第22話 答えをくれよ
ーーーー飲み会な……拓真は、意外と冷静に人を見てるよな。
同じ年でも違う専攻でもなくて、一つ歳上のピアノ専攻の先輩か……
彼等の前には同じ専攻の先輩、二人の女子が座っていた。
ようするに……ミヤ先輩と同じ年って事だろ?
こんな機会滅多にないし、俺達の事よりも、普段のミヤ先輩がどんなか知りたいし、聞いてみたいよな……
「拓真くんと潤くんは、いつから組んでるの?」
「高校からですよー、小林さんと岸さんは、よくseasonsに見に行くんですか?」
「うーーん、そうだね。closeが出てるのは、割と見に行くかもね」
「へぇー、やっぱり好きなんですね」
「うん! でも、エンドレも好きだからライブする日が分かったら、SNSに上げて欲しいなー」
「そうですねー、考えておきます」
「それ、上げる気ないやつでしょ?」
「そんな事ないですよ?」
拓真がよく喋ってくれるから有り難いけど、SNSに上げるか……そうした方が、やっぱ人は集まるよな。
大抵飛び入り参加だから、俺達の事を知らない人に、何処まで聴いて貰えるか……ある意味、試してるんだけど…………そういえば、堤さんも言ってたよな。
これから、どうするかな……
「潤くん、空になってるよ。何、頼む?」
「あっ、ビールで。岸さんは何にしますか? 俺、頼みますよ」
「うーーん、カシスソーダで」
「了解です」
「敬語じゃなくてもいいのにー」
「あーー、そうですね……」
…………無理。
ってか、もう帰りたいし、愛想よく振る舞ってる拓真に感心する。
参加してるんだから、俺も聞きたい事は聞いとかないとな……
「……あの……宮前先輩はどんな人ですか?」
「ミヤ? 確か……一年の時に、コンクールで優勝してたよね?」
「うん。バンドでギターも弾けるのに、羨ましい限りだよねー」
「そうそう。二人ともwater(s)は知ってるよね?」
「はい」 「勿論です」
「ミヤはモテるけど、彼女一筋な感じだよね」
「うん、hanaちゃんね」
「上原を知ってるんですか?」
「うん、たまにカフェテリアで見かけるし」
「そう。それに私達が一年の時から、制服姿の美人な子が練習室に出入りしてたからねー」
「そうそう。あの頃はまだwater(s)だって知らなかったけど、帝藝祭で二人を見かけた時からお似合いのカップルだなーって思ってたよ」
「あったねー、私もショックだったもん」
「岸さんも好きだったんですか?」
「潤くん、意外とストレートに聞くねー……そうだね……でも、憧れの方が強いかな」
「……憧れ、ですか?」
「うん。私もミヤと同じコンクールに出てたけど、一次で落ちたから……単純に羨ましかったなー」
「そうなんですか……」
「うん……でも、今となってはwater(s)だから仕方ないって思ってるよ。あれだけの演奏が出来るんだもん」
「そうだね。本当……敵わないよね」
ーーーーwater(s)だから……か…………俺も何処かでそう思ってるんだよな。
だから、あと一歩が遠いし、届かないんだって、自覚はあるけど……
「私もあんな風に想われたーい」
「きっしー、飲みすぎ。最近、彼氏と別れたばっかだから許してね」
「いえ……」
先程よりも彼女の本音が飛び出す。お酒のせいもあるのだろう。潤は店員にお冷やを頼むと、目の前に座る彼女に差し出した。
「んーー……ありがとう……私、エンドレの片想いの曲で泣いたよー……またライブで演って欲しいなー」
「検討しますね」 「ありがとうございます……」
何て応えたら正解かは分からないけど……嬉しかった。
ダイレクトに言われて……こういう声があると、続けていけるって思うし……まだ頑張れるって、思うんだ……
「……岸さんも小林さんも、water(s)のファンなんですね」
「勿論! ファンクラブに二人して入ってるからね。帝藝祭は同じ専攻って事で、融通利かせて貰ってるし」
「そうなんですねー」
俺達と同じって事か……同じ専攻の特権か……
拓真は聞き流すように応えてるけど、自分と同じような気持ちの先輩に、親近感が湧いてそうだよな。
water(s)の存在を改めて実感する。目標は遥か遠い場所に向かって進化し続けていると。
ダブルミリオン突破してるんだから、同じ専攻の奴がファンでもおかしくはない……か…………
まだ想像すらつかないけど……いつか叶う日がきたら……その時はーー……
彼女達が席を立った為、ぬるくなったビールを飲み干し、頼んだばかりのビールで隣にいる拓真とグラスを傾けた。ゴクゴクと喉を鳴らす音がする中、その視線に気づく。
