表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/110

第22話 答えをくれよ

 ーーーー飲み会な……拓真は、意外と冷静に人を見てるよな。

 同じ年でも違う専攻でもなくて、一つ歳上のピアノ専攻の先輩か……


 彼等の前には同じ専攻の先輩、二人の女子が座っていた。


 ようするに……ミヤ先輩と同じ年って事だろ?

 こんな機会滅多にないし、俺達の事よりも、普段のミヤ先輩がどんなか知りたいし、聞いてみたいよな……


 「拓真くんと潤くんは、いつから組んでるの?」

 「高校からですよー、小林こばやしさんときしさんは、よくseasonsに見に行くんですか?」

 「うーーん、そうだね。closeクローズが出てるのは、割と見に行くかもね」

 「へぇー、やっぱり好きなんですね」

 「うん! でも、エンドレも好きだからライブする日が分かったら、SNSに上げて欲しいなー」

 「そうですねー、考えておきます」

 「それ、上げる気ないやつでしょ?」

 「そんな事ないですよ?」


 拓真がよく喋ってくれるから有り難いけど、SNSに上げるか……そうした方が、やっぱ人は集まるよな。

 大抵飛び入り参加だから、俺達の事を知らない人に、何処まで聴いて貰えるか……ある意味、試してるんだけど…………そういえば、堤さんも言ってたよな。

 これから、どうするかな……


 「潤くん、空になってるよ。何、頼む?」

 「あっ、ビールで。岸さんは何にしますか? 俺、頼みますよ」

 「うーーん、カシスソーダで」

 「了解です」

 「敬語じゃなくてもいいのにー」

 「あーー、そうですね……」


 …………無理。

 ってか、もう帰りたいし、愛想よく振る舞ってる拓真に感心する。

 参加してるんだから、俺も聞きたい事は聞いとかないとな……


 「……あの……宮前先輩はどんな人ですか?」

 「ミヤ? 確か……一年の時に、コンクールで優勝してたよね?」

 「うん。バンドでギターも弾けるのに、羨ましい限りだよねー」

 「そうそう。二人ともwater(s)は知ってるよね?」

 「はい」 「勿論です」

 「ミヤはモテるけど、彼女一筋な感じだよね」

 「うん、hanaちゃんね」

 「上原を知ってるんですか?」

 「うん、たまにカフェテリアで見かけるし」

 「そう。それに私達が一年の時から、制服姿の美人な子が練習室に出入りしてたからねー」

 「そうそう。あの頃はまだwater(s)だって知らなかったけど、帝藝祭で二人を見かけた時からお似合いのカップルだなーって思ってたよ」

 「あったねー、私もショックだったもん」

 「岸さんも好きだったんですか?」

 「潤くん、意外とストレートに聞くねー……そうだね……でも、憧れの方が強いかな」

 「……憧れ、ですか?」

 「うん。私もミヤと同じコンクールに出てたけど、一次で落ちたから……単純に羨ましかったなー」

 「そうなんですか……」

 「うん……でも、今となってはwater(s)だから仕方ないって思ってるよ。あれだけの演奏が出来るんだもん」

 「そうだね。本当……敵わないよね」


 ーーーーwater(s)だから……か…………俺も何処かでそう思ってるんだよな。

 だから、あと一歩が遠いし、届かないんだって、自覚はあるけど……


 「私もあんな風に想われたーい」

 「きっしー、飲みすぎ。最近、彼氏と別れたばっかだから許してね」

 「いえ……」


 先程よりも彼女の本音が飛び出す。お酒のせいもあるのだろう。潤は店員にお冷やを頼むと、目の前に座る彼女に差し出した。


 「んーー……ありがとう……私、エンドレの片想いの曲で泣いたよー……またライブで演って欲しいなー」

 「検討しますね」 「ありがとうございます……」


 何て応えたら正解かは分からないけど……嬉しかった。

 ダイレクトに言われて……こういう声があると、続けていけるって思うし……まだ頑張れるって、思うんだ……


 「……岸さんも小林さんも、water(s)のファンなんですね」

 「勿論! ファンクラブに二人して入ってるからね。帝藝祭は同じ専攻って事で、融通利かせて貰ってるし」

 「そうなんですねー」


 俺達と同じって事か……同じ専攻の特権か……

 拓真は聞き流すように応えてるけど、自分と同じような気持ちの先輩に、親近感が湧いてそうだよな。


 water(s)の存在を改めて実感する。目標は遥か遠い場所に向かって進化し続けていると。


 ダブルミリオン突破してるんだから、同じ専攻の奴がファンでもおかしくはない……か…………

 まだ想像すらつかないけど……いつか叶う日がきたら……その時はーー……


 彼女達が席を立った為、ぬるくなったビールを飲み干し、頼んだばかりのビールで隣にいる拓真とグラスを傾けた。ゴクゴクと喉を鳴らす音がする中、その視線に気づく。


