第23話 夢の途中で
準備万端だから、大丈夫だ。
彼が自身に言い聞かせているのは、クリスマスライブ本番の五分前を切ったからだ。
前のバンドの反応も上々みたいだし……今回は、人が集まって盛り上がって欲しいから、SNSで告知だってしたし……
拓真に視線を移せば、彼以上に楽しそうな笑みを浮かべていた。
ーーーーーーーー流石だよな……どんなに緊張してても、拓真はいつも楽しそうだ。
俺は人の顔なんて覚えてないけど、拓真は割と覚えてるし……それだけ余裕があるって事だから、さすがはコンクールに出場経験のある音大生って感じだ。
「ふぅーーーー……」
深く息を吐き出した潤は、整えられたステージを眺めていた。
拍手が起こる中、二つ並んだマイクスタンドの前に飛び出した。
「こんばんはーー! ENDLESS SKYです!!」
拓真の声に合わせ、ギターの音が流れる。特徴のあるイントロと共に、揃って声を出した。
ーーーーーーーー緊張感はある………相変わらずだけど、楽しいな…………
ステージから見える景色……これが、water(s)が見てきた景色って事だろ?
seasonsのステージに立つ度に思う。
十六歳の俺が憧れた場所に立てている今と、ワンマンライブを出来るまでに至っていない現実。
でも、だからこそ生まれる曲がある。
渇望する程の想い……長考する事はあっても、立ち止まる事はない。
そんな時間すら、勿体ないって思う。
ーーーーーーーーようやく、此処まで来たんだな。
SNSの告知の効果だろう。いつもの倍以上の人が彼等の曲を聴いていた。二人は喜びを噛み締めながら、奏でているようだった。
三十分のライブが終わる頃、拍手と歓声が響く。それは、彼等が今までに感じた事のない景色であった。
『ありがとうございました!』
珍しく声を張り上げた潤は、隣にいる彼と共に一礼すると、バックヤードに入るなり抱き合っていた。
「お疲れ!」
「お疲れー! やったな!!」
「あぁー!!」
ーーーーやりきった……三十分間、駆け抜けた気がする。
今までで、一番大きな拍手だったし……これまでライブしてきた中で、一番長いパフォーマンスだった。
鳴ってるのが、痛いくらいに分かる。
あぁー…………本当に、ライブしたんだな……
ステージでは、次の出演者が奏でている。
……何か……夢みたいだ…………ついさっきまで、あの場所に立っていた筈なのに……今になって、手が震える。
ハイタッチを求める拓真に微笑むと、心地よい音が響いた。
ーーーー楽しかったな…………聴いてくれる人がいるって、有り難い事だ。
素通りされてた日々が、ずっと昔の事みたいで……俺だけだったら、此処まで来れてなかった。
一人だったら、楽しいとさえ思えてなかった。
「拓真……ありがとな……」
少し驚いた様子の彼も頬を緩ませる。
「あぁー……潤、ありがとな……」
イルミネーションで彩られた街並みを、二人はギターを背負い歩いていく。
「あそこに行くか?」
「だなー!」
あそこで通じるとか……拓真とも四年近くの付き合いになるのか……
想いを巡らせた潤は、初めて出逢った日から何度となく訪れているファミレスで、反省会を行う事となった。
何だかんだ言っても、こうやってエンドレについて語り合ってる時って、一番楽しいよな…………拓真となら、叶う気がするんだ。
食べ終えた皿は下がられ、空になったグラスがいくつも並んでいる中、楽譜を広げ、次のライブに向けて試行錯誤を繰り返していく。既に次を見ていた。
「次の目標はワンマンライブだな」
珍しくはっきりと口にした彼に、拓真も笑顔で頷く。
「あぁー、勿論な!」
朝が来るのが待ち遠しいくらいだ。
歌う度に、拓真と演奏する度に、欲張りになってる自分に気づく。
もっと……もっとって……ただ、単純に願う。
上手くなりたいって、何度だって……
頭上から惹かれる音色が流れたかと思えば、スクリーンには彼等が映っていた。
…………ずっと……聴いていたくなるな……
「潤、信号変わるって!」
「あ、あぁー……」
思わず振り返ってしまいたくなる。
上原の声はそれくらい魅力的で、彼等の曲はそれくらい存在感があるんだ……
拓真と分かれると、イヤホンから流れ出る曲に口ずさんでしまいそうになるのを堪え、電車の窓から夜の景色を眺めていた。
「こっちに運んでー」
「はい!」
また例の如く、短期のバイトだけど、詰め込んだりはしてない。
年明けに試験があって、ギターばっかり弾いてたら絶対に落第する自信があるし…………中々、思い通りにはいかないよな……
機材を指定された場所に置いた潤は、組み上がった舞台に視線を移した。
ーーーーーーーー此処に立つアーティストか…………seasonsよりも広いステージに立ってみたいな。
最終的な目標は、ドームツアーとかだけど……いつか叶う日がきたら、その時はーー……
軍手を外し、大きく伸びをした。その瞳に映るのは自身の姿だろう。
……まだ……まだ、これからだよな…………先ずはseasonsでのワンマンライブ!
