第25話 偶然性さえ運命さ
試験は二人とも上手くいった。
だから、今日からまた思いっきり活動が出来る。
同窓会の日に出来た曲は、何とか形になる所まで来た。
ようやく試験勉強から解放され、これからアレンジを詰めていく段階である。
「潤、もう一回やらない?」
「あぁー」
やらない選択肢はない。
それくらいギターに触れたかったけど……ピアノ専攻のおかげで、グランドピアノの組み合わせとかも出来るし、此処で学んだ事が全て繋がってる気がするんだ。
韻を踏む事で生まれるグルーヴ感も、今回は上手くいっているようだ。
これを……seasonsで披露出来るまでにしたいんだ。
練習室を出る頃、空はすっかりと暗くなり、冷たい風が頬を撫でていく。
「寒いなー」
「あぁー」
さっきまでの熱気が、全て無くなっていくみたいに風が冷たい。
“木枯し“ってタイトルの寒い曲が出来そうなくらい、冷えてるな。
「潤、またなー」
「あぁー、またな」
悴みそうになる手でイヤホンをつけると、ダウンのポケットに突っ込んだ。
いつ聴いても心地いいな……チケット、当たらないかな…………
俺が無理でも、拓真が当たれば行けるし……初詣の願いは、それだけに絞ったんだから頼む!
普段は神頼みなんてしないくせに、こういう時だけは願う。
それくらいwater(s)のチケットの倍率は高くて……俺達みたいなの山程いるんだろうな…………柄にもなく願ってしまう自分も悪くないって思ったりもしていた。
だから、珍しく二人してチケットが当たった時は驚いた。
ただ残念な事に、同じ日にちで一つは仕方なく譲る事になった。
日にちが違ったら、二日間見れたのに…………考えようによっては願掛けが叶ったって事だから、これ以上の文句は言わないけど。
当たらないと、見る事さえ叶わないから……
「俺、チケット買ったよー」
「わーい! ありがとう、酒井」
「俺も取れたから、拓真と見に行くよ」
「樋口くんも?! ありがとう!」
ーーーー本当、いい顔するよな……
彼女が喜んでいると、大塚達が昼食を乗せたトレーを持って次々と戻って来た。
二限目が終わったばっかだけど、八人揃うって久々な気がするな。
いつものメンバーは、四人掛けのテーブルが並んでいる席に男女別々に座っていた。
「明日から実質休みだよな」
「そうだねー」
別々の席でも隣り合っている為、八人揃って話を続ける。特に必修科目の後によく見られる光景だ。
「休み中、どこか行くの?」
「俺はバイトかなー」
「阿部っち、楽器店でバイトしてるんだよね?」
「うん。たまに、拓真と潤が見に来るよなー?」
「お金が貯まったら、欲しいギターがあるんだよ」
「拓真がギター見て、テンション上げてるんだよ」
「へぇーー、二人でストリートとかで演ってるんでしょ?」
「まぁーな。ワンマンライブ出来るようになったら、ライブハウスに見に来てよ」
「聴きたい! デュオ名は何て言うの?」
輝かせたような瞳で聞かれれば、答えない訳にはいかない。
「……ENDLESS SKYだよ」
「ENDLESS SKYかぁー……素敵な名前だね……」
「そういえば、いつから組んでたんだ?」
「高二に上がる前からかな……」
「それで酒井と樋口は、入学当時から仲良かったんだねー」
石沢達から見ても仲が良いと言われるほど、潤と拓真は同じ出身高校かと当初は思われていた。その為、デュオを組んでると知った時は一同納得であった。
入学当初を振り返り拓真に感謝しながらも、半分程しか潤の頭には入らない。その理由は単純である。彼女に聞かれたらからだ。
上原に告げた時、少し緊張した…………ENDLESS SKY……それだけで、water(s)のデビュー曲から名付けたとは思いもしないんだろうけど…………彼等がいなかったら、俺達も組んでないのは確かだ。
終わりのない……永久に続く空へ飛び込んで行けるような……そんな願いも込めてる。
ずっと……音楽を続けていきたいから……
カフェテリアで彼女も交えて話す日々が、いつの間にか日常になっていた。
待ち遠しかった三月二十八日。
water(s)がデビューして四周年のライブが、東京ドームであるんだ。
開場まで一時間以上も時間があるのにも関わらず、外のブースにはグッズを買う長蛇の列が出来ていた。
チケットの抽選に外れてたら、俺もグッズだけでも買いに来てたかもな……
「相変わらず、すごい人気だな」
「あぁー、日本を代表するアーティストって、言っても良いんじゃないか?」
長蛇の列を横目に、拓真に電話をかけて貰った。
『開場の一時間くらい前にドームまで来れる?』
上原からそう連絡を貰ったのは、一昨日の事だ。
『勿論』って即答してた。
元々、俺も拓真もグッズを買うつもりで、会場前から並ぶつもりだったし、上原の誘いを断る理由なんてない。
期待せずにはいられないから…………
「上原、何だって?」
「関係者用の通用口に来てって。あと、俺らの写メを送って、って言ってたな」
上原に言われた通り送信すると、程なくして二十代後半くらいに見えるスーツ姿の男性が、通用口に姿を現した。
今の人……プレス用の入館証を首から下げてるみたいだけど、上原じゃないのか…………
「……酒井くんと樋口くんかな?」
『は、はい!』
慌てて返事をすれば、微笑まれる。
二人の首にも入館証がかけられ、言われるがまま静かに男性の後をついていった。
彼等の淡い期待は現実になる。
扉を開けた男性に続いて入ると、彼女が出迎えていた。
「hana、連れてきたよー」
「スギさん! ありがとうございましたー」
「いいえー、じゃあ、僕はまた後で顔出すから」
扉の閉まる音が、やけに響いて聞こえていた。
「…………二人とも驚いた?」
何でもない事のように笑ってるけど、心臓が早鐘のように鳴ってるし……驚かない筈ないだろ?
