた。

 全部、上原の……hanaのおかげだ…………

 欲張りになっていく自分がいる。

 分かってるのに、止められないんだ……


 「潤、こっちの動画はバンドの一員になったみたいだなー」

 「へぇーー、これは上がる奴、多いだろうな」

 「だよなー」


 拓真の見てた動画は、メンバーの一員になったみたいにカメラを回していて、話しかけられてるというか……乾杯をするような映像になってた。


 ーーーーいいな……彼女の事を抜きにしたって、正直羨ましい。

 それだけwater(s)の事が好きで憧れてやまないし、ずっと……ファンでい続けるんだと思う。


 携帯電話に映る彼等は、自然体の笑顔を見せていた。それは実際に言葉を交わしたあの日と、少しも変わらない姿であった。




 桜の花びらが舞う頃、大学で三度目の春を迎えた。ピアノ専攻のメンバーは揃って進級していた。


 ーーーー絵になるな……


 潤の視線の先には、桜の木を見上げる彼女がいた。


 声をかけようとしたら、石沢と楽しそうに話してるみたいだから止めたけど…………

 本人に自覚はなさそうだけど、やっぱ……目立つよな……メディアに出るようになってから尚更だ。


 初めて上原がhanaって知った時は、衝撃的だったけど……それは、今も続いてる。

 新曲が出る度、驚かない時はないし、惹かれない曲もないから……


 「潤、練習室行くだろ?」

 「あぁー」


 大学の休みが明けたばかりにも関わらず、練習室に向かう背中には、変わらずにギターケースが背負われていた。




 進級した時の景色と彼女の横顔に音が鳴ってた。

 日常から曲は生まれるけど、その歌詞はほとんどがフィクションだ。

 たまに願望とか……そういうのが混ざってる時もあるけど……


 「拓真、聴いたか?」

 「聴いた!」


 これで通じるとか、さすが拓真だと思う。


 「"三日月"だろ?」

 「あぁー」


 water(s)の新曲、"三日月"。

 CDはデビュー当初から、シングルもアルバムも関係なく集めてる。

 ちょっとしたコレクションだ。

 だって、まだ学生なのに四周年をこの間のライブで迎えてたし……立ち止まる事なく進化してるから、首位を獲得し続けてるし、やっぱ実力者なんだって思う。


 自作のCD販売でも一苦労の俺達にとっては、夢のまた夢だ。

 このままじゃダメだって分かってるから、オーディションにも挑戦しようか検討中だけど……結果は、目に見えてる。

 集客力が、絶対的に足りない。

 どんなに綺麗な言葉を並べても、それだけじゃ足りなくて…………どんなに印象に残るイントロを見つけても、それだけじゃ届かないんだ。

 曲と詩が、両方マッチするような……そんなイメージで、それは正にwater(s)で、他には居ない。

 唯一無二って言えるような圧倒的な存在感。


 「潤、CD見てっても良いか?」

 「あぁー」


 久々にタワレコ来たけど……夕方っていうか、渋谷はやっぱ人が多いよな。

 それにしても……凄いな…………


 目の前には特設されたwater(s)のパネルがあり、ファーストシングルからのCDが並んでいる。


 今はサブスクが主流で、音源が売れない時代って言われてるのに、明らかに逆行してるよな……


 「……凄いな」

 「あぁー」


 拓真も、同じ事を思ったみたいだ。

 此処だけ人が集まってるし、俺達から見える位置だけでも二人は、"三日月"のCD持ってる。

 ドラマ主題歌に使われてるから人気なのは分かるけど、学生服姿の奴が多いな。


 「拓真、クラシックも聴くのか?」

 「まぁーな。この間、keiがお薦めしてくれたやつ」

 「あぁー、あれか。俺も家にあるから、持って来るか?」

 「マジ? じゃあ、他のやつを買うかなー……潤、これは?」

 「それは持ってないな」

 「んじゃあ、こっち買うから貸し出し頼むなー」

 「あぁー」


 CDの貸し借りは良くしてる。

 あの日、water(s)が最近ハマってるやつを聞いたら、クラシックやロックに、ジャズからJ-POPまで、ジャンルを問わず気に入ったモノは、CD買うって言ってたから、見習ってるんだけど……中々な……