それが今の俺の……俺達の目標で、着実に一歩ずつでも進んでいけたらいいな。
「拓真、お疲れ」
「お疲れー、潤」
「はぁーーーー……」
「どうかしたのか?」
「いや……試験だなって思ってさ」
「言うなよ……」
筆記はともかく、実技は苦手なままだ。
高校から慣れてる筈の拓真も、実技は苦手っぽいし……そもそも、試験が得意な奴なんていないだろうけど……
「潤は成人式、どうするんだ?」
「ん? 参加するよ。中学の同窓会あるらしいし」
「珍しいな」
「仲良かった奴が幹事だからさ。拓真も参加するって言ってたよな?」
「まぁーな、懐かしいよなー」
「そうだな……」
中学の頃は、まだサッカーしてたんだっけ……何か拓真と知り合ってから、色んな事があって……ずっと前の事のような気がして…………音楽の事を考えない日は、一日もないみたいだ。
それだけ音の溢れる世界って事なんだろうけど、俺も変わったよな…………楽理の分析的な視点で音楽を聴く事が増えたし、細かな聴き分けもメジャーな楽器なら分かるようになってきた。
拓真の方が細かいのは、相変わらずだけど。
知識も、まだ学ぶ事がありすぎる感は否めないけど……それでも、進化してるよな。
そう思いたいし……そうじゃないと、凹むから考えないようにしてる。
拓真のポジティブさは、見習って損はないから……
「潤、何か食って帰らないか?」
「いいけど、ラーメン以外な?」
「分かってるって!」
ファミレスに寄ると、持ち歩いていた譜面を見ながら料理がくるのを待つ姿があった。
seasonsのライブは、楽しかった…………もっと他に感想があっても良さそうだけど、夢のような時間だった。
あれから舞台には立ててない。
目下の目標は無事に試験を終える事だけど、その前に成人式だ。
拓真に『珍しいな』って言われた通り、いつもの俺なら参加してないよな。
社交的な拓真と、音楽の為に参加する事にしたようなものだ。
同じサッカー部に所属してた山崎には悪いけど……
彼が電子ピアノを弾いていると、妹と弟が和室を覗いてきた。二人とも冬休みである。
「お兄ちゃん、この曲弾いてー」
「これも聴きたい!」
「了解」
夢も傑も素直だよな……少しは、見習いたいくらいだ。
俺が弾くと喜んでくれるし、楽しそうにしてるのがこっちにまで伝わってくるこの感じ……そっか……water(s)みたいなんだ…………
ただ単純に……純粋に、音楽を好きな想いが伝わっていくみたいで…………音色の違いも、集客力の差も、まだ埋まらないけど、それでも……こうして、練習していくしかない。
上手くいく日ばかりじゃないし、凹む事もあるけど……俺の紡いだ音楽で、今の夢や傑みたいに楽しんでくれたら、嬉しいんだ。
音楽はその字の通り、音を楽しむべきなんだから。
和室に兄妹の楽しそうな笑い声と共に、潤の歌声が響いていた。
「兄ちゃん! もう一回!」
「うん! もう一回、聴きたい!」
二人のリクエストに笑みを浮かべる。
緊張し過ぎて、喉が萎縮しないようにすれば……少しはマシになるかもな…………
出だしが悪いと、流れを引き戻すのは大変だし。
惹きつけるようなイントロが生まれるのは、稀な事だから……少しずつでいいんだ…………俺も、進化してるって思いたい。
「潤、手伝ってー」
「はーい」
母に呼ばれ夕飯の食器を並べる彼の頭には、音が鳴っていた。
成長してる部分は確かにある。
無視されていたストリートも、音が走りすぎる事も、今はないし……学んでる楽理については詳しくなった。
でも……それは、高校の頃に比べたらって事で、現実的なモノはない。
このままじゃダメなんだ……
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ん? 美味しそうだな」
「うん!」
あーー、他の事を考えるか……夢に心配されるとか無しだ。
夢の頭を撫でる姿は、潤の思っている以上に優しい兄の姿である。
思い悩まない日も、音楽の事を考えない日がないのと同じくらい……無いよな…………
このままじゃダメだって事は、痛いくらいに分かってるんだ。
仕草は兄そのものだが、頭の中ではまた考えを巡らせていた。彼は夢の途中で、足掻きながら走っていたのだ。