だって、ずっと憧れていたwater(s)が……今、目の前にいるんだから…………
彼等は本番前にも関わらず、リラックスした様子で座っていた。
「みんなに紹介するね。私と同じピアノ専攻の酒井拓真くんと樋口潤くん」
「はじめましてだね」
「miyaの言ってた二人かー」
「こっち、座るといいよ?」
hiroに座るよう促されているが、緊張のあまり直立不動だ。
『ーーーーはじめまして……』
「二人ともライブによく来てくれてるって話たら、今の時間帯なら控え室に呼んでもいいって事になったの」
緊張感の途切れない中、挨拶を交わしていると、控え室の扉が再び開く。
「ただいまー」
「miya、おかえりー」
最も憧れるギタリストが入って来たのだ。
「酒井くん、樋口くん、いらっしゃい」
「……こんにちは」 「お邪魔してます」
「二人とも緊張してるなー。そんな二人には、はいこれ」
大きめなビニール製の袋が手渡され、思考は停止寸前である。
「よくライブに来てくれるって聞いたから、俺達からのお返しな」
「あ、ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
先程列をなして求める人がいたwater(s)のライブグッズが、こんなに…………心臓が鳴りすぎてて、やばい……
「二人ともお茶とコーヒー、どっちがいい?」
「お茶で」
「俺も……」
上原が紙コップに注いでくれたお茶を、勢いよく飲み干した。
そうでもしないと緊張しすぎて、冷静さを保っていられないし……目の前の光景が、やっぱまだ信じられなくて…………
「keiさん達は、バンドの楽器はいつ頃から弾き始めたんですか?」
「うーーん、高二の夏辺りじゃないかな?」
「そうだな。miyaがwater(s)やるって言い出した時には、ある程度までは弾けるようになってたからな」
「そうなんですか?」
彼女が隣に座ってくれた事もあり、少し冷静さを取り戻したようだ。
「うん。基本、俺の我儘で出来たようなバンドだから」
「そんな事はないだろ?」
「あぁー、曲作りの時の無茶振りは認めるけどなー」
「aki! そんな事ないだろ?」
「自覚ないのか?」
「それは……あるけどさ……」
「あるじゃん!」
彼等の仲の良さに感動すら覚える。
聞いてみたかった事を、実際に聞ける日が来るなんて……夢のような時間って、こういう時を言うんだろうな。
開場時間になると、先程の男性と共に彼女が通用口の扉の前まで見送っていた。
「二人とも、来てくれてありがとう……みんな、嬉しそうだった」
「いやいや。こっちこそだよ! 上原、ありがとな!」
「凄い、楽しかった……」
「……ありがとう……ライブ、楽しんでいってね」
「あぁー」 「うん、またなー」
いつもの調子で手を振る彼女は、これからステージに立つhanaとは思えない程に自然体だった。
ーーーーついさっきまで話してた事が……現実とは思えない。
ステージで歌うhanaは、一時間前に手を振ってくれた彼女とも、大学で会う彼女とも違う。
貰ったライブTシャツに着替えて、ペンライトを照らしながら、water(s)のライブを純粋に楽しんでいた。
「ーーーー凄いな……」
「あぁー」
音と連動するプロジェクションマッピングが、観客を彼等の世界へ誘ってるみたいで…………
hanaの歌声も、miya達の音色も、会場を魅了するには十分な手腕で、他に言葉が見つからないんだ。
ステージから去った彼等に、アンコールの声が送られている。
俺も拓真も、周囲の歓声に紛れながら思いきり叫んだ。
早く出て来て欲しくて……一瞬でも構わないから、その音色が聴きたくて……
暗かったステージに再びスポットライトが照らされれば、一際大きな歓声が上がる。
「ーーーー最後までお付き合い下さい!」
そうkeiが告げれば、視線を通わせる姿がスクリーンに映る。
「ーーーーーーーーまさか……」
……だって、あのストリートは言わば非公式のようなものだろ?
ネットにはアップしてるけど、プライベートでやってるみたいだったし……
動画で見た事はあっても、技術力の高さを目の当たりにして震える。
hanaがギターを弾きながら、歌うなんて…………やばい……何で、そんなに弾けるんだよ?
動画を見た時の比じゃない……
先程までの夢のような時間が吹き飛ぶほどの衝撃だった。
「うわっ……」
隣から漏れてきた声には納得だ。
思わず声が漏れてしまう。
数時間前まで、一緒にいた上原とは思えない。
ーーーーでも、音が……hanaだって、気づかされる。
メンバーにはギタリストが二人もいるのに、敢えてやらせてるんだろうな…………その価値は、十分過ぎるくらいだ。
あぁー……偶然なんかじゃなくて、必然か…………
miyaや他のメンバーの表情で、それくらいは俺にも分かる。
こうなる事は、必然だったのか…………
鳴り止まない歓声が響く中、叫び出したい衝動に駆られていた。