 そんなに大人買いは出来ないし、それを買うならギターの弦とか、他に欲しい物があるから…………拓真と一緒だと、一人の時よりも倍の音楽を聴いてる気がするけど。

 二人してwater(s)のは買いたいから、そこの貸し借りだけはした事がない。

 今年の夏は、色んな音に触れる機会があるから……楽しみだな。


 初めてするであろう体験に心を躍らせていた。

 

 浴室にいた潤の頭には、曲が流れていた。


 water(s)の曲が鳴ってる。

 一つ残らず、歌詞は覚えてる。


 ーーーーあんな風に……CDショップに並ぶ事が当たり前になるには、どうしたらいいんだろうな……


 湯船に顔をつけ、ブクブクと音を立てた。


 此処で歌うと響いて……恥ずかしい思いをするから、もうやってない。

 あの日から、俺なりに……俺達なりに試行錯誤を繰り返して、seasonsに立てるまでになったけど……あと一歩が届かない。

 本当は……分かってるんだ。

 無難で、平凡なモノしか生み出せていないって事。

 奇抜なメロディーとか、表現力が乏しい自覚もある。

 だからって、諦めたりしないけど…………


 部屋の窓から月が見えていた。


 「ーーーー"三日月"か……」


 ずっと……鳴ってるな……生の音が聴きたくなる。

 ライブで聴きたくなる程、water(s)に会いたくなるんだ。


 どれだけ努力しても、それが報われるかは分からない。

 俺の想いを見透かすように、miyaは言った。


 『ーーーーそうだな。作詞も作曲も……アレンジも、どれか一つでも欠けてたら、今のwater(s) はいないし……この五人じゃなきゃ見られない景色があるって、そう信じてるかな……』


 ーーーーーーーー自分を信じ抜く力…………俺には足りないものだ……

 信じてはいても……自問自答の繰り返しで、終わりの見えない夢に、立ち止まりそうになる日もある。

 それは、water(s)のライブやhanaの音を聴いた時が殆どで、余計に届かないって感じるからだけど……練習自体は嫌いじゃない。

 上手く弾けた時は嬉しいし、やってて良かったって感動する事だってある。

 ただ……その程度の覚悟じゃ足りないって、現実を突き付けられた気がした。

 water(s)にあって、エンドレに無いモノ。

 何度考えたってあり過ぎるから……自分達のツインギターを生かすような楽曲を心がけるようにはなったけど…………まだ……まだ、足りないんだ……

 天才でも、才能が人一倍ある訳でもない俺は、努力し続けるしかない。

 届くように願って、やっていくしかないんだ……


 「はぁーーーー……」


 大きな溜息を吐き、無機質な天井を見上げた。


 「…………『継続は力だよ』……か……」


 横になった彼の視線はギターに向けられている。


 ーーーーそう……続けなければ……継続していかなければ、俺達に未来はない。


 葛藤の中、それでも鳴っているのは彼女の音色だ。


 高校の頃は、そこまで現実を見てなかったんだと思う。

 大学生になって、志望通りのピアノ専攻に入学したけど、周りは音楽の好きな奴しかいない……上手い奴等ばっかりだ。

 いくら勉強しても、追いつける気がしない。

 バイトもライブも、全てエンドレの為だけど……時間だけが、浪費されていく気がして…………もう三年になるんだよな……


 過ぎていく月日に充実していた実感がありながらも、そうでない日も確かにある事に打ちのめされそうになっていた。前向きに捉えるように心がけていても、押し潰されそうになる夜はある。

 ただ机に置かれたままの書きかけの譜面には、彼らしい曲調の音符が並んでいるのであった。

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