 「ーーーー大丈夫だって、俺もそう思ってるから」

 「ん、あぁー……」


 拓真の言いたい事は分かる。

 想い人の恋話とか、敢えて聞きたいわけじゃない。

 でも、上原とミヤ先輩が一緒にいる所を見るのは、別に……そこまで嫌いじゃないんだ。

 上原に対する想いよりも、強いんだろうな……


 アルコールで自分を見失ったりしない程度には、二人ともお酒に強いようだ。


 彼等が店を出る頃、空には月が出ていたが、誰も気づかないまま通り過ぎていった。




 「潤、お疲れー!」 「お疲れ、拓真!」


 ハイタッチを交わす彼等は、ステージを終えたばかりだ。


 今日は三曲も歌えた…………seasonsのステージに立てるようになってから、月に二回以上は、出演させて貰ってる。

 曲順も新曲も練っただけあって、反応は上々のようだし……


 「岸さん達、来てくれてたなー」

 「そうだな」

 「反応薄くないか?」

 「普通だろ?」


 SNSに上げたりはしてないけど、飲み会した二人とは拓真が連絡を取り合ってくれてるから、告知はしてるんだよな。

 それから、堤さんにも。

 急な時は来られない事が多いけど、出番が前もって決まってる時は、大抵見に来てくれてるっぽい。

 観客席は薄暗いからってのは言い訳で、俺には周囲を見る余裕がない。

 だから、拓真に言われて……来てたんだって思う程度で……反応が薄くもなるよな。

 視野の広い拓真に感心させられる。

 俺ももう少し余裕が持てればいいのに……未だに足踏みしてる感じは否めない。

 曲を認められるのは嬉しいけど、本当にこのままでいいのか? って、自問自答の繰り返しだ。


 ーーーーーーーー分かってる。

 どんなに学んでも、どんなに真似をしても、それは所詮コピーで、本物じゃないんだって……思い知る。

 どんなに奏でても、到底届かないって……


 「…………遠いな……」

 「そうだな……でも、ようやく此処まで来たな?」

 「あぁー……」


 自身の呟きに応えた拓真に頷く。


 ようやくライブハウスで、定期的に演奏出来るまでになったんだ。


 冬の冷たい空気が流れる中、揃って夜空を見上げていた。


 あの頃に憧れ続けたmiyaにも会えて、seasonsにも立てた…………まだまだ学ぶべき事は山程あるけど、一つずつクリアして、いつかの理想を目指したい。

 それだけは、変わらないから……


 「潤、寒いから何か温かいの食べて帰らないか?」

 「あぁー、ラーメンにするか?」

 「さすが! あそこ、この時間なら空いてるよな?」

 「そうだな」


 最近ハマっているラーメン屋に立ち寄り、暖を取ってから帰る。


 「明日は、また練習室で反省会だな」

 「そうだなー」


 ライブを演った次の日は、大抵練習室に居残り、ライブ映像の確認だ。ライブ映像といっても、携帯電話で録画したものである。


 自分達の演奏や客の反応の確認も、繰り返していくうちにだいぶコツを得た気がするけど、中々な……

 告知した時と、そうでない時の客の入りは、違うし……俺達を知らない中での演奏は、毎回それなりに消耗するしな……


 入浴を済ませた潤は、いつものようにベッドにダイブだ。

 明日が楽しみで仕方がなく、泥のように眠りについた。




 練習室では昨日のライブを客観視していた。


 うーーん、告知したから岸さん達の他にもストリートを見に来てくれてた人がいるっぽい。

 あくまで俺が分かるのは、この間飲んだ三年生と堤さんだけだ。

 拓真に言われて、来てくれてたかもな……くらいの認識しかないけど…………もうちょっと覚えとけよ! 俺!! って、思わなくもない。

 意識したところで何となくしか覚えられないし、話しかけられない限り、印象に残らないけど……


 「潤、休みはまたバイトするだろ?」

 「あぁー、ライブ資金とか色々欲しいものもあるからな」

 「だよなー、クリスマスは八時からだったよな?」

 「あぁー、今までで一番長い持ち時間だったな」

 「三十分かーー……楽しみだよなー」

 「そうだな」


 三十分って事は、五、六曲演奏出来るって事だ。

 あの日から描き始めて、エンドレの持ち歌は二十曲以上ある。

 試行錯誤してきた日々が、少しでも報われたらいいって思う。

 そしたらーー……


 「次、演ってみるだろ?」

 「あぁー」


 ギターも歌も、理想には届かない。

 でも、今出来る精一杯の事をしてる自覚はある。

 練習室で演奏する度、楽しくて仕方がない気持ちと同時に、自分がもう少し弾ければやってみたいアレンジが出来るのにって、思わない日はないから…………

 だからって、全てを否定してたらきりがないし、次に繋がるように取り組むだけだ。


 二人の演奏は何処までも続く夜空の中で、微かに光る星のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