第21話 明日へ続く
「ありがとうございました!」
拓真に続いて、柄にもなく大きな声を上げた。
seasonsのステージに立てるようになってから、SNSの告知も、water(s)の曲を演奏する事もない。
殆ど飛び入り参加の俺達の音楽を、どれだけの人が聴いてくれるか…………ある意味賭けでもあったけど、一桁台じゃなくなった。
潤の声は、観客の多さに比例されていたのだ。
初めは二曲だけだったけど、今は三曲以上演奏させて貰える機会が増えた。
まぁー、飛び入りなのには変わりないから、日によって違うけど…………週末に呼ばれた時は、観客も多いし、テンションも上がる。
集客力のあるアマチュアミュージシャンの中に、本当に稀だけど、water(s)みたくプロがライブをする時もある。
演者じゃなくて観客として、ドリンク代だけで色んな人が見れるのは、かなりお得だ。
何より、たまーーに前座的な感じで演奏させて貰える時もあるし……春江さんと知り合ってから、様々な音に触れてる気がする。
そう感じたように、ENDLESS SKYを組んだ日から、ようやくライブハウスで演奏出来るまでになり、音に触れる機会は段違いになった。少なくとも彼等にもファンがいて、だからこそチャンスを貰える機会が増えたのだ。
「楽しかったな……」
「あぁー……」
でも……まだ足りないんだ。
一瞬で惹きつけるような……たとえば、キャッチーなフレーズや曲が、生み出せてないのが現状だ。
「新曲、作り直しだな……」
「そうだな……あと、曲順も考えなきゃな」
「あぁー」
やるべき事は分かってる。
課題は山積みで、学校の試験みたいだけど、超えないと俺達に明日はない。
大袈裟じゃなくて、かなり本気で……そう思ってる。
ほんの一握りのプロになりたいんだから…………俺達に足りないものは、ありすぎるけど……春江さんに呼んで貰える程度まで、ようやく来たんだから……
「明日、また練習室で練り直しだなー」
「あぁー……でも、楽しみでもあるだろ?」
「勿論!」
即答する拓真に笑って応える。
新しい音に触れる度、イメージが湧いてくるし、単純に拓真とのやり取りは面白い。
たまに自分の知識の少なさに、凹む時はあるけど……やりがいはあるよな。
スポーツドリンクを飲み干して、大きく伸びをすると、明日の練習に期待を寄せる姿があった。
カフェテリアには、いつものメンバーが集まっている。必修科目を終えたばかりだ。
「腹減ったー」
「あぁー」
「だよなー、あれ? 上原は?」
「奏はミヤ先輩の所に寄ってから、来るって」
「じゃあ、席取っとくかー」
「うん!」 「そうだな」
上原がミヤ先輩の所って、バンドの楽曲とかか?
water(s)がメディアにも出るようになってから、上原も年末年始とか忙しそうだよな……
七人が席に着いて食べ始めていると、彼女が遅れてやって来た。
「席、ありがとう」
「おかえりー、どうだった?」
「大丈夫だったよー」
嬉しそうにする彼女は、潤の目の前に座っている。
俺の目の前だけど、仲の良い石沢の隣だ。
八人で集まる時の定位置みたいなもんだ。
「奏、大丈夫だったって、曲が?」
「うん!」
「えっ、water(s)の?」
「そうだよー、初見せだったから緊張したけどね」
「えっ? 上原でも緊張するのか?」
「ちょっ、酒井! 私もするよー」
「意外……」
「樋口くんまで! メンバーは意外とみんな厳しいんだよ?」
「ミヤ先輩が厳しいの想像つかないよ」
「うーーん、基本的には優しいけど、音楽に関しては別だよ? 無茶振りが多いし……」
「hana、堂々と悪口か?」
「あっ、miya……」
テーブルを横切る姿に周囲が騒めく。さり気なく彼女の頭に触れれば、黄色い声がどこからともなく上がる。
ミヤ先輩も、これから昼か……
彼は友人のいる席に向かう途中なのだろう。トレーには買ったばかりの定食が乗っていた。
「事実でしょ? 無茶振りマスターだから」
「hana、変なあだ名つけるなよ。無茶振りしてる事は認めるけどさ」
「はーい」
軽口を言い合う二人はどこか楽し気だ。
ミヤ先輩、かっこいいよな…………ステージと違って今は普通の先輩って感じだけど、それでも間近で見ると、オーラを感じるし……
「じゃあ、また後でな」
「うん」
手を振り合う二人に女子の恋話が始まりそうだったけど、俺達がいるからか、そうはならなかった。
何が悲しくて好きな奴の恋話を聞かなきゃいけないんだって感じだけど、上原の話なら何だって聞きたい。
可愛い顔してるし……自分に向けられる事はないって分かってても、惹かれていくのは……hanaの声と一緒か…………
目の前にいる彼女が、話を振ってくれているのが分かる。