「ーーーー大丈夫だって、俺もそう思ってるから」
「ん、あぁー……」
拓真の言いたい事は分かる。
想い人の恋話とか、敢えて聞きたいわけじゃない。
でも、上原とミヤ先輩が一緒にいる所を見るのは、別に……そこまで嫌いじゃないんだ。
上原に対する想いよりも、強いんだろうな……
アルコールで自分を見失ったりしない程度には、二人ともお酒に強いようだ。
彼等が店を出る頃、空には月が出ていたが、誰も気づかないまま通り過ぎていった。
「潤、お疲れー!」 「お疲れ、拓真!」
ハイタッチを交わす彼等は、ステージを終えたばかりだ。
今日は三曲も歌えた…………seasonsのステージに立てるようになってから、月に二回以上は、出演させて貰ってる。
曲順も新曲も練っただけあって、反応は上々のようだし……
「岸さん達、来てくれてたなー」
「そうだな」
「反応薄くないか?」
「普通だろ?」
SNSに上げたりはしてないけど、飲み会した二人とは拓真が連絡を取り合ってくれてるから、告知はしてるんだよな。
それから、堤さんにも。
急な時は来られない事が多いけど、出番が前もって決まってる時は、大抵見に来てくれてるっぽい。
観客席は薄暗いからってのは言い訳で、俺には周囲を見る余裕がない。
だから、拓真に言われて……来てたんだって思う程度で……反応が薄くもなるよな。
視野の広い拓真に感心させられる。
俺ももう少し余裕が持てればいいのに……未だに足踏みしてる感じは否めない。
曲を認められるのは嬉しいけど、本当にこのままでいいのか? って、自問自答の繰り返しだ。
ーーーーーーーー分かってる。
どんなに学んでも、どんなに真似をしても、それは所詮コピーで、本物じゃないんだって……思い知る。
どんなに奏でても、到底届かないって……
「…………遠いな……」
「そうだな……でも、ようやく此処まで来たな?」
「あぁー……」
自身の呟きに応えた拓真に頷く。
ようやくライブハウスで、定期的に演奏出来るまでになったんだ。
冬の冷たい空気が流れる中、揃って夜空を見上げていた。
あの頃に憧れ続けたmiyaにも会えて、seasonsにも立てた…………まだまだ学ぶべき事は山程あるけど、一つずつクリアして、いつかの理想を目指したい。
それだけは、変わらないから……
「潤、寒いから何か温かいの食べて帰らないか?」
「あぁー、ラーメンにするか?」
「さすが! あそこ、この時間なら空いてるよな?」
「そうだな」
最近ハマっているラーメン屋に立ち寄り、暖を取ってから帰る。
「明日は、また練習室で反省会だな」
「そうだなー」
ライブを演った次の日は、大抵練習室に居残り、ライブ映像の確認だ。ライブ映像といっても、携帯電話で録画したものである。
自分達の演奏や客の反応の確認も、繰り返していくうちにだいぶコツを得た気がするけど、中々な……
告知した時と、そうでない時の客の入りは、違うし……俺達を知らない中での演奏は、毎回それなりに消耗するしな……
入浴を済ませた潤は、いつものようにベッドにダイブだ。
明日が楽しみで仕方がなく、泥のように眠りについた。
練習室では昨日のライブを客観視していた。
うーーん、告知したから岸さん達の他にもストリートを見に来てくれてた人がいるっぽい。
あくまで俺が分かるのは、この間飲んだ三年生と堤さんだけだ。
拓真に言われて、来てくれてたかもな……くらいの認識しかないけど…………もうちょっと覚えとけよ! 俺!! って、思わなくもない。
意識したところで何となくしか覚えられないし、話しかけられない限り、印象に残らないけど……
「潤、休みはまたバイトするだろ?」
「あぁー、ライブ資金とか色々欲しいものもあるからな」
「だよなー、クリスマスは八時からだったよな?」
「あぁー、今までで一番長い持ち時間だったな」
「三十分かーー……楽しみだよなー」
「そうだな」
三十分って事は、五、六曲演奏出来るって事だ。
あの日から描き始めて、エンドレの持ち歌は二十曲以上ある。
試行錯誤してきた日々が、少しでも報われたらいいって思う。
そしたらーー……
「次、演ってみるだろ?」
「あぁー」
ギターも歌も、理想には届かない。
でも、今出来る精一杯の事をしてる自覚はある。
練習室で演奏する度、楽しくて仕方がない気持ちと同時に、自分がもう少し弾ければやってみたいアレンジが出来るのにって、思わない日はないから…………
だからって、全てを否定してたらきりがないし、次に繋がるように取り組むだけだ。
二人の演奏は何処までも続く夜空の中で、微かに光る星のようだった。