専攻仲間が揃えば、主に音楽や授業に試験の話もするけど、最近ハマってるお菓子とかの取り留めのない話が多かったりする。
今も季節限定のチョコレートをみんなで食べてるし……
「はい、樋口くんも!」
「あぁー、ありがとな」
微笑んだ彼女は、美味しそうにチョコレートを食べていた。
「潤、こんな感じは?」
「ーーーー良いと思う」
さっそく練習室で拓真が考えてきたフレーズを聴いてたんだけど、今までで一番キャッチーだと思うし、面白そうだ。
「昼間、ミヤ先輩かっこいいって思っただろ?」
「あぁー、拓真もだろ?」
「それはなー……高校の頃から知ってるけど、常に進化してるからなー」
「それは思った」
常にwater(s)は新しいし、新しいものに手を伸ばすのに躊躇がないから、進化し続けてるって感じだ。
だから、昔の曲を今聴いても心が動くんだと思う。
俺達の曲はーー……
「……もう少し練り直すか?」
「だな……」
刺激を受け、ギターを弾きながら試行錯誤を繰り返し、一つの曲に仕上げていく。
作る過程は楽しいけど、それだけじゃダメなんだ。
残るかどうかは、これからかの俺達次第だ。
閉門時間ぎりぎりまで二人の作業は続いていった。
「何か食ってくか?」
「だな! 久々にジャンクなもの食べたい」
「じゃあ、駅前だな」
「いいのか?」
「たまには良いじゃん。俺も食いたいし」
ファストフード店でフライドポテトをつまみながら、議論し合う彼等は、何処か楽し気だ。
曲が出来たばっかって、テンション上がるよな。
上原も……昼間はこんな気持ちだったのかもな……
「拓真、この曲は?」
「うーーん、ラストかな?」
「あぁー、明日、一度やってみて修正するか?」
「そうだなー」
人が行き交う中、二人はワイヤレスイヤホンをつけると、彼等の曲を聴きながら探していたのだ。続けられる理由を。
「お疲れーー、潤、拓真は?」
「拓真はあっち」
阿部の視線の先には、女子と話す拓真がいた。
「相変わらずだなー」
「あぁー」
まぁーー、でも……拓真は何だかんだ言っても、一途な奴だと思うけど……
「阿部っちも、これから練習?」
「そうそう、練習室でなー。潤も残るんだろ?」
「あぁー、拓真が戻ってきたらな」
放課後のカフェテリアは昼間よりは利用者が少ないが、それなりに人がいるのは、同好会の活動や彼等のように練習する生徒がいるからだろう。
先に練習室に行く阿部と分かれると、拓真の話も終わったようだ。
何か、チラチラ見られてる気がするんだけど……気のせいか?
「潤、お待たせー」
「あぁー、お疲れ」
彼がそう思ったのは気のせいではない。練習室で告げられた拓真の言葉で、理由はすぐに分かった。
「えっ? ライブに来てたのか?!」
「あぁー、さっきの子はたまたまだけど、俺達のあとに演ってたバンドのファンだったらしい」
「へぇーー……専攻違うのに、よく分かったな」
「だよなー」
身近に俺達の曲を聴いた奴がいるのか…………何か気恥ずかしいっていうか、味わった事のない気分だ。
「それで明日、飲み会する事になったから」
「あぁー……」
……ん? 飲み会??
拓真を見れば、ニヤッと悪そうな笑みを浮かべていた。
「はぁーー、俺は行かなくてよくない? 面倒くさい」
「出た! 面倒くさい!」
「いいから練習するぞ?」
「えーーっ!」
拓真を無視するかのように、昨日の続きから練習を始めてる。予め決めていた曲順を変えながら、何度も演奏していく。演奏した録音を聴いては、再トライを繰り返す。
ようやく、いい感じに仕上がったよな……拓真も同じような顔してるし……
「……いい感じだよな?」
「あぁー、あとは本番で試すだけだな……」
「そうだなー、飲み会は参加だからな?」
「はぁーー、阿部っちか金子を誘ったら?」
「そう言うなって! 一応、エンドレのファンになってくれたっぽいんだから!」
「ーーーーその言い方はずるいだろ?」
「さすが、潤!」
肩を組む拓真に押し切られる。
俺達のファンなんて聞いたら、断りにくいじゃんか!
何度目かになる溜め息を呑み込むと、降参したように両手を上げる仕草の潤と、その反応に喜ぶ拓真がいた。
飲み会は苦手だって知ってる筈なのに、珍しく誘ってくると思ったら……そういう事か…………
意見を聞くつもりなんだろうな……そうと決まれば、俺も聞いてみたい。
他人から見た俺達の曲は、どんな風に見えてるのか?
どんなフレーズが好きなのか?
何の専攻かは知らないけど、音楽学部なのは確かだから、専門的な事が聞けるかもしれないし……飲み会なら聞けるかもな……
前向きに考え始めた潤に微笑む。
普段なら聞きにくい事も、お酒の力を借りて試みようとする二人がいた。




